第17話 憎会壊天

いよいよ地上へ向けて出発する当日、遠征に赴くメンバーが『回地』の中枢司令室に集められた。

所長である穿地により選抜された者だけが地上へ赴き、残りの所員は採掘都市での平常業務を担うのである。


「おい、彰吾。この面子は」


当然ドリルロボの搭乗者は遠征の中核である。

その他に集められた者達の顔ぶれを見渡した旭が、隣の彰吾に耳打ちする。


「所長。選抜メンバーってアタシたち以外は“ご親戚”ばかりなのね」

旭と意を同じくしていた彰吾がさりげなく口に出す。

「地上での活動に必要な能力・資質を考慮した結果、自ずとこうなった」


「優秀な“一族”ですこと。しかし、そのうちの“一人”に“裏切られて”しまったのは、さすがに穿地所長も“ショック”だったんじゃない?」


彰吾の言うとは、九十九のことであるが、彼は何ら確信があって穿地に問うているのではない。


ドリル獣から引きずり出された九十九という青年の面影は、研究所で日常的に目にする穿地の『一族』のものであった。

先日の穿地の言によれば、彼の一族は遥か昔から魔族との関わりを持っていた者達だと言える。


彰吾はカマをかけたのだ。

九十九が穿地一族に連なる者であった可能性は高い。


「ああ、出来の悪い身内でな」

「……ご愁傷様です」


あっさりと肯定する穿地に肩透かしを食う彰吾。その顔には一切の感情が見られなかった。

彰吾の意図を知ってか知らずか――否、穿地元は容易く馬脚を晒すような者ではない。

故に、彰吾の中で穿地に対する疑念がひとつ積み上がった。


「あの男……穿道せんどう九十九は、10年前まで研究所に勤務していた。ああ、優秀だったとも。私の片腕のような存在だった」

「その後10年間でおかしくなったってことかしら」

「九十九はある日忽然と姿を消した。当時、実用化に向けて研究が進められていたDRL大型躯体のデータを持ち去ってな。そうして今に至るという訳だ」


「野郎はどうしてアンタを裏切ったんだ」

ようやく話の流れについてきた旭が割り込む。

「今となっては確かめようが無い。一つだけ確かなのは、九十九は正真正銘の人間であったということだ」


「……俺がブッ殺したのは、紛れもないくそバケモンだったぜ」

「私の推測だが、魔族がすり替わっていたのだろう。私の元を去ってからなのか、或いはその直前にな。ああ、それが妥当なところだ」


語り終えた穿地は司令席へつく。

旭が穿地の話をひとまず鵜呑みにして格納庫へ向かう一方、彰吾は暫く彼の語った内容を反芻し、『真の敵』の所在について考えを巡らすのであった。


「これより移動要塞研究所『回地』は採掘都市を発ち、地上へ進路をとる。虎珠皇と淵鏡皇は随伴し護衛につきたまえ」



「ウミウシ」

「シロツメクサ」

「ササミ」

「身柄確保」

「放射性同位体」


旭と彰吾が通信端末越しのしりとりを始めて、40分が経過していた。


地中を往く回地の周囲を警戒しつつの穿行を始めたのは一時間。

来るか来ないか、居るか居ないかも判然としない敵や異常に備えるとは言っても、同じ地中の景色を等速で漫然と見続けるのは退屈極まりないのである。


「イカ」

「葛根湯」

「ウルメイワシ」

「湿潤療法」

「またかよ!?」

「早くしなさいよ」

「……鵜」

「二度目はないわヨ。ウナギ」

「魚雷」

「隕石」

「……木」

「ダメよ」

「……」

「“ギブアップ”?」

「餃」

「子」

「の」

「王」

「ドリルロボ各機へ。地中ソナーに感あり。この反応は……時命皇だ」


暇つぶしを中断した旭と彰吾も、それぞれの地中センサーにて確認。

漆黒の巨人の気配が穿地一行に追いすがってきている。


回地とドリルロボは上昇し地表を目指す。後方の時命皇もそれに続いた。



「“地上”に出るわよッ!」


夜空に星が瞬く薄闇の地上に、淵鏡皇と虎珠皇が飛び出し着地。

続いて、回地の巨大な塔の如きドリルが大地に伸びた。


少し遅れて、墨色の巨人・時命皇が出現。黒色の身体が薄闇に染むようである。


「穿地元。貴様の首、もらいうける!」


虎珠皇に穿たれた腹部はすっかり元通りに閉じている。時命皇の身体を形作る超物質DRLの自己再生能力だ。


「俺達を無視するんじゃねェ」

「虎珠皇に天原旭か。邪魔立てするなら容赦せん」

「上等だ。第三ラウンド、ここでおっ始めるか!」


虎珠皇が右腕のドリルを回転させたのに応じ、時命皇も全身のドリルの回転数を上げる。


「回地と淵鏡皇は下がってろ!最初ハナっから全開で行く!巻き込まれンぞ!!」


虎珠皇のドリルが限界を超えて回転速度を上げ始める。

ドリル獣・九十九との決戦で見せたドリル奥義『破導』を放つつもりである。


旭の言う通り、淵鏡皇は後退し回地のもとに付く。

『破導』の空間破壊攻撃に触れれば必滅。乱戦となれば味方にも被害が及びかねないのだ。


「こいつは、当たって痛ぇじゃ済まねえぞ!ドリル奥義『破導』!!」


右のドリルが漆黒の光を帯びる。万物を破壊するドリルが完成した。


「一度勝っただけで調子に乗るな」

「抜かせよ!」


虎珠皇がその場で右腕を振るう。

時命皇は体を捌き、対手が突き出したドリルの延長線上から滑るように移動。同時に、寸前まで立っていた地面が丸ごと抉れた。


「なるほど。技か」


時命皇の双眸が鋭い光を湛える。そして、左脚を上げ一本足の奇妙な構えをとった。


左下腿から膝頭に向けて伸びたドリルを回転させる。

他の部位に在るドリルは全て回転を止め、一本のドリルに全ての意識を集中。

一瞬にして回転速度を極限まで上げた左膝のドリルは、漆黒の光を纏った。


「この野郎……!」

時命皇は、虎珠皇と旭の会得したドリル奥義を、わずか一度の披露で見切り我が物としたのである。


「虎珠皇、天原旭。私はお前達をの相手と認めている」

黒く輝く左脚を掲げたまま、時命皇が告げる。


「どっちに転んでも恨みっこなし、ってか?」

虎珠皇が腰を落とし、弓を引き絞るように右のドリルを顔の横に構える。


橙の獣と墨色の巨人は、同時に大地を蹴った。右正拳と左膝蹴りが正面からぶつかり合う。

絶対破壊の力が渦巻いた両の螺旋の激突。


「破壊空間同士が接触したか……淵鏡皇、衝撃に備えよ」

次に起こるであろう事象を予測した穿地が、コクピットで固唾を呑む彰吾へ冷静に警告する。


「所長!二つの『破導』が“激突”したらどうなるのよ!?」

「間もなく、空間そのものに穴が空く」


切っ先が重なり合った漆黒の螺旋。穿地の言葉通り、その『点』が周囲の総てを飲み込むほどの『穴』となり拡がってゆく。


「うおおお!こいつは……!!」


ぶつかり合えば反発する筈の両者のドリルは、いまこの『穴』に吸い込まれ始めていた。


「吸い込まれる!これは……ドリルの生み出したものなのか!?」


右膝を掴む得体の知れない力にこの上ない危機を察知し、時命皇は思考を奔らせる。


「私は!多くの同胞のため、ここで斃れることは許されない!」


奔る意識を潜在レベルまで酷使し、時命皇は右膝と同時に、左腕のドリルにも破導の漆黒を纏わせた。そのドリルは逆回転している。時命皇は右膝を掴む『空間』に左腕を叩きつける。


凄まじい反作用の力により、時命皇は亜空間の把から離脱し後方へ吹き飛んだ。

強かに大地に叩きつけられるも、大きなダメージは蓄積せず。


そして虎珠皇は


「虎珠皇、天原旭……一足先に地獄へ行っていろ」


空間の穴に右腕のドリルを掴まれた虎珠皇は、遂に耐え切れず地から足を離す。

ドリルと共にその身体も回転し、吸い込まれてゆく。


「旭ッッッ!!!」

「グオオアアアアアアアアア!!!!」


――空間の穴は閉じた。跡形も無い。


橙の獣・虎珠皇と搭乗者・天原旭は、夜空に咆哮の残響だけを残し姿を消した。



「最大の障害は消えた。覚悟は良いか、穿地元」


体勢を建て直した時命皇が歩み寄る。


「……次はアタシが“相手”よ」


白い鋼鉄の機兵・淵鏡皇が立ちはだかる。

彰吾の声は不動の冷静さを保っていたが、その裏には烈しい怒りの気を孕んでいる。


「傀儡に用は無い」

「“舐め”ンじゃないわよ!」


ローラー・ダッシュで猛進する淵鏡皇。時命皇に何度も肉迫しては離脱を繰り返し、その度に内装する火器で精確に標的を狙う。

しかしいずれの射撃も回避され、ドリルで打ち落とされ、有効打を与えられない。


(淵鏡皇の攻撃が“通用”しない…いいえ、これはアタシの“未熟”……!)


力量の差を痛感する彰吾。食いしばった奥歯が軋む。


「彰吾。奴は回地を標的に絞っている。淵鏡皇は地上に先行せよ」

「でも、それじゃあ“回地”は……!」

「問題ない。我々のうち、誰か一人でも良いのだ。目的を果たすのだ」


無情な穿地の声音に、俯く彰吾。操縦桿を握る手が震える。

大きく息を吸い、一気に肺から空気を吐き出した後、決然と顔を上げる。


「畜生!覚えてなさいよ……時命皇!」


淵鏡皇は、時命皇と回地から背を向け走り出す。

前進よりも勇気を要する撤退であった。



「淵鏡皇、影響範囲から離脱を確認」


同じ面影を持つオペレーターの報告に、穿地元は頷く。

「それで良い。そうすれば、私も動き易い」


「時命皇、ドリルを展開。こちらに接近を開始」

「『kaiten.tfm』実行せよ。いよいよだ、ここから我々の歴史が始まるのだ」


穿地がキーを押下すると、既に起動準備を終えていたプログラムが動き出す。


直後に始まった回地の変化に、時命皇は歩を止め警戒。

「これは……しているのか」


螺旋が刻まれた塔の表面がスライドし、展開し、内部に隠された機構が複雑に連動し各部位が次々と移動してゆく。

『脚の生えた円柱』とでも言うべき回地の姿は、たちまち巨大な人型となった。


鈍い銀の装甲に包まれた巨神は人型の神殿とも言うべき威容をたたえ、身の丈に及ぶ長大な独鈷を右手に携えている。

あまりにも大きい独鈷の両端は、巨大なドリルである。


「これが『壊天大王かいてんだいおう』――私の最高傑作たる、穿だ」


「神だと……思い上がるな!」


穿地の傲慢な言葉に激昂した時命皇が一息に踏み込む。その膝は既に破導ドリルを発動。


時命皇・深中審也は人類ではない。

対峙した虎珠皇と旭が直観により看破した通り、彼は高度な知性を備え自律するに至ったDRL躯体そのものである。


採掘都市で利用されるDRL実用品は、彼から見れば自分の仲間が他種族に物品として加工され利用されているに等しいのだ。

故に、人類のDRL利用を促進するたる穿地元は時命皇にとって仇敵。

穿地を打倒することは、同胞を奴隷状態から解放する大きな一歩を意味するのである。


種の誇りを背に、時命皇は破導ドリルによるとび膝蹴りをみまった。

対する壊天大王は、悠然と左手を正面に向け迎える。


「空間も自在に支配できない者に、壊天大王は傷つけられんよ」


時命皇のドリルは、巨神の左掌の中心に据えられたまま動かない。絶対破壊の力を持つはずの漆黒の光は、壊天大王の掌中で輝きを失った。


壊天大王はそのまま時命皇を左手で握り締め、再び大地に投げ返した。

地面が砕け、墨色の身体がめり込む。衝撃に時命皇の躯体が満遍なく軋む。


「私は……斃れる、わけには……!」

「他愛も無いな。だがここで潰してしまうのは惜しいぞ、ああ、興味深いサンプルだ。よかろう、ひとつ


司令室の椅子に身を預けながら自問自答の結論を出した穿地が、コンソールに指を奔らせる。


壊天大王が右手に持つ独鈷の両端が回転を始めた。

下方に伸びた切っ先を大地に突き立てると、辺り一面の大地が歪む。

否――大地ではなく、空間そのものが壊天大王のドリルによって歪められているのだ。


「時命皇、君地獄へ行って来ると良い。健闘を祈る」


空間の歪みが渦を巻く。

渦の中心は時命皇に据えられ、瞬く間に何処かへ呑み込み消し去った。


これが、壊天大王の恐るべきドリル奥義『次元穿孔』だ。

神を自称する傲慢さを裏付ける、文字通り別次元の力。


「虎珠皇と時命皇の次元座標補足。固定します」

「淵鏡皇も併せて補足し追跡を続けよ。壊天大王はドリルロボとは合流せず、別行動をとる」



ここに於いて、地底を揺るがしたドリル達は各地へ散った。

彼らの穿つ隧道ずいどうは、やがて繋がる時が来る。

この世の理に則るならば、その時目にするのは闇に射し込む光に違いない――――




地底激震編

――完――


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