第5話 全員集結!ドリルロボと光鉄機
荒地を塞いだ巨岩の中心に亀裂が入る。
弾ける様に砕けた岩の破片と土煙を、淵鏡皇の白い巨体は岩よりも容易く吹き飛ばしていった。
コクピットの後方に座った基が手に持った装置のレバーを右前方へ倒すと、モニターに緑色の三角形が点滅表示される。
彰吾は無言で頷き、ハンドルを右へ切って淵鏡皇を基の導く方向へと走らせていく。
軌道は直線直角。進路に障害物は一切存在しなかった。
全て粉砕しているからだ。
彼らはいま、薙瀬夕と嵐剣皇から以前聞いた『指輪の話』を再現している。
かつて国主明彦が対になった指輪が互いに惹かれあう性質を利用したように、礼座光の欠片がより強い反応を示す方角へ進むことで鍔作舞の行方をつきとめようと言うのだ。
実際、光鉄機として変身する基と光の欠片とは感覚の繋がりが非常に強い。
発光や振動、発熱など目に見えるあらわれよりもずっと繊細な反応ですら、基にはつぶさに感じ取ることができていた。
なお、少年は未だ知らない。
現在自身が発揮している力が、超常の感受能力であることを。
その能力は、強くなにかを求める気持ちの高まりに応えて発揮されていることを。
やがて眼下に深く広い溝の刻まれた台地にさしかかり、小山ほどある瓦礫の墓標を横切った頃。
上空を併走させていた索敵ドローンから、忘れようのない黒い靄の映像が送信されてきた。
*
「“見つけた”ワ。けど、舞が“居ない”わね」
「指輪は、ヒカルは確かにあそこに居るみたいです!ほら!」
後部座席から身を乗り出した基が、鈍く輝き始めた左腕のブレスレットを見せる。
「とっ捕まえて“吐かせる”わヨ!」
「どうやるんです?」
「なに、“手馴れた”モンだわ!舞が居ないのはかえって“好都合”!!」
砂塵を巻き上げ爆走を続けていた淵鏡皇の両脚ホイールが停止し、巨体が地を踏みしめる。
曇天を仰いだ白巨人は、胸のタービンを回転させ始めた。
回転により生じたエネルギーが竜巻を為し、うねりながら昇る。
みるみる延びたドリル暴風の先端は、一見漂う靄に擬態していた蝙蝠男を掴まえた。
腕で掴めばたちまち霧散するであろう黒い靄は、風の流れには抗えず吸い寄せられる。
かつて地底での戦いにおいて、蟲の群体たる九十九ドリル獣を打倒した策をこの場で再現したのだ。
「“光”は頼んだわよ、基!」
彰吾の声は吹きすさぶ風音にかき消されていく。
基は淵鏡皇の喉元に立ち、吸い寄せられてくる奪われた仲間の欠片に意識を集中させた。
少年の両手が素早く組まれては解かれ、九字の印契を結ぶ。
研ぎ澄まされた感性が螺旋風に巻き込まれた小さな指輪の輝きを捉え、弾指の間に左手を抜き放つ。
引き寄せられた基の手の中には、鍔作舞の指輪――礼座光の半身が収められていた。
*
「ぐ、おおお……」
靄への擬態もままならず暴風の檻でうめき声を上げる蝙蝠男を、彰吾はモニター越しに眺める。
舞の指輪を奪還しコクピットに戻った基も同様にモニターに目をやる。
「どうするんですか、こいつ」
少年の怒気を孕んだ声色にわずかに肩をすくめながら、彰吾は淡々と言い放った。
「とりあえず“尋問”じゃない?
「そうですね」
彰吾の冷酷な提案に、少年も首を縦に振る。全会一致であった。
「コイツはどこへ“向かってた”のかも“ついで”に聞きたいところねェ」
「「ハジメ、彰吾、この魔族の行き先も舞の行方もだいたい見当がついている」」
頭の中に直接響くのは、妙に久方振りに聴く心地のする礼座光の声である。
「あ、そうか。ブレスレットと指輪が揃ったからヒカルは喋れるんだね」
「「ああ。話こそ出来なかったが、俺の意識はずっとあったからな。マイとの距離が離れてしまう直前までならば感覚も共有できていた」」
「あら。それじゃあ“コイツ”は……」
「「時間が惜しい。先を急ぐべきだな」」
光の答えを聞くとほぼ同時に、彰吾は火器管制コンソールを打鍵。
空中に磔となっていた蝙蝠男はジェノサイド・ナパームで火刑に処され、あらためて黒色の煙と化した。
もはや実体に戻ることのない黒煙は、折り良く吹いた地獄の風にさらわれ文字通り跡形も無くなるのであった。
「「あの魔族……蝙蝠男は『鉛色の牙』と『黄金の爪』なる者達から逃げていたんだ」」
「そういえばココまで来る“途中”でもそんなこと喚いてる“連中”が居たわね」
「もしかして強い魔族なのかな?」
「「いや、魔族ではない。『彼ら』にはドリルがあった」」
「その“言い方”だと嵐剣皇じゃあ、ないわよネ?」
「「ああ。おぼろげに共有できたマイの視覚からわかったんだが、黄金の爪と呼ばれた『ロボット』の背中と両腕には確かにドリルが在った」」
「“背中”に“両腕”……でもって、“黄金”ね……“間違い”ないワ。アイツ、“生きて”た」
驚きと喜び、その他の情動が絡み合った衝撃の色が彰吾の顔面に浮かぶ。
「舞もその黄金の爪を見てるの?」
「「マイは魔族にさらわれたが、鉛色の牙と黄金の爪に救出され、現在は行動を共にしているようだ。そして、蝙蝠男は彼らから逃げていた」」
「舞は無事なんだね。それで、その牙と爪は魔族を追い掛け回してるってこと?」
「「そうだな。鬼どもの口ぶりでは、随分と派手にやっているらしい」」
未だ実態を掴めないでいる基は、伝聞する『鉛色の牙』と『黄金の爪』なる存在に得体の知れなさを感じていた。
そこへ、ふと見やった宇頭芽彰吾の表情は最終的に笑顔に落ち着いていたのだ。
「ったく――“相変わらず”のおバカやってるみたいじゃない!」
少年は、この大男とは道中でだいぶ気心が知れた思っていた。
しかしこの時彰吾の面に滲んだ笑みは、今までに目にしたことのない種類の笑顔であったという。
*
黒土の野、所々に赤紫の草が群れなす平原。
広い不毛の野原を埋め尽くさんばかりに鬼の軍団がひしめいている。
身の丈7メートルに及ぶ巨鬼が十数名単位で整然と並び立つ。
彼らは『軍勢』である。規律を持った集団だ。
背後にあるのは鎌首をもたげたコブラの如きシルエットの建築物。
ゲドー軍の精鋭部隊が擁する一線級の拠点『
地獄界に生きる魔族であれば、この城とそれを守る軍勢に近付こうとすらしない。
ましてや、攻め入ろうなどとは、思いもよらない。
平原の一部がにわかに隆起し、黒土が弾ける。
鬼達の眼光を一身に浴び、思いもよらないことを為そうとする者が地中から出現した。
「なあ、落し物をしちまったんだが……ここに知ってる奴ァいねえか?」
橙色の装甲に覆われた背中から四本の螺旋を屹立させた巨人が、曇天に声を響かせ鬼達に問う。
その姿を目にし、その声を耳にした鬼達は、携えた金砕棒を一斉に両手で構えた。
罵る声も雄たけびもない静寂が張り詰める。
静けさは、この砦を守る鬼達の集団としての強さを裏付けていた。
「おやおや黄金の爪殿、鉛色の牙殿。我が城へ来られたのは探し物ですかな」
落ち着き払った声と共に、臨戦態勢をとる軍勢の奥から鬼とは異なる容貌の巨人が音も無く歩んでくる。
くすんだ灰色のなめし皮で仕立てたローブから、砂色の鱗に覆われた四肢に長い尾と首が上下に伸びる。
慇懃な言葉を吐く口は左右に大きく裂け、中には上下に鋭い二対の牙、二又の舌も二本チロチロと動く。
軍勢の巨鬼らと同等の身の丈を持つ、蛇男であった。
「テメーが親玉か。今言った通りだ。俺のツレが大事なモノを無くしちまってよ。ちぃとばかし、ここらを探させてもらうぜ?」
コクピットの中で牙を剥く旭に応え、虎珠皇が両腕をドリルに変形させる。
一方の蛇男は開ききって表情の読めない両目そのままに、物腰を崩さない。
「ほう、もしやその探し物とは、こちらのことですかな?」
足元に目配せをすると、部下と思しき人間大の狐獣人が両手に箱を抱えてきた。
蛇男の身体を素早く駆け上がり掌の上に立った狐獣人は、虎珠皇に向かい箱の蓋を開けてみせる。
「……なに?よく見えないよ」
虎珠皇と蛇男との間には百メートル程度の距離が開いている。
箱の中に収められた物体は小さく、虎珠皇のモニターをズームしても鮮明な映像は捉えられなかった。
「これくらいの距離なら直接見れば大丈夫かな」
「そうすっか。念のため俺もついてくぜ」
虎珠皇は一度展開したドリルを収めると、胸部のハッチを開放。
開放された装甲の足場に旭と舞が立つ。
「私の指輪だよ、アレ!!」
「マジかよ。探す手間が省けたな」
舞の目に映ったのは、間違いなく蝙蝠男に奪い取られた銀の指輪。礼座光の欠片であった。
「そいつで間違い無え!」
旭の声は曇天によく通る。声帯もDRLによる置換が施されていた。
「それは良かった。どうです、鉛色の牙殿。今日のところはこの指輪に免じて見逃してはいただけますまいか」
「取り引きってヤツか。俺ァ次の日にはまた来るかもしれないんだぜ?」
「それでも構いません。今日は別の客人を迎える予定が立っておりまして。その代わり、我々も貴方の背中を狙うような真似はいたしません」
旭は目線を傍らの舞に落とし是非を問う。
大きな瞳で彼を見上げる舞は、問いに対し深く頷いた。
「良いぜ、呑んだ。ただし妙な真似をさせるつもりは無えからな、そこからこっちまで指輪を投げてもらおうか?」
「ご理解いただけてありがたい。それでは、この“指輪”をお受け取りください」
長い首をしゃくるように一度くねらせてから、蛇男は小箱を投擲。
箱は緩やかな放物線を描き、悠々と虎珠皇の両腕に飛んでゆく。
問題なく箱をキャッチした旭がもう一度蓋を開け、舞に差し出す。
「よかった、本当に指輪だよぉ……」
少女が安堵のため息を漏らして箱の中の物体に手を伸ばした瞬間、蛇男の二枚二又の舌が素早く口端から出入りする。
同時に足元の狐獣人が両手の肉球で拍手を打つと、100メートル先の箱から白い煙が広がった。
「な、なに……これ!?」
煙と共に舞にまとわりついたのは、砂色の鱗に包まれた綱のような何かである。
しなやかに少女の全身に巻きつき一瞬で拘束したそれは、先端だけでもアナコンダほどの太さ長さに力を備えた蛇男の尾だ。
「舞!?」
「動くな!そのガキを雑巾みたく絞られたいか?」
尾を引き剥がそうとする旭を、蛇男が粗暴なだみ声で制す。
本体から切り離されている尾の先に力が込められ、少女がうめき声を上げた。
尾に捉えられた舞が、そのまま吸い込まれるように蛇男のもとへ引き寄せられていく。
旭はその様を、額に血管を浮かせ、歯を喰いしばりながら見届けるしかない。
「野郎!」
「なんだ怒ってるのか?こんな初歩的な幻術に引っかかるバカは初めて見たぜえ!」
ただ睨むことしかできないでいる旭と虎珠皇を見て、蛇男は一層癇に障る甲高い笑い声を上げた。
一旦切り離した尾の先は再び身体に繋がり、舞は依然巻き捕らえられている。
「さあ、改めて“取り引き”だァ!テメーの
「こんなに大勢居るのに卑怯な手まで使うなんて、信じられない……!」
全身の自由を奪われた舞は、唯一動かせる目と口で精一杯の抵抗を見せた。
「エサは黙ってろや!」
蛇男が尾締め付けると、舞の喉奥から苦悶がこみ上げる。
苦痛に呻く少女の声を、周りの鬼達は薄ら笑いをもって眺めていた。
「やめろ!それ以上、
「やめないね!でもって、痛めつけるなら……なんだ?もしかして俺達を殺すってかあ?それも違うよなあ!お前が俺達に嬲り殺しにされるんだよォ!」
棒立ちしたままの虎珠皇を鼻で笑い、蛇男が全軍突撃の号令を出さんと右腕を振り上げる。
だが、その腕が振り下ろされる直前。
地面から突如噴出した黒い煙幕が、辺りの視界を遮断した。
*
「な、なんだったんだ今の煙は……おい鉛色の牙ァ!てめえの仕業か!?」
蛇男はがなり立て、人質を捕らえた尻尾にきつく力を込める。
「クアァーッ!おやめください、ワ、ワタクシでございますゥー!」
尾の先から上がった悲鳴は人間の少女のものではなく、配下の狐人のものだ。
蛇男は解放されぐったりと地面に寝そべる狐人をつま先で小突く。
「どうしてテメエが絞められてるんだ!?人間のガキはどこへ行った!」
長い首で平原を見渡す蛇男の視界を、紅の影が横切った。
「ふぇ……ここどこ?いい、匂い」
何となく見覚えのあった煙幕から一転、クリアな視界を得た舞はいつの間にか先刻までと全く異なる場所に居た。
一瞬混乱しかけるが、その場所に漂う匂いと、耳に入ってきた声が彼女の思考を整える。
「舞ちゃん、ケガはない?」
空間の中央に在る操縦席から話しかけてくる夕を見て、舞の表情が一気に明るくなる。
「夕さん!じゃあ、ここってやっぱり……」
「
「嵐剣皇も……良かったぁ……」
安堵から緊張の糸も緩み、舞の瞳に涙が滲む。
が、少女は此処が敵地であることに気を取り直し目元の涙を拭う。
そんな様子を見て夕は優しく微笑んでから、同じく戦士の顔を作る。
「敵が攻めてこないわね」
敵陣の中心から舞を救出した嵐剣皇は、敵が虚を突かれているうちに陣の外側まで急速離脱。
正面から斬り込もうとしていた虎珠皇に対し、鬼の軍勢を側面から見渡す位置取りだ。
「夕。随伴していた深中審也の姿が見当たらない」
「逃げた、なんてことは無さそうね。何かわかる?」
「地中に反応がある。この反応はドリル。ドリルロボのものだ。しかも、
「彼の正体が判ったわね、嵐剣皇」
煙幕と共に乱入してきた嵐剣皇の姿を確認した鬼の軍勢が、虎珠皇と嵐剣皇を共に敵と見做し戦闘態勢をとった。
「コケにしやがって……ゲドー軍本隊をナメるなよ!全軍、叩き潰せ!」
軍勢の前衛が一斉に地を蹴る。
鬼の軍勢は怒涛となり嵐剣皇と虎珠皇に押し寄せる――ことは適わない。
彼らの脚が、上がらない。踏み出せない。
いつの間にか大地の広範囲にわたりワイヤーの網が張り巡らされている。
そこに導通する精命力が、前衛の脚を地に縫い付けているのだ。
「嵐剣皇よ。私が時間を稼いでいるうちに奴と……虎珠皇と合流するが良い」
地中から直接伝導してきた声は、深中審也のものである。
そしてコクピットのサブモニターには、
「あなた、時命皇だったのね。私達を助けるの?」
「酔狂ついでだと、言った。体勢を整えるくらいは手伝ってやる」
一方、虎珠皇のコクピットに戻った旭も、敵軍の異変と共に地表に生じた精命力の気配をさとった。
「この感じ『金剛索』だな。あのヤローもこっちに来ていたか」
改めてドリルを構える虎珠皇が、この戦場への更なる乱入者を後方に察知。
爆音を後ろに吐き、両脚のローラーで砂塵を蹴立てながら淵鏡皇の白い巨体が近付いてくる。
互いにその雄姿を認めた地底の戦友が、地獄界で再会した。
「よう彰吾。遅かったじゃねーか」
傍らに並び立った淵鏡皇に、旭の方から通信を送る。
モニタに表示された旭の“外見”に一瞬驚いた彰吾だが、すぐに受け入れ言葉を返す。
「アンタが“早過ぎ”ンのよ」
言葉を交わす男達のもとに、疾風の跳躍で嵐剣皇が合流。
開放された胸部ハッチから出てきた舞が身体いっぱいで叫んだ。
「旭さん!彰吾さん!……基ぇっっっ!!」
少女の叫びと同時に、少年も淵鏡皇のコクピットから飛び出す。
「舞!!」
基の体勢は、退魔士の里で雨深那より授かった投擲術の構えだ。
少年の左手に羽根を象った銀の指輪が握られているのが、舞の目には鮮明。
幼馴染同士、その意図はわざわざ確かめるまでもなく判っていた。
「
基は気合の発声と共に、精命力を通わせた全身のバネで小さな指輪を投擲。
十数メートル離れた舞へ向け銀の光が一直線に飛んでゆく。
「
舞は基に応え、地上7メートルの高さから飛び降りた。
伸ばされた右手に閃光の欠片が還ったとき、少年少女は退魔戦士『光鉄機』となる。
「電龍ドラグ!」
「翔炎セイル!」
「「我ら光鉄機!悪鬼、皆悉く催滅せよ!!」
*
地獄の平原で二つの力同士がにらみ合う。
一つは此の異界を席巻する悪鬼の群れ、ゲドー軍。
一つは並び立つ橙色、白、紅、蒼、朱の巨人達。
「さて、役者も揃ったところでひと暴れすっか」
時命皇の金剛索から抜け出ようとする鬼達へ歩を進める虎珠皇を、淵鏡皇の巨腕が制する。
「旭、今日くらいは少し“我慢”なさいな」
「あ?」
「あの“
並ぶ巨人の中にあっては小柄な蒼い龍人ドラグが、稲妻の剣を携え真っ先に駆けていった。
*
「「ハジメ、
単騎で自身の倍ある鬼の集団に向かうドラグの後方から幾条もの光が追い抜いてゆく。
木の葉のような軌道で曇天を舞うセイルによる援護射撃だ。
光は龍人に迫る鬼達の棍棒や腕、膝、目に次々と着弾。
拓かれた間隙には、踏み込んだ蒼い影が紫電の斬撃を叩き込む。
巨鬼たちは倒れない。
身体の一部を光弾に貫かれ、電刃で斬られてもなお標的を叩き潰すべく金砕棒を振りかぶる。
魔族の精鋭を止めるには、一撃のもと生命を奪わなくてはならない。
セイルとドラグの攻撃はその点で非力だ。
ドラグに続きそれぞれ鬼の集団に立ち向かうドリルロボたち――
ドリルの連打によって問答無用で鬼を肉塊にする虎珠皇。
膂力による一撃と火器による殲滅力で突き進む淵鏡皇。
音も無く敵の虚を突き絶命させる嵐剣皇。
――彼らほどの圧倒的な力は備えていない。
ドラグの斬撃を受けた鬼達は、帯電する傷はものともせず突進してくる。
蒼い龍人は赤銅の巨体に取り囲まれた。
そして黒い大地に鮮血の花が咲く。
花弁の中心には無傷のドラグ。
取り囲むのは、首や腕の関節があらぬ方向に曲げられ倒れた鬼達だ。
未だ倒れていない鬼がドラグに踊りかかる。
すると、金砕棒を握った腕と吠え声を轟かす首がそれぞれ一回転し、ひとりでにねじ切れた。
血の噴出す傷口は、僅かに紫電を帯びている。
ドラグの斬撃は鬼達の肉体に精命力の電塊を留まらせる。
留まった龍の気は魔族の経絡に伝達異常を生ぜしめ、肉体の随意性を奪い去ったのである。
鬼達は自らの力が強いがゆえに、龍の打ち込んだ毒により次々と自壊していった。
非力であるが脅威。
光鉄機の、少年少女のあり方は、かつての退魔士達のあり方そのものだ。
*
「たった5人相手に何やってる!」
大地に次々と倒れ、八つ裂きにされ、消し炭と化す鬼達に、将たる蛇男が無情な叱責を飛ばす。
陣の中央をひたすら駆けて来る蒼い龍人。
その視線がまっすぐに自身を捉え続けていることに苛立ちが募る。
「おい、やれ!」
薄い下あごをしゃくり、傍らの狐獣人に命令する。
上官の剣呑な様子に怯えながら、狐人は両手の肉球を打ち鳴らし渾身の幻術を発動させた。
*
上空から狙撃を行っていたセイルは、突如戦場を木々が覆ったことに驚きうろたえた。
先ほどまで大地にひしめいていた鬼達が全て大木に変わったかのようである。
これが光鉄機に向けられた幻術。
生きている鬼も死んだ鬼も並べて大木に見せかけられ、平原の戦場は森となってドラグとセイルの目に映る。
「クォクォクォ!どこから攻撃されるか分かるまい!」
ドラグを囲んだ大木の一部が枝を揺らす。
実際には間近に迫った鬼が金砕棒をドラグの脳天めがけ打ち下ろしている。
当たれば致命傷を追うであろう打撃に対し、ドラグは目線すら合わせない。
次の瞬間にはひしゃげているであろう蒼い龍人を想像し、狐人は高笑いした。
ドラグは僅かに体を捌き、金砕棒は紙一重で鼻先を通過、地面を叩く。
自然がら空きになった鬼の眉間に雷剣を一突き。
続け様に四方から加えられる木々の奇襲も、全て同様にかわし反撃を刺す。
「クォッ!?幻術が効いていないのか~!?」
造作も無く立ち回りを繰り広げるドラグに、今度は狐人がうろたえた。
気がつけば、頭上には進撃を続けた龍人の顔。
「もしかしてお前、何かやってた?」
淡々とした少年の声は、冷たい響きで眼下の獣人に問う。
昂ぶる感情を精命力に変え、辰間基――ドラグの超感覚は研ぎ澄まされていた。
今のドラグに、魔族の幻術は無意味であった。
ドラグの冷酷な声音に問われた狐人は、再び何らかの言葉でもって取り繕う前に蒼い尾の一撃で絶命した。
*
「小僧ッ!調子に乗るなよ!」
並み居る配下を討ち伏せ、いよいよ眼前に到達したドラグを蛇男は睨む。
「この俺が直々に引導を渡すゥ!」
蛇男が左右に大きく裂けた口を一層大きく開く。
それと共に砂色の鱗肌がみるみる白み、顔面の表皮が口元から裏返しにめくれ始めた。
白んだ外皮はメリメリと音を立て頭部から尾にかけて裏返っていく。
一瞬にして脱皮を完了した蛇男は、全高7メートルの亜人体から全長十数メートルはあろう大蛇へと変身を遂げた。
大蛇は長大な身体でドラグを一周して取り囲むと、鈍い光沢を放つ鱗を逆立てる。
殺気をさとり跳躍したドラグが立っていた場所に、ショットガンの如く射出された鱗の弾丸が降り注いだ。
空中に身を投げ出した龍人を矢継ぎ早に襲うのは強靭な尾の先端である。
咄嗟に放たれたセイルの光弾が大蛇の尾先を撃ち、威力を減衰。
ドラグは空中から叩き落されたものの無事両脚で着地した。
休む間もなく繰り出される四方からの鱗弾と尾の打撃。
セイルの援護により辛うじて致命打を避ける光鉄機ドラグだが、反撃に転ずることができない。
「逃げるだけか?さっきまでの勢いはどうした!」
喉奥から嘲るような声を吐き出した大蛇が、上下に二本ずつ並ぶ毒牙をむき出しドラグに迫った。
「「ハジメ、マイ、自分達の力を信じるんだ!!」」
礼座光の声に応え、龍人の眼が鋭い光を瞬かせる。
左腕の銀篭手から身の丈ほどある雷の槍を抜き放ち、全力で投擲。
紫電の槍は大蛇の側頭を掠め虚空へ飛び去った。
「そいつが最後っ屁かァ!」
大蛇のあぎとが龍人を飲み込まんばかりに開かれ、目にも留まらぬ速さで飛来する。
二撃、三撃と往復する牙をドラグはひたすら回避する。
滞空するセイルが視るのは、紙一重の防戦にあたるドラグではない。
ドラグと、ドラグを囲う大蛇の周囲に横たわる鬼の骸である。
雷の斬撃を受けた鬼達の死骸のうち、新しいものには未だ電撃の残滓が留まっていた。
そのうちいくつかを“選び”、光弾を放つ。
鬼の死骸に着弾したセイルの精命力は、残留するドラグの精命力と共鳴し電塊を膨張させた。
光鉄機ドラグの操る精命力は、電気に似た性質を持っている。
先ほど空へと投げ放たれた雷の槍は、空中でその軌道を反転させた。
急激に膨張した地上の電塊に引き寄せられたのである。
セイルが活性化させた電精命力により、槍は誘導される。
行き先は、ドラグに喰らいつこうとしている大蛇魔族。
電槍の気配を読み回避のタイミングを測っていたドラグにより、大蛇もまた誘導されていた。
勝利を確信していた大蛇は、横薙ぎにカーブしてきた稲妻に両目を串刺しにされた。
「ぐぎゃああああああ!」
のけぞる大蛇の鎌首めがけ、ドラグは跳躍。
開かれた口の上下に並んだ毒牙を、拳と脚の連打で全てへし折った。
狡猾さと実力の合わせ技でゲドー軍の将にまで登りつめた大蛇魔族は、文字通り尻尾を巻いて土中へと遁走。
ドラグは無言のまま、悠然と敗走する敵を見送った。
「基、すごーい……」
幼馴染の大立ち回りを一部始終見届けた舞が、ようやくため息を漏らした。
「「精命力の強さは心の強さだ。ハジメの気持ちの昂ぶりが強さに繋がったんだな」」
光の解説に舞はあー、と納得の声を上げる。
「昔から怒ると怖いもんね、基は」
「怖いって、そんな……さっきまでは必死だったんだ。舞がさらわれて、危ない目に遭って……」
「……それであんなに怒ってくれたんだ」
幼馴染の少女の言葉に、基は巨人の戦士から等身大の少年に引き戻される。
「な、ちょ、そんなこと……うん、そう、すごく心配だったんだ。舞、無事でよかった」
「そっか……心配かけてごめんね。ありがと、基」
辰間基の脳裏には、いつか聞いた夕の言葉と、今聞いた舞の声が繰り返し反響していた。
*
「この
旭が意趣返しの文句を浴びせる。
地中へ逃れた大蛇魔族を待ち構えていたのは、ドリルロボ虎珠皇と淵鏡皇であった。
もとより光の届かない地中では視覚は用を為さない。
加えて顔面に負った傷と精神的動揺にかき乱された大蛇は、もはや全盲同然。
無防備な大蛇の横腹で地中魚雷が炸裂。
鱗がその下の肉に至るまで圧縮マグマに灼かれた。
土中に拡がったマグマはすぐに硬化し、大蛇の巨体を押し固める。
「アンタ此処の親玉なのよね?親分は“
胸部の巨大ドリルを展開した淵鏡皇が、大蛇に正面から迫る。
何らかの絶叫を喉奥から搾り出す大蛇であったが、聞き届ける者は何処にも居らず。
淵鏡皇の巨体は開かれた口から尾までを貫通し、長大な蛇体を二枚に下ろし絶命に至らしめた。
*
拠点『邪蛇城』を守っていたゲドー軍の魔族はただ1匹の鬼を残して全滅した。
その1匹は今、時命皇の『金剛索』に拘束された上でドリルロボと光鉄機に囲まれている。
「さて、ゲロってもらうぜ。手前らの本拠地の場所をな!」
コクピットの旭の動きに合わせ、虎珠皇が3対の手をそれぞれ重ねて指の関節を鳴らす。
「なんか“手馴れた”感じね、アンタ。もしかしなくても“こうやって”魔族にケンカ吹っかけて回ってたンでしょ」
「よく分かったな」
「その“ナリ”見りゃ察しもつくわヨ」
サブモニターに表示された彰吾の呆れ顔をよそに、旭は巨鬼に向き直った。
「俺は手前らよりは優しいぜ。素直に吐けばこの場は見逃してやる」
ドリル奥義の檻の中、赤銅肌の鬼は観念したように地に座っている。
これまでの魔族とは異なり無駄な言葉を一切発しなかった軍勢の鬼が、初めて口を開いた。
「む、いかん!」
鬼の挙動の意図を真っ先に覚ったのは嵐剣皇であった。
口を開いた鬼は息を吸い込むと再び口を固く閉じ、自らの頭蓋に一気に血液を送り込む。
一瞬にして膨張した鬼の頭部は水風船のように弾け、赤銅の巨体は大地に伏した。
「……ずいぶん“気合”の入った組織みたいね、ゲドー軍。指揮官は“アレ”だったけど」
自害し果てた鬼から金剛索が解除されるのを見ながら、彰吾が呟く。
「ち、手がかりが無くなっちまったか」
忌々しげに顔を歪める旭の舌打ちは、突如地を揺るがした轟音に掻き消された。
地響きに重なって一同の鼓膜に響くのは、先ほど打ち倒した魔族の群れに匹敵する数の、絶叫に似たドリルの回転音である。
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