2-4 散り終えた花火
「告白されたぁ!?」
「しっ……声大きいよ」
放課後、レナに呼び出された音楽室から二年四組の教室に戻ってくると、そこにはもう灰慈しか残っていなかった。
「で、どうすんのさ!? レナちゃんに告白されるとか、うちのクラスの男子全員の夢だぞ!」
「どうするも何も知り合ってまだ一ヶ月もたってないし、べつにあの子のこと好きとかそういう風に思ったことはないよ」
「え、ってことは……」
「ことわった」
「もったいねー!!」
灰慈は椅子ごと後ろにひっくり返りそうな勢いで残念がる。なぜだろう、別にわざわざ報告する義務はなかったはずだが、灰慈の顔を見たら俺はレナに告白されたことをありのままに話していた。
「だけどツヅラにその気がなくてよかったよ……ここだけの話、タクローは保育園の時からレナちゃんのこと狙ってるらしいからさ」
「あ、やっぱり?」
「やっぱりってお前鋭いなー! 僕は最近知ったばっかなのに!」
「あんなの見てれば分かるよ。で、灰慈は何のためにこんな遅くまで残ってんの?」
「ああこれ? 今日欠席だったやつのノートとかプリントをまとめなきゃいけなくて」
「それ、他の人の係じゃなかったっけ?」
「そうだけどさー、そいつが今日習いごとだから早く帰りたかったらしくて、代わりにやってんの」
何もこの日限りじゃない。これまでも何回か灰慈が他のクラスメートの仕事を代わりにやっているところを見たことがあった。習い事? 本当にそうだろうか。俺は音楽室からここに戻ってくる途中、本来この係になっているクラスメートがサッカーボールを持ってグラウンドの方に行くのを見ていた。
「……イヤじゃないの?」
俺が尋ねると、相変わらず灰慈は不思議そうな表情を浮かべて答える。
「うーん、別にイヤとか思ったことはないな。ほら、僕はツヅラみたいになんでもできるスーパーマンじゃないからさ、少しでもだれかの役に立つことはやっておきたくって」
「スーパーマンって……俺はそんなんじゃないよ」
自分の席に戻り、下校しようとランドセルに荷物を詰める。ふと机の中に一枚の紙が入っていることに気づいた。汚い字だが読めないことはない。
『こんや、7時に商店がいよこの公えんにしゅうごう タクロー』
(なんだ、てっきり呼んでもらえないかと思った)
俺はほっと胸をなでおろした。その紙を丁寧にたたんでズボンのポケットに入れる。
「灰慈、お前も今夜の花火行くよな?」
「うん、もちろん! それまでにたのまれてたこととか、家の手伝いが終わればだけど……」
「じゃ、また後で」
そう別れを告げて、俺は一人教室を後にした。この時の俺は夜のことがあまりにも楽しみで、柄にもなく家に帰るまでもずっとニヤニヤしていた。出迎えた母さんには頭でも打ったんじゃないかと心配されたのをよく覚えている。
——夜。
早めの夕飯を食べ終えて、俺はリビングで本を読みながら7時になるのを待っていた。なんだかそわそわして、本の内容が全然頭に入ってこない。そんな時だった。コンコンと庭に続くガラス戸を叩く音がした。戸の側に行くと、スズメが一羽そこにいた。
「なんだよ。今夜はこの後学校のやつらと会うんだ。悪いけどお前たちは出てこないでくれ。能力のこと、知られたくないんだ」
転校してから
『ツヅラ、クラスメートと公園で遊ぶ約束してたな? 今、あいつらもう公園にいる』
「え!? なんだって」
リビングの時計を見るとまだ6時台だった。ポケットに入れていたタクローからの置き手紙には確かに7時からだと書いてある。
「いや、おかしいだろ……もしかして何かサプライズとか」
『花火、もうなくなる』
「……そんなはずは……!」
俺は慌てて靴を履いて、玄関を飛び出した。庭先にいたスズメがこっちに回ってきて俺の肩の上に乗る。
(嘘だ……嘘だろ……? タクローが時間を間違えたとか、そういうことだろ……?)
商店街の横の公園まで俺は全速力で走った。フットサルの試合中もこんなに速く走ることはなかったけど、この時ばかりは本気が出ていたかもしれない。
公園の入り口にたどり着くと、広場の中央に花火の明かりが見えて、タクローたちの話し声が聞こえてきた。俺は息を整えながら中央へ向かって歩く。彼らは花火に夢中になっていて、俺が近くに行くまで気づかなかった。背後からタクローの肩を叩くと、彼は相当驚いたのかびくりとして持っていた花火を地面に落とした。
「な、ツヅラ……どうしてここに……」
「時間まちがえたなら教えてくれればよかっただろ。俺てっきり7時からだと思ってたんだ。今からでも参加していいか?」
俺はタクローの背後にある花火パックを指差そうとした。しかしその手は振り払われた。まるで拒絶するかのように。
「ちげーよ! なんで気づいたんだって言ってんだよ! 念のため灰慈にも7時って伝えておいたのに!」
「灰慈にも、だって……?」
周りをよく見れば、確かにあいつの姿はなかった。
「なぁ……嘘だろ? まさかお前わざと俺たちに……」
タクローは苦い顔をして口を閉ざす。なんでこんなことをしたのか、詰め寄ろうとした時だった。クラスメートの一人が俺についてきたスズメに向かって花火を向けていた。
「おーい、タクロー見ろよ! 夜なのにスズメがいるぜ!」
「やめろ!!」
俺は思わずそいつを突き飛ばし、花火を向けられていたスズメを拾い上げた。幸い火の粉は飛んでおらず無傷のようだった。
「バカ! こんなところまで付いてくる必要ないんだよ! さっさとはなれてろ!」
俺がスズメに向かって叫ぶと、スズメは申し訳なさそうに身を縮めてどこかへ飛んで行った。スズメの姿が見えなくなった後でようやく気付いた。さっきまで花火で盛り上がっていたクラスメートたちは黙り込んで俺の方を見ている。
(しまった……人前で
俺がスズメと会話する声は、普通の人間には聞き取れない。
「ツヅラ、お前一体何をした……?」
タクローが恐る恐る言う。その瞳は見開かれ、ゆらゆらと揺れている。ああ、この目だ。特別な力を持っていることを、キモチワルイと言った目だ。
——これで、終わりか。
思えば一ヶ月、よくここまでバレずにもったものだ。スズメたちを遠ざけていることは正直気が進まなかったから、これでその必要がなくなると思えば楽になれる。ただその代わり、もう二度とこんな風に放課後を楽しみにすることもなくなるんだろうけれど。
「俺は人間国宝・遣雀師。スズメと話せるんだ。タクローたちがすでにここに集まってたことも、スズメが教えてくれた」
「スズメと話せるだって……? はっ! そんなのせこすぎるだろ……! そうか……俺がレナちゃんのこと好きだってのも知った上であの子にアピールしてたのか? お前にフラれたせいで、彼女は今日ここに来なかったのに!」
タクローが俺の着ているポロシャツの襟を掴んだ。言いがかりだ。だけど、やろうと思えばできてしまう。そのことを否定するつもりはないし、隠していた俺に非があるのも分かっていた。
俺が何も答えないことにしびれを切らしたのか、タクローは襟から手を離すと吐き捨てるように「クソっ」と呟くと、残っていた花火を持って公園から引き上げて行った。他のクラスメートたちもそれに続いていく。あとには燃え尽きた花火だけがそこに残されていた。
(はぁ……台無しだな……)
すぐには動く気になれず、俺は何もせずただその場に座り込んでいた。しばらくして、背後で足音が微かに響く。
「あれ、みんなは?」
振り返ると、そこには灰慈がきょとんとして立っていた。薄ピンクの髪が月光に照らされて夜の公園の中に浮き上がっている。
「俺もお前もウソつかれてたんだよ。本当は6時からだったんだってさ」
「げ、そうだったの!? うっわー、花火楽しみにしてたのに!」
灰慈はがっくりとうなだれた。
「おまけに俺はタクローとケンカしちゃったしさ……灰慈、お前は明日学校であいつに会っても何も知らなかったことにしとけよ? たぶん俺はもうあのグループでやってけないけど、お前までそうなる必要は……って聞いてんのか!?」
こちらが深刻な話をしているというのに、灰慈はすっかり聞き流して地面に落ちている花火の残骸を集めていた。
「うん、これだけ冷えてたらいけるかな」
そう呟いたかと思うと、彼はいきなりその灰を素手で握る。
「!? お前、何やって——」
次の瞬間、俺は息を飲んだ。
灰慈が手を開き、掴んだ灰を投げる。すると、灰だったものがキラキラと光って形を変えていったのだ。まるでTVで見ているマジックみたいに、オレンジ色の小さな花になって次から次へと弾け飛ぶ。確かあの花は、学校の花壇とかでよく見るマリーゴールドってやつだ。
「へっへー。どう、きれいでしょ? せっかくみんなにおひろめできると思ってたのに残念だなぁ! こういう時くらいしか使えないからね、僕の能力」
「能力? お前もしかして……」
「僕、御伽術師なんだ。15代目
「俺もだよ」
「え?」
「御伽術師、14代目遣雀師。スズメと話せる力がある」
すると灰慈は大声で笑った。いつもニコニコとしてはいるが、ここまで思い切り笑っている姿はあまり見たことがなかった。
「あっはっはっはっは! なんだ、だったらもっと早く言ってくれよー。ツヅラって僕とは全然ちがう世界にいるのかと思ってたけど、なんか一気に近づけたような感じがする」
面と向かってそんなことを言われると、なんだか照れくさかった。それに、こう、胸の内がむずがゆい。
「灰慈こそすごいじゃん。なんでもっとその力を使っていかないんだよ」
「だって使う場面がないだろ? それに比べていつでも使える能力はうらやましいよ! なんで今までかくしてたの?」
「……スズメと話しているのを、キモチワルイって言われたから」
すると、灰慈はぶっと吹き出した。
「え、ツヅラそういうこと気にする性格だったの!? すっげー意外!!」
「意外……?」
「いや、だって僕の中のツヅラのイメージだと、人の言うことなんか気にしないクールな感じだと思ってたからさ。『俺は我が道を行く!』って感じの」
灰慈は自分でそう言いながら腹を抱えて笑い続けた。馬鹿にされているような気もしたが、なんだかつられて笑えてきた。
そうか、別に気にしなくてよかったんだ。理解しようとしてくれる相手さえいれば。自分が理解してもらおうとさえすれば。
俺はまだ出会えていなかっただけで、出会う努力をしなかっただけなのだ。……でも、やっと見つけた。お互い決して器用ではないけれど、だからこそ自分の弱さをさらけ出せる相手が。そういう人のことをなんと表現するんだっけ? 確か——
「なんか僕ら、やっと友達になれた気がするね」
「あらためてそう言われるとはずかしいんだけど……ま、否定はしないよ」
***
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