第7話 不倶戴天
ド・ゲドーがわずかに身じろぎしただけで装甲の継ぎ目から瘴気が漏れる。
色濃く宙を穢す瘴気が意思を持つかのように凝集し、十数匹の魔族へと変じた。
蝙蝠の翼に似た耳を羽ばたかせる飛頭蛮の群れが生み出され、むき出しの脊髄を尾のようになびかせて虎珠皇と淵鏡皇に迫る。
ガトリング・バスターキャノンと六本腕ドリルによる対空迎撃により飛頭蛮は叩き落されるが、二体のドリルロボは進撃を止めざるを得なかった。
赤紫の魔神は、間髪入れず攻勢を続行。
魔鎧に走る赤い紋様が発光するや、周囲に青白い鬼火を侍らせた。
鬼火は集合して魔力の大炎渦となり淵鏡皇に迫る。
「“回避”が間に合わないッ!」
ドリルロボをゆうに飲み込むことの出来る炎の怪物が大口を開け迫る。
「オラァーッ!!」
側面からカバーに入った虎珠皇の六本破導ドリルが炎の横腹を打つが、鎮火には至らず一部を欠くに止まる。
旭の頬を冷や汗が伝うが、当の彰吾は至って冷静にコンソールを打鍵。
両腰から最大火力でジェノサイド・ナパームを放射しつつ、虎珠皇の打開した左側方に回避運動。
鬼火に対するナパームの“盾”が持ちこたえられた、わずか三秒にも満たぬ
限界を超えて稼動させたことでナパーム・ランチャーは機能不全に陥った。
「あいつ、ケタ違いだわ……“
デッドウェイトと化したランチャーを本体から切り離しながら舌を巻く彰吾。
「何だろうとやる事ァ変わんねえよ!」
敵手の絶対的な強さは旭の闘争心に油を注いだ。
阿修羅虎珠皇がドリルの回転数を上げ、破導ドリルが纏った破壊空間を連続発射する。
だが、漆黒の砲弾に似た破壊空間は紫の装甲に至る寸前に消滅。
「その程度の力でゲドー様の空間支配を破ることはできぬわ!」
内部から戦況を掌握する惨坊が、虎珠皇の攻撃を一笑に付した。
*
――穿地元は、狂喜していた。
眼前で繰り広げられる地獄王ド・ゲドーとドリルロボの攻防。
そして傍らに表示したゲドーの解析データと自らが最高傑作と謳う壊天大王のデータ。
その二つを見比べ、まず一言が口から漏れる。
「匹敵している」
その一言を皮切りに、彼は興奮の色を隠すことをやめた。
「我が壊天大王は、間違いなく地獄王の性能に匹敵している!そうだ、今日こそ我々が“先人”を超えるのだ!!」
外部スピーカーを通して聞こえて来る浮ついた男の声に、死線の只中にある旭は眉をひそめ舌を打つ。
「この状況を喜んでやがる。彰吾、ああいうのってマッド……なんとかって言うよな」
「あとで教えたげるから余計なこと言うの止めなさい。“聞こえる”わよ」
旭の呟きが実際穿地の耳に入ったのかは定かでないが、高揚した彼は戦いの最中滔々と語り始めた。
「凡夫にも分かるよう解説してやろうか!そうだなよかろう、今は非常に気分が良い!」
壊天大王が高層ビルのような脚を踏み出す。
携えたドリル独鈷がゆっくりと回転を始め、地獄王との“一騎打ち”に備える。
彼敵の最大戦力が行動を開始したのを見て身構える地獄王に視線を定める穿地。
「地獄界とは、はるか太古に存在した超文明の遺した人工の世界だ!」
歩を進める壊天大王が装甲の表面に走る幾条もの溝からミサイルを発射。
ゲドーも体表から無限に染み出す瘴気を飛行魔族となし迎撃する。
「繁栄の頂点を迎えた当時の人類は、生物種が必ず行き当たる問題に直面した。そう、繁栄の後の衰退、その行き着く先…種の絶滅!」
ゲドーの足元が弾け、数百の地中魚雷が飛び出しマグマを炸裂させた。
灼熱のマグマは魔神の装甲に到達する直前で、空間の歪みに呑み込まれ何の損傷も与えられない。
「あらゆる脅威を排除されれば生存する個体は増え、やがてこの惑星だけでは種の存続が立ち行かなくなる。自明の道理だな」
直立不動のゲドーは再び鬼火の渦を召還し壊天大王にけしかける。
足下を護る十数の螺卒が鬼火の射線上に身を投げ、各々が持つドリルを回す。
忠実な僕の一部を業火にくべることで、壊天大王のコンディションはオール・グリーンに保たれた。
「下した判断は、『間引き』を行うことだ。人類種の『天敵』を自ら作り出し、同胞が増えすぎ自滅する前に強制的に数を減らす!かくして種は存続する!」
ド・ゲドーの周囲の空間は蜃気楼の如く歪んでいる。強烈な空間支配の影響だ。
自らの支配する空間内では、その主は正真正銘の神となる。
地獄王は攻勢に転ずるべく支配領域を一気に拡げにかかる。
「彼らの叡智がたどり着けたのはそこまでだ。それから今に至るまで、人類は先人の到達した“そこまで”たどり着けずにきた!」
敵の動きを捉えた壊天大王が右に携えたドリル独鈷の回転速度を上げる。
「人類種存続の為の間引きシステム、その中枢たる地獄王ド・ゲドー!お前を超越することで、遂に我が人類ははるか昔に歩を止めた場所からようやく前へ踏み出せるのだ!!」
虎珠皇らの『破導』ドリルを遥かに上回るドリルエネルギーが、周囲の空間を蜃気楼の如く歪める。
「この壊天大王は、地獄王を完全に再現し匹敵している……否、一歩先をいっているという自負があるッ!」
『次元穿孔』――地獄王ド・ゲドーのの能力を再現したドリル奥義が、穿地を神とする支配空間を創り出した。
「貴様のような紛い物に、我等が地獄王は一歩も譲らぬぞ!」
「非論理的かつ前時代的な物言いだな!改良新型が旧型よりも優れているのは当然ではないかね?」
互いの空間侵略を拮抗させ、二柱の巨神はにらみ合う。
「やはり既に
「認識不足も甚だしい!私は既に、そのサイクルを止められる領域まで到達しているのだよ!」
繰り出された独鈷による突きを、ゲドーは左腕の途方も無く巨大な六本爪で受け止める。
侵蝕と破壊に特化した壊天大王のドリルは、魔力を持つ地獄王の爪を回転の力で正面から粉砕。
竹を裂くが如く、赤紫の鎧腕がドリルに潰し貫かれていくのを見て、穿地は遂に狂喜を声に出し司令室に響かせた。
「人類は、今こそ過去を乗り越え
穿地が口にしたのは、彼の悲願。
ただ今支配している一時の空間だけでなく、この世の総てを
*
隻腕の地獄王が後退すると、配下の魔族軍は壊天大王の前に展開し主の盾となる。
壊天大王が有象無象の魔族を蹴散らす。
体中に搭載されたミサイルで。ロケット弾で。火炎放射、ディスク型ノコギリカッター、劣化ウラン弾の豪雨で。
太古の先人の手による『地獄システム』により創り出された生命を悉く打ち据え、踏み潰して往く。
「野郎、キレたら加減できなくなるタイプだな」
高揚し進撃する壊天大王――穿地を見上げ、旭が一言ついた。
「アンタが言う?それより……けっこう“減った”わね。旭、“どっち”とやりたい?」
彰吾が参照するサブモニターには、戦闘を始めた頃には一面を埋め尽くしていた魔族の反応が今やまばらに点在するのみとなっていた。
「そうだなー……“コイツ”のお礼参りをさせてもらおうかな!」
DRLで形作られた右腕を掲げ、旭は…旭と同調した虎珠皇は、大地を蹴る。
砲弾の如き跳躍の先には、壊天大王の背中。
主への奇襲を防がんと立ちはだかる螺卒に対し、彰吾はガトリング・バスターキャノンの照準を定めた。
*
振るわれたドリルと弾丸に、先ずは数体の螺卒が石灰状の骸と化した。
「お前達」
巨大な体躯の後方を映し出すモニターに、ドリルを構える虎珠皇と淵鏡皇の姿を見た穿地。
感情の篭らぬ呼びかけに、旭は嬉々とした笑みを浮かべる。
「何のつもりだ、ってか?」
「問うまでもない。ああ、もはや関心すらない」
「そうかい!んじゃ、始めようぜえ!」
旭と彰吾は、この戦場で見た光景、聴いた
――――こいつらは気に入らない、と。
地獄王ド・ゲドーを筆頭に、生命を道具のように扱う地獄界の魔族たち。
無制限の繁栄を目指すという独善的な野望に邁進する穿地。
この者らとは、自他の明日を論ずる余地はない。
ただ立ち向かい、打倒するのみ。
「
「ド・ゲドーは
彰吾の呼び声に応え、淵鏡皇の影が紅に染まり痩身のドリルロボとなる。
一度は壊天大王を前に遁走したかに見えた嵐剣皇は、淵鏡皇の影に身を隠し“機”を伺っていたのだ。
嵐剣皇の胸部装甲から飛び降りた少年と少女が光に包まれ、蒼い龍人と朱い翼人に変ずる。
「「ハジメ、マイ。ド・ゲドーは最強の魔族だ。それでも、俺達は勝つ!そのために……」」
「僕たちは出会って!」
「私たちはここまで来た!」
ドラグとセイルが地空を駆ける。
胸には太古から連綿と続く退魔士の志。
魔族との雌雄を決するべく、駆ける――――
*
「夕。どちらを先に狙えばいい」
巨神に立ち向かう二体一組の戦士を見送り、嵐剣皇は自身の
問われた薙瀬夕は、瞑目して数拍。
自らの胸の鼓動を確かに感じた後、決然と意志を示した。
「私たちは――退魔戦士よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます