第4話 テリトリー

 戦車十台がスクラップに。自動砲はダース単位で駄目になった。人員の被害も甚大だった。

 だが、テリトリー『チャンドラ』はいまだに健在であった。

 ここはかつて核戦争に耐えるために建造されたシェルターの最深部。コンクリートの内装に事務道具を並べただけの簡素な部屋。

 突如扉が開かれる。

 眼帯を嵌めた男はじろりと睨みを利かせた。


 「ボス。あの女なにもんなんですかね?」

 「ノックをしろ」


 眼帯を嵌めた男は、息を切らせて駆け込んできた黒人系の屈強な男を睨みつけていた。

 書類片手に駆け込んできた男こそ、眼帯を嵌めた『リーダー』ことヨゼフが、黒人系の男こと『ドク』を睨んでいた。

 白銀の髪の少女を閉じ込めた牢獄の映像が古風な液晶モニタに投影されていた。白い布の服を纏った少女が一人写っていた。少女は鉄製ベッドの上で膝を抱え、つまらなそうにしていた。手慰めにどこで手に入れたのか焦げた木の枝を指先で弄んでいる。

 ヨゼフの机の上に書類が置かれる。ヨゼフは老眼鏡をかけると、書類に目を通した。

 身長、150cm。体重、85kg。構成素材、ハニカム構造のチタン・セラミック複合素材。動力源、小型パワーセル。血液成分分析、未知の超微小機械群を含む流動樹脂。CPUユニット、不明。シールド化されており分析不能。アクセスは完全に外部装置との接続を拒否しており、干渉不能。

 その他主要な数値を読み解いていくと、単純な帰結に落ち着く。


 「ポスト・アポカリプス以前の代物か」

 「そのようです。あれほど高度な代物がまだ残っていたなんて聞いた事もありませんね」


 ドクのいかつい表情が好奇心に高ぶっていた。

 ヨゼフは片手を挙げて制した。


 「くれぐれも分解するような真似はよせ。気になる点がある。今から会いに行くと見張りに伝えておけ」


 ヨゼフは老眼鏡をケースに入れて机の上に置くと、腰を上げた。机の上から拳銃を抜くと腰のホルスターに差し込む。50口径。イーグルの名前を冠されていたのは大昔のこと。コピーのコピーのコピーを発掘してきてニコイチサンコイチして作り上げた骨董品中の骨董品であった。

 稀にだが、大昔のアンドロイドが徘徊していることがある。いずれもCPUが狂っているらしく人間を手当たり次第に殺傷するのだ。対人用火器では有効弾にならないため、大抵は大口径砲か砲撃で吹き飛ばすのが常である。男が握る銃では威力不足かもしれないが、弾薬は“とっておき”を装填している。頭を抜けば機能停止に追い込めるだろう自信があった。

 気になることがある。そういっただけでドクはかしこまった姿勢をみせ、すぐに先導し始めた。

 ヨゼフは、少女はウォーカーを遠隔操縦していたことについて誰にも話していなかった。余りに強烈な体験だったこともあるだろうが、仮に遠隔操縦できるならば、戦場が変わる。そうでなくとも少女は先進技術の塊なのだ。話を聞いてみてから分解しても遅くは無い。

 通路を歩いていき、階段を下っていく。重厚なシャッターを守る兵士に敬礼を一つ。

 金属製の扉をくぐると、牢屋が見えてきた。通常の牢獄に更に鉄製の柵をかませた特性である。

 

 「席を外せ」

 「かしこまりましたイエス・サー


 見張りの兵士二人が扉をくぐり出て行く。

 ヨゼフは檻の前の鉄パイプ椅子を引き寄せ背もたれを前にして座ると、拳銃をちらつかせた。


 「改めてはじめましてだ。俺はヨゼフ。お前さんみたいなロボットに名前はあるのか?」

 「………ロボットじゃないもん」

 「あんだって?」


 ヨゼフは、少女が静かに首を振るのを見ていた。


 「ロボットじゃないもん」

 「お前さんロボットなんだろ? その証拠に、そら腕が」


 少女はヨゼフに剥き出しになった腕を指差されると、腕ごと腹に抱え込んだ。


 「ロボットじゃないもん……」

 「おまけに今度は人格まで切り替えたのか。ロボットにしちゃあ芸が細かいな」


 ヨゼフは拳銃の安全装置を指でカチカチと弄びながら言った。

 最初会った時と性格がまるで違う。別人のようだったが、機械なら人格なり喋り方なりを切り替えることも容易であろうと。

 ところが少女はひたすらに首を振っていた。檻に入っていることよりも、自分がロボットであることを認めたくない様子であった。

 ヨゼフはフムと無精ひげを擦った。


 「結構。じゃあロボットじゃないとしよう。名前はなんだ?」

 「ない」

 「……お前だのお前さんだのじゃ呼びにくすぎる。そうだな」


 男は一拍言葉を切ると少女の髪の毛を見遣る。銀色と言えば容易い表現だ。白と表現したほうが正しいだろう。雪のような(ヨゼフは雪を見たことが無いが)色合いと光沢をしている。

 

 「ホワイトで」

 「シルバー!」


 少女が頬を膨らませる。譲れない一線があるのだろうか。男はおかしな気分になった。まるで年頃の気難しい娘を相手にしているみたいだぞと。

 男は拳銃をちらつかせるどころか、銃口を頭に戯れで向けてみたが、少女は全く怯む気配が無かった。


 「シルバーね。聞きたいことがある。なぜ、あそこに埋もれていた? お前はどうやってウォーカーを遠隔操作した?」

 「覚えてない。操縦できたのは……自分の機能のお陰だと思う」


 少女が言うなりベッドから起き上がった。粗末な布服の匂いを嗅ぐと顔を顰める。

 次の瞬間少女の耳が変形した。外側の耳の形態を整えているカバーが開閉すると、複雑なアンテナ機構が顔を覗かせる。男の記憶が正しければ、ウォーカーの遠隔操作はアンテナ機構らしきものを展開している最中に実施していたはずだ。耳のアンテナから無線電波を飛ばし操縦しているのだろうか。

 しかし少女は悲しそうに首を振った。


 「だめ。命令を受け付けてくれないみたい」

 「つまり受け付ける機体もあるということか?」

 「本来はね。そういうものだから」

 「本来とは? ウォーカーは本来外部の遠隔操作で稼動するものなのか?」


 興味深そうに男が唸った。

 ウォーカーは基本的に乗り込んで操縦する機械である。少女の口ぶりが正しければ、本来は遠隔操作するものらしい。現在の停滞した科学力ではウォーカーの保守点検整備装備の後付が関の山だった。特にコンピュータ等の電子機器類に至っては外部からのアクセス自体拒絶していることもあってか、弄ることができる以前の問題であった。

 少女はこちらの知らない情報を知っているらしい。ならば今すぐにでも分解するわけにもいかない。

 男は銃を下ろすと、少女の顔を正面から見据えた。


 「どこまで覚えてる?」

 「なんとなく………操縦できることと……えーっと、えーっと? あ、あれ? なんもわかんない?」


 気まずい沈黙が訪れる。

 少女は自分の耳を触ってあれこれぼやき始めた。しまい方がわからない。どうやって出したんだっけなどと。

 男は深いため息を吐いた。嘘を付いているようにも思えないし、仮に嘘ならばもう少し上手い具合につくものだ。例えば今すぐにでもウォーカーを遠隔操作してここを壊滅させてやると大言を吐いてもいいはずだ。自ら交渉材料がありませんと手札を裏返すものがいるものか。


 「わかった……いずれにせよお前さんを分解するのはナシだ。ついてこい」


 男は言うと見張りの兵士を呼ぶべく席を立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る