7
窓の外で風景が動きだして、路線バスはいくつめかの停留所を通りすぎていった。
空はまだ明るいとはいえ、すぐ隣に座っているみたいな、はっきりとした夕暮れの気配があった。海底に向かうようにして、空気や光の圧力が変化していく。
「…………」
アキはシートに腰かけたまま、ぼんやりと外の景色を眺めていた。カバンを膝の上に置いて、窓枠に頬杖をついている。
時間帯のせいか、乗客の姿は少なく、学園の生徒も片手で数えるほどしかいなかった。町の中心部で多少の人数が乗ってきたが、糸が解けていくみたいにしてその数は減っていく。まるで、黄昏の中に溶けていってしまうかのように。
そのあいだ、アキは窓の外を見ながら考え続けていた。今、何が起こっているのか。かつて、何が起こっていたのか。
――〝四つの奇跡〟と同じように、学園では現在、二つめの奇跡まで起こっていた。順当にいけば、残り二つも遠からず起きるのだろう。でもそれは、本当に奇跡と呼べるようなものなのだろうか。そこに作為や、何者かの意図が存在することはないのだろうか。
アキにはやはり、それが誰かの意志によって行われているのだとしか思えなかった。誰か、本物ではない魔法使いの手によって。そこにどんな目的があるのかは不明にしても。
そうやって奇跡について調べているうちに、アキはたくさんの人間に会いもした。そのうちの何人かは、普通とは違う特別な反応を示したように思う。でもそれは、何故なのだろう。その人たちに、どんな理由や事情があるというのだろう。
「……ふう」
アキはちょっとため息をついて、背筋をのばしてみた。一人で考え続けるのは、ひどく疲れることだった。
けれど今は、すぐそばで助けてくれるような相手はいない――
どこか別の場所に行ってしまうように色あいを変化させはじめた空を見ながら、アキは再び思考を続けた。
新聞部で小菅からもらったフラッシュメモリと、古い記事。謎の〝幸福クラブ〟と、学園の失踪者――
アキはカバンからメモリを取りだして、やはり意味もなくそれを見つめる。
時期的には文化祭と重なるそれらの事態には、本当に何か関係性があるのだろうか。一見したところ何のつながりもない、三つのこと。そもそも、それがパズルのピースになり得るのかどうかさえ、判然とはしない。
〝あたしはそこに非難みたいなものを感じるんだよね〟
小菅清重の言葉を、アキはぼんやりと思い出していた。
そこに存在する、どこか見覚えのある手触りを感じながら。
「〝思へば遠く来たもんだ〟……」
教科書に載っていた誰かの詩をふと思い出して、アキはそっとつぶやいてみた。窓の外にある夕暮れの気配は引き返すこともなく、ますます濃くなりつつある。
――空に輝く星の運行と同じように、路線バスはいつも通りの道をたどっていった。
※
旧校舎の音楽室には、いつものように五人の生徒が集まっていた。
「――でも、何で四つなんだ?」
と、少年の一人が言う。髪をごく短く切ったほうの少年だった。
「俺たちは五人いるのに」
「別に数にこだわる必要はないと思うけど」
眼鏡をかけた少女が答える。
「同じ意見」
カメラをいじっていた少女も同意した。
「でもなあ……」
と少年がなおも言いつのろうとするのを、もう一人の少年が抑えた。
「僕たちの中に一人だけ、偽物が混じっているからだよ」
「ニセモノ?」
「そう、その一人だけは、本物の魔法使いになれないんだ。だから、奇跡は四つまでしか起こせない」
髪の短いほうの少年は、肩をすくめてみせた。
「じゃあまあ、そういうことにしておくか」
「……僕たちの中に、偽物が一人いてもいいの?」
「友達に本物も偽物もないしな」
儚げなほうの少年はにこりと笑っている。
「きっと、そう言ってくれるだろうと思ってた」
「――どういたしまして」
二人の会話が終わると、ピアノの前に座っていた少女が口を開いた。背中まである髪の長い少女だ。
「二つめの願いはもう叶えられてしまったし、これからどうするの?」
「でも、ちょっと地味じゃなかったかな――」
眼鏡の少女が、まるで申し訳なさそうにぽつりと言う。
「俺たちの活動目的は有名になることじゃないだろ?」
「まあ、そうなんだけど……」
少女は少しためらうように言った。
「私たちのこと、もっとみんなに知ってもらったほうがいいんじゃないかと思って。それだけで救われる人だって、いるはずなんだから」
「目立つのは、どうかと思う」
小柄な少女が機械的な口調で言う。
「そうだね、僕もそう思う。僕らのことが喧伝されるような事態は避けるべきだから」
「いざとなったら、雲隠れでもするしかないな」
髪の短い少年は陽気な感じに、冗談ぽく言う。
「でも最近、ますます私たちの正体に近づかれてる気がする。今日だって……」
ピアノの少女は思案げな様子で言った。
「例の暗号に気づく人間がいれば、俺たちのことはすぐにばれちゃうだろうしな」
「簡単には、気づかないと思う」
カメラを持ったまま、少女は感情のない声で言った。
「でももし、仮に悪の組織なんかに解読されてしまったらどうするんだ?」
「悪の組織?」
眼鏡の少女が、目をぱちくりさせる。
「そんなのいるの?」
「いたとしたらの話だよ、あくまでな。けど何にしろ、俺たち目をつけられてるんじゃないのか」
「もしそうだとしても――」
と、儚げな雰囲気の少年は言った。
「大丈夫だよ」
「どうして?」
ピアノの少女に訊かれて、少年はどこか真剣な顔で答えた。
「……僕が、何とかするから」
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