第16話 災害を斃すもの

 テリトリー・チャンドラによる奇襲。

 それは、各地に放たれているエージェントからもたらされた情報を総合しても、まだ時期ではないことを示していた。各種レーダー網を掻い潜って突入してきた巡航ミサイルによって、大昔米軍と呼ばれていた組織が誇る防衛網はその表層をはがされていた。

 表層だけだ。核攻撃を想定して地下深くに建造されたそれは、巡航ミサイルによって一時的に沈黙しただけに過ぎなかった。


 電子パネルが並ぶ部屋で男達が静かに戦闘を見守っていた。次々とあがっていく要撃機インターセプター。山地に隠された偽装装置がスライドしていくと、垂直発射装置VLS群が姿を現した。マウント・ウェザーは要塞であり、攻撃力も兼ね備えた一つの“国”であるのだ。

 その国の片隅に、茶色の偽装布を纏った巨神が跪いていた。ウォーカーとしては小柄な250m級。しかし、布から覗く無機質な白い瞳が放つ威圧感は、もはや山が放つそれに等しかった。専用の火薬が炸裂するや、布を固定していた留め具が弾けとぶ。

 それは、猫背の老人のように思えた。灰色と黒のドレスを纏った老婆のようであった。折れ曲がった鳥のような逆関節。前に突き出された腕は、指を失っていた。頭部は墓石を強引に胴体にねじ込んだようであった。あるいは頭部など無いのかもしれない。人間の眼球と同一の形状をした眼球は、ひっきりなしに辺りを観察していた。


 「ここまで追い詰められるとはな」

 「敵航空部隊の数はたいしたことがありません。地上部隊の被害は馬鹿になりませんが、格納中の兵装への被害は軽微でした」

 「ウォーカーがいなければだな」

 「ウォーカー、サンダー・チャイルド。特筆するべき点は肩の連装砲と、腕の砲くらいでしょうか。ほかに脅威となる武装は見つかりませんが堅牢な構造をしているようです。事前の偵察通りですね」


 テリトリー・マウント・ウェザーのリーダーたる男が呟いた。パネル上で展開する戦闘を静かに見守っている。

 進行してくるチャンドラの軍勢を、航空機が迎え撃っている。数では有利であっても、ウォーカーによって護衛された部隊を退けるのは難しい。

 ウォーカーにはウォーカーをぶつけるべし。

 男は傍らの副官に目配せをすると頷いた。


 「“怪物”を起こせ」

 「了解しました。戦闘システム起動は安全圏にて実行します」


 白く濁った瞳が黒に染まったかと思えば、冷却液を垂れ流し始めた。

 怪物が咆哮した。

 怪物の目覚めを祝福するかのように天候が変わり始めていた。曇天。大量の塵を含んだ黄銅色の不気味な帳が戦場を包み始めていた。



 そして、二つの神が戦場で出会った。

 ディザスターと、サンダー・チャイルドはテリトリーから程離れた都市で合間見えた。驟雨が地上でドラムを打ち鳴らす悪天候だった。倒壊したビル。飛行機の残骸がいたるところに転がっていた。かつて平和だった頃を思わせる都市はしかし大量破壊兵器を受けて建材にケロイド状の火傷を負っていた。

 ディザスターの両目からは、絶え間なく冷却水が滴り落ちていた。目は、もはやどこも見ていなかった。地上を見ているかと思えば、虚空を仰ぐ。サンダー・チャイルドのことなど視野に存在さえしていないように。


 「AP装填。食らえーっ!」


 シルバーが子犬のように吼えた。トリガー。サンダー・チャイルドの両肩の50cm80口径砲が絶叫を上げる。膨大なマズルフラッシュがサンダー・チャイルドを覆いつくさんばかりの範囲を占領した。

 レーダーと測量機の測定結果をもってしても、大口径砲は狙いを外していた。互いの距離は数十kmと離れている。着弾にかかった時間は、人間の携行火器からは比べ物にならない。代わりに地面にクレーターが穿たれただけであった。斉射された弾頭は、ディザスターの両側を抜けていた。夾叉。各種データを元に効力射を実行するべく、照準を補正する。

 再装填。背面部の自動装填装置が薬莢を吐き出し、新しい弾頭を挿入した。


 「もういっちょ!」


 再度、発砲。両肩から火と煙が噴射される。地表面が衝撃で抉り取られ、小石が宙に浮いて、重力に従い落ちた。

 着弾。

 あろうことか、50cm砲の弾頭があらぬ方角に弾かれる。着弾し弾頭が変形するならばまだわかる。弾かれたのだ。貫通力を重視して弾頭の重量を増しているはずのAP弾が。榴弾をぶつけたところで無駄であろうことがわかった。

 ディザスターは、不気味なまでに静けさを保っていた。人間の瞳にもにたカメラアイから赤いサーチライトを四方八方に照射しながら。冷却液で首元を濡らしながら。人間型とは異なる逆間接型の歪な脚部で、ウォーカーとしても遅い速度で進みながら。

 牽制射撃。シルバーはサンダー・チャイルドの両腕の装備を使うことにした。46cm砲。威力よりも速射性を重視した兵器。取り回しを考慮して格納可能な構造であった。照準。発砲。サンダー・チャイルドの両腕から火炎が花咲いた。

 鉄を殴りつける反響音をあげて、砲弾が弾かれる。いくら砲撃したところで無駄であろうことは明らかであった。敵ウォーカーの装甲は異常な強度を誇っている。砲撃など無駄であろうに砲撃した理由は、ディザスターを包み込む白煙にあった。電波撹乱用金属片チャフを詰め込んだ特殊弾頭。目潰し攻撃であった。


 「よーしこれで……」


 シルバーが頷いた。事前に聞いている通り、敵の主砲は陽電子砲を含むエネルギー兵器である。着弾点で核爆発を生じさせるそれを遠距離から放たれては勝算は低い。無人の電子戦機を投入することで敵の電子の目を奪い、煙幕で視界を奪って近接戦闘に持ち込む。これが唯一のプランであった。

 白煙の最中に不気味な旋律が鳴り響いた。例えるならば山のように巨大な人間が咳き込んだような。大気を切り裂く轟然たる声があがった。白亜を縫い、赤い視界が天を仰いでいた。

 獰猛たる二筋の視線がピントを絞った。

 一定の間隔を保っていた咳が破滅的な旋律を刻み始めた。


 光芒が瞬き、地上と空を結ぶ。




 刹那、高層ビル群が膾斬りにされていた。




 「―――うわああっ!?」


 シルバーが思わず仰け反り防御姿勢を取っていた。動作をトレースし、サンダー・チャイルドが片膝を付いて両腕を前に突き出す。

 遅れてビルの中段が建材もろとも蒸発し、プラズマ化した大気が短命なジェット気流を作り街の上空に竜巻を巻き起こす。ずるり、とビル群の上半分が滑っていく。自重に耐え切れなくなったのか、粉々に崩れて落ちていった。

 街が燃えていた。ビルは悉く上半分を引きちぎられ、生じる熱量で自然発火した低層ビル群が火柱と化していた。

 

 「陽電子砲……ではないな。爆発は確認されていない。金属粒子を加速させ放射しているのか……? シルバー。無事か?」


 ノイズの混じった無線が繋がる。


 「無事だけど、威力高すぎでしょ! ビームとかついてないっけこの子!」

 「知るか。どっちにせよ、こいつがわざわざ出てきたってことは、陽電子砲を含む大量破壊兵器は本拠地で使えないってことだ。威力が高すぎるんだろうな。ここで仕留めさえすれば、あとは丸裸の本拠地のみだ。ピークォドからの砲撃支援が後数分で実施される。近づくしかない。近距離じゃ照準もつけられないはずだ」

 「あーもうわかったって! ぶん殴れば解決するんでしょ!」


 無線を切ると同時にギアを最大出力にセット。アクセルペダルを一気に踏み込み、前傾姿勢で突っ込んでいく。

 原子炉の唸り声を鬨の声として、ただ前へ。煙幕を突き切り距離を詰める。赤い視線がこちらを見つめていた。

 直方体型の頭部が歪に変形した。中央から筒状の装置が伸縮した。

 させるものかとサンダー・チャイルドが拳を固める。拳と拳が空中で衝突した。衝撃波が生じ、白煙が波打つ。拮抗した状態の拳が解かれると、ディザスターの指の無い拳を握り締めた。

 サンダー・チャイルドの十字に並んだカメラアイが明滅すると、返事を返すように赤い二基のカメラ装置と思しき眼球が赤い瞬きを返した。


 「そおいやぁっ!」


 サンダー・チャイルドが拳を引くや、膝蹴りを叩き込む。手ごたえなし。まるで地面を殴りつけているかのように、対象の装甲が堅牢である感触が帰ってきた。

 ディザスターの頭部が変形するや、元通りの形状を取った。やはりかとシルバーは思った。陽電子砲とやらは頭部パーツを変形して放つらしい。恐ろしいことに、粒子砲は変形無しに自在に放てるらしいが。頭部が弱点なのだろうことは言うまでもない。サンダー・チャイルドもそうなのだから。

 ディザスターが、摩擦音をあげて腕を振り上げる。

 サンダー・チャイルドが応じた。拳を叩きつける。

 よろめいたのは、サンダー・チャイルドであった。指さえ無い華奢な腕はしかし無骨なサンダー・チャイルドを押し戻るだけの馬力を有していた。


 「っととと……あっ しまっ」


 赤い眼光がサンダー・チャイルドを捕らえた。

 ディザスターの咳と共に白い線条が船舶の名前を与えられた巨神を捉える。腹部に光線が突き刺さり、狂ったように左右上下に振られた。大地に橙色の大蛇がのた打ち回っていた。蛇は、唐突に爆発を起こした。

 直撃を食らったサンダー・チャイルドはしかし装甲表面をかすかに変色させただけで耐えていた。しかし、伝播する温度は情け容赦なくサンダー・チャイルドの体力を奪い去っていた。

 温度冷却に異常が発生したことを示す警告表示。緊急冷却。サンダー・チャイルドの頭部横の排熱口が大気を揺らめかせる。


 「飛び道具なんてずるいっての! 私にも頂戴!」


 一息にイエローゾーンに突入した冷却装置のコンディションゲージを見てシルバーは戦意を崩すこともなく、いっそのこと能天気すぎて状況にそぐっている台詞を吐いていた。

 距離500mで両肩が猛り立つ。AP弾がディザスターの艶のある漆黒の頭部を打ち据える。弾頭が弾道を表層で捻じ曲げられ、明後日の方角に火花の糸を曳き消えていく。着弾。ビルの横っ腹に大穴が穿たれるや、貫通。陸橋の残骸を粉砕して、大地に大穴を作って静止した。

 ディザスターが、頭部から濛々と白煙を噴く。白い帳の中で赤い瞳が蠢いていた。

 赤い視線目掛け、十字の眼球が怒り狂う。サンダー・チャイルドが再度殴りかかっていた。巨体に似合わぬ軽快なステップ。大地に皹が刻まれていた。跳躍。地上数十mへ脚部を浮かせ、勢いそのままに右拳を叩きつける。

 拳に拳が応じた。衝突。二隻の船舶が弾かれて後退する。

 

 「こちらリリウム。ピークォドよりサンダー・チャイルド。砲撃を実行しました。着弾予想まで後120秒後。回避してください」

 「りょーかい!」


 アラート。全くの同時に、ディザスターが全身から大量の蒸気を噴く。高温の余りにディザスターの足元に転がっていた車両の残骸が白熱し始めた。秒を追うごとに粘土細工かなにかのように歪んで形状を失っていく。

 サンダー・チャイルドの原子炉が唸りを上げる。排熱口から蒸気を吹くと、両指を解放、拳を握りなおし立ち向かっていった。

 ディザスターの頭部パーツが変形。砲身を晒す。

 “ガイドビーム”が照射。サンダー・チャイルドがかざした左腕へ殺到した。ビルでさえ加熱したチーズよろしく溶解させるそれはしかし装甲に阻まれていた。刻一刻と機能が失われていく警告がパネルに並ぶ。


 「チャージなんてさせないんだから!」


 肉薄。300mの巨体が彼我の距離をあっという間にゼロにする。自らより小柄な船体目掛け右足を繰り出した。

 ディザスターは接近されているというのに、弱点となりうる頭部パーツを格納しなかった。収束音。サンダー・チャイルドのパネルに見慣れない文字列が踊り始めた。

 『警告 陽電子砲チャージ』

 サンダー・チャイルドの蹴りが、人の目には酷くのんびりと接近していく。巨大すぎるが余りに遅く見えるだけであり、音速に迫ろうかという速力を有していた。ディザスターの腹部に叩き付けられた。弾かれたのはあろうことか、サンダー・チャイルドの脚部であった。ディザスターは僅かに後退しただけでいた。

 沈黙を守っていたディザスターが、吼えた。変形した頭部横の排熱装置から警笛のような音色を奏でて。空にビームの閃光が迸る。


 『警告 対消滅反応』


 そんな警告を見た。


 刹那、サンダー・チャイルドの背後で閃光が輝いた。シルバーが咄嗟にモニタに目をやると、超高温のプラズマ火球が壁となり迫りつつあるのが見えた。数百万度に及ぶ津波が迫っていた。


 「う、わ」


 咄嗟に身を守ろうとするも、時既に遅かった。

 あらゆるものを火球が飲み込んでいく。破滅的な衝撃波が地上の一切合財を押し流していく。サンダー・チャイルドの巨体が直撃を食らい流されていた。対消滅で発生する膨大なエネルギーの奔流が、300mにも及ぶ巨体を宙に放り出していたのだ。

 サンダー・チャイルドが地面を滑っていく。ようやく静止したのは、原型を留めぬ街の残骸に突っ込み横倒しになったお陰であった。モニタには一面が高温に晒され溶解している場面が映し出されている。

 もっとも、そのモニタをシルバーは見ていなかった。頭を打ち付けたのか額から一筋の人工血液を垂れ流して、俯いていた。機械が気絶などするはずは無い。人のことを真似ているに過ぎないのだろうが、戦闘では致命的となる。

 爆心地。溶解しガラス状になった大地を踏みしめ、異形の神が姿を見せる。至近距離で爆風を浴びたはずのディザスターは、何の疼痛も覚えていないようであった。灰色と黒の鱗をかき鳴らし、見るものを不吉にさせる赤い眼光でサンダー・チャイルドを見つめている。

 ディザスターが足を止める。頭部パーツが再度開閉し始めた。収束音。


 「おい、起きろ! 寝てる場合じゃない。起きないと殺られちまうぞ小娘!」


 無線機がわんわんと怒鳴っていた。ヨゼフの焦燥感溢れる声がシルバーの耳元で鳴っていた。

 シルバーはぐったりと操縦席にもたれて動かなかった。


 ディザスターの頭部砲身に輝きが灯る。体内の加速器を巡る粒子が、今まさに解き放たれようとしていた。


 パネル上で、数式配列がちらついた。

 OSが別の画面を表示した。見えない誰かが操作しているかのように。






 『I have control.』







 「………」


 シルバーがむくりと面を上げる。ガラス球のような青い瞳が瞬く。

 操縦桿にさえ手を触れていないというのに、サンダー・チャイルドが動いた。地を腕力で叩き付け反動で起き上がるや、手元の溶けた陸橋を掴んでディザスターの頭部に叩きつける。動揺したディザスターの首を掴むや否や腹部に身のあたりを食らわせ転倒させた。ずしん、と地響きが鳴り響く。


 「…………予備動力ニュークリアリアクター回転率安定。主動力メインリアクター接続……起動確認」


 シルバーがずり落ちたヘッドセットを投げ捨てると、口元を歪めた。

 能天気。アホ。とヨゼフに称される少女の相貌ではなく、成熟した女性が垣間見せる妖艶な笑みであった。








 「縮退炉ブラックホールエンジン、オンライン」






 巨神が嘶いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る