2-2 鳥飼家の一人息子




「——すまんツヅラ!!」


 確か小学二年生とか、それくらいの頃だったと思う。警察官の父さんが夕飯の並ぶ食卓に額をぶつける勢いで俺に向かって頭を下げてきた。


「ちょっと弥太郎やたろうサン、その話はご飯終わってカラにしまショ?」


 父さんの顔を上げさせようと踏ん張るも、華奢きゃしゃな母さんの腕では身動きしない。


 我が親ながら、まるでゴリラみたいな体格で融通利かない父さんと、洋菓子みたいにふわふわしているフランス人の母さん、よくもまあ一緒になったものだと思う。どちらかというと俺は母さん似だったから、家族で出かけると俺と母さんは年の離れた姉弟のように見られ、父さんはそのボディーガードだと勘違いされることが多かった。


「で、なに?」


 俺が尋ねると、父さんはガバッと顔を上げた。


「父さん、昇進が決まったんだ……!」


「なんだ、良かったじゃん」


「だが次の勤務地が今の家からだと結構遠い場所にあってな……引越しをしないといかん」


 そう言って、再び頭を下げる。


「本っ当にすまん!! 引越しをするとしたらお前は転校しなきゃならんのだ。この土地で築き上げた友情もあるだろう……だがツヅラ、お前を置いていくわけにはいかん! せめてもの償いとして、どうか気が済むまでこの父を殴ってくれてぇぇぇッ!!」


 近所にまで響きそうな大声で叫ぶ父さん。だが実はこのやり取りは通算三回目くらいである。そう、この頃はいわゆる転勤族ってやつで、一・二年経ったら次の土地へ移動することが多かった。だからそろそろかなって予感はしてたし、その度にこのやり取りをするのも正直飽き飽きしていた。


「いいよ。べつに仲良い友だちとかいないし」


 俺がそう言うと父さんはまた勢いよく顔を上げたかと思うと、


「ムッ!? それはいかんぞツヅラ!!」


 と叫んで俺の肩を大きくてごつい手でガシッと掴んだ。


「友達がいないなんて、そんな寂しい事を言うもんじゃない! 一緒に遊んでいた子だっているだろう。お隣のしょうくんは!? 通学班で一緒のはるかちゃんは!? 学級委員のけんとくんは!?」


「もういっしょに遊んだりしないよ」


「なぬっ!? それはなぜだ!」


 父さんの力は強くて、幼い俺は逃げ出しようがない。だから素直に白状するしかなかったんだ。……その答えが、父さんや母さんを困らせてしまうことは知っていたんだけど。




「……だってみんな、俺がスズメと話すのをキモチワルイって言うんだ」




 父さんの手にこもった力が弱まる。俺はその隙に自分の部屋に駆け込んだ。こういうことを言うと父さんと母さんが黙ってしまうのは分かっていたから、顔を合わせていたくなかったんだ。遣雀師つかいすずめし、スズメと言葉を交わせる力——。俺が生まれつき隔世遺伝で受け継いだ御伽術師おとぎじゅつしの能力。両親はこの力を持ってない。だから俺に何て言ったらいいか、あの人たちでは答えが出てこない。


 部屋の窓の方を見やると、に所狭しとスズメたちが並んでいた。窓を開けて部屋の中に常備してあるパンくずをやるとスズメたちは喜んでそれをつつき始めた。


 もっと小さい頃は、スズメと話せるのが普通じゃないなんて知らなかったんだ。だから近所の子たちとかくれんぼをする時、どうして負けることがないんだろうってずっと不思議だった。でもある時他の子に言われてわかった。




——ツヅラくんとかくれんぼしてもおもしろくない。スズメと話せるなんてずるい。キモチワルイ——



 それから俺は人前で力を使うのをやめた。それでも状況はそんなに変わらなかった。みんな俺のことを怖がっていたんだ。


 まぁ確かに、フランス人ハーフで、父親が警察官で、人間国宝なんて大それた肩書きがついていたら、距離を置きたくなる気持ちも今となってはよく分かる。かえってそれをネタにするくらいの度量があればそれこそ友達100人なんて簡単に成し遂げられたのかもしれない。だけどまだ幼かった俺はそんな風に割り切ることなんてできず、友達作りを諦めることにした。たとえ誰かと仲良くなれたとしても、どうせすぐに転勤になる。そんな風に考えるようになって、だんだん読書とかゲームとか一人でできる趣味が増え、他の子と遊ぶ機会は減っていった。




——あいつに出会うまでは。




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