第21話 戦闘準備

 「ううぅぅ~~ん!」


 シルバーは大きく両腕を伸ばすと、聳え立つ巨人の換装作業を見守っていた。

 いよいよ決戦が始まろうとしている。月面の住民と、地球の住民による。そしてそれは、かつて行われ地球の住民が敗北を喫した戦いをなぞるような形で迎えようとしていた。けれど、完全には同じではなかった。シルバーという異分子が戦いに加わっていたのだ。

 シルバーの前には、格納庫で俯くサンダー・チャイルドの巨影があった。

 両腕にはロケットエンジンらしき物体がくくりつけられており、ハリネズミかくや全身にはロケット砲が接続されていた。ミサイルが品切れになってしまったため、急遽安価なロケットを搭載することになったのだ。肩には錆の目立つ旧時代の船舶が装甲か何かのようにぶらさがっていた。

 さしずめ最終決戦仕様とでも呼ぼうか。とにかく火器を。とにかく打撃力を。後のことを考えることを止めた姿は戦神と表現するに相応しい。


 「いよいよかあ……色々あったなあ」


 様々なことを思い出す。もっともチャンドラにやってきて長年暮らしたと言えるほどの時間は経っていないのだが。目覚め。出会い。戦い。色々なことが脳裏を過ぎった。


 「月かあ……私、あそこで住んでたのかな」


 シルバーが面を上げると、青い透き通った空に淡い球体が浮かんでいた。かつて人類が宇宙に希望を抱いていた時代。宇宙飛行士が月に基地を作るべく胸に希望を抱いていた頃もあったという。しかし今では、一部の人間は憎悪を持って月を見上げるのだ。廃惑星とまで呼ばれるまでに環境の悪化した地上を見捨てたものたちが住んでいるのだと。


 「戦わないといけないのかな?」


 素朴な疑問だった。


 そもそも月面と戦う理由というのもよくわかってはいないが――街を徘徊していたスカベンジャーを殺戮し、偵察機を片っ端から打ち落としつつチャンドラに接近していた。敵意があることは明らかだった。

 手元の無線が音を発した。耳元にあてがった。


 「シルバーちゃん。ちと上に来てくれないか。サンダー・チャイルドが装備を受け付けん」

 「ん。おっけー待ってて!」


 シルバーは首に引っ掛けていた紐をとると、頭の大きさに合っていないヘルメットを被って駆け出した。エレベーターに到達すると、両目を塞いだ。


 「ヘッヘッヘ突き落としちゃうぞーほら」

 「やあんやめてってば! 怒るよ! もー!」


 作業員と相乗りになった。作業員がシルバーが高いところが嫌いことを知っているのか肩を突いてくる。


 「ふごっ……」



 シルバーが腕を振り回す。腹にジャストミート。みぞおちに食い込んだ。チタン・セラミック複合素材の腕で殴りつけられた作業員は暫し悶絶した。


 「怒ったら手加減しないよー!」


 最上階に到達。悶絶する作業員をよそに、ヘルメット揺らしつつ操縦席に駆け込む。

 チャンドラにやってきた当初に侵入者の疑いをかけてきた青年がハッチ前で銃を構えていた。


 「む……っ!」


 身構えるシルバーへ、青年が頭を掻いた。


 「最初は済まなかったな。まさかパイロットとは……でしかもアンドロイドとは思わなかった」


 青年は、じろじろと無遠慮に両腕を見つめてくる。シルバーはアンドロイドである。秘密のはずの事項は、周知の事実となっていた。

 シルバーは腕を組むと、そっぽを向いた。後頭部で結い上げた銀糸がさらりと追従する。


 「人間だもん」

 「あぁ、わかってるよ」


 そして人間と言い張ってはいるが、ほぼ確実にアンドロイドであることも皆の知るところになっていた。唯一可能性のある頭部だけは不明だったが、詳細が伝わっていなかった。つまるところ“人間と言い張るロボット”という認識であった。間違いではないのだろうが。

 ハッチを捻ると、操縦席に入った。無線装置がなにやら怒鳴っている。席に座ると、足と腕をコントローラにーに差し込んだ。無線を送受信モードへ。


 「こちら換装作業中の――シルバー?」

 「ドク? どーしたの?」

 「新しい武装が認識されたかを確認して欲しいんです。作業員退避まで3分待ってください」

 「りょうかいしましたーっ!」


 シルバーは嬉々として主機として認識している装置の軌道に移った。原子炉始動装置イニシエイターの作動装置を床から引き出すと、安全装置を外して、引き金を落した。カチリという小気味いい音色と共に、船体が身震いをした。操縦席内部の照明が、橙色から青に変色する。各種パネル上に数列がスクロールすると、操縦画面へと移行した。

 船体各所に設けられたカメラ映像を拾って映すモニタを見る。船体固定装置がするすると格納庫へと収納されていく。作業員が蜘蛛の子を散らすように退避していく場面が見えていた。


 「退避完了。くれぐれも装備を使ったりしないでくださいよ。貴重な液体燃料を搭載しているんですから」

 「信用ないなー私。ダメって言われてるのにやらないよ」


 通信を切ると、兵装の搭載許可を求めるパネル表示を見た。

 両腕部自動装填式推進殴打補助装置“ピースキーパー”。

 対地ロケット砲72門。

 旧時代駆逐艦転用型肩部爆裂装甲。

 クイーン・アンズ・リベンジ転用殴打槌。

 いずれも大火力、大威力を求めた兵器ばかりだった。整備性や量産など一切考えぬ装備ばかり。大威力を持って敵を沈めるという意図が透けて見えた。油田その他で大規模掘削が難しいこの時代。液体燃料を搭載したロケットがいかに入手困難なものか。

 とはいえ、名称だけでは使い道がよくわからないのも事実。パネルをカチカチ弄って武装を登録していく。


 「使ってみたいけど怒られちゃう」


 怒られなければ使いたい気持ちを隠そうともせず、作業を続ける。

 アクセルギア。巨人が一歩前に進み出た。誘導役の四輪駆動車のあとに続き滑走路に進み出る。

 頭部パーツを隠す装甲。肩には錆び付いたミサイル駆逐艦が装甲よろしく貼り付けられ、関節部は追加装甲によって守られていた。両腕には拳銃のグリップを彷彿とさせる自動装填装置の生えたナックラー。背中には、身の丈にも匹敵しようかと言う、船の錨に似た形状の鉄槌が固定されている。更に各所には大航海時代の帆船よろしく砲がむき出しにされていた。

 ふとシルバーは、自分が何気なくパネルを操作している内に、データベースにアクセスしていることに気が付いた。データが破損しているらしく雑多な文字列しか表示されてはいなかったが、じっと目を凝らすうちに、図面が浮かび上がってくるのを見た。そればかりか本来あるべき機能までが。

 “主機”―――縮退炉。戦略兵装。航宙機能。衛星軌道投入データ。再突入。


 「………そろそろ、認めたらどう?」

 「誰?」


 静かな声が響く。振り返ると、操縦席に放置されていたコンテナに無機質な銀色の少女が腰掛けて膝を胸元に抱いていた。敵だろうか。咄嗟に身構えようとしたシルバーは、操縦席を映すモニターでは謎の少女が映っていないことを認めた。

 モニタには映っていなくて、自分には見えている相手。

 操縦桿から手を離すと、相手を正面に捉えたまま問いかける。


 「………なにを?」

 「もう、気が付いていることは知っている」

 「なにを?」


 シルバーの顔から表情が消える。操縦席を立ち、少女の前に並ぶ。

 鏡写しのように似通った相貌が向かい合っていた。


 「自分が人間などではないこと。人間の人格のコピーに過ぎないことを」

 「………だから?」


 シルバーの声は酷く平坦で、無邪気に相手をからかうような幼さが消失していた。青い瞳で睨みつけている。

 無機質な少女は、シルバーとは対照的の漆黒の髪の毛を指先で弄んでいた。少女が俯くと、ややあって面を上げた。


 「………それでもなお、自分が自分であり続けるというならば、私は協力する」

 「……あなたの名前を知りたい」


 少女は赤い唇を震わせた。笑おうとしているのだとシルバーが理解したとき、既に表情は鉄面皮に覆い隠されていた。


 「わたしはあなた。あなたのかたわれ」


 一切の音が消えうせる。大音量を耳に受けたように、聴覚が死んでいた。視界さえ白い靄がかかっている。頭を振ると、よろめきつつ操縦席に取り付く。無線装置がわんわんと音を発していることを、送受信ランプの点滅で知った。

 シルバーは無線をとると、操縦席についた。荒く乱れた息を隠そうとして薄い胸元を上下させた。


 「こちら……シルバー。ごめんね。原子炉の調子が悪かったの」

 「そうですか。装備の認証や調整作業がありますので無線はそのままお願いします」


 ドクの声にシルバーは頷くと、重い頭を振って意識を切り替えた。

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