第3話 あのウォーカーを殴れ

 歩く。全高300mもある鉄の塊が。

 一歩を踏み出す。ただそれだけというのに、脚部が突風を巻き起こした。荒地の表面の砂を巻き上げて、白濁した片目を持つ男性の装束をはためかせていた。

 足が大地に着く。同時に小規模なクレーターが穿たれ、着弾点からひび割れが走行していった。

 巨人が立ち向かうは四本の足を備えたウォーカー二体であった。


 「下がっていて」

 「なにを………!?」


 突如銀髪の少女が男の襟首を掴むと駆け出した。

 体格からすれば男は成人男性のそれで、少女はティーンエイジャーの女性である。到底襟首を掴んで駆け出すことなどできないように思えるが、要するに襟首を掴み引きずっているのである。

 なんという馬力かと男は驚嘆した。まるでトラックに牽引されているようだった。風景が見る見るうちに流れていく。

 少女は男から手を離すと大地へと転がした。

 男はどうともんどりうって倒れた。砂が口に入る。吐き出した。


 「死ぬから」


 次の瞬間二人の居た地点にロケット弾の流れ弾が着弾した。

 男が驚愕に目を見開いた。

 少女が両腕を交差させ身を守る。刹那、破片が両腕を強く打ち据えた。


 「おい! 大丈夫なのか!?」


 男が声をあげると少女は“皮膚のめくれた”両腕を掲げて見せた。白い人工血液が滴る、銀色の金属が骨の代わりを果たす人ならざる腕を。


 「損傷したが問題は無い」


 少女の言葉と同時に、戦況が動いていた。

 四つ足がひたすら撃ちまくるロケット弾を全く意にも介さずに巨人が駆ける。一歩にかかる時間は5秒と酷く鈍重ではあったが、背の丈が山のように巨大な為か、雲が鈍足に見えてあっという間に空を駆け抜けていく速度を有しているのと同じようであった。

 四つ足が同時に踊りかかった。上半身の人型が拳を固め殴りかかる。

 巨人が両腕を交差して拳を受け止めた。膨大な質量の衝突により爆発的な音の波が生じた。思わず男は耳を押さえていた。


 「打つ」


 少女が言うと、拳を解き、宙に躍らせる。

 巨人が拳を指と言うパーツへと分解すると、空中へ向けた。

 男がフムンと唸る。


 「モーショントレースか」

 「ううん。特に、そういう機能は無い。なんとなく、かっこいいから」


 少女が顔を向ける。無表情ではあったが、男は内側に潜む感情を想像することができた。

 羞恥心。どうやら機械仕掛けにしては可愛らしい性格をしているようだった。


 巨人が一体の腕を掴み引き寄せた。体勢を崩した四つ足の首根っこを鉄製の手がむんずとつかみとった。腕力に任せ握りつぶさんと巨人が唸りを上げる。排気口から活火山の噴煙かくや蒸気があがった。

 四つ足がもがく。肢体をばたつかせ離脱をはかった。

 次の瞬間、巨人は四つ足の胴体を掴むと自らが這い出てきた山肌目掛け蹴り飛ばした。四つ足が姿勢を崩し横倒しのまま宙を転がり山へと叩きつけられた。ぴくりとも動かなかったが、ややあって起き上がるべくもがき始めた。

 巨人の横合いから後退し距離をとっていた四つ足が突進した。巨人と比べれば小ぶりな四つ足ではあるが、速度を乗せれば殺人的な運動量を宿すことが出来るのだ。

 四つ足の腕を巨人の両腕が掴みとった。巨人が四つ足に押され数歩後退したが、すぐに静止した。

 巨人の背面部から蒸気が上がった。


 「あなたじゃ馬力不足」


 少女の声が引き金になったわけではなかろうが、四つ足の上半身の腕が関節からへし折れた。巨人が続いて胴体を抱きかかえた。足に蹴りを叩き込む。関節部から火花が散ると、金属部品が飛び散っていく。第二発目。四つ足の脚部が耐え切れず折れる。すかさず巨人が四つ足を地面に突き倒した。

 巨人が、四つ足の胴体を踏みつける。足掻く四つ足目掛け何度も何度も足を叩き付けた。

 足が四つ足を打ちつけるたび、耳を劈く大音響が響いた。

 胴体へ足が凹みを作った。収束ロケット砲が砕けた。センサーを内蔵した頭部パーツがへしゃげて燃える。脚部が根元から脱落した。やがてぴくりとも動かなくなった。

 燃える四つ足の死骸を踏み越えて巨人が行く。

 山の斜面に転がされもがいていた四つ足が起き上がっていた。燃える仲間を見て何を考えているのか、頭部パーツに備え付けられた火器類を巨人に向けて沈黙していた。

 ややあって、四つ足が歩き始めた。巨人に対し正面を向いたまま後退していく。ある程度距離を離すと、くるりと背中を向けて駆け出した。


 「出力アイドリングへ移行。戦闘停止」


 去り行く巨人に少女が小さく手を振った。


 「礼を言う。で、お前さんは何もんなんだ」


 男は奇跡的に足元に飛ばされてきた眼帯を付け直して直立していた。右手には拳銃が握られていた。場合によっては少女の頭に9mmの風穴を作ることに抵抗感は無かった。

 突然現われてウォーカーを遠隔操作した少女。耳といい、腕といい、人間には思えない。あるいはアンドロイドか。正確には女性体なのでガイノイドと呼称するべきだろうが、男にそこまでの知識は無かった。

 すると少女は一転して困惑の表情を浮かべた。


 「わからない。ここは……どこ?」

 「地球だが。正確な土地名はわからんね。大昔人間が地球上のあらゆる場所をふっ飛ばしちまったもんで記録がおけらだ」

 「おやっさんって呼んでいい?」

 「………あのなぁ。お前さん自分の立場を理解しているのか?」


 男が言うと拳銃を脳天に突きつけた。

 すると少女はニヤリと口元を歪めた。


 「私を殺せばあの機体が爆発する。炉心は臨界状態。この辺一体を数百万度の火の玉に変える」

 「なるほどね」


 おやっさんと呼ばれた男は拳銃を下ろした。遠くからローター音が響いてきた。

 振り返った二人の上空を舐めるようにしてテイルローター機が通過した。

 機体側面には月面のクレーターを抽象化した絵と「チャンドラ」の英字を当て込んだエンブレムが描かれていた。


 「チャンドラにようこそお嬢さん。言っておくが俺は甘くないぞ。お前さんがロボットだろうが人間だろうがまずは色々と吐いてもらう」


 少女は言った。


 「何も覚えてないから問題ない」



 これが男と少女の出会いであった。

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