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アキの通っている私立
市の中心部を抜けてその場所に向かうバス路線には、途中まで同じ学校に通う生徒の姿はほとんど見られない。乗客は大体、会社員か他校の生徒だった。
そのあいだはすることもないので、アキは窓の外を眺めたり、退屈しのぎに本を読んだりしている。通学時間のおかげで、読書習慣がしっかり身につきそうだった。
窓の外が賑やかになって、ビルやデパートがいくらか見えるようになってくると、乗客が入れ替わって学園の生徒が増えるようになる。知りあいがいれば、そこからはおしゃべりをして時間をつぶした。
ただ、学園に通う生徒の多くは電車通学で、バスの中でクラスメートと顔をあわせることは少ない。その日も、乗客の中にアキの見知った顔はなかった。そのため目的地に着くまでの残り時間を、アキは適当に本を読んで過ごすことにする。
窓の外に緑が増えはじめる頃、バスは目的地に停車した。ほとんどの人は降車して、同じ方向に向かう。アキもバスを降りて、それに従った。
季節は秋になったとはいえ、木々が紅葉するにはまだ遠く、本格的な涼しさがやって来るのはこれから先のことだった。衣替えの時期になってはいたが半袖姿の人間も多く、アキも長袖にしただけで上着は着ていない。まるで蜥蜴の尻尾みたいに、残暑はしつこく存在していた。
それでも、不意に吹いてくる風は驚くほど冷たいことがあって、季節の移ろいを感じさせた。秋は上空から、ゆっくりやって来るつもりらしい。
しばらくすると道が合流して、登校する生徒の数はいっそう多くなった。もう大学受験を控えた高等部の三年生と、まだ小学生の雰囲気が残る中等部の一年生。その中間で様々な成長度合を見せる生徒たち。中高一貫ならではのグラデーションの大きな人間模様だった。
アキが校門をくぐると、委員と担当の教師が服装のチェックを行っている。チェックといっても特別に厳しいということはない。ただ声をかけて襟元やシャツの具合を直させるだけだった。アキも一度注意されたことがあったが、それは単に髪に糸くずがついていただけのことだった。
前庭を抜けて玄関に入ると、靴をはきかえるために生徒がそれぞれのロッカーを開いていた。まとまりのない楽団みたいに雑多な音が響きあって、いつもながらの騒々しさである。
アキは靴を内履きに替えると、校舎に足を入れた。玄関のすぐそこには中庭に通じるピロティがあって、今は文化祭の作り物でいっぱいだった。普段なら生徒の休憩所に使われるその場所には、看板や動物型のオブジェ、完成が危ぶまれるような骨組みだけのハリボテなんかが転がっている。生命をもらう前の物体とでもいった、奇妙な感じがそこにはあった。
(……そのうちこういうのを作ることになるんだろうな)
と思いながら、アキは中等部の教室へと向かった。廊下や階段には、子供がひっくり返した玩具箱みたいな、雑然としたざわめきが満ちている。校舎も生徒もすっかり変わったとはいえ、その雰囲気だけは少しも変わっていない。
大きなガラス窓から射す光に目を凝らしながら、アキはふとその頃のことを考えてみる。
あの星ヶ丘小学校で起きた、いくつかの事件。その中で知った、魔法のこと。
冬の日に体育館で行われた対決。
完全世界――
あれから一年以上も経っているというのに、アキにはそれがつい昨日のことみたいに思えた。手をのばしさえすれば、簡単に触れられそうな気がする。懐かしい思い出として心にしまい込んでしまうには、アキにとってその経験は特別すぎたのかもしれない。
階段を昇って、アキは一年の教室に向かう。やがて彼女の所属する「103」の教室が見えた。
開いたドアから入って、知りあいと挨拶しながら自分の席に歩いていく。
「…………」
その途中で、アキはすぐ近くの座席によく見知った顔があることに気づいた。
小学校時代からの友達で、今でもしょっちゅう話をする相手だった。通学バスでいっしょになるのも、その人物である。たぶん今日は、部活で朝連か何かでもあったのだろう。同じ小学校から進学した相手なので、アキにとっては一番の友達でもあった。
アキが自分の机にカバンを置くと、その相手もアキのことに気づいたようだった。振りむいて、にっこりと笑う。
「――おはよう、アキ」
と、その相手はいつもと同じ口調で言った。
「おはよう」
アキも、同じように笑顔を浮かべる。
「――ひのりちゃん」
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