第5話 迎撃

 テリトリー『チャンドラ』の起源は今から数十年前に遡る。

 初代リーダーは核戦争後において各都市間を結ぶメトロに避難した一族の末裔であったという。ある日外部に活路を求めて旅に出たところ、無傷のシェルターを手に入れたというのだ。権力争いのためにメトロから締め出された彼は、シェルターに独自の生存圏を築き上げることとなった。

 シェルターの特徴は、核戦争にも耐えうる堅牢な設計と構造であろう。とある丘のふもとに設けられたそれは、核戦争にも耐えたのだ。

 のちにリーダーの意思は引き継がれることとなる。たまたまいた科学者がもたらした、核攻撃を免れた安泰な土地の伝説がテリトリーの名前を決定付けることとなった。チャンドラ。すなわち理想の国と。

 伝説はやがて形骸化し御伽噺となった。御伽噺の時代が過ぎれば、あとは混迷の現実が待ち受けていた。

 チャンドラはシェルターを領土として、しかし、現代の戦いに必須であるウォーカーを得られないでいた。

 唯一得られたウォーカーは戦いで酷く損傷してしまっていたのだ。代用が必要だった。

 そこで探索隊を送り出し――『サンダー・チャイルド』を入手したのだ。


 全高、300m。重量、不明。固定兵装、なし。

 主動力不明。“副”動力として原子炉三基を搭載。

 二足歩行型。


 まさに戦艦を縦に置いたとも表現できるそれを、銀色の娘を伴った男が見上げていた。

 シェルター側の軍事基地に、巨大な建築物が存在した。その昔宇宙に飛んでいくロケットを組み立て整備していたとされる建物であった。建物の天井は刳り貫かれ、サンダーチャイルドの上半身がはみ出していた。

 リーダーことヨゼフの姿を発見した守衛が敬礼する。

 ヨゼフは軽く頷くと、二名の守衛の真ん中を通っていった。後から続く少女は、辺りがものめずらしいのか視線を巡らせていた。巨大な建築物の中は、整備工場になっていた。崩れかけた建物の壁を無数の梁で補強しており、窓ガラスの多くは鉄柵で代用されていた。

 ヨゼフが少女の前を行く。歩調は緩やかだった。


 「こいつの名前はサンダー・チャイルドと呼ぶらしい。宇宙人に一発くれてやった船の名前とは未来……もとい過去の人類はしゃれが利いてるな」

 「何の話?」


 シルバーという便宜上の名前を貰った少女が傍らの男に問いかけた。

 ヨゼフは最上階へ続くエレベーターのドアの代わりを果たす鉄柵を持ち上げて中に入ると、少女も続くように促した。

 少女が急いでエレベーターに乗る。


 「大昔の記録が図書館の記録端末に残っていた。昔はよく見たものだが」

 「ああ、本の話」

 「お前さんの世界じゃ本はあるのか」

 「覚えてないからわからない」

 「そうか」


 短い受け答えだった。

 エレベーターが昇っていく。300mと言えば高層ビルや電波塔にも匹敵しようかと言う高さである。旧式の錆び付いたエレベーターがからからと乾いた音を上げていた。

 少女は不安そうにしていたが、ロボットの腰の高さになるとへたり込み、肩の高さまでくると完全に腰が抜けて座り込んでしまっていた。

 ヨゼフが鼻で笑った。


 「高所恐怖症というやつか? 使えないな。ここから捨てるか」

 「う……見ててよ! 走れば大丈夫だもん!」


 300m下の床に叩きつければ人間はミンチで機械はスクラップになることだろう。

 ヨゼフが手を伸ばすと、少女はその手を払って立ち上がった。涙をたたえた瞳を見られまいと、震える手を見られまいと、男よりも先にエレベーターの扉を開けてキャット・ウォークを走っていく。

 言うまでもなく、ヨゼフは落すつもりなどなかった。彼なりのジョークだったのだが、子供を泣かせるいかつい戦士の風貌と意地悪いにやけ顔が本気であるかのような雰囲気を作り上げていた。顔は口ほどになんとやら。

 少女が走っていった先にはサンダー・チャイルドの操縦席がある頭部のハッチだった。

 アサルトライフルを斜に構えた青年が場を守っている。彼は一目散にかけてくる少女を見るや、足を引っ掛け転ばせて銃口を押し付けた。


 「何者だ?」

 「よせ」


 ヨゼフが言った。伝令には全員に少女が敵ではないことを伝えておくようにと言ったはずだが、末端まで伝わっていないらしい。

 床に引き倒されたシルバーは不満を隠そうともせずに暴れていた。腕を蠢かせ、足を振る。けれど抜け出せなかった。上から圧し掛かられているせいだった。どうやら最初であったときのような怪力は、いつでも自由に発揮できるわけではないらしい。

 青年は渋々といった様子でシルバーを解放した。起き上がる手助けさえしない。懐疑心が見えるようだ。


 「何者です? まさかリーダーのお子さんと言うわけでは」

 「あぁ、いたさ。昔な。この子はそうだな」


 ヨゼフはハッチに繋がる円形ハンドルを捻りつつ、にやりと口元を曲げた。


 「パイロットだ」


 絶句する青年をよそに、ぐずつく少女の襟首を掴んで中に引きずり込んだ。


 「それで?」


 ヨゼフは言った。

 操縦席内部は狭いわけではなかった。操縦席と言えば格好がつくだろうが、つまるところ操縦者が乗る磔を彷彿とさせる固定装置と、各種機器類がところ狭しと並んでいる。モニター、計器類。明らかに外付けのクレーンか何かを操作するようなものさえ付いている。兵器と呼べるかも怪しい。差し詰め作業用機械だったものを無理矢理兵器に仕立てたとでも言うべきか。

 操縦席正面の十字型のスリットはシャッターで守られていた。

 人員が入ったことを検知したのか操縦席に淡い橙色のランプが灯った。


 「操縦できるんだろう。やって見せてくれ」

 「ちょっと待っておやっさん」


 少女が腕を組んでいた。粗末な布服は長袖であったが、肘の高さまで袖を捲っていた。銀色とも白とも付かぬフレーム構造がむき出しになっている。容姿こと美しき少女であっても、内側は人ならざるものであることを否応なしに理解させた。

 おやっさん。古臭いを通り越して古典の領域に半身突っ込んだ呼び方をされたヨゼフは、ぴくりと眉を顰めていた。同様に腕を組むと、操縦席側の手すりにもたれかかった。

 腕を組んだ二者が向かい合っている。片や長身の筋骨隆々。片や銀の腕の乙女。相反する容姿と属性がせめぎ合っている。視線という複合装甲を、視線というフルメタルジャケットが破ろうとしている。

 

 「おやっさんはよせ。リーダーと呼べ」

 「おやっさんの都合はわかった。なんで私なの」

 「スクラップにされたくなかったらつべこべ言わず乗れ」

 「きゃあ!?」


 襟首掴んで操縦席に乗せようとしたヨゼフの表情筋がひくついた。重すぎる。身長は年頃の娘のそれと大差ないのだが、まるで成人男性を掴んでいるような重量であった。スペック表に目を通していたことを思い出す。たしか85kgだった。片腕で持ち上げるには厳しすぎた。仕方がないので両腕で掴むと、操縦席に放り込む。

 操縦席に放られたシルバーは痛いだの野蛮だの言いながらも、椅子に腰掛けていた。むっつり頬を膨らませて、ヨゼフをじっとりと湿った目つきを送る。湿気が高すぎる。飽和水蒸気量に達してしまいそうな不満と文句を溜め込んだ目つきだった。


 「で、なんで私がやるの」

 「説明は嫌いなんだがな。つまるところパイロットがいない。いないわけじゃない。操縦方法やら起動方法やらを解読するのに時間がかかる。おあつらえ向きに操縦マニュアルでも転がっていれば話が早いが」


 ヨゼフは言うと、さあやれと言わんばかりに顎でしゃくった。

 ウォーカーとは過去の遺物である。もはや誰も操縦方法どころか起動方法さえ覚えていない。それどころか何の用途で運用していたのかさえ、誰にもわからないのだ。彼らが主に使う言語以外の言語で機器類が表示されていることもある。操縦方法もバラバラだ。未知の乗り物をいきなり乗りこなせる者などいるはずがないのだ。

 解析にかかる時間が数日ならばいい。一ヶ月。一年を要したら? その間に生じるコストを誰が代替わりしてくれるのだ? ならば、最初から運転できる者を用意すればいい。少女が操縦できるならばさせればいい。


 操縦方法がわかれば少女は用済みになる。従順に働いてくれればよし。違うのであれば。

 ヨゼフは拳銃を収めたホルスターの合成皮の溝を撫でた。


 「―――……わかりましたー……っと。やればいいんでしょ……えーっと、んぅぅぅ……た、たしか……」


 少女はああでもないこうでもない言いつつも操縦席備え付けのレッグカバーに両足をすぽんと入れる。首をぐりぐりと回すと、アームに繋がれた操作盤を手元に引き寄せた。

 キーボードを押す。緑色の文字列が走った。OSが立ち上がる。認証パスワードが自動で入力された。


 「病み上がりなのに派手にやったせいかなぁ。主動力………起動しない。原子炉もダメ? へたってる……んーじゃあ補助動力装置APUでっと」


 キーボードを叩く。主動力オフライン。副動力である原子炉も動力不足で起動しない。原始的な小型の内燃機関を作動させる。


 「電力よーし。水量よーし、温度よーし、原子炉始動装置イニシエイター、スタート」


 カチリ。機械仕掛けが作動し、一本の操縦桿らしき物体が操縦席の右手下方の床から生える。拳銃のスライドを取り外し、ヘリの操縦桿に据え付けたと表現すべき装置だった。安全装置を指で弾いて解除。引き金に指を添えて、落した。

 操縦席内部の橙色の照明が消える。白と青を基調にした照明装置が点灯した。

 巨人が轟音をあげた。それは発生する熱量を逃がす為の装置の咆哮だった。

 原子炉が生じる高温が水を蒸発させ、タービンを高速で回転させる。生じる膨大な電力が巨人の各所をきしませた。脚部裏面の剣山を思わせるヒートシンクが橙色を帯びた。頭部横の廃熱装置がごほごほと咳をした。

 少女がレバーを操作した。

 操縦席正面の十字型スリットを保護するシャッターが左右上下に去っていく。シャッターは枚数にして数十枚存在していた。最初は緩やかに、次第に高速でシャッターが滑っては消えていく。覗き穴だけでは不足する視界を補うべく補助モニタがノイズ混じりに起動した。

 少女は両足を胸元まで引くと胎児のような姿勢を取った。操縦装置に足を突っ込みなおすと、両腕をぶるんと振ってから腕部操縦用装置へと突っ込み操縦桿を握った。ギア、アイドル。出力を担当するペダルを踏み込む。原子炉の出力がせり上がった。巨人が唸った。

 ヨゼフは咄嗟に腰にぶら下げた無線機に怒鳴った。


 「サンダー・チャイルドを起動した。格納庫正面扉開けろ。試験を開始する。総員退避!」


 無線から応答。操作員だった。


 「了解。ヘッドアーム・オープン」


 全くの同時に敵襲を知らせる警報が基地内部に鳴り響きだした。

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