第13話 怨讐貫通
天を衝く柱のようなウズメ社ビルを背にした白鋼の巨人は、百に及ぶドリル獣に取り囲まれていた。
「さあ、まとめて相手してやるわ!かかってきなさい!」
彰吾の声に応えるように、体躯からドリルの頭が生えた狼の群れが一斉に飛び掛る。
淵鏡皇は爆音と共に大地を滑り、正面きって突撃。
次々と飛び来る狼ドリル獣の体当たりをすべて紙一重でかわし、すれ違い様に背部の機関砲を見舞う。
巨人の通り過ぎた後には半身の狗が十数頭横たわった。
次いで立ちはだかるのは両腕がドリルになった首のない熊である。
淵鏡皇を上回る巨体が、その豪腕を策も何もなく愚直に振り下ろす。
彰吾が右手で握ったレバーのスイッチを操作しながら引き、左右のペダルを精妙に調整。
搭乗者の操作に応じ、白の巨人が体を捌きドリル獣の豪腕を紙一重で回避。
「喰らいなさァい!ロケットパンチ!!」
がら空きの胴体に淵鏡皇の巨大な右拳が炸裂。
自身の倍はある巨大なドリル獣が体勢を崩す。
動を失った標的に、振り抜いた右腕の発射口が展開し噴進マグマ弾を連続で撃ち込む。
巨熊の胴体に満月の如き大穴が開けられ、石灰の塊と化した。
次なる目標へと転進する淵鏡皇の背後からはバッタ型ドリル獣が数十の群れをなして跳ね来ているが、彰吾は向き直らず、目線すら向けない。
徐々に近づいてくるバッタ達が跳躍から着地すると、突如爆火にまかれ次々と炎上。
爆発したのは淵鏡皇が予め撒布した地雷である。
「まだまだイケるわよ!火薬かゲンコツか、好きなのを選びなさい!」
ウズメ社を包囲したドリル獣は、淵鏡皇の獅子奮迅の大立ち回りにより大半が屠られた。
*
「こいつで終わりかしら!」
最後の一体を拳の連撃でミンチにした所で、彰吾が大きく息をつく。
頑強な肉体と角ばった額に汗が浮かんでいた。
索敵装置の反応に目を光らせる彰吾が、地中に僅かな反応を確認し身構える。
反応はみるみるうちに大きくなり、臨戦態勢をとった淵鏡皇の眼前に禍々しい気配をまとう巨人が地表を突き破って現れた。
蟲をより合わせたような襞に覆われた肉体から、歪なドリルが不規則に出入りしている。
三階建ての家屋ほどあるドリルロボを見下ろすほどの巨体である。
「あれだけのドリル獣をたった一人で倒すとは、恐れ入ったよ。お疲れ様。そしてさようならだ」
醜悪な巨人から、様相にそぐわぬ飄々とした青年の声がする。
九十九である。
「何よアンタ。キモいわ。見た目も、その声もね!」
彰吾は躊躇い無くトリガーを引き、夥しい数のミサイルとロケット弾を一斉に発射する。
無数の弾頭がドリル獣・九十九の巨体に触れ爆炎を上げた。
立ち込めた煙が晴れたその場所にあったのは残骸に非ず。
「いきなりミサイルとはご挨拶じゃないか!」
そこには折り重なった蟲の体を紐状にほどいた九十九の姿――姿と呼ぶには不定形過ぎるが――であった。
「これは……“群体”ってトコかしら?」
「ご明察!」
ドリル獣・九十九の正体とは。
より集まった無数のムカデ型ドリル獣が、九十九という単一の意志によって巨人の形に統合されたものである。
幾状もの蟲は空中で蠢き、淵鏡皇に殺到。
彰吾がペダルを踏み込む。
戦闘の余波で所々欠けた道路に窓から火を吹くビルの町並みを白い巨人が爆走し、蟲の体当たりから逃れる。
淵鏡皇の軌跡に沿って、蟲の頭部が次々と道路に突き刺さってゆく。
全ての蟲が“着地”すると、即座にもとの巨人の姿に集合した。
「鬼ごっこなんてつまらないよ!」
巨体が走った後には粘液が滲み、舗装道路が溶け始めていた。
怪巨人の拳が淵鏡皇を狙う。
これまでそうしてきたのと同じく、体を捻り巨拳をかわした淵鏡皇であったが、直後に猛スピードで後退。
振り抜かれた巨人の右腕がほどけ、蟲の群れと化し淵鏡皇に向かう。
「ち!」
彰吾は蟲を左腕のロケット弾で迎撃する。
だが、爆風でもぎ取られたムカデの頭は残った胴体から即座に再生。
弾幕を抜いた蟲が淵鏡皇の腕にまとわりつき顎のドリルを食い込ませた。
彰吾は咄嗟の判断で淵鏡皇の左前腕を自切し、間合いをとる。
蟲の集合体のような体を時には解き、時には固め、変幻自在の動きを見せるドリル獣・九十九。
「惜しかった、わね……!そんなことじゃあ、アタシと淵鏡皇は“やれない”わよ」
九十九に向かい言い放つ彰吾だが、滝の如く流れる汗が顎の先から滴っている。
ここに至るまでの戦闘で彰吾は著しく消耗し、今しがた淵鏡皇も左腕を失った。
「やせ我慢はよしなよ。君、ボクと違って片腕がもげたらそれっきりなんだろ?」
「あら、“再生能力”があるってことね。手の内をペラペラ喋っちゃってイイのかしら?」
「冥土の土産だよ。そろそろ休ませてあげよう」
右腕で絡めとった淵鏡皇の腕を放り捨て、九十九が再び大地を蹴る。
その両腕の襞は螺旋を形成し、歪んだドリルとなり回転して淵鏡皇を狙う。
「“気合”見せるわよ、淵鏡皇!!」
淵鏡皇も胸部のタービンをドリルへ変形させ迎え撃つ。
その時、両者の足元に烈震が奔った。
「グオオオオオオオオ!!!」
巨人の突進は、地の底からマグマのように噴出した獣の咆哮とドリルに遮られた。
地表から飛び出した橙の獣人・虎珠皇のドリルが九十九の怪ドリルを弾く。
蟲の巨人はそのまま後方に跳躍し、地響きを立て着地した。
「遅いわよ、旭!」
モニターに移る四本のドリルが屹立した背に、彰吾が声をかける。
「……悪ィな」
「(す、素直に謝ったわ!?)ま、まあアンタも頑張ったから、仕方がないわよね!」
彰吾の声を聞き流し、旭が蠱毒を人型にしたような醜悪な敵を睨む。
「ムナクソ悪ィ
「気安く呼ぶんじゃないよ、畜生風情が」
九十九は幾度も自らの所業を遮ってきた虎珠皇に対し、苛立ちを込めて吐き捨てた。
「グワォ!」
対する旭は語る舌を持たず、両腕の
背中のドリルが竜巻を放出し、巨人の懐へ飛び込み一撃を見舞う。
九十九は胴体をほどきこれを回避。
虎珠皇は正面から怪巨人の胴体を通り抜け、後方へ向き直りつつ着地した。
「……」
「そんな脳筋戦法じゃ、ムリだねぇ!」
巨人・九十九が両拳と脚を織り交ぜ攻めに転ずる。
突きや蹴りは時に触手状に解け、不規則な軌道で対手を絡めとるべく襲い来る。
正面、側面、下方、背後。
あらゆる方向から波状に同時に飛来する攻撃。
それらは、虎珠皇の橙色の装甲に一片も掠る事すら無い。
「この程度かよ」
九十九の攻撃を容易く見切った旭が呟く。
自分以外の誰にも聞こえないほどの小声であった。
「旭!アイツを倒す方法、だいたい“解った”わ」
通信回線越しの彰吾の声と共に、コクピットの端末にデータが送信されてきた。
旭が端末のモニタに目をはしらせる。
内容は、戦術プランであった。
彰吾は戦いながら敵の手の内を分析し、既に対策を講じ終えていたのだ。
「要するに、いつぞやのドロドロ怪人の“応用”ってワケ!」
「なるほどな」
作戦を理解した旭は頷き、視線をモニタから眼前の九十九に集中する。
「彰吾、休んでていいぜ。俺と虎珠皇だけでやれる」
これまでの旭を知る彰吾には異様に感じられるほどに、その声は落ち着き払っていた。
「そうみたいね。仇、討ってらっしゃい」
旭は無言。虎珠皇は右腕のドリルを胸の高さに構え腰を落とす。
巨人の体が散り散りの百足となり虎珠皇に迫る。
地を這うばかりでなく、空中を泳ぐように飛来するものもある。
「グオオオァアアアアアア!!」
獣人の背に屹立した四つのドリルが回転を始める。
推進力のコントロールにより、虎珠皇の全身がフィギュア・スケートのスピンのごとく超回転。
背後にそびえるウズメ社のビルに勝るとも劣らぬ高さの竜巻と化した。
獣の竜巻は周囲のあらゆるものを巻き込む。
虎珠皇に殺到した蟲の群れも、暴風の柱に残らず吸い込まれた。
そして、竜巻の柱からひとつの影が飛び出し距離を置いて着地。
橙色のドリルロボ・虎珠皇だ。
「虎珠皇――あの時の
虎珠皇が咆吼をもって応える。
先刻轡を並べた嵐剣皇が放ったドリル奥義『金剛索』。
旭は、そのドリル捌きに直観を得ていた。虎珠皇と自分にも“同じこと”が出来ると。
右腕をドリルと為し回転を始める。
螺旋の刃が
そして、虎珠皇のドリルは漆黒の光を帯びる。
「虎珠皇、これが……これが俺とお前の、ドリル奥義――」
旭の脳裏に、虎珠皇の意志が閃く。
そのまま続けて口に唱える。
「ドリル奥義『破導』――!」
両脚の爪はアスファルトの地面を掴んだまま。
踏み込みもせず、正面でうねり続ける竜巻に右ドリルを突き出した。
次の瞬間、ドリルの切っ先の延長線上にある竜巻が“抉り取られ”、真円の空間が出来上がる。
直立したまま右のドリルを振るう毎に、竜巻は円く穿たれてゆく。
暴風柱が霧散すると、巻き上げられていたムカデ型ドリル獣が次々と地を覆った。
再び巨人の形に凝集したそれは、体積を二周りほど減少させている。
「体が、体が再生しない!お前、何をしたんだ!?」
「ドリルってのは、元々“こういうモン”だろうが」
吐き捨て、黒く輝くドリルを横一文字に薙ぐ。
ドリル獣・九十九の両足首が消滅し、巨体が大地に倒れた。
『破導』ドリルがまとう破壊空間は、虎珠皇の腕の振りに合わせて目標に飛ばされる。
その空間に触れたものには、消滅あるのみである。
虎珠皇と感覚を共有している旭には、この『破導』のあり方こそが、ドリルの本質であると理解できていた。
「オラ、立てよ」
倒れ付した巨人のもとに即座に踏み込み、上体を蹴り上げる。
宙に浮いた巨人の鼠径部と肩をドリルで粉砕し達磨と為す。
「うぐぐ……体勢を建て直して……ッ!?」
「逃げんな」
残された体を蟲の群れにほどこうとする九十九であったが、虎珠皇の左手が頭を掴んだ瞬間、群体ドリル獣のコントロールは失われた。
群体を統制する『核』となる九十九本体が文字通り掌握された為である。
虎珠皇はそのまま左腕でドリル獣九十九を吊るすように持ち上げ、残された胴体へ何度もドリルを打ち込み、徐々に体表を抉り取っていった。
決戦の場となっている採掘都市の中心街は既に住民の避難は完了し、ほぼ無人。
墓石のように立ち並ぶビルに、延々とドリルの破砕音だけが響いた。
*
首から下が完全に無くなったところで、ドリル獣・九十九の頭部は地面に叩きつけられた。
活力そのものを喪ったドリル獣が石灰の骸と化したのを確認した旭と彰吾はドリルロボから降り、骸の中に居るであろう九十九“本体”のもとへ走る。
石灰の山から這い出した青年の顔に、旭と彰吾は目を見張る。
年若い男には、研究所でよく見る顔――穿地『一族』の面影が、確かにあったのだ。
「よ……よくも……よくも!ニンゲンがぁぁぁぁぁ!!!!」
旭達をニンゲンと呼んだその男は、人ならざる脚力で跳躍し生身の旭に飛び掛る。
その横面に彰吾の砲弾のような拳が直撃し、九十九は再び地面に叩きつけられた。
「往生際が悪いわよ!」
「ウグググ……ギギィ!」
彰吾に殴られた九十九の顔面は、下半分の皮が剥がれ落ち、中からバッタの顎のような異類の貌が覗いた。
「うらあああああああ!!!」
異貌に気付いた彰吾が何か言う前に躍り出た旭の手には、研究所謹製の携行兵器『チェーンブレード』が握られている。
大型の拳銃にチェーンソーの刃が取り付けられたDRL製の武器である。
ドリルとは異なる縦方向に回転する刃が、九十九の肉の皮とその下の甲殻をまとめて八つ裂きにした。
「敗けたよ。完敗、だッ……!」
巨人体と同じ運命を辿った九十九が、生首となってもなお口をきく。
顔の下半分に露出した昆虫の顎は頬まで裂けており、常に嗤っているかのようにも見える。
「だけど!僕ひとりにこれだけ梃子摺っていていいのかな!?フフフ、これから先、君たちが見る『地獄』を思うとねぇ!おかしくて!おかしくて仕方が無いよォ!」
「『地獄』?どういう意味よアンタ。答えなさ……」
彰吾の言葉が終わる前に、旭は世迷言を吐く残った頭を踏み砕いた。
数多のドリル獣を繰り出し採掘都市に仇なした謎の怪人・九十九は、斯様に造作も無くこの世から完全に滅び去ったのである。
「あ、旭……」
その行為を、彰吾は咎めない。
追い続けた仇敵を討ち果たせた筈の旭の顔を見たからだ。
その顔は、今までと同じ、あの“虚ろ”な顔だったのだ。
「俺が全てを投げ打って復讐しようとしていたのは、この程度の奴だった。この程度の……」
こうして旭の復讐は成った。
今、彼の心に去来するのは喜びではなく、空しさでもない。
ただただ呆気ない幕切れに、やり場の無い心のマグマが燻る。
俯いたまま立ち尽くす旭を、虎珠皇が静かに見下ろしていた。
*
九十九を打倒した旭と彰吾は、襲撃の報から想像していたのとは斜め上の状態に変わり果てた穿地研究所『回地』に面食らいながらも帰還。
帰るなり自室に篭った旭を置いて、彰吾は事の顛末を穿地に報告。
なお、嵐剣皇に関しては「時命皇の妨害に遭い取り逃した」と表現した。
「それで、アタシ達はこれから“どうする”の?」
彰吾の質問には含みがある。
九十九が言い残した言葉には、まだ見ぬ敵の存在が示唆されていた。
九十九と敵対する過程でドリルロボを建造した穿地が、事の真相をどれほど認識しているのかを確かめるつもりもあった。
「我々の戦いは、未だ終わっていない。そうだ、戦いだ。比喩ではない」
「やっぱり“敵”が“居る”のね……ねぇ所長。もうちょっと、命張ってるアタシ達に情報をくれたって良いんじゃない?」
彰吾が穿地の瞳にぴたりと視線を合わせる。
穿地は小さく「よかろう」と頷くと、やおら右の人差し指を天に掲げた。
普段の穿地からは想像し難い、芝居がかった動作。
「地上だ。そこに更なる敵が居る」
彰吾の目に緊張の色が浮かぶ。
採掘都市が生まれて数十年。
今では地底で生まれ育った世代も珍しくない。彰吾もその一人である。
彰吾にとって、地上とは異界に等しい隔たりを感ずる空間であった。
沈黙する彰吾に、穿地が続ける。
「あの九十九と言う者は尖兵に過ぎない」
「……尖兵?もっと大きな“組織”が地上にあるの?」
「組織と言うよりも『種族』と呼んだ方がいくらか正しいだろう。我々は、彼らを『魔族』と呼んでいる」
「随分オカルトじみた呼び方するのね……まあ、
「魔族は人類の歴史の裏に常に存在し、暗躍してきた。彼らが人類に干渉する目的は、人類の繁栄や進化を阻害することだ」
彰吾は黙って頷き、続きを促す。
「千年前に起きた、人類を滅亡寸前に追い込んだ災厄も、魔族による一斉攻撃が真相だ。公には分かり易く大災害の同時多発と言うことになってはいるがな」
「どうして穿地所長はそれを知ってるワケ?」
「……暗躍する魔族に対し、人類も歴史の裏で抵抗を続けてきた。魔族と戦うための知識、技術、兵器を持つ者達だ。『退魔士』と呼ばれた戦士たち。その末裔は、ある者は力を、ある者は技を、ある者は知識を受け継ぎ、今の世にも生き延びている――」
「つまり、
「そういうことだ」
今度は穿地が、彰吾の瞳を見据える。
知ってしまったからには後戻りは出来ぬ――そのように告げる目であった。
「魔族が跋扈する限り、人類の未来には常に憂いが付きまとう。今こそ、繰り返されてきた歴史に新たな道筋を切り拓くのだ」
いつになく朗々と語る穿地元。
更に続けて、普段しばしばそうするように、自らの言葉に自らが返答を継いだ。
「そうとも。完成したドリルロボには、それができる――」
*
地の底にて生まれたドリルは、これより地上を目指す。
空の下で螺旋が見るのは日の光か。
それとも深遠の暗闇か。
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