『DRL』機皇退魔陣
拾捨 ふぐり金玉太郎
第一部 地底激震編
プロローグ 地底の日々
飾り気のないコンクリート造・四階建ての中に、一部屋につき数十人の少年達が集まり大人の話を聞いている。
その光景は、地上に住まう現代社会の我々がよく知る『学校』とまったく同じだ。
周囲の街並みも道行く人々を見ても、平凡な昼下がりの風景そのものである。
ただ一点異なるのは、この街が空の下に無いということ。
顔を上げれば広がっているのは岩の天蓋。
巨大な人工日照装置が、太陽の代わりに昼間の世界を再現している。
この街は、地下に在る。
「ですから千年前も、私たち人類は今と変わらない暮らしをしていたのです」
白髪の混じった男性教師が手元の教科書を滞りなく読み上げ、壁面に据えられたホワイトボードに『現在』と板書した。
次いで、教室内をぐるりと見渡し一人の生徒を指名する。
「それが、近代になってひとつの革命が起きました。それは何でしょう、
指された女子生徒は少しだけ肩を振るわせ、おずおずと答えた。
「えと…『超物質』の発見、です」
初老の男性教師はやや大げさに深く頷き、板書用のマーカーを手にとりながら説明を始める。
「千年前の世界災害で激減した人類は、長い間“現状維持”をして生き延びてきました。そんな中発見されたのが―――」
教師はホワイトボードの中央に『超物質DRL』と大きく書き、強調するように拳の裏で板を小突いた。
「現在私たちが生活している『採掘都市』ができたのも、DRLを利用して昔以上に暮らしを発展させていこうという人たちが集まったからなんですね」
徐々に声色に熱がこもってきた教師に水を差すように、チャイムが鳴る。
「おっと、今日はここまで。次回は超物質の実用化の歴史についてお話しします」
本日最後の授業を終え、静かだった教室が一転、騒がしいほど賑やかになる。
先ほど指名された女子生徒・天原明めいのもとに級友がやってきた。
「明、おつかれー。さすがキチンと予習してきてるよね」
「そんなにキチンとしてないって。ちょっと教科書を先に読んでるだけだよ」
「それで家事もやってるんでしょ?えらいえらい」
同い年の級友に頭をわしわしと撫でられ、ショートカットの黒髪が乱れる。
やや小柄な明は苦笑しながら友人の手から逃げてみせる。
「だけど、千年前も今と同じ生活かー」
女生徒二人は今しがた終えた授業の内容を反芻する。
「地上の方で遺跡になってる場所にも、今の物と殆ど変わらない生活用品なんかが残ってるらしいよ」
「へえー。じゃあ、昔の人がタイムスリップしてきてもフツーに生活できそー」
明は友人の感想に笑いながら相槌を打った。
「ねえ明、これからウズメ社のショップに寄ってかない?新しいDRL端末、出たらしいんだよー」
「あ、ごめん。今日はまっすぐ帰らなきゃ」
「そなんだ。何かあるの?」
「今日、お父さんが病院から帰ってくるんだ。お兄ちゃんと一緒におかえりパーティーの準備するの!」
嬉しそうに家族の話をする明の無邪気な笑顔を見て、級友は思わず再び彼女の頭を撫でるのだった。
*
『採掘区画』はこの街の果てだ。
超物質DRLを採掘し利用することで、この都市の存続と発展は成り立っている。
ひとつの区画だけでも百人規模の作業員が日々働く現場である。
「すんません、
「どうした
青年・天原旭が、耕運機のような機械を押して上司の中年男のもとへやってきた。
機械の先端には螺旋の刃が切られた円錐―――ドリルが取り付けられている。
「掘削機の調子が悪いんスけど」
旭が目線をドリル機械に向ける。現場監督の男も機器を一瞥して部下に指示を出す。
「今、メーカーさん来てっから見てもらえ」
『ウズメ社』の社員証を胸に提げた作業服姿の男が、旭の運んできた掘削機の各部を点々と確認。
「駆動部がへたってますね。一晩休ませておけば問題なく“再生”しますよ」
ウズメ社の男は事も無げに解決策を提示し、旭も頷く。
「そうスか。スンマセンっした」
旭は社員に会釈し、超物質DRLで作られた掘削機を予備の機材と交換するべく踵を返した。
「それじゃ予備機持ってきます」
「おう、よろしく」
自分の仕事を続けながら返事をする現場監督だが、用件が済んだ筈の旭がすぐにその場を発たないことに気がいた。
「どうした。まだ用事あんのか」
「あの…今日、定時きっかりで上がらせてくれませんか」
「別に構ゃせんが、どうした」
「今日、親父が戻ってくるんス」
「…そうか、良かったな」
厳つい体に強面の中年男が、似つかわしくない微笑みを浮かべる。
「そういう事なら、キリついたら早めに上がっていいぞ。親父さんにもよろしく言っといてくれ」
「はい!ありがとうございます!」
旭は上司のはからいに、きびきびとした動作で頭を下げた。
「しかしお前も大変だな。親父さんもちょっと前まではバリバリやってたのにな」
「弱音吐いてもしょうがねえ、まっとうにやるだけス。それに、親父も元気だった頃よく言ってました」
父の顔を思い浮かべ、青年は誇らしげに語る。
「なせばなる、って」
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