第12話 解放・深化・琢磨

高速で走行を続けながら機関砲とミサイルによる射撃を続ける淵鏡皇。


「さあ淵鏡皇、ガンガン動くわよ!」


白い巨躯が走る軌跡が、大地に土煙の弧を描く。

弧は時に、直角に折れる、Uターンする、など軌道を変化させながら間合いを保ち嵐剣皇への牽制を続ける。


牽制とは言え精確な足元や頭部への狙撃であり、回避するには相応の技量が伴う。

鬼面の嵐剣皇は現状、すべての射撃をかわし消耗した様子も見られない。


淵鏡皇が発射したミサイルの弾頭が空中で分裂・拡散し紅い目標に降り注ぐ。

嵐剣皇は後方に飛び退きこれをかわし、小型の弾頭は地表で爆発。大きな砂塵を巻き上げる。


土煙を振り払い突進してきた鋼の拳が嵐剣皇を襲う。

すぐさま真横に跳躍した脇を巨体が猛スピードで通り過ぎた。


「速度なら負けてないつもりだけど、瞬発力ならあっちの方が上、ってトコかしら」

高速の攻防と並行して思考をも疾走させ対手の能力を分析する彰吾。

コクピットに内装された端末には、ミサイル弾頭に紛れ込ませた情報収集装置スキャナーから得られたデータがリアルタイムで転送されてきている。


「生命反応!中に“誰か”居る!」

嵐剣皇の胸部に位置する夕の存在に気付くと同時に、断片的に得られている情報を総合する。


「旭はあの“面”が嵐剣皇を操っていると言った。じゃあ、“中の人”は何の為に居るの?……ちょっとだけ“賭け”をやろうかしら!」


淵鏡皇の描く『弧』が小さくなる。嵐剣皇との間合いを詰めているのだ。


鬼面の剣士が両腕のドリルを槍の如く伸長し淵鏡皇を刺突する。

彰吾は巧みなハンドルとペダルの操作で巨体を翻しこれをかわす。


「中にいる“アンタ”!このままじゃお互い埒が明かないわよ!やる気があるなら“嵐剣皇コイツ”を止めるの手伝いなさい!!」

外部に音声を発し、嵐剣皇の中に居る人物に話しかける。


旭が直感した『嵐剣皇は自分の意思で戦っていない』という情報に賭けたのだ。

嵐剣皇の仕様データによれば、胸部は搭乗者の為の空間。鬼面ドリル獣によってコントロールを奪われているのは本意ではないかもしれない。


(もっとも、中に乗ってるヤツが“何者”かも賭けだわね)



「あのロボットは、嵐剣皇を破壊しようとしてるんじゃなくて、解放しようとしている――!」


夕は、直接呼びかけてきた男の野太い声に希望を見出した。

手伝え、という言い回しはこちらを対等に見ていることを感じさせる。

あれだけの巨大ロボットが個人の所有物ではなかろうが、少なくとも悪い人ではない――そう思い込むことにした。


「私に何かできることは……!」

操縦桿を握り締めた右手の薬指で指輪が光る。


「やっぱり、光ってる……!それに鳴いている!」

コクピットの外では白い巨人と嵐剣皇はなおも攻防を続けており、躯体の構造が打ち消しきれなかった慣性や衝撃が時折夕の身にも伝わってくる。

「この光が『ヒント』なのね――!」


過酷な環境の中、意識を指輪と自身の感性に集中させる。

目を閉じ意識を研ぎ澄ますと、やがて自身の内面にある『なにか』が引っかかるような感覚に気付く。

その感覚に指輪の光と鼓動が対応していることにはすぐに思い至った。


更に集中。念じるのは指輪をもっと強く輝かせること。

『なにか』にもっと確かに意識を噛み合わせること。


(!?)


引っかかる感覚が不意に強まる。

何か一段『深い』場所に意識が落とし込まれる感覚。

指輪はハッキリと明滅して、瞼の向こう側からでも輝きがわかる。


そして、夕の脳裏にはどこまでも伸びる無限の螺旋がイメージされていた。

「渦巻く――剣――!」


夕は眼鏡の奥の目を見開き、イメージの螺旋を回転させた。


瞬間、鬼面ドリル獣の内側に嵐剣皇の経絡回路とは異なる異質な精命力が押し寄せる。

細く長く渦を巻く精命力が、ドリル獣の経絡を鋭く射抜いた。


これにより嵐剣皇の制御に齟齬が生じ、動作が停止する。

それはごく僅かな間隙。

だが、今繰り広げられている高速の攻防において刹那の隙は千拍の間に等しい。


「つ・か・ま・え・たッ!!」


白い右腕が嵐剣皇の顔面を掴んだ。鋼鉄の指が鬼面に食い込む。

淵鏡皇の内燃機関がひときわ大きな爆音を上げ、面を掴んだまま右腕を大きく後ろへ引き、直後に前方へ振り下ろす。


「え…ちょ、ちょっと待って!キャアアアアアア!!」

夕の悲鳴は当然彰吾には伝わっていない。

淵鏡皇はそのまま力任せに腕を振りぬいた。

その力により、内部回路に異常をきたしていた鬼面ドリル獣と嵐剣皇との結合が切り離される。


紅の巨体は放り投げられ少し宙を舞った後、大地に叩きつけられた。

「あらヤダ。“中”のヒト、大丈夫かしら」


思ったよりもあっさりと鬼面が剥がれてしまった為、力加減をし損ねた彰吾。

頭を掻きながら地表にうつぶせの格好で倒れている嵐剣皇を見た。


宿主を失った鬼面は、そのまま握り潰され石灰の骸と化している。

ドリル獣の残骸を放り捨て、嵐剣皇の状態を情報収集装置で確認。

「“中身”は無事みたいね。さあ、どう出るのかしら?」


直立した状態で地に伏せていた嵐剣皇の躯体から鳴動音が響き、各関節が順番に痙攣するような動きを見せる。

機能を停止していた躯体が再起動を始めているのだ。

彰吾はそれを判っており、嵐剣皇の動向を見守ることにした。



白い巨人に放り投げられた後、一旦視界が暗転した。

夕が気を失ったのではなく、嵐剣皇が機能を停止してコクピットの明かりが消えたのだ。


固唾を呑み操縦桿を握り直す夕。10数秒の後、再び明かりが灯る。

「元に戻れたみたいね、嵐剣皇」


夕が先に口を開く。彼女は、操縦桿を通して嵐剣皇の状態がある程度把握できるようになっていた。

「――すまなかった、夕」

コクピットに映し出された視界は、一面がむき出しの地面。

そこへ五寸釘を束ねたような鋭い指を持つ手が現れる。

嵐剣皇が、地面に手をつき立ち上がろうとしている。


完全にコントロールを取り戻した嵐剣皇は、地表に叩きつけられたダメージを確認しながら立ち上がった。

「本当、謝ってばかりね、あなた」

復活からの開口一番、謝罪を口にする嵐剣皇。

夕は安堵のため息と共に微笑むのであった。


「夕、ここには強力な力を持ったマシンが集まっている。それに、市街地でも戦闘が起きているようだ。長居は無用だ」

「いいえ。まずは『彼』と話をしましょう、嵐剣皇。やり方はだいぶ乱暴だったけれど、あの白いロボットは私たちを助けてくれたのよ」

「本当につもりなのかは定かではない」

「そうだったとしても、はある。いざとなったら切り抜けるだけよ」

嵐剣皇が黙る。夕の意見に従うという意思表示だ。

操縦桿から伝わる彼女の精命力オーラが洗練されていることに嵐剣皇は気付いた。



「私の言葉を向こうに伝えて、嵐剣皇……白いロボット、助けてくれてありがとうございます!」

立ち上がった嵐剣皇から聴こえてきたのは女性の声。

彰吾も外部スピーカーのスイッチを入れる。


「敵対する意志は無さそうね」

「そちらに攻撃の意志が無いならば、こちらもそうしよう。無用な争いは避けたい」


(今度は男の声?嵐剣皇って、複座型なのかしら?)


彰吾は言葉を選びながら、嵐剣皇の搭乗者を見極めようとはかる。

「アンタたち、どういう経緯でそのロボットに乗ってるの?」


(夕。は私を二人乗りのロボットだと思っている。彼は、私が以前遭遇した怪物のようなものと異なり、人間が乗り込むロボットであることを知っている)

嵐剣皇がコクピット内の夕に見解を述べる。

夕は、その声には返事をせず話を続けた。

「私にもよくわかりません。気がついたら嵐剣皇に乗せられていたわ」


(旭と似たようなケースかしら。機体の名前は判ってるみたいだし)

彰吾は思考しながら、腹を探り合うようなこの会話に嫌気がさしてきていた。


虎珠皇と時命皇の戦闘には未だ決着がついていないし、ウズメ社も気になる。

「嵐剣皇はウチの所有なのよ!アンタ達は何者で、目的は何?返答次第で、このまま第二ラウンドよ!」

彰吾は、敢えて手札を晒し、強引に事を進めることにした。


「……あなた達が、嵐剣皇を造ったのですか」

それはつまり、彼らの組織が国主明彦の命を奪った張本人であるということを意味する。

「そうよ。開発中に暴走してどっか行っちゃって、見つかったと思ったらヘンなお面着けられて操られてたの!おまけに二人乗りだなんて仕様も聞いてない!こっちもねえ、ワケわかんないのよ。こんだけ情報出してやったんだからそっちも質問に答えなさい!」


彰吾の言葉には、夕と嵐剣皇の知る事実との食い違いがある。

彼はやはり、嵐剣皇についての真実を知らされていない。


「私は……私の『目的』は、地上へ出ることです。その為には嵐剣皇の力が必要なの。ただそれだけ。それだけは、譲りません!」

嵐剣皇から発せられる毅然とした女性の声。

必死、執念、決意、そういった気持ちが叫びとして搾り出されていることが分かった。


「……アタシら、嵐剣皇を取り返すように命令されてるの」

「……!」

嵐剣皇が腰を落とし身構える。

「でもね、今のこの状況……アンタも嵐剣皇ドリルロボに乗ってるなら判るでしょ?採掘都市がとんでもないことになってるわ。アタシの“実家”もけっこう“ヤバい”状況でね。人の子としては、アンタたちよりも“緊急事態”の方を優先しなきゃなんない」


「そう、ですか」

「ええ、そうよ。だから、アタシがそっちをどうにかするまで“ここ”に居なさいよ?絶対に“どこかへ行っちゃ”ダメよ?“絶対に”よ?」

彰吾は、口をついて出る言葉を自分自身で聞きながら、もう旭の独断先行を咎められぬと自嘲した。


「……じゃあ、あなたの言う通りここでを返します。あの橙色のロボットも仲間なんでしょう?助太刀しますから、あなたは街の方へ向かって下さい」

夕の言葉に、嵐剣皇は口を挟まない。

彼女の決断だけでなく、眼前に立つ淵鏡皇の搭乗者の心意気にも応えねばならぬのだ。


「アンタ、いい女ね。昔のアタシだったら、惚れてたかもね」

淵鏡皇は躊躇うことなく巨体を翻し、紅の騎士に背を向けた。


「それじゃ、“任せた”わよ!あの黄色いのは“虎珠皇”、中には“天原旭”ってバカが乗ってるわ!」

胸部のドリルを展開し、地中穿行の体勢に入りながら彰吾が告げる。

「あと、アタシは宇頭芽彰吾。は淵鏡皇よ!アンタは?」


「薙瀬、夕です」

「夕、旭をヨロシクね!!」


言い残し、淵鏡皇と彰吾は地中に消えた。


「嵐剣皇、もしかしたら私たち、かなり不利な状況になってるかもしれない。だけど」

「――これが人間の持つ『気持ち』なのだろう。君の『気持ち』は精命力の波動となって伝わってくる」

「それ、本当に分かってるのかしらね?ま、いいわ。行きましょう嵐剣皇」

「心得た。夕、あの橙色のロボット……虎珠皇が戦っているのは、私達を捕らえた黒いロボットだ」


嵐剣皇と淵鏡皇が戦っていた地点から数百メートル先で、ドリルを打ち合せる二つの影が見える。

ドリルロボの望遠可能な視覚により、二者の姿は鮮明に確認できた。

「借りを返しましょう。どちらにも、ね!」


*



剛脚が大地を蹴り、獣のドリルが墨色の魔人に迫る。

魔人は左脚を振り上げる。

踵のドリルで獣の右腕を下方へ弾き、その勢いで後方に跳躍。


「グオァ!」

虎珠皇が短く吼え、前屈し四肢を地面に着く。

体重を前方にかけ、前進のバネを両脚に矯め、再び砲弾のような踏み込みで時命皇に突進。

時命皇の着地に合わせドリルを連突する。


時命皇は同じく両腕のドリルで迎え撃つ。

二対のドリルが絶え間なく打ち合わされ、採掘都市の人工の空に巨大な金属のぶつかり合う轟音が響いた。


幾度かの実戦経験を経て、虎珠皇と旭の闘争力は高まっていた。

単なる場慣れというだけではなく、感性を研ぎ澄まして殺気を振るう術を身に着けた歴戦の獣であった。


時命皇は対手のドリルに自らのドリルの回転を噛み合わせることで、攻撃をあらぬ方向へ逸らす『巻き落とし』を得意としている。

その使い手が、今や虎珠皇のドリル連撃に対して同じくドリルを打ち合わざるを得ないのだ。


「以前のままではない――それは認めよう。だが、まだ及ばぬ!」

時命皇の巨体が瞬時にして地に沈む。

脚部のドリルによる超高速の地中穿行である。


「逃げんなよ!」

両腕を引き戻し後を追う虎珠皇。

光なき地中を虎珠皇と時命皇は猛スピードで駆け巡る。


鳥類は空中で争うとき、空を幾度も旋回しながら互いにぶつかり合う。

ドリルもまた、地中で敵の気配を辿りながら高速移動を繰り返しぶつかり合うのだ。


「虎珠皇、高い場所からお見舞いしてやろうぜ!」

急上昇して地表に飛び出した虎珠皇の両手には二本ずつ地中魚雷が握られている。

地中魚雷を地面に向けて投げ放ち、自身も再び地中へ穿行。


突撃する虎珠皇と地中魚雷は、時命皇には上方から迫る5つのドリル反応として捉えられる。

地中魚雷は時命皇の周囲で炸裂。

爆発の振動と解放された圧縮マグマの熱により、地中における時命皇の『目』が眩む。


「とったぜえ!」

炸裂したマグマの幕を貫いて、虎珠皇が左下方に肉迫。


「ぬう!」

両腕のドリルを突き出しての渾身の突撃。

時命皇は踵のドリルで受け止める。

虎珠皇の勢いは止まらず、そのまま時命皇を地表まで押し出した。


「やはり虎珠皇、お前は我が同胞たり得る」

「その上から目線でだぁ?寝言は寝て言え!」


「虎珠皇。お前の内に居座る、その下らぬ肉のくびきから解放してやろう」


時命皇の全身に備わったドリルが十方に射出され、地中に潜り込んだかと思えば、虎珠皇を取り囲むように再出現し頭上を飛び交う。

複雑怪奇な軌道はドリルとその主を繋ぐワイヤーによって可視化され、籠のようである。


虎珠皇が地中へ逃れようとするが、地表を少し削った所でドリルが弾かれる。

地中にもワイヤーが張り巡らされているのだ。


「ドリル奥義『金剛索』――眠れ、虎珠皇。滅せよ、人間」



ワイヤーから放たれる電撃が虎珠皇を、搭乗者である旭を襲う。

「うぐ……虎珠皇!気ィ失ったら前と同じだぞ!根性みせるぜ!」


旭と虎珠皇は共に唸りながら歯を食いしばる。

勢いを徐々に増す電撃に膝をつくも、両の眼は敵を捉えて離さない。


「虎珠皇。俺達ァ、野郎に落とし前つけなきゃならねえ。このままジッとしてたら負けちまうよな」

「グルルルル……」

全身から汗を噴き出しながら気力で意識を繋ぎ止める旭が語り、虎珠皇が頷く。


「俺達のドリルは二つだけ。あの野郎のドリルは……だ。こっちはドリルの数が足りねえよな。じゃあ、どうすればいいと思う?」

旭の眼が爛と輝く。顎先を伝った汗の粒が、コクピットの蓮華座に落ちて弾けた。

「――こっちもよぉ、ドリルを増やせばいいんだぜ!」



「!!――グオオオオオオオ!!!!!!」「うおおおおおお!!!!!!!!」


搭乗者と共に橙の獣が吼える。

四肢の大爪で大地を掴み、全身から咆哮を搾り出す。

人工の空が揺れんばかりに。


「往生際が悪い!」

更に電撃を強める時命皇だが、それでも獣の闘志は一向に萎えることはなく、むしろ一層烈しさを増していく。


「虎珠皇の精命力が高まって、ゆく!――ドリルの気配が二つ……!?」


『金剛索』の籠の中、轟き続ける獣の変化に時命皇の精神的な平衡が揺らぐ。

驚愕である。


虎珠皇の背部が隆起している。

背中を覆っていた金属の装甲が弾け飛び、半透明で鉛色の躯体が露わになった。


露出した躯体は赤熱。

獣の背が嵐の海の如く波打っている。


咆哮が最高潮に達したとき、背の高波は四本の柱となり固定された。

螺旋の溝が切られた円錐状の柱である。


虎珠皇の背に、新たに四つのドリルが出現した。


「グオオ!」

今度は背中のドリルが咆哮を始める。


四本の螺旋が高速回転すると、虎珠皇の背から竜巻が発生。

単なる風ではない。ドリルの生み出す破壊エネルギーを孕む暴力風である。


ドリルと数を同じくする四本の竜巻がワイヤーの籠を引き千切り、開けられた穴から虎珠皇は脱出を果たした。


「――――なせばなる!!!」



背中のドリルが再び竜巻を起こす。

見た目通りの強烈な推進力が、獣を音速の域にまで加速せしめる。


「く……!」

時命皇は、類を見ない速度の突撃にどうにか反応し身をかわす。

衝撃波が体を打つが、足捌きで踏み止まった。


踏み込みをかわされた虎珠皇であったが、背部のドリルによる推力を制御することで突進のエネルギーを旋回へと繋げ、時命皇とは一足分の間合いしか離さず向き直る。

続けざまに左の拳を時命皇の墨色の肩に見舞う。


獣の拳は、巨人の身を強かに打った。

だが、同時に時命皇が放った膝蹴りを右掌底で防いだために追撃は出来ず。

両者は間合いを取り、体勢を立て直す。


「受け手に余裕が無くなって来たなァ!よォ!!」

「おのれ……獣の性を矯めることなく解放したと言うのか…!」


かつて黒色の巨人に為す術もなく打ち倒された橙の獣は、今や互角以上の存在として対峙するに至った。


獣は、獣のままにして――荒ぶる獣性でドリルを廻し――更なる深みへと到達したのだ。


先程までの攻防から一転、両者は互いのドリルを回転させたまま動きを止める。


螺旋の回転音だけが空間を支配する。

風の流れが拮抗。


そこへ新たなドリルの気配が近づいてくる。

風が乱れる。


気配が近づく度に、大地が揺れる。

凄まじい脚力で地を蹴っているのだ。


地を蹴る振動と共に、紅色の影が一瞬だけ像を映しては掻き消える。


紅色の影とは、他でもない嵐剣皇である。

低く鋭い跳躍のような走りは視認することあたわず。

地を蹴る瞬間に辛うじて姿を捉えられるばかりであった。


数足離れた場所で歩を止めた嵐剣皇に、虎珠皇と時命皇の視線が注がれる。


「嵐剣皇!あの“面”が取れてるって事は、彰吾がやったか!」

「虎珠皇と搭乗者の天原さん!助太刀します!」

時命皇ヤローにゃ借りがあるんだ!邪魔すんじゃねえ!」

「私達にもあります!助けてくれた宇頭芽さんと貴方への借りと、嵐剣皇を捕えた彼への借りが!」


「……足手まといになっても今度は助けねえからな、姉ちゃんよ!」

「ええ!」


旭の了解を得て、嵐剣皇は虎珠皇の隣に並び立つ。

「束になって来るか」

「二対一でも油断はしないわ。全力で行くわよ、嵐剣皇!」

「夕、虎珠皇の搭乗者に伝えてくれ――私に秘策があると」


嵐剣皇の言を受け、夕が旭に合図を送る。


「私達が彼の動きを止めます」

「策ありってか。いいぜ、乗ってやる」


嵐剣皇が頷き、虎珠皇の前へ出る。

両腕に展開した細身のドリルが高い回転音を上げている。


右脚を僅かに前へ出して一瞬のの後、紅の甲冑が影となる。


影は分裂しながら時命皇の外周を取り囲む。

その数は十。影でなくと呼べるほどの鮮明さを持った十体の嵐剣皇が、墨色の巨人を包囲した。


総ての嵐剣皇が一斉に両手のドリルを伸ばす。

文字通り四方八方から繰り出される螺旋の長槍を、時命皇は全身のドリルを用いて捌く。


「分身程度で私を出し抜けると思うな」

「そうだろうな」


嵐剣皇の影が一つに集い、時命皇の背後に立つ。

その時、時命皇は対手の狙いを理解した。


「ドリル奥義・分身金剛索!」


黒い巨人を幾何学模様に編まれたドリルが覆っている。

その大元は嵐剣皇の両掌である。

超常の域にまで練られた足捌きによる高速移動で自らを十の残像に分かち、十方からほぼ同時に繰り出したドリルの軌道を瞬時に綾釣り檻を成したのだ。


「私の奥義を……!」

「ただだけではないぞ」


紅の騎士は掌を通じてドリルの檻に精命力を伝導。

螺旋を導通する精命力の流れにより檻の中に強力な磁場が発生し、内部に捕えた時命皇の経絡を直に揺さぶる。


「電磁縛りの術!」


「ぬあああああ!!!」

墨色の巨人が、初めて苦悶の声を発した。

二重の奥義によって、その巨体は完全に動きを封じられたのである。


「今よ!」


「オラアアアアアア!!」

虎珠皇の背から旋風が巻き起こる。

推力を右腕のドリル一点に集中し、巨躯を鏃と化して時命皇に突進。

衝撃波により弾道に沿って地面が裂けてゆく。


「この時命皇を、甘く見るな!!」


音速のドリルが胸板に達する寸前、黒色のドリル戦士は烈なる気迫を以って全身のドリルを伸長。

『金剛索』の戒めを破った上で迫る獣のドリルに自身の左腕ドリルを叩きつける。

体幹への致命打は避けたものの、虎珠皇の渾身の一撃を完全に逸らすには至らず右脇腹を抉られた。


「落とし前、つけさせてもらったぜ!」


手応えを感じた旭の勝利宣言と共に、突進に急制動をかけ時命皇を向き直った虎珠皇も咆哮する。


「ふ、不覚…!」

膝を着く時命皇に、旭は追撃を行わずした。


「ひとつ答えろ。今、採掘都市あっちで起きてる騒動は手前の仕業か」

時命皇が眼前で仁王立ちする虎珠皇の双眸を見上げる。

自身をこそ霊長と信ずる彼は、旭ら人類を無条件に見下している。

しかし闘争の末、地に膝を着いたのは自分であり、“勝者”に一定の敬意を払う矜持もあった。


葛藤の間を置いて、巨人が自ら口を割る。

「私はウズメ社と穿地研究所の襲撃に手を貸したに過ぎん。それが我が目標であったからだ。彼奴もまた同胞を弄ぶ者。本来は相容れん。目的を果たした後に潰すつもりだ」


「同胞……DRL……ドリル獣をけしかけてくる野郎が、手前とは別に居るって事だな。で、そのクソ野郎は何者だ」

「奴の得体は知れぬ。確かなのは、我が同胞であるDRLと、貴様らの同族とを玩具のように弄んでいることだ」


同族。つまり、人間のことである。

それを聞かされた旭は、修羅道の入り口――家族を殺され自身も怪物のにされた時の激怒と憎悪を生々しく再生させる。


「……そいつはウズメ社に向かってるんだな」

「左様だ」

時命皇の答えを聞くと、虎珠皇は両腕のドリルを回転させ、採掘都市居住区――ウズメ社の方角を見やった。


「私に止めを刺さぬのか」

「今はンなことに割く時間も惜しい」

旭の眼は血走り、剥き出した歯は軋むほどに食いしばられている。


「……奴の名は、『九十九』と言う」


時命皇が言い終えるより先に、虎珠皇は地中へ穿行。獣の気配は猛スピードで遠ざかる。

そして、紅の騎士・嵐剣皇の姿もいつの間にか忽然と消えていた。


時を同じくして人工の空に光を充たしていた照明が切り替わり、採掘都市に夜の帳が降りる。

ここは地底。人類が一手に切り拓いた、人工の天地フロンティア



「時命皇……深中審也、口ほどにもなかったね。もういいや、自分で


穿地に上手を取られたことへの激怒から一転、抑揚の無い声音と虚無をたたえた顔面の九十九が席を立つ。

おびただしい数のモニターは殆どが画面を砕かれていた。


九十九が至るのはアジトの最下層。

そこは地獄の釜の中のような広大な空間。

壁面は動物の臓物を撒き散らしたようで、光と影の別すら曖昧に薄暗く、血液と腐敗物の入り混じった悪臭が立ちこめている。


「最後に勝つのは僕さ」


常人が踏み入ればたちまち吐き気を催すであろう空間。

中央に座すのは醜悪、凶気、恐怖、ありとある負なるものを一つにしたかのような怪物である。


裸形の身体に蟲が寄り合わさって体を覆ったかのような異貌。

おぞましく蠢く表皮は所々が裂けている。


無数の瞼のようにも見える裂け目には眼球の代わりに歪な棘螺旋が出たり引っ込んだりする。


九十九は怪物の頭頂部に降り立つ。

頭蓋を覆う肉の襞がゆっくりと裂け、九十九を迎え入れた。


やがて、頭であろうことが分かる瘤のような無貌の一部が大きく裂ける。


巨人が見せた貌は、異類の青年・九十九がしばしば見せていた、愉悦や狂喜の表情そのものであった――――

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