第16話 求不得

九十九との決戦の舞台となったウズメ社。

そびえ立つオフィスビルの入り口に彰吾は立っていた。彼が生身で足を運ぶのは数年ぶりであった。


旭との会話で思うところのあった彰吾は、地上へ旅立つ前に疎遠になっている両親と話をしておく決心をしたのだ。


エントランスに入り、受付に立つ女性に話しかける。


「父さん……宇頭芽社長に会いたいんだけど?」

「アポイントはございますでしょうか」

「アンタね。アタシは実の息子なのよ?」

「存じ上げておりますが、社長は多忙でございます。事前のアポイントが無い方とお会いするのは難しいです」


無機質な態度を崩さない女性社員に苛立つ彰吾の背後から、スーツで身を固めた中年も後半に差し掛かると見える女性が声をかけた。


「連絡もよこさず押し掛けるのはよしなさい、彰吾」


彰吾の母・梓乃は受付の女性社員よりもいっそう冷たい眼差しで実の息子を見据える。


「ちょっと“挨拶”しにきただけよ。急な話でね、暫く採掘都市を離れるわ」

彰吾が次の句を告げたとき、在りし日の顔を鉄面皮で覆っている梓乃の片眉がかすかに動いた。

「地上に行くのよ。長くなるかも……いいえ、帰ってこられるかも分からないわね。“アナタ方”には関係ないことかもしれないけど」


「10分程度なら時間をとれます。社長室まで来なさい」



社長室に通された彰吾は、内心の緊張を面に出さぬよう父・彰三を見た。

ウズメ社の社長・宇頭芽彰三は、数年来顔を見ていなかった息子には何の関心も持たぬ眼差しでもって口を開いた。


「何用だ」


「今回の一件、ずいぶんと“商売”に堪えるんじゃなくて?巷じゃ大騒ぎよね、穿地研究所ウチで作った製品が大暴れしたって。売ってる“おたく”にもご迷惑をおかけしてるでしょう?」


市街地に出現したことで明るみに出たドリル獣の存在は、採掘都市で生活する人々に衝撃を与えた。


結果的にドリル獣から人々を救う切り札になったとは言え、『百鬼夜行プログラム』により日用品が突如として兵器として動き出したことも一般市民にとっては恐怖だ。

市民の間では様々な憶測、噂が飛び交い、中には「ドリル獣も穿地研究所が作ったDRL兵器で、今回の騒動は実験兵器の暴走事件だった」などというものもある。

中には、採掘都市を出て地上の居住区画への移住をはじめる者達も居るという。


「この採掘都市はDRLありきで成り立っている。どれだけ危険であろうと、この地で生きる者達はDRLを捨てる事は出来んよ」

断言する内容だけでなく、彰三の声音そのものが傲慢な響きを孕む。

「お前は、わざわざそんな話をしに来たのか?」


父の言い草に、彰吾は眉をひそめた。

「“お忙しい”方に余計な“お時間”とらせて恐縮ね!アタシ達、地上へ行くの。今日はそれを言いに来ただけよ」


『地上』――妻である梓乃と同じく、その言葉を聞いて初めて、彰三は息子の言葉に興味を抱いたようであった。


僅かな態度の変化であった。

両親の表情、振る舞いをつぶさに見ていた彰吾には気付くことのできた変化。気付けただけに、苛立ちは鬱積してゆく。


「穿地研究所は遂に地上へ向かうか」

「“遂に”って何よ。随分とこちらの内情に詳しそうじゃない」

「好きに想像すると良い……無駄話はよそう。用件は、我が社へ物資援助の要請だろう?本社ビル防衛の謝礼と言うわけだな。必要な物品をリストにしてよこすよう穿地所長に伝えておきたまえ」


一方的に話を切り上げると、父親であるその男は机上の端末に目を移し、中断していた業務を再開する。それ以上の会話を遮断する意図がありありと見えた。


「ちょうど10分ね。後の予定が押しているから退室なさい」

彰吾は母の言葉を聞き終えるより早く踵を返し、わざとらしく舌打ちをして社長室を後にした。



(アタシはその“無駄話”ってやつをしにきただけよ……!)


勘当同然であっても、唯一の肉親である。

ともすれば死地ともなるであろう地上へ赴く前に言葉を交わしておくことが、彰吾なりのけじめのつもりであった。

両親との絆をいま一度確かめたいという思いも僅かにあった。


だが結局のところ、彼が通した義理は一方通行に終わったのである。


エントランスでマニュアル通りの挨拶をする受付社員を無視しつつオフィスビルを後にした彰吾は、研究所に通信を入れる。

「所長、ウズメの社長殿が遠征物資を無償で提供してくれるそうよ。この際だから思う様ふんだくってやりましょう」



大型バイクに跨った帰り道は遠回りをした。

行き先は、長い直線の続く都市部外周の道路である。滅多に人の通らぬ路は、まるで貸し切りのコースのようだ。


彰吾はアクセルを目一杯に開き、どこまでも続く道を無心に走るのであった。

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