24 (Sat) 16:00 男子にはつらいよ
もう16時だ。結局いつも通り映画見て、カラオケ行って、だらだらと喋って、遊び尽くしてあとは帰るだけ。けど、やっぱり——
「なぁツヅラ……ちょっと頼みが」
「なに?」
僕は黙ってショッピングモールの中に入っているある店を指差した。それを見るなり、ツヅラは怪訝そうな表情を浮かべた。それもそうだろう。僕の指先にあるのは女子中高生の聖地・ファンシーショップ。ピンクとラメでキラキラにデコレーションされた小物がたくさん並んでいて、僕たち男子にとっては店に入るだけで全身むずがゆくなってしまいそうな場所である。
「はっはーん、さては水川に何かプレゼントするの?」
「ち、ちがっ! 妹のだよ!」
しかしさすがは長い付き合いの幼馴染。ツヅラは僕の声が上ずったのを聞き逃さず、ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべた。
「炭蓮ちゃんの? 誕生日にも何かあげてるの見たことないけど」
「べべべべ別に、なんだっていいだろっ! 暇なら選ぶの手伝えよ!」
僕は無理やりツヅラの背中を押してファンシーショップの中に引きずり込んだ。店の中にいる女の子たちは僕たちの方を振り返り、うわぁという表情を一瞬浮かべたのち、再び雑貨の物色に戻る。恥ずかしくて顔から火が吹き出そうだ。平常心、平常心。この店なら女子が好きそうなものなんてすぐに見つかるだろうし、ツヅラが余計な詮索をし始めないうちにさっさと買って退散すればいい。
——が、しかし。
「女子の欲しいものって、なんなんだ……?」
「俺に聞くなよ……」
店を一周しても目星さえつけられなかった。ファンシーショップには文具からコスメ系、ファッション小物まで、確かに何でも揃ってる。けど、一体何を贈れば喜んでもらえるのだろう。というか、何ならドン引きされないんだろう。
よくよく考えてみたら僕は水川が普段どういうものを使っているのかよく知らないし、デザインの好みも聞いたことがない。
「一回出ようぜ。俺もうなんかじんましんになりそう」
ツヅラが顔色を悪くしてるのはこの店のキラキラ感にあてられただけじゃない。フランス人ハーフの整った顔には、店員を含め店内の女性陣から好奇の視線がチラチラと送られ続けているのだ。
仕方なく一回店を出て作戦を練り直そうとした時、目の前をよく知っている男が通った。担任の黒柳だ。普段はわりとスーツに近い格好をしているけど、今日は休日だからグレーのパーカーにジーンズというラフな格好で、両手にはパンパンに膨らんだ買い物袋をぶら下げている。
「おーい、先生!」
黒柳は僕たちに気づいて振り返り、隠れんぼで見つかってしまった子どものように気まずそうな苦笑いを浮かべた。
「そんな大量に買い物して、何かあるんですか?」
「ああこれか。急に昔の教え子がうちで受験前の勉強合宿しに来ることになって、慌てて買い出しに来たんだよ。鍋パーティーをご所望だそうだ」
黒柳はやれやれと溜息を吐く。買い物袋の中には紙コップとかキムチ鍋スープに白菜、それらしいものがたくさん入っている。
「それにしてもイブに二人でファンシーショップって……お前ら本当に仲良いなぁ」
黒柳が僕たちを見て、からかうように言う。
「俺は付き添いだけですよ。灰慈が水川にクリスマスプレゼント買いたいっていうから」
「ちょ、ツヅラ!」
「へぇ、桜庭んちでバイトしてるって話は聞いたけどまさかそんなに仲良くなっていたとは」
「違うってば!」
「けど……この店はちょっと水川の趣味に合わないんじゃないか?」
——う、確かに。
薄々感じてはいたけれど、改めて言われると全くもってその通りだった。女子っぽいものはたくさん置いてあるけど、それが水川に似合うかと言われると……うん、ちょっと違う気がする。
黒柳のスマホが鳴る。どうやらその昔の教え子たちが先に家に着いてしまったようだ。電話を終えると、「水川によろしくな」と言って慌てて帰って行った。なんだかんだ彼は、水川が学校をやめてから彼女がどうしているかを気にかけている。
「……で、どうすんの? 結局振り出しに戻ったみたいだけど」
ツヅラがそう言いながら、ガラス張りのショッピングモールの外を眺める。これは暗に「早く帰りたい」のサインだ。
「悪い、もうちょっとだけ!」
僕は焦ってフロアをぐるりと見渡す。ふと、ある店が目に入った。そこはユニセックスのアパレルショップで、店頭の女性のマネキンの首もとには暖かそうな白い毛糸のマフラーが巻きつけられている。
「あ、雪だ」
外を見ていたツヅラが、ぼそりと呟いた。
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