第8話 彼我は向き合い、我を確かめ、そして打地義理(ぶっちぎり)

穿地元と壊天大王に対峙する二体のドリルロボ。


司令室の巨大モニターを通しかつての部下を見下ろす穿地は、短く鼻を鳴らすと手元のコンソールを打鍵。

壊天大王の胴体部ハッチが開き、ドリルロボクラスの巨体が降り立った。


「……何“やって”ンのよ……」

その姿を目にした彰吾が、眼前の影に問う。


「何“された”のよ時命皇アンタッッッ!」


全身から大小様々のドリルが伸びる墨色の躯体は、これまで目にした姿とは有様が異なっていた。

各部ドリルの根元を覆い、拘束具のように身体に張り巡らされた濃緑色の装甲。

かおに据え付けられた鬼面は、彰吾と旭に既知の存在を想起させる。


九十九つくもの洗脳マスクか!?」

忌まわしい記憶も同時に思い出し、旭の目元が一層険しくなる。


「あのようなデッドコピーとは違う。試製螺卒制御機構『憂密ウシミツ』!今の時命皇は我が忠臣!」


穿地の嬉々とした呼び声に答え、時命皇・憂密が格闘戦の構えをとる。


「旭、アンタは穿地アイツをブン殴ってらっしゃい。時命皇はアタシに任せて」

「彰吾、時命皇ヤローをどうするつもりだ?」


「“借り”のある相手だけど、こんな“の”アタシは望んでいない。多分アイツもね。あのフザけた“装置”引っぺがしてやるワ」

彰吾の答えが自分の考えと全く同じであったので、旭は深く頷き口端で笑みを作った。


墨緑色の巨人を差し置き、最も巨大なドリルへ挑む虎珠皇を見届け、彰吾は時命皇に呼びかける。


「安心しなさい。“こういうコト”するの初めてじゃないのヨ」


三たび敵手に回った時命皇が四肢に力を込めドリルを廻す。

彰吾はスロットルを開放し、内燃機関のエネルギーを膂力増幅機構に伝達。

時命皇の両腕にも爆発的な破壊力が宿る。


「言っとくけど、“手加減”はできないわよ!!」



両脚のホイールが荒野を蹴立て、白闘士が突進。


挨拶代わりに振るった左拳が体捌き一つでかわされるのは折り込み済みである。


空を切った拳を引き戻さず振り抜き、淵鏡皇の上半身は360度回転。

同じ拳の連撃が時命皇の側頭部に迫る。


拳は濃緑鬼面の傍らで静止した。

淵鏡皇の巨体が、いつの間にか二重螺旋により合わせられたワイヤーにより雁字搦めにされている。


「“金剛索”は使えるのね!」


ワイヤーに導通する電撃が白い装甲の内側にある経絡を、搭乗者を襲う。

自身を直接苛む衝撃に揺らぎそうになる体幹を御し、彰吾はコンソールと操縦桿を精妙に操作。


淵鏡皇の背部機構が赤熱し、電撃よりも瞬間的な圧を備えた膂力がワイヤーを引き千切った。


縛鎖を脱した淵鏡皇に、時命皇・憂密は右ドリルで襲撃。

彰吾の眼はその突きを捉え、カウンターの右ボディブローを見舞う。


果たして巨拳は墨色の躯体を覆う脇腹の拘束具にめり込み、亀裂を入れた。


打突箇所から小型のドリルを突出させ防御する時命皇だが、衝撃は殺し切れず体勢が揺らぐ。

一方の淵鏡皇は打撃の反動で右拳を下げ、足を止めたまま左ストレート。


――そして、音も無き破壊が行われた。


超合金製の腕は、主のもとから離れ地響きと共に大地に沈んだ。


淵鏡皇を急速後退させた彰吾は、彫りの深い眼窩の奥をしかめモニターを見やる。

そこには、崩れた体勢をそのまま上段への膝蹴りへと転じた時命皇の姿があった。


膝に展開したドリルは、絶対破壊の力を備えた『破導』ドリルの黒光を帯びている。



左腕欠損のアラートを表示するサブ・モニターを消灯し、彰吾は自分以外は誰も居ないコクピットで呟く。


「ここまで来て、やっぱり“またダメ”だなんて……あり得ないわ」


独り言ではない。

彼は、語りかけているのだ。


「そうよ、あり得ない。アタシたちは“できる”のよ」


地の果てまで苦楽を共にした巨人に、宇頭芽彰吾は確信を持って呼び掛ける。

この声は必ず“彼”に届いていると確信して、呼び掛ける。


「そうでしょう、淵鏡皇きょうだい!!」


コクピットに彰吾の声が響き、僅かな静寂。

しかる後、消灯した筈のサブ・モニターに再び光が宿る。


[YO_RO_SHI]


黒い背景のウィンドウに、飾り気の無い緑色の文字がひとりでに出力される。

彰吾は息を呑み、小さなモニターを凝視した。


[_YO_RO_SHI_KU]


[夜露死苦]


出力された僅か数文字。

その数文字は、男の心を強く大きく揺さぶるに足りた。


「淵鏡皇……!」


[彰吾_=_兄貴。兄貴_男_見セマス]



片腕を失った淵鏡皇が動きを止めた。

制御機構『憂密』により自我を奪われた時命皇は、唯一残る戦闘で思考し、結論を導く。


――止めを刺す、と。


両膝に破導ドリルを宿し墨色の体躯を矯める時命皇が踏みとどまったのは、眼前の標的が突如として正体不明の異音を発した為である。



「ヴヴンヴンヴヴン!ヴヴンヴンヴヴン!ヴヴンヴンヴヴンヴン!!」


「ヴヴンヴンヴヴン!ヴヴンヴンヴヴン!ヴヴンヴンヴヴンヴン!」


「ヴヴヴヴヴン!ヴンヴンヴンヴヴンヴン!ヴンヴンヴヴンヴン!!!」



内燃機関の爆音が地獄界の曇天に響き渡る。

アクセルとクラッチの精妙なコントロールのもと連続して轟くのは、音程とリズムを備えただ。


遥かな昔。無軌道な闘争に明け暮れた者達の間で継承されてきた旋律。

――かつて『コール』と呼ばれたマシンのときである。


「“根性”の張り合いなら、アタシたちの“勝ち”よ!!」


かつて自身を傀儡と詰った相手は、皮肉にも文字通りの操り人形と化している。

魂を宿した淵鏡皇と宇頭芽彰吾のタッグが敗れる理は無い。



滾る血と心をドリルに注ぎ、淵鏡皇の胸部ドリルが火を噴いた。


「ドリル奥義!」


[BAKU_RETSU_『爆烈』]


展開したタービン型ドリルが回転と共に赤熱。

たちまち灼炎を纏ったドリルは時折炎を弾けさせている。


燃え盛る『爆烈』ドリルは、有り余るエネルギーを躯体にフィードバック。

淵鏡皇の両脚と残った右腕に無尽蔵のドリルパワーが宿された。


再び突進する白い巨人。

ただ一つの恃みである右拳で、十方ドリルの時命皇に素手喧嘩ステゴロを挑む。


振るわれた拳をかわす時命皇。

最低限の動きで回避を行っていた先ほどとは異なり、大きく足を捌き攻撃から逃れる。


かの者の脅威は拳だけにあらずと認識しているからだ。


豪腕が振るわれる間も胸部のドリルは炎を吐き出し続けている。

火柱は時に大地を焦がし、ガラス状に融かし削った。


拳の影と炎が円弧を重ねる。

対する時命皇・憂密も闇の輝きを携える両腕両膝の破導ドリルで応戦。

自身に迫る火柱を破導で打ち消し、追撃の拳を牽制する。


互いに触れることが即ち致命打を意味する拳炎とドリルを応酬。


攻防の最中、彰吾は奇妙な感覚を味わっていた。

高揚しながらも、何かが冷たく染み入るような心持ち。

その感覚は彼にとって既知。なおかつ、久方振りのものだ。


「淵鏡皇、わかる?この“感じ”……いま、アタシたちに時命皇アイツが“伝わって”きてンの」


ドリルと拳が交錯する度、言葉による理解を超えた何かが浸透してくる。

それは闘う者にしか味わうことのできない、魂魄にまで通ずる共振だ。


時命皇アンタ……深中審也アンタ、けっこう“イイ男”……なんじゃない?」


自我の芽生えた淵鏡皇を引き続き超一流の操縦テクニックで導き続ける彰吾。

その拳戟を緩めぬまま、コクピットで微笑み呟いた。


マシンの装甲越しに、我と彼は繋がっている。

そういう確信の微笑みと呟きである。



(淵鏡皇……宇頭芽彰吾)


忌まわしき拘束具からくりによって制御下に置かれていた時命皇の自我に、灯火が蘇る。

かつて歯牙にもかけなかった者達。


彼らの拳が、炎が、そしてドリルが、闇の中に封じ込められた自我に再び色を与える。


(ドリル――同胞のドリル!)


彼我の思いは苛烈に燃える。

絆が強まり深まるほどに、両雄はいっそう激しくドリルをぶつけ合った。


ドリルの一閃、豪腕の一振りごとに、彰吾と淵鏡皇の燃える魂が時命皇にインプットされ――穿地元により植えつけられた悪しきプログラムは徐々に書き換わる。


「!“そこ”よォッ!!」


もはや常人では思惟も及びつかぬほどの間隙を見出し、淵鏡皇は裏拳を放つ。

顔面に飛来した右手甲を、時命皇・憂密はスウェーで回避。

白い拳風が鬼面をかすめる。


最後に残したパズルのピースが嵌まるかのように、回避動作をとったばかりの時命皇と淵鏡皇が向かい合う。

淵鏡皇の胸部には依然、『爆烈』ドリルの猛焔健在。


搭乗者・宇頭芽彰吾の絶叫に応え、炎は更に巨大な火焔柱プロミネンスとなった。

その身を包み込むドリル火焔に対し、時命皇・憂密は全身を破導ドリルと化して防御体勢をとる。


「“ツッパる”わよォ、淵鏡皇ォォォ!!!」


肘から先を失った淵鏡皇の左腕が肩口まで吸い込まれるようにして消滅。

代わりに、裏拳を放ち振り抜いた右腕が根元から不自然に伸長。


体幹を構成するDRL躯体を瞬時にして変形させ、右腕に新たな関節が生み出された。

そして瞬きよりも速く、刹那。

多重関節の右腕にの力が込められる。


『爆烈』ドリルの燃え盛るエネルギーが込められる。

特級退魔士オオキミから託された膂力増幅機構が生み出す破壊力が込められる。

宇頭芽彰吾の気合が込められる。

淵鏡皇の魂が込められる。


伸び切っていた筈の右腕が、ドリル火焔を防御し動きを封じられた時命皇に狙いを定めた。


増設関節に全身の力を動員し放った渾身の拳撃は、螺卒制御機構『憂密』の中枢たる濃緑色の鬼面へ。


鉄拳が鬼面にめり込んだ。

面に入った亀裂は全身の拘束装甲へと伝播。

衝撃を墨色の躯体までとおし、全身のドリルを根元からへし折ってゆく。


砕け散った鬼面の破片が微塵となり大地に降り注ぐ。

少し遅れて、墨色の巨人・時命皇は、遂に地獄の荒野へと倒れ伏した。


一方、白色の巨人・淵鏡皇も総力使い果たし機能停止寸前。

倒れそうになる両脚に込められたのは、“気力”だ。


最後に残った“意地”が巨体を屹立させ、彼は、彼“等”は勝者となった――――



一世一代の喧嘩を制した淵鏡皇は、自らの躯体を限界まで酷使し、その魂と共に燃やし尽くした。


[兄貴_見セマシタ_男___]


「淵鏡皇、アンタ“凄かった”……“凄かった”わヨ。アンタはアタシの“誇り”だわ」


[兄貴_男_いんぷっと_シテクレタ___感謝_恩_心_教エテクレタ___]


モニターに表示される文字列の出力速度が少しずつ衰えてゆく。

それは、の灯火が間もなく消えることを意味している。


彰吾は、そのことを判っているからこそ、何も言わずモニターに視線を注いだ。


[イツマデモ_“オトコ”_魅セテ_クダサイ___彰吾_=_兄貴______]



「ドルンッ!」



ただ一度、内燃機関を鳴かせた後、コクピットのモニターが総て消灯。


ドリルロボ・淵鏡皇は機能を完全に停止した。



鼓膜に余韻残る爆音は、この世に残る相棒への“檄”であった。


「アンタのオトコ、確かに刻んだ……」


彰吾の眼に入る風景――DRLで形作られたコクピットが急速に色褪せる。

DRL経絡のエネルギーが失われ、淵鏡皇の躯体が骸と化していっているのだ。


褪色した視界の中、彰吾は肩に圧し掛かるものを感じた。


「こんなに“重く”て、“大きい”なんてね。だけど――」


いま生きている者は、すでに死んだ者を“背負う”。

それが、宇頭芽彰吾を今昔より貫く信念。


「だからこそ、“背負って”いける」


宇頭芽彰吾は曇り無き眼差しで顔を上げる。

涙腺から込み上げる女々しさは、男気でねじ伏せた。


「今度はアタシが“気合”を見せる番。“期待”は絶対裏切らないわよ、淵鏡皇」

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