第27話 最終話 夜明け

 昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実である。


 ――――ロバート・ハッチングズ・ゴダード



 



 静寂に包まれたチャンドラの土地を照らすものがあった。

 彼方にうっすら青く反射する月は、地平線から昇ろうとする巨大な球体によって追いやられつつあった。

 一晩明けた。消火活動、救護活動、そして、ドサクサに紛れて攻撃を仕掛けようとする連中への牽制。人々の疲労がピークに達する頃合。多くのものが眠りについていた。任務のため眠れない兵士達もいたが、いずれも疲労しており、鈍重な動きで歩き回っていた。

 チャンドラは勝利した。大勢の人名。多くの物資、資源。ウォーカー。そして、ウォーカーの搭乗者を失って。

 それでもなお、生き続けなければならない。例え多くを失っても、まだ残されているものがある。疲れを知らぬ子供たちが、アンドロイドの残骸を分解して遊んでいた。彼らにとっては悲惨な出来事も、戦争も、遊びとして変換される。多くの時代、多くの子供達がそうであったように。


 白鯨が消えた場所は、巨大なクレーターとなっていた。残骸の一つさえも残っていない。ブラックホールによって白鯨はサンダー・チャイルドもろとも藻屑と化していた。搭乗していたであろう船員も無事では済まなかっただろう。


 「シルバー……」


 リリウムは背筋をぴんと張り詰めた疲労感を感じさせない姿勢で、ピークォドの頭頂部からチャンドラを望んでいた。

 シルバーは行ってしまった。あの世があるとすればそうだ。ブラックホールに落ちて無事で済んだとは思えない。人間であるならば死亡。機械ならば破壊だろうか。戻ってくることの出来ない一方通行へと、足を踏み入れていったのだ。白鯨を倒す為に。チャンドラを救うために。

 リリウムはほうとため息を吐くと、ピークォドの装甲を撫でた。


 「さようなら。また……また………どこかで」


 さようならはシルバーに似合わない。きっとあの子は再会の言葉を別れ際に言うだろう。

 また会おうと。

 リリウムは踵を返すと操縦席に入っていった。仕事が山積みだ。






 「首尾はどうだ?」

 「幸いなことに―――」


 ヨゼフは、一睡もせずに作業に当たるドクの胸元に純水を詰め込んだ金属ボトルを押し付けてねぎらいつつ、作業の進捗を確認していた。

 格納庫――サンダー・チャイルドがあったがらんどうには、無数のアンドロイドの残骸やら、戦車やら、トライポッドの部品やらが転がっていた。ウォーカーを一隻喪失したのは痛かったが――得たものも大きかった。未知のテクノロジーを含む大量の電子部品。常識外の強度を誇る合金。解析し、自分らのものにできたならば――チャンドラはますます発展することだろう。

 ドクの背中を見送ったヨゼフは、被っていたヘルメットの紐を緩めて格納庫の外に出た。アンドロイドを車両で運搬中のフローラと出くわした。

 フローラはヨゼフを見つけるや否や、車を止めて扉に寄りかかった。


 「大量大量♪ 月面の新品も同然がざっくざくで研究が捗りそうだよ」

 「研究も構わんがチャンドラに貢献しろよ。わかってるだろうな」

 「ケチなことは言わない。安心しなって、いまにアンドロイドを再起動させて兵士に仕立て上げて見せる」


 ヨゼフが不満げにため息を吐き腕を組む。左手の薬指に光る指輪を見て、フローラがくすくすと笑った。


 「狂犬戦車長ヨゼフ君も私の魅力には勝てなかったと?」

 「失せろ」


 ひらひらと手を振り背中を向けるヨゼフを、フローラは笑い声を上げて車を出した。

 ヨゼフは夜明けを見ていた。

 また、人を失ってしまった。涙など出ない。後悔もある。取り返しがつかないことが起きたことを理解している。だが、悩まない。悩めば悩むほどにこの過酷な世界における生存率が下がるから。

 今は祈ろう。祈る神など地球上に残ってはいないかもしれないが。


 兵士が、住民が、気が付いたかもしれない。気が付かない可能性が高いだろう。このたびの戦いで出た死人の数の多さゆえに。

 それでも、観察力に長けたものは、墓場に一つ見慣れぬ墓が増えていることに気が付くはずだ。


 『勇敢な戦士シルバー ここに散る』


 墓の前には髪を結ぶ為の白いリボンがそっと置かれていた。

 それは、ヨゼフが昔今は亡き娘の髪の毛を結う為に廃墟から見つけ出してきたものだった。





 月面にて。

 総裁たる男は、暗澹たる気持ちを隠せないでいた。

 総裁という立場は投票によって得たものだ。月面都市ルナセカンドは資本主義連合によって建造された街。総裁という事実上のトップを決めるためには民主主義で大多数を勝ち取らねばならない。地球環境調査船を失ったばかりか、トライポッド三体を喪失した。油断があったのだ。旧時代の兵器ごときに、最新式の宇宙船が沈められるはずがないと。現実は違う。捨て身の突撃により、男が送った部隊は壊滅してしまった。被害の大きさはじきに大衆に伝わるだろう。総裁の立場は危ういどころか、引き摺り下ろされることが確定していた。

 男は月面の地平線に顔を覗かせる廃惑星を見つめていた。

 自分が間違っていたのだろうか。

 亡くなった人間を、プログラム化して、再現する計画。理論は間違っていなかった。科学力も、男の執念を実現させるだけの領域に達していた。間違っていないはずだった。

 死人は、生き返らない。大原則に逆らった罰がくだったのか。

 男は一人部屋で沈黙した。







 ここは、もはや誰も知らない場所。


 地下深くの施設かもしれないし、もしかすると宇宙かもしれない。

 誰も知らず。

 誰も触れず。

 掘り起こされるのを、発見させるのを、待つだけの場所。

 昔は格納庫だったかもしれない。

 兵器製造工場かもしれない。

 もしかすると、ただの居住区だったかもしれない。

 そこは、不可侵領域だった。


 天井――もとい、皹から入り込んだ木の根っこから、水滴が落ちて清らかな音色を奏でた。

 闇の中に青いランプが輝いていた。試験管型のカプセルが施設の壁面にへばりつくようにして張り付いていた。他のカプセルは崩落した天井に潰されており、植物の侵食を受けていた。例え地球が燃えようとも、生物は生き延び続ける。太古の昔。地球にまだ酸素が希少な物質だった頃。酸素と言う猛毒に晒されても生き延びてきた生物がいたように。廃惑星と呼ばれるまでに環境が悪化しても、生物は生き延びていた。人類と同じように。

 カプセル内部には一体のアンドロイドが入っていた。正確には女性型なのでガイノイドが。生まれたままの姿にて昏々と眠りについている。

 カプセルに取り付けられている制御装置の点滅が切り替わった。赤いランプが代わりに点滅していた。点滅の間隔が短くなっていく。点滅が間隔を完全に潰し、点灯状態に達した。


 『起動中……』





 パネルに文字列が光る。








 アンドロイドの瞳が開いた。









 【廃惑星地球の歩き方】   終わり

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廃惑星地球の歩き方 月下ゆずりは @haruto-k

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