2-3 柳田二小・二年四組



「みんなー! 席についてー!」


 若い女の先生が教室に入っていくと、ざわめいていた教室がだんだん静かになり、散り散りになっていたクラスメートたちは自分の席に戻っていく。俺はその先生の黄色いカーディガンの後ろから教室の中を覗いてみた。興味津々といった目線がいくつもこちらに向けられているのに気づいて、思わず再び先生の背中の陰に隠れる。しかしすぐに手を引かれて、黒板の中央のところまで連れて行かれた。


「はい注目ー! 今日から新しく二年四組の仲間に加わる転校生を紹介します! 鳥飼ツヅラくんです。みんな仲良くしてあげてねっ!」


 先生が教育番組の歌のお姉さんばりの高いテンションでそう言うと、クラス中の手が上がって「はーい!」と声を揃えて言う。


「……よろしく、お願いします」


 なんだかこの雰囲気についていける気がしない。俺は目をそらすようにしてお辞儀をする。その時、クラスの女子の一人ががはつらつとした声で「ねー先生! ツヅラくんって外国人ー?」と尋ねた。先生はちらりと俺の方を見る。外見でそういう反応をされるのはもう慣れっこだった。俺は先生に向かって黙ってうなずく。


「ツヅラくんはハーフだから外国人じゃないわよー。お母さんがフランス人で、お父さんは日本人なの」


「ハーフ!? かっけー!」


 再び教室の中がざわめく。……早く終わって欲しい。俺は自分の席がどこか教室中を見渡した。その時目に入ったのが、つくりものみたいな薄ピンク色の髪をした一人のクラスメート。


(なんだあいつ……不良、とか?)


 しかしとても不良には見えなかった。彼はにこにこと微笑んでクラスの皆の会話を楽しそうに聞いていた。



——そう、それがあいつの第一印象だった。



「あー! 今度のフットサル大会のチームどうすんだよ先生! 今人数ちょうどぴったりだから、一人増えたらあまっちまうよ!」


 一回り体の大きい男子がそう言うと、クラス中の注目が彼に集まる。たぶんこの教室の中でのリーダー的な存在なんだろう。先生もさすがにそこまで考えてなかったのか、しまったという顔をして答えに困っている。


 別にフットサルくらいどうだっていいじゃないか。もめごとの火種になるくらいならチームに入れてもらわなくったって構わない。俺がそう言おうとした時、一足先にピンク髪の彼が言った。


「うちのチームに入りなよ。僕はホケツでいいからさ」


「おい! それじゃ俺と同じチームってことになるじゃねぇか!」


 リーダー格の彼が抗議したが、へらと笑ってかわす。


「別にいいじゃん、タクロー。きっとツヅラくんのが僕より運動神経良いだろうし。なんかそんな気がする。……あ、僕は桜庭灰慈。よろしくね」


 灰慈はそう言って、俺に向かってにっと笑った。前歯が抜けたばかりなのか、空きっ歯を見せながら。







 実際のところ、俺は別に運動が好きなわけじゃない。だけど、父さんからの遺伝で運動神経はそこそこ良い方だった。


「ツヅラさぁ、こういうのはとは言わないよ」


「そう?」


 試合が終わって、フットサルコートから出て行く時に灰慈がむくれながら声をかけてきた。


「そうだよ! 決勝戦、タクローがケガしてどうなるかと思ったけど、まさかツヅラ一人で5点も入れちゃうとはなぁ。僕やっぱりホケツになって正解だったよ」


 校内のフットサル大会は俺たちのチームが低学年の部で優勝した。


 決勝戦では無理なプレーがたたって足をひねったタクローが途中退場になったが、相手チームにさほど強い選手がいるわけでもなかった。俺はタクローがいるときはパス回しと後方でのアシストに専念していたけれど、彼が退場してからは積極的に前に出るようにした。少し本気を出して走れば狭いコートの中で追いつかれることはない。


「やるじゃねーかツヅラ! へっ、お前のことみなおしたぜ!」


 利き足を包帯で固定されたタクローが豪快に笑いながらバンバンと背中を叩いてくる。


(みなおしたってことは、それまでは悪く思われてたってことかな)


 邪推する俺にはお構いなしに、タクローは「そうだ」と言って俺と灰慈に耳打ちした。


「……せっかくだから優勝の打ちあげでもしないか? うちに花火がたくさん余っててよ」


「花火!? いいねそれ! ロケット花火とかもある?」


 灰慈が目を輝かせると、タクローは得意げに胸を張った。


「もっちろん! あ、でも灰慈、お前は試合にコウケンしてねーから、ゴミそうじ担当な!」


「は?」


 タクローのその言葉に、俺は優勝の余韻を全て吹き飛ばされてしまった気がした。


「灰慈は俺たちが練習に集中できるようにボールひろいとか場所とりとか色々やって……」


「あー、いいって! そうじね! 僕そういうの家の手伝いとかで慣れてるから大丈夫だよ!」


 タクローは一瞬顔をしかめていたが、灰慈がまたあのへらへらとした笑顔で俺の言葉を遮ったことで満足げな表情に戻った。


「よし! じゃあ他のメンバーにも声かけてみるわ!」


(なんだよ……! こんな風に言われて嫌じゃないのかよ、灰慈……!)


 俺はこの時、タクローよりも灰慈に対して少しだけ苛ついていた。そう思われていたことに、あいつは微塵も気づいていなかったんだろう。俺が灰慈を睨むと、彼はぽかんとした表情で首を傾げた。


 




 教室に戻る途中、同じクラスの女子グループが僕たちに向かって手を振ってきた。その中心にいるのはレナという、クラスの中でアイドル的な立ち位置の女の子だった。彼女がこっちに向かって微笑みかけてきたことで、タクローは明からさまにしどろもどろになりながら上ずった声で言う。


「れ、レナちゃん! なぁ、試合見てた? 俺たち優勝したんだぜ!」


「うん、知ってる」


「そそそそれでさ、お祝いに花火やろうと思ってるんだけどレナちゃんもどう?」


「楽しそうだね。私も行っていいの?」


「もっっっっっちろん!!」


 タクローの頭からは既にフットサル優勝のお祝いという当初の目的は消えてしまったようだった。俺も灰慈もその様子を見て呆れながら笑う。


 前の学校じゃこんな風に放課後誰かと一緒に遊ぶ約束をしたりすることなんてほとんどなかった。この学校でもどうせそうなるだろうと思っていたのに、いつの間にか——


「じゃあレナちゃん、時間とか決まったら伝えるから、場所は商店街の横の公園で」


 タクローの話の途中で、レナが一歩俺に向かって近づいた。彼女は大きな瞳で俺の顔をじっと見たのち、小さな声で言った。


「ねぇツヅラくん……授業おわったら、ちょっといいかな」


「え、俺?」


 レナはこくりと頷く。その顔は少しだけ赤らんでいて——なんとなく嫌な予感がしたんだ。


 俺は思わずタクローの方を見てしまった。見なきゃよかったとすぐに後悔した。勘が鋭すぎるのも困りものだと思った。話途中で切られてしまった彼の表情はじっとりと暗く、一瞬視線が合ったかと思うと、眉間にしわを寄せてぷいと目をそらされてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る