第14話 黎明


――時は、深化を果たした虎珠皇が時命皇を打倒した瞬間に遡る――


「や、やったの!?」

「いや、かなりの深手は負わせられたようだが、致命打ではない」


虎珠皇が目にも留まらぬ速さで放ったドリルを、墨色の巨人・時命皇が比肩する技でもって防御したことに嵐剣皇は気付いていた。


「夕、これ以上の長居は無用だ」

「え……」

「義理も意趣も充分に返した。顛末まで見届ける必要はない」

「……そうね」

時命皇という強力なが膝を着いた。そして現在は目こぼしされているものの、虎珠皇も嵐剣皇も潜在的には第二の追跡者となり得る。

逃避行の第一歩としては千載一遇の機であることは、夕にも理解できていた。


「ありがとうございます……宇頭芽彰吾さんに、天原旭さん」

夕は引かれる後ろ髪をその一言で断ち切り、嵐剣皇と共に地中へと穿行した。



「追手の気配は無いようだ。夕、暫くは私に任せてくれていい」


暫くの間、振り返ることなく高速潜行を続けていた嵐剣皇が搭乗者に告げる。夕は握り締めていた操縦桿から手を離し、後方への警戒を解いた。

緊張の糸が緩み、思わずため息が漏れる。地中穿行の規則的な振動が微かに伝わるシートに背を預け、備蓄の飲料水を口に含む。


「いま、どの辺りを進んでいるの?」

「穿行を開始した地点は現行の採掘区画だった。採掘都市のだな」

「これから掘り進もうって場所だから、まあ世界の果てみたいなものかもね。それで、そこから暫く掘り進んでいるんだから採掘都市からはかなり離れてきてるって事よね?」

「その通りだ。もう間もなく上方へ進み、地表へ出る」


その会話から時間にして三十分ほどの地中移動を経て、嵐剣皇は地表に出た。


「わぁ……」


夕が再びため息を漏らす。今度は感嘆のため息である。


日照装置が輝く天蓋ではなく、青々とどこまでも抜けるような青空。

人為的に栽培された樹木の隙間から覗く岩肌を見慣れた者にとって、眼が眩むほどの絶え間ない緑に覆われた山々。

モニターの役割を果たすコクピット前面には、見慣れた地底世界の風景ではなく、初めて目にする地上の風景が広がっていた。


「ちょっと、外を直接見ていい?」

「大丈夫だ。ハッチを開放しよう。高所だから気をつけてくれ」


嵐剣皇の胸板を覆った装甲が展開。同時に胸元に右掌を動かし、コクピットから降りた夕を受け止める。


嵐剣皇の掌に立った夕。その頬を撫でるように吹き抜けた風に添い、長い黒髪がなびいた。


陽光に照らされた紅の甲冑を背に、夕は胸元で両手を重ねた。

薬指で指輪が輝く左手を優しく抱くように右手で覆う。


「ここが地上。明彦さんの、ふるさと――」


薙瀬夕は、祈るように瞼を閉じる。

風の流れと陽の暖かさが、彼女の心に染み込んでいった。

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