第二部 地上光臨編

プロローグ 防人(さきもり)

――――千年前。地上に繁栄した人類は『災厄』に見舞われ滅亡の危機に瀕した。


それでもなお、今日まで人類が生き長らえているのは、遥か昔から地上を守護するたちが居たからだ。


そして、その守護者に与する者が居たからだ。



身の丈7メートルに及ぶ巨人が大地を跳ねる。

樹木の枝を丸ごと用いた腰みのひとつを身にまとった一ツ目の『山童やまわらわ』が、せわしなく動く。


「ここはお前のような者の来る所ではない。早々に立ち去れ!」


山童とは対照的に、静かに立つ巨人が呼びかける。

その身体はしろがねに輝く鋼鉄の鎧で覆われていた。

継ぎ目の無い装甲が頭部一面を覆い、巨人が浮世とは離れた存在であることを示唆するかのようであった。


巨童が牙を剥き前方へ跳躍。銀の巨人に襲い掛かる。

対する巨人は諸手を静かに胸の前へ運び、構えをとった。


顔面から跳び来る巨童の体当たりを音も無く後退してかわす。まるで地面を滑るようなその動きは、巧妙な足捌きのなせる業である。

手足すべてを用い着地した山童が顔を上げると同時に、煌く掌底が一つ目を打ち潰した。

たまらず飛び退いた山童が大穴の開いた顔面を抑え呻く。

銀の巨人は打突した右掌底を瞬時に胸元へ引き戻し、激痛に悲鳴をあげ大地にのたうつ山童を見下ろす。


巨人の両腕を覆った鋼鉄の篭手が、青白い閃光を蓄える。白昼の下にあってさえ眩い精命力の輝きである。

眼球を潰された山童には、光は熱源として伝わる。その光に誘引されるように、一直線に駆け出した。


「ディヤーッ!」


巨人は気合の掛け声と共に両腕を突き出す。

矯められた閃光は、一直線の光の束となって前方へ放たれた。

それは光を放ち熱を持つほどまで高密度に圧縮された精命力オーラである。

巨人の発射した精命力の光線は一つ目巨童の全身を一瞬にして包み込み、塵一つ残さず焼き払った。


(なぜ『山童』がこれほど巨大に、凶暴になっているんだ…?)


瞬く間に巨童を葬った巨人は、とっておいた驚きを反芻した。

今しがた現れたのは『山童』と分類される下級魔族である。巨人の知る限り、山童は人間とさほど変わらぬ体躯であり好戦的でもない。


銀の巨人は『守護者に与する者』だ。

かつては惑星全土に繁栄していた人類も、今では限られた場所で細々と生き長らえている。

彼は、そのような『人里』へ侵入しようとする魔族を狩り続けていた。

戦いを日常とするが故に、昨今出現する魔族の変化を察知できたのだ。


――明らかに、以前より強力な魔族が跋扈するようになっている。

魔族とてこの世に生ける者である。生物界の理が通用する。

『それ』が居る筈のない場所に現れるという事は、何らかの異常事態が引き起こされているという事だ。

「凶兆、か……ならば確めねばならない」



地上に残された人類は、地方都市レベルの「居住区域」の中で生活を維持している。

その居住区域の外には、かつての繁栄時代に築いた文明の残滓が『遺跡』として自然の中に埋もれていた。

少年が立っているのは、点々と存在する居住区域のひとつ「東中央ひがしじゅうおう」の住宅地である。


襟首の辺りで無造作に束ねられた金色の髪に、透き通るような白い肌。長い睫毛に囲まれ、涼やかな藍色の瞳が輝いている。

その容姿はこの居住区で生活する人々の中にあっては異質で、否応無く目を惹く。

異質なのは外見だけではない。見るものが見れば、『気配』にも人ならざる者の香があることに気付くであろう。


金髪の少年が石柱の据えられた門を通る。挨拶するように、『中央中学校』と彫刻のなされた大理石に軽く手を触れた。

正面の学生用玄関を行き来する生徒達は、少年を一様に目で追う。

好奇の視線を受け流し、生徒用の正面玄関を隔てて隣にある来客用玄関へ足を運ぶ。


受付のカウンターに立つと、すぐに女性教員が応対した。

顔立ちから聡明な印象を受ける年若い女教師であるが、眼鏡の奥にある瞳は、美しい少年の姿に若干高揚しているようだった。


「おはようございます。ご用件は何でしたか?」

「本日付でこちらに転入することになっているのですが」

「あら、もしかして私のクラスの…ええと、念の為にお名前を教えてもらえる?」

「名前は……」


礼座れいざひかる、です」

姿をしたは、他でもない自分自身が確認するように名乗った。


久方振りに使うこの名前。

このを貰ったのは、いつのことであったか。

あまりに遠い昔のことで、はっきりとは思い出せなかった。

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