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アキは学園では、新聞部に所属していた。
中高あわせて部員は十四人。隔月と、不定期の校内新聞を発行していて、マイナーな種類の部活のわりに活動は盛んだった。週に二回ほどの活動だったが、それ以外の日にも人がいることは多い。
一般の文化部と同じ広さの部室には、中央に長テーブルが置かれ、新聞編集用のパソコンが隅に一台設置されていた。壁際には長年の活動で堆積した古い記事や資料が、旧石器時代の遺物めいた格好でスチール棚に保管されている。
放課後、その部室でアキは古い記事を引っぱりだしていた。記事は臨時で発行された、去年の文化祭に関するものである。そこにはひのりの言ったとおり、〝四つの奇跡〟が特集で掲載されていた。
奇跡の内容は大体、次のようなものである。
(1)校庭にかかった消えない虹
(2)空から降ってきた大量の飴玉
(3)休み時間に突然現れた、中央階段のペイント
(4)第二グラウンドに迷いこんできた象
アキは机に座ったまま、数面にわたって書かれたその記事を丁寧に読みこんでいく。詳細に記述されたその内容は、もちろんエイプリルフールみたいなでたらめではないだろう。それに文化祭があるのは、四月ではなく十月である。
とはいえその記事が本物だとしても、アキは簡単に信じてしまう気にはなれなかった。どれもあやふやで、指で弾けばそのまま飛んでいってしまいそうなくらい現実離れしている。文化祭が盛り上がったことは想像に難くないが、こんなことが偶然で短期間に集中して起こるものだろうか。
それに、これではまるで――
「…………」
そうしてアキが新聞を片手に考えこんでいると、
「昔の記事に興味あるの?」
と、後ろから声をかけられている。
振りむくと、新聞部部長である
清重という名前ではあるが、小菅は女子生徒だった。高等部二年で、ずっと新聞部で活動している。ひっつめ髪で、秀でた額をしていた。どことなくオールドミスふうなところがあったが、身ごなしは颯爽としている。
部長は同時に編集長という立場でもあって、記事が採用されるかどうかは彼女の一存にかかっていた。それだけに、部員たちからは密かに恐れられる存在でもある。
「えと、友達に聞いて少し気になったんです」
アキは軽く緊張しながら、そう答えた。部長という階級がなくとも、高等部の先輩といえば年齢もずっと上だった。
「……懐かしいな、この記事」
言いながら、小菅はアキの手からそっと記事を取って、感慨深げに眺めている。
「知ってるんですか?」
アキが訊くと、小菅はあっさりうなずいた。
「そりゃ、これ書いたのあたしだもの」
「部長が?」
「その時にはまだ平の部員だったけどね」
小菅は軽く、微笑を浮かべる。部員の一人いわく、〝普段の部長は天使のように優しいけど、記事の原稿を前にしたときは鬼に変わる〟
「これ、本当にあったことなんですか?」
部長を疑うような発言はしたくなかったが、アキは一応そう訊いてみた。
「――うん、本当のことだよ」
と小菅は気にした様子もなく、その記事をアキの手元に返した。
「でも、こんなのって」
「――信じられない?」
発言を先回りして、小菅は言った。アキはこくりとうなずく。
「まあ、そうかもしれないね……」
もう一度記事のほうを見ながら、小菅はつぶやくように言った。紙面には、実際の写真も載せられている。にもかかわらず、そこにはどこか現実感が希薄だった。手品の空中浮遊でも見せられた感覚に、それは似ている。
「何しろ、奇跡だから」
と、小菅は諦めたように言った。そんな小菅に向かって、
「誰かがやった、っていうことはないんですか?」
とアキは訊いてみた。
「……誰かが?」
そんなことは考えもしなかった、という顔を小菅はする。
「面白いこと言うね、水奈瀬は」
「いえ、その――」
アキはちょっと言葉に困ってしまう。まさか、昔同じようなことを経験したことがあるんです、とは言えない。それに言ったところで、小菅は信じたりはしなかっただろう。
「――あくまで、仮定の話です」
「仮にそうだとしても」
と小菅は渋面を作った。
「実際には難しいだろうね。どれも突飛すぎる。階段のペイントはさすがに誰かがやったんだろうとは思うけど、それにしたって短時間すぎる。ほかのものに関しては、推して知るべしってところだし」
だとしても、この話は何だか――
アキはもう一度、その記事を見つめた。どこか見覚えのある、そんな出来事を記した古い記事を。
「……これ、わたしが調べてみても構いませんか?」
アキは自分でも思いがけず、そんなことを言っていた。
「水奈瀬が?」
「――はい」
しばらくのあいだ、小菅はアキの意見を吟味するように考えていたが、
「そういうアプローチも面白いかな……」
と、つぶやくように言っている。
「一年前のことだから、調べるのは難しいかもしれないわよ?」
「じゃあ……」
立ちあがって、アキは小菅のほうに体を向けた。
「ほかの部員は忙しくて手伝えないだろうけど、一人でもよければ取材は許可します」
そう言ってから、小菅はいたずらっぽくつけ加えた。
「――それにもしかしたら、今年も同じようなことが起きるかもしれないしね」
どうやら取材許可は、編集長としての決定らしい。
小菅はそれから、編集長用のデスクからあるものを取りだしてアキに渡した。青地に白抜きで「衣織学園新聞部」の文字が書かれた腕章である。つまりこれで、アキの活動が部としての正式なものであると認可された、ということだった。
「それを見せれば、まあ大抵の人は協力してくれると思うから」
小菅はあまり当てにはしないように、という感じでそれをアキに託した。
「――がんばります」
アキは直立姿勢になって、腕章を受けとった。先輩のアシスタントとしてそれを身につけたことはあったが、単独で取材活動をするのは今回がはじめてだった。さすがに少し、緊張している。
「……一つ、聞いてもいいかな?」
それから、参考までにという感じの何気ない調子で小菅は訊いた。
「水奈瀬は、どうしてこの件に関して調べてみようと思ったの。つまり、取材動機みたいなものについてなんだけど」
その問いに、アキは自分でもあまりはっきりしない様子で答えた。ただ砂浜を歩いていたらきれいな貝殻が落ちていた、とでもいうふうに。
「――魔法みたいだから、ですかね」
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