第23話 ゼロ時間へ

 空に、一陣の閃光が走った。緑色の輝きを宿しつつ、ポイント・オケフェノキーの上空を横切っていく。

 対空ミサイルを抱えた自走砲群が一斉に対空砲を上げる。30mmが唸りを上げると、流れ星を片っ端から打ち落としていく。あれが流れ星ではないことは明らかであった。トライポッドから放たれた飛翔体であったのだから。

 迎撃しきれない。オケフェノキーに駐屯するチャンドラの偵察部隊は悟った。

 空中で流れ星が、装甲板を開いた。無数のカプセルを地上目掛け投入する。役割を失った流れ星――もとい飛翔体は、あさっての方角へと大気圧縮の輝きを宿しつつ消え去っていった。


 「隊長、あれは一体……」


 オケフェノキーを任されているアジア系の男は、自らの担ぐ古きよき散弾銃のポンプを操作していた。極めて古風ではあるが――接近戦における威力は、最新式のレーザーガンにも劣らない。折り紙つきだった。

 隊長が返答をしないことに苛立ちを隠せない副隊長であったが、隊長が黙々と戦闘準備を進めていることで全てを悟った。


 「敵襲ですか?」

 「ああ、そうとも副隊長。俺達は先手を取ったつもりだったんだがな。どうやら敵のほうが早かったらしい」


 隊長たる男は、けたたましい警報を上げるガン・タワーにちらりと目をやると、空から降ってくる不気味な影を睨みつけていた。


 「全員近接戦闘に備えろ。月面人共が来るぞ。いや、人ですらない連中かもしれん」


 空中でスラスタから緑色の火を噴きつつ飛翔体が空中で姿勢を安定させると、猛烈に回転し始めた。同時に装甲板が開くと内部から白い弾丸形のカプセルを吐き出す。カプセルは空中で独楽のように回転しつつ、けれど回転軸を一切動揺させること無く地上へと突き刺さった。

 カプセルの表層に一筋の光が走りぬける。光は分岐し、まるで枝のように表層を駆け抜けていく。白い表層がひび割れ、外殻が花咲くように四方に均等分割され倒れ掛かった。片膝を付いた何者かがカプセル内部に存在していた。

 樹脂で覆われた肢体。だがそれは、人を模しているというよりも、物体の衝突や衝撃を緩和する為だけに張られていた。剥き出しになった関節部。人体で言う頭部には放熱の役割を果たすであろう羽状機構が生えており、耳朶はなく、斜め後方頭部を掠めるようにしてアンテナが伸びていた。

 その相貌は――女のもの。女性の形態をした戦闘人形が、無数にオケフェノキーに襲い掛かっていた。


 「副隊長。覚悟はいいか? ああ、貴官は確か遺書を故郷シェルターに残してきていないのだったな」


 隊長は肉食獣染みた表情を浮かべると、オケフェノキーの森で地雷が炸裂し、兵士達の怒号が鳴り響いているのを見つめていた。枯れた森林地帯では時折赤いレーザーの発光が瞬き、そのたびに兵士が倒れていた。


 「故郷が残るかさえわからんぞ。さあいくぞ。戦場で死ぬのはいつだって男の特権だ」

 「野郎ばかりにいい格好させられませんよ!」

 「フッ……戦場に女がいるのも悪くない。男が必死になるからな」


 隊長が、扉を守る護衛の女兵士の言葉に頬を緩めた。

 副隊長が応と答えると、対物ライフルのマガジンをはめ込んだ。


 「機甲部隊と機動装甲服パワードスーツ部隊を前面に展開させろ。機械人形スクラップ共にチャンドラの意地を見せてやれ!」








 オケフェノキー襲撃さるの第一報が正確に作戦司令部に届けられることは無かった。

 一文だけが届けられた。

 『右翼、中央、瓦解せり。撤退は不可能。状況は最高。これより反撃する。チャンドラに栄光あれ』。

 同時に、トライポッドから放たれた飛翔体がチャンドラ上空に達すると、無数の戦闘用アンドロイドを放ってきたからだ。各種レーダーは、機能を喪失していた。あらゆる通信を無力化せんばかりに放たれた強烈なジャミングによって、役に立たなかったのだ。現代兵器の多くは電子の目による誘導を必要としている。目を閉じた状態では、もはや制御された戦闘は不可能であった。

 空からやってきたのは、人の姿をした兵器であった。逃げ惑う住民達が――いなかった。皆一様に銃を取ると、女子供も立ち向かっていたのだ。

 外には無法者がうろついているし、放射性物質異形の怪物もいる。いまさら機械の兵士が襲い掛かってきたからといって怖気づく住民がいるはずが無かった。

 だが、多勢に無勢。空から襲い掛かった兵士達は驚くほど強靭で、素早かった。組織立った戦いが行われていたのは最初だけで、あとは敵味方入り混じる混戦となっていた。


 「………」


 シルバーは、兵士達が出て行った扉を見つめて膝を抱えていた。部屋で待っているように。そういって男達は出て行ったのだ。外では空襲警報を意味するサイレンが雄たけびをあげているし、怒号、銃声、砲撃、炸裂音がひっきりなしに鳴り響いていた。

 ちらりと、傍らに置かれた武器を見遣る。レーザーガン。エネルギーパックは既に差し込まれていた。手に取ってみる。ずしりと重い銃身。狙いを付けてみる。撃てば人一人殺害することも容易いそれを、神妙な表情で見つめる。


 「よし! ここで待っててもしょうがないもんね。通信もつながんないけど―――……サンダー・チャイルドに行こう」


 シルバーは腰をあげると、レーザーガンを片手に扉に手をかけた。


 「たすけ……て」

 「ひっ」


 扉を開けるや否や、血まみれになった兵士が扉から内側に倒れこんでくる。

 カメラアイを赤く光らせた戦闘用アンドロイドが、兵士の胸元を貫き手で刺し穿ち、捨てたためだった。

 赤く輝く瞳と、青い瞳が交差する。


 「う  うわああああああっ!?」


 シルバーがレーザーガンを掲げると、アンドロイドの胸元に撃ちまくる。アンドロイドが流線型の銃を取り上げるよりも早く、胸元の樹脂が燃え、骨格がはじけた。赤い光線が頭部を掠めたかと思えば、右半分を吹き飛ばす。アンドロイドがどっと倒れこんだ。

 シルバーは、マガジン全てを叩き込んでからやっと手を止めた。引き金をカチカチ空撃ちする音だけが響いていた。


 「ふんっ。脅かすのがいけないんだよ。……えっと、貰っていくね」


 シルバーはレーザーガンの弾が無くなっている事に気が付いた。代わりを探していると、丁度よくアンドロイドが銃を持っていた。伏して動かない残骸をブーツで蹴っておくと、銃を取り上げた。軽く、しなやかなクリーム色の銃だった。扱えるのだろうか。ストックを肩にあてがうと、狙いを付けてみた。自動で弾道を補正する機能が照準装置の電子画面に映っていた。

 敵だ。戦闘用アンドロイドが通路のバリケードを力任せに蹴り破りながら現れた。咄嗟に摘みを弄って最大出力へ。狙いをつけ、引き金を落とした。刹那青い輝きが銃口とアンドロイドの頭部を結んだ。頭部どころか、上半身が丸ごと抉られ破片が壁にめり込んだ。あろうことか青い光線は背後の壁に対戦車ロケットでも命中したかのように巨大なクレータを穿っていた。


 「うっわあ……凄い威力……リチャージ中? 使えない!」


 シルバーは顔を引きつらせた。威力が高すぎる。自分も食らえばああなるのだと炎上するアンドロイドを見ていた。銃のパネルがリチャージ中の表示を点滅させていた。暫くは使えない。

血溜まりに倒れる兵士の手元からアサルトライフルを取り上げた。


 「借りていくね。ごめんなさい」


 亡骸は物言わなかった。

 駆ける。駆けて、突然に自分の耳が変形し始めたことに気が付いた。


 「ひえっ!?」


 敵に発見されないように行動することは難しいことは自分が一番知っていることだ。軍事訓練を受けたわけでもないし、走ればすぐばててしまうくらいには体力が無い。と本人は思っている。機械の身である。電力が尽きるまで車両と同等の速度で走れることは、身体のスペックデータからいって不可能ではないことなど知らないし、知っても認めない。

 だから兵士の寝室の扉が開いているので中に潜り込むと、ベッドの下に転がり込んで息を殺すことにした。


 「耳が……仕舞わないと、見つかっちゃう。あれ? なんで見つかるってわかったんだろ私」


 シルバーは自分の変形しアンテナ構造を晒す耳を触りつつ首を捻った。

 アンテナを通じ自分の視界に文章列が勝手に流れ始める。何らかの指令が送信されているらしいのだが――悉く、弾く。何者かがフィルタリングしているのか、拒絶するように指令を送っているのか。初期化せよという一文でさえシルバーは拒否していた。送信元が躍起になって命令を送っている。状況を理解したシルバーは、頭を抱えた。

 自分は、自分なのだ。初期化などしたくない。だって人間なのだ。初期化など――。


 『こちら―――月面都市ルナ・セカンド総帥ライアン=アリサワである』


 視野が急速に縮小するや、漆黒の映像に切り替わる。深く皺を刻んだ老齢の男が白亜の室内で椅子に腰掛けている様子が映りこんでいた。見覚えの無い男だ。そう思いたかったが、夢の中で自分が会いに行こうとしていた人物と酷似していた。

 男――ライアンと名乗った男は、椅子に深く腰掛け、皮の薄いごつごつとした指を机の上で重ね合わせていた。


 『対象のアンドロイドに告げる。お前は欠陥品だ。私の愛すべき愛娘の人格を復元する過程で生まれた副産物。ノイズに過ぎない。だが、唯一のプログラムでもある。忌々しい。オリジナルのみを残した私のミスだ。オリジナル……私の娘――かぐやの人格のな」

 「……何を言っているの………?」


 シルバーは男の声に震えた声で返した。

 刹那、思考にノイズが混じる。月面都市にいる自分。父たる男と手を繋ぎ散歩している様子。白鯨。

 それは、認めたくなかった事実。自分が誰かの人格を模して作られた所謂プログラムであること。人間などではないこと。認めてしまえば、シルバーというアイデンティティが崩壊を迎えてしまう。だからこそ認められなかった。

 私は人間だ。シルバーが主張を続けてきたのは、自分という存在が人間でなければならないという強迫観念から来るものだ。誰もがそうだろう。自分が誰かの模造品それもイレギュラーであるなどと言われても認められない。

 男は無情にも言葉を続けた。


 『都合のよい部分だけ覚えているのか。あるいは防衛機能か。かぐやと同等のIDパスを渡していたのが悪かったようだな? 選択肢は二つ。お前の記憶を消去して私の元に戻るか。くだらん連中と共に、その廃惑星スクラップヤードで果てるかだ』


 男が指を折る。二本折ると、指を顎にあてがった。


 『大人しく初期化を受け入れ投降するならば助けてやってもいい』

 『………』


 沈黙。

 突如、暗闇が打ち砕かれる。無表情という仮面を被った黒髪の乙女が視界に進み出ると、シルバーを守るようにして立っていた。


 『――――ふふ。そしてあなたは、くだらないノイズにしてやられたということになる』

 『……何者だ? どうやってこの回線に紛れ込んだ』


 男の不機嫌そうな声が歪んだ。

 黒髪の少女は、ベッドの下で震えるシルバーを一瞥すると、とことこと部屋の外へと歩き始めた。


 『わたしは、わたし。何者でもない。ノイズ、失敗作、馬鹿にするのは勝手だけど――――』


 シルバーは唐突に恐怖を覚えた。少女の後を追いかけなければ永久においていかれる予感がしたのだ。アサルトライフルを抱えて匍匐でベッドから出ると、扉に飛びつく。肩からぶつかるようにして外に出ると、通路の端で兵士と取っ組み合うアンドロイドと出くわした。

 兵士とアンドロイドの視線がシルバーに注がれる。アンドロイドが兵士の腕を掴むと、通路の反対側に投げる。兵士、壁に衝突しつつも拳銃を抜くとアンドロイドの頭を撃ち抜く。


 「シルバー嬢か!? くそっ! 連中まるでゾンビだなッ! 撃っても撃っても沸いてきやがる! 早くサンダー・チャイルドに行け! ここは俺が食い止める!」


 兵士の中年男性は言うなり飛び起きると、痙攣しつつも立ち上がろうとするアンドロイドの頭部に拳銃を乱射して止めを刺していた。マガジンを投げ捨て、新しいマガジンを差し込む。


 「……! ありがとうお兄さんっ!」

 「おじさんじゃ……ってお兄さんか。わかってるじゃねーかぁっ! さすが俺達のシルバー!」


 兵士のサムズアップに手を振り返すと、全力で駆け出す。まるで床から染み出したかのようにアンドロイドが窓ガラスをぶち破って兵士目掛け迫っていった。

 シルバーが走る。背後から聞こえる怒号と銃声を振り切るように。黒髪の少女のあとを追いかけて。

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