三つめの奇跡

 ――メモリの中には新聞部に関するファイルがいくつも収められ、その中の一つに「幸福クラブ関係(掲示板)」というものがあった。

 中身は小菅の言ったとおり、〝幸福クラブ〟によって運営されていたという掲示板である。もちろん、実際にはそれを丸ごとコピーしたものだった。

 開いてみると、ごく一般的な掲示板の形式と同じもので、表題ごとに一つずつスレッドがわかれている。表題名には「叶えて欲しい願いごと」がつけられているようだった。閲覧は自由だが、それぞれパスワードが設定されていて、スレッドを作った本人にしか書きこみができないようになっている。

 画面をスクロールしていくと下のほうほど投稿が古いものになっていて、一番最初には掲示板に関する注意書きが記載されていた。表題は「幸福クラブ運営規則」、投稿者は「幸福クラブメンバー」になっている。

 内容は大体、次のようなものだった。

 (1)当クラブは人々の幸福を叶えることを活動目的とする。

 (2)書きこまれた願いはメンバーによって審査され、実現の当否を決定する。その際、投稿者は所属するクラスと出席番号、実名を使用しなければならない。

 (3)メンバーに関する情報は、すべて秘密とする。

 ほかにもいくつか細々としたものはあるが、大筋としてはそんなところだった。実際、書きこまれた願いごとのすべては、実名で行われている。真剣な願いしか受けつけない、ということなのだろう。

 最初の投稿である注意書きの日付が、二年前の六月頃。クラブの解散を告げる最後のそれは、去年の文化祭から少したった頃のものだった。

 小菅に聞いたところでは、その解散宣言のあとしばらくして、掲示板は削除されたのだという。小菅がコピーして残しておいたのは、その時期のものだった。彼女はそれまでずっと、クラブの活動を注視してきたのだろう。

 掲示板の書きこみを具体的に見ていくと、ほとんどの願いごとはごくささやかな、個人的な種類のものだった。大切な落し物を見つけて欲しいとか、明日の遠足を無事に迎えたいとか、友達と仲直りがしたいとか、そんなものである。主として、学校生活に関わるものだった。

 小菅が実名をたどって調査したところでは、そうした願いごとの多くは確かに叶えられていたという。どうやったのかは不明だが、それでも間違いなく――

 願いごとの中には叶えられなかったものもある。実名を明かさないものや、明らかにいたずらを目的としたもの、あるいは即物的すぎたり、自己利益のみ追求したようなもの。例えば、宿題を少なくして欲しいとか、テストの点をあげて欲しいといった類のものである。

 どうやらそうした願いは、クラブの規準と趣旨に反するらしい。

 掲示板についてもう少し詳しく見ていくと、メンバーと呼ばれる人間がおそらく五名なのだろうということもわかってくる。同一のハンドルネームが使われているのだ。

 「火星人の孤独」「長靴をはいた猫」「こそ泥事件」「冬に響いた汽笛」「太陽とアンドロメダ」――どういう理由でつけられたのかはわからないが、それらは管理者権限によって使用され、それぞれが明確な違いを持っていた。現実的に考えれば、すべて別々の人間によるものだと推定して構わないだろう。

 そうしてハンドルネームをチェックしていくと、アキはあることに気づく。

 四月頃から、その名前が変更されているのだ。新しいハンドルネームもよくわからないものだったが、中には「ほんものの魔法使い」というのもあった。

 進級に際してメンバーが交代したのだろうか、とアキは思う。

 ただ、人数は五名のままで異動はなく、中身も何となく同一人物のような気がした。とすればクラブの人員に変化はなく、名前だけを変えたことになる。それはいったい、何のためだろう。メンバーが同じなら、名前を変更する必要などないはずだった――


 アキは自室の机に置いたノートパソコンから目を離すと、大きくのびをした。

 掲示板を調べはじめて、いつのまにか数時間が過ぎようとしていた。さすがに疲れて、目の奥が少し痛い。窓の外には、研磨されたような夜の闇が映っていた。

(……結局、よくわからないな)

 手帳に書いたメモをのぞきこみながら、アキは考えている。〝幸福クラブ〟の活動、その依頼者たち、正体不明のメンバー、叶えられた願いごと。

(たぶん、このメンバーの人たちも学園の関係者だとは思うけど――)

 とはいえ、それが生徒なのか先生なのか、生徒だとして中等部なのか高等部なのかも、わからなかった。学園関係者だというだけなら、卒業生という可能性だって考えられる。

 アキは腕を組んで、背もたれに体を預けた。

 それにクラブのメンバーは、いったいどういやって願いごとを叶えていたのだろう。書きこみを見るかぎりでは、その具体的な方法はわからなかった。ただ、それが実現されたとわかる感謝の言葉が残されているだけである。

 あるいはそれは、文化祭の不思議な奇跡と同質の現象なのだろうか。

 実際のところ、このクラブと文化祭の奇跡には何か関係があるのだろうか、とアキは考えてみる。こうして調べてみたかぎりでは、そこに直接的なつながりは見つけられなかった。さらには、小菅に言われた失踪者のこともある。

(本当に、誰かが魔法みたいに解決してくれればいいのに――)

 アキはため息をついて、けれど自分が期待していることに気づいて首を振った。それは考えても仕方のないことだった。

 フラッシュメモリを抜いてパソコンの電源を落としてしまうと、アキはぬいぐるみの一つを抱えてベッドに向かった。ぬいぐるみは例の、棒っきれから作られた人形を模したものである。寝ころがって、そのぬいぐるみを見ながら、アキは自分にも魔法が使えればな、と思ってしまう。

 電灯の光に目を細めながら、アキはスイッチでも入れるような感じに、ぽんとぬいぐるみの頭を叩いてみた。

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