第25話 オーバードライブ

 「うりゃあああっ!!」


 可愛らしい変声期前の高音が操縦席に響いた。だがそれは一人前の戦士が発する覇気の篭った発声であった。

 シルバーの操縦入力に従い、サンダー・チャイルドが頭部の十字型に並んだカメラ装置を赤く滾らせて、両腕を後方に流した姿勢で吶喊する。ピークォドが機能停止に陥った今、もはやサンダー・チャイルドという巨人だけがチャンドラを守ることが出来るのだ。

 人が乗っているかもわからない三本足の怪物は―――確かに、震撼していた。

 十字架型の瞳をぎらつかせ突進してくる怪物を相手に、震えていた。


 巨人の姿を見ていたヨゼフは、だくだくと血液を垂れ流す額の傷もよそに、今まさに重機を改造して作った戦闘マシンに一斉射撃を浴びせかけんとしていたアンドロイドを戦車でひき潰していた。慣性をそのままにターン。同軸機銃で数十体を粉々にするや、戦車の機銃を自動モードに変更。ハッチから身を覗かせた。

 フローラの搭乗する黄色と黒の闘士は、手負いだった。片腕は脱落し、各所には弾痕が刻まれていた。武器は消失。操縦席を守る強化プラスチック製のプレートは皹で真っ白になっていた。

 アンドロイドの一体が、両腕を失い両足さえ損傷していると言うのに、ヨゼフ目掛けて這っていく。


 「俺の女に手を出さないで貰おうか、屑鉄野郎」


 ヨゼフはデザートイーグルを頭部にブチ込んでいた。弾頭が炸裂。頭部を守る強化合金を穿ち、内側に指向性電磁パルスを照射して回路を砕く。ホルスターに銃を差し込むと、操縦席をノックした。


 「遅かったね……」

 「いいや、間に合った。“以前とは違って”今回はお前の背骨は砕けてない」


 ヨゼフは息を切らし、操縦席の壁にもたれかかるフローラの姿を認めてにやりと笑って見せた。少なくとも出血が酷い他に命に別状は無いようだ。ヨゼフは手馴れた様子で包帯を腰のポーチから取り出すと、フローラの肩を止血する。


 「あの馬鹿。いざとなったらチャンドラより敵を優先しろと言った筈だが」


 ヨゼフの視線の先では、サンダー・チャイルドが避難船を守るべくトライポッドに踊りかかる様子があった。道中の装甲車を蹴り飛ばし、格納庫を踏み潰し、三本足の怪物目掛け両肩の砲を乱射しつつ殴りかかろうとしていた。

 ウォーカーは一国の戦力にも匹敵する巨大な構造物である。ウォーカーに乗っている方が、陣地で構えるより遥かに安全と言われる程である。チャンドラを守ったことで、勝てる戦いにも勝てなくなる可能性があった。

 フローラは愛すべき男の逞しい腕の中で瞳を閉じていた。


 「でも、あのお嬢ちゃんのお陰で避難船は逃げられるかもしれない。そういう甘さは決して間違っているとはいいきれないよ」

 「お前らしいな。そういうところが嫌いなんだ」

 「私は、あんたのそういうところが好きなんだ」

 「抜かせ。ああくそ。調子が狂う。黙ってろ」


 ヨゼフはふんと鼻を鳴らすと、フローラを横抱きにして戦車へと赴いた。ひとっ飛びで戦車の上に乗ると、ハッチを開く。仲間の兵士がフローラを戦車の中に運び入れる傍らで、背後から迫りつつあった両腕を喪失したアンドロイドを見ずにデザートイーグルで撃ち貫き沈黙させていた。

 巨人が咆哮していた。三つ足の怪物が、けたたましい音を上げて熱線を放つ。


 「勝てよ。生きて帰れ」


 ヨゼフは、知らずのうちにシルバーを一人の人間と同等の呼び方をしていた。







 「――――くううううっ!」


 三つ足――トライポッドが放つ熱線がサンダー・チャイルドの装甲を抉る。核の直撃にも耐える装甲でさえ、熱線は容易く溶かしてしまう。一体全体どれだけの熱量が生じているのか。あるいは、既存のテクノロジー以外の方法で装甲を破壊しているのか。シルバーにはわからなかったが、一つだけ確信していた。

 ―――勝てる。

 後退するトライポッドは、怒涛の勢いで前進してくるサンダー・チャイルドの50cm砲の連射に耐えかねたのか、攻勢に転じた。三本の足をくねらせ、先端を槍状に纏め上げる。目にも留まらぬ三連射が射出された。

 サンダー・チャイルドは攻撃を受け止めることさえせず、装甲に受けた。装甲から火花が散り、細切れになり、落ちた。直下の装甲車が押しつぶされる。至近距離から熱線がサンダー・チャイルドを舐め上げた。


 「まだ……まだだよ! まだ終わらない!」


 追加装甲が剥がれ落ちる。蒸気を纏ったサンダー・チャイルドが、頭部横の排気口を白熱させていた。

 上昇する温度に耐えかねてサンダー・チャイルドがぜいぜいと荒い息を吐く。だが、攻撃の手は緩めない。トライポッド目掛け、拳を固めた。


 「ピースキーパー、カートリッジ、ロード!」


 サンダー・チャイルドの右腕に設けられた自動小銃のそれによく似た機構が、弾丸ならぬ燃料タンクを吐き出す。次の瞬間、右腕の肘から膨大な火炎が噴出した。サンダー・チャイルドの下半身がずれる。コンクリート表面を捲り上げつつ、片足が滑っていた。

 トライポッドは、突然加速した拳をかわしきれずに、胴体へと受けてしまった。大音響が響き、生じた衝撃波がサンダー・チャイルドに付着したオイルを振り落とす。

 シルバーが、アーム・コントローラー越しに腕を強く動かしつつ操縦桿のスイッチを弾いていた。船体が傾ぎ、シルバーの銀髪がふわりと宙に流れる。


 「もういっちょ! カートリッジフルロード! わん、つー、すりー!!」


 文字通りの三連続攻撃が繰り出される。排出口から、大型の燃料タンクが三度投棄された。

 拳が音速をも破る速度へと瞬時に到達するや、三度トライポッドの胴体を叩きつけていた。爆砕ボルトが作動。ピースキーパーが両腕から外れ、地面へと落下する。よろめいたトライポッドに掴みかかろうと、シルバーが目を細めた。

 刹那、トライポッドの円盤型の胴体の赤いカメラ装置がピントを絞っていた。足の一本がサンダー・チャイルドに巻きつくと、続いて二本目が絡みつく。両腕の動きを封じられたサンダー・チャイルドが蹈鞴を踏む。兵舎を踏み潰し、滑走路上に駐機していた戦闘ヘリを数機纏めてスクラップに変えていた。


 「アーマー起爆!」


 サンダー・チャイルドの両肩にぶら下がっていた旧時代の駆逐艦をそのまま貼り付けた装甲が、大爆発を起こす。トライポッドの蛇腹状構造を持つ足が弾かれあらぬ方角に向いていた。

 シルバーが口元を緩める。成長前段階の少女の姿をしていながら――さながら戦場を駆けるヴァルキリーのように強かな笑みだった。


 「ハンマー、エンゲージ!」


 錨型の先端にロケットエンジンを装着した歪な武器が、背中から射出される。空中でくるりと回転すると、それはサンダー・チャイルドの手に収まった。ハンマー。それは人類が編み出したもっとも古い武器の一つ。他者を殺害することにかけて刃物にも劣らない威力を発揮する武器である。

 ハンマーの先端が、青い火炎を吹いた。300mに達する巨人が、鉄槌を大きく大上段に振りかぶる。夕闇に浮かんだシルエットは、赤い眼光に殺意を満たしていた。


 「ブッ潰れろぉぉっ!!」


 着弾。岩盤もろとも破壊せんとばかりに振り落とされた大威力が、地面を揺らす。同心円状に拡散する衝撃波が大気中の塵を波打たせていた。

 ピクリとも動かなくなった鉄屑を前に、巨人がひしゃげた鉄槌を手から滑り落した。

 シルバーは肩で呼吸をしていた。薄い胸を上下させ、目に掛かった髪の毛を左右に流す。


 「はぁっ……はあっ…………勝った……!?」


 ヨゼフは見た。リリウムが討ったはずのトライポッドがのそりと立ち上がると、放熱中のサンダー・チャイルドの背後から足を巻きつける光景が。胴体部に大穴を穿たれ激しく電流を迸らせながらも、赤い線条のカメラ装置に執念を宿して攻撃を仕掛けていた。

 突然の襲撃にシルバーは戸惑うも、コックピット目掛け足の先端が突きつけられているのを見て固まった。

 サンダー・チャイルドが動く。足を振り払おうと、身震いをする。頭部直前で槍型を取りドリルのように回転する脚部先端から逃れようと、必死で唸り声を上げていた。


 「シルバー!」


 ヨゼフの叫び声が響いた。視線の先では、操縦席のあった十字架型のカメラアイを脚部先端が削り取る様が繰り広げられていた。サンダー・チャイルドが痙攣する。カメラアイが潰れ、鉄屑を撒き散らす。

 サンダー・チャイルドの排気口から蒸気が噴出した。握られていた手の指が花開く。足を掴んで引き剥がすと、胴体を両手で掴み取った。操縦席という頭部から鉄屑とオイルを垂れ流しながらも、僅かばかりに残ったカメラを青く怒らせて、侵略者をねじ伏せんとしていた。

 トライポッドが足掻く。胴体にひび割れが走る。限界を迎えたか、胴体部中央から半分に引き裂かれていく。足掻きは無駄に終わった。サンダー・チャイルドが残骸を投げ捨てると、沈黙した。

 場に沈黙が満ちていた。二体の巨人は動かず、異形の兵器も動かない。アンドロイドでさえ、動きを鈍くしていた。

 ヨゼフは、不気味な程に早く白亜の白鯨が大地を舐めるようにして地平線から現われなければ、黙ったまま立ち尽くしていただろう。

 白鯨が現われた。サーチライトで夕闇に沈むいく戦場を照らす。残された対空機関砲が一斉に火を噴くも、弾丸は悉くが空中で蒸発させられていた。チャンドラ各所に瞬時かつ同時に火柱が上がった。トライポッドが放つ熱線とは比べ物にならない威力の攻撃が行われたようだった。チャンドラが燃えている。火炎の光が、低空の雲を鮮やかに照らし出していた。


 「すまん」


 ヨゼフは、いつの間にかハッチから這い出て隣に腰掛けていたフローラに呟いた。

 フローラはヨゼフの肩にもたれかかった。


 「仕方ない。負けは負けだ。最期があんたの隣でよかったよ」

 「調子が狂うな。よせ」










 「………けほっ」


 シルバーは、ミキサーにかけられたように機器だったものが散乱する操縦席に倒れていた。座席は既になく、パネル類は外れて床に転がっていた。ハッチは歪み、外の風景が見えていた。赤く燃えるチャンドラの大地からの照り返しが操縦席の青い照明器具の虚しい抵抗をかき消している。

 シルバーが起き上がる。右胸元から腰にかけてがざっくり切り裂かれ、白い人工血液が漏れ出ていた。右腕に至っては指数本が脱落していて、右耳は根元から裂けてぶら下がっていた。満身創痍。自分が機械ではないと言い張るシルバーは、機械であれば問題にもならない損傷でさえ、人間のように苦痛を感じてしまう。走る激痛に流れもしない涙を流そうと顔を歪めていた。


 「はぁっー………! クソ………!」


 正面に空いた大穴の縁に手をかけてへたり込む。白いのっぺりとした船体がこちらにサーチライトを向けてくる。眩しさに無事な左腕で目元を隠すと、口からこみ上げてきた白い血液を吐き出した。


 「………だめ、か」


 シルバーが言った。


 「まだ、だめじゃない」


 シルバーが口元を拭うと、操縦席があった場所に向かう。天井から伸びるコードを体に巻きつける。首にもコードをくくりつける様は、磔にも似ていた。

 操縦席が無い以上は操縦はできない。通常であればそう考える。

 シルバーは思わなかった。まだ手段は残されている。決して諦めたくなかったのだ。


 「サンダー・チャイルド……ううん。わたし、力を貸して、くれる?」


 シルバーの視界には一人の黒髪の少女が操縦席正面の大穴に立ち尽くしている場面が映りこんでいた。それは他の人には決して見えないもう一人の自分であった。


 「思い出した……? わたしのことを」

 「うん。私はあなた。あなたは私」


 シルバーは少女の姿が別の姿になるさまを見つめていた。黒髪を腰まで伸ばした幼い少女姿。白いワンピースを着込んだ月面の住民を。名をかぐや。自分の髪の毛を見る。銀色のはずのそれが、一瞬黒く見えた。

 黒髪の少女が歩み寄ってくると、視界から消えた。

 もとい、元通りになったというべきか。

 サンダー・チャイルド。

 それはかぐやを模倣したAIプログラムの片割れ。シルバー。それは、片割れのもう一人。


 「行こう、サンダー・チャイルドわたし。あいつを倒そう!」






 沈黙していたサンダー・チャイルドが震えた。


 サーチライトの光を遮るように腕を振ると、白鯨を前に凛々しく姿勢を正した。





 「私の命をあげるから……あなたの命をくれる?」





 サンダー・チャイルドの操縦席に転がっていたパネルがノイズ混じりに文章列をスクロールしていた。





 『縮退炉ブラックホールエンジン  オンライン オーバードライブ』



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