第15話 “災害”を殴れ
放射性物質、その他あらゆる汚染物質を含んだ黄銅色の嵐が大地を削っていた。
かつて大量に用いられたという破壊兵器の数々は、地球上のあらゆる環境を一変させてしまった。北極と南極からは氷が悉く失われ、海水面は著しく上昇していた。開発と環境の悪化で減少の一途を辿っていた森林は、大量破壊兵器の余波を受けて煤けた大地にへばりつくオブジェと化していた。皮肉なことに上昇した海水が二酸化炭素を吸収する役割を担っていたことで、人類は酸素を失わずに済んでいた。それでも、かつて生命溢れる青い海はバクテリアやプランクトンの繁殖によって色合いを異なるものにしている場所が多くなってしまっていたが。
汚染嵐。定期的に発生する、地上から生命体を一掃せんとするかのような天候現象の一つだった。酷いものになればABC防御装備一式をつけていても被爆し生命を脅かされてしまう程であった。
だがここに悠然と歩む人影が存在した。人の形状と言っても、300mにも及ぶ巨体であったが。
ウォーカー。重厚な装甲はたとえ核の直撃にも耐えてしまう。致死的な放射線でさえ、装甲を貫くことは出来ない。故に、汚染地域を闊歩できる数少ない人型なのだ。
サンダー・チャイルドの頂上のアンテナに仁王立ちして腕を組んだ乙女がいた。軍帽にボロ布をマフラーよろしく首にかけて口元を隠した人物である。彼女は銀色の髪の毛を後頭部で結い上げていた。身に纏っているのはツナギである。
汚染された地域が影響をもたらすのは何も人間だけではない。機械とて放射線により影響を受けてしまう。過去放棄されたアンドロイドたちが“狂う”のは、放射線の影響であるとも言われている。
にも拘らずシルバーはほとんど生身で放射線の吹き荒れる中に立ち尽くしていた。果たして機能が狂ったのか。正常であった。自分の意思で外部に出たのだ。
「酷い………」
シルバーが言葉を漏らすと、指定された座標まで自動航行中のサンダー・チャイルドのアンテナに手をかける。
荒涼とした大地。かつて車両が走り抜けていたであろう高速道路をものの一歩で踏み越える。打ち捨てられた車両の群れの最中に、パワードアーマーに身を包んだ一団が混じっているのが見えた。いわゆるテリトリーとして名乗ることもできないような弱小集団であった。彼らは、ウォーカーがバス数台をつま先で蹴り飛ばすのを唖然として見つめていた。
空を漆黒の塗装を纏った凶鳥達がけたたましい羽音を上げて通過していく。四発のエンジンを抱えた大型のステルス輸送機であった。彼らはサンダー・チャイルドの頭上を悠々と駆け抜けていった。
地上を行く放浪者の一団は思った。またどこかで
後を追いかけるようにして、ティルトローター機の群れが都市の上空を掠めていった。灰色とネイビーブルーを多用したロービジ塗装。
上昇した海水面の影響で半分沈んだ都市を、戦列が進行していく。サンダー・チャイルドを守るようにしてティルトローター機が左右に分かれていく。
サンダー・チャイルドがビル群を避けるようにしてかつての高速道路現在の海岸線を歩む。ティルトローター機が海岸線を舐めるように航路を変えた。
「みんな気をつけてね!」
サンダー・チャイルドが辺りに響き渡る絶叫を上げた。拡声器に怒鳴ったのだろう。まさか子供が乗っているとも知れぬ兵士たちであったが、リリウムのような女性が操縦していることもあるのだ、と即座に納得する。ある兵士が手を振る。サンダー・チャイルドが振り返す。などとやっていると、無線から怒りの声が伝わってきた。
「こちらヨゼフ、本部よりサンダー・チャイルド。あのな、遊びじゃないんだちゃんとやれ。この情報を得るのに何人のエージェントが死んだと思ってる」
「う、うぅごめんなさい」
「わかればいい。お前さんじゃ作戦どうのは理解できんだろうから簡単に説明する。今回投入されるのはお前さんのサンダー・チャイルドのみ。あとは通常戦力だ。敵テリトリー、マウント・ウェザー保有機“ディザスター”を破壊しろ」
「りょーかい」
無線を切る。
テリトリー『マウント・ウェザー』。まだアメリカが国だった頃の軍事基地を接収したという一団の通称。テリトリー・アポリオンに核攻撃を行った通りに、過激なことで知られる。どちらかといえば身にかかる火の粉を振り払うように立ち回ってきたチャンドラとは異なっていた。
そこで今回、先制攻撃を仕掛けようというのだ。攻撃は時に防御にも勝るのだ。
ただし核兵器を平然とぶつけるような相手である。万が一に備えピークォドは本陣付近で待機させている。ミサイルの一発も見逃さぬように、防御に手を裂いていたのだ。
マウント・ウェザー保有機は現在確認されている限りではディザスターの一隻のみ。だが、他の戦力の充実度で言えば相手の方に歩があった。
テリトリー・チャンドラが取った戦法は極めて単純。陽動部隊をポイント・オケフェノキーから西進させ、敵の注意を逸らすこと。敵拠点がある北方に向かって海上から迂回させてきたありったけの巡航ミサイルをたたき付け、サンダー・チャイルドを中核とする第一軍を北上させることであった。
再度無線が繋がった。シルバーはヘッドセットを押さえた。
「はいはいはーい?」
「無人観測機からの測量データが出ているだろう。50cm砲で先制しろ」
「おーっと? そういうの待ってんだよねぇ!」
マウント・ウェザー拠点が位置する山の中腹地点に無人機が周回していた。機体下方に設けられた複合センサーシステムが山並みを観察している。次の瞬間偵察機の無機質なレンズに皹が入った。ターボプロップ推進装置が火を噴く。推進力を奪われた無人機は、緩やかに、しかし加速度的に機体にダメージを負っていく。
別の無人機は、味方機の異変を察知していた。光学測定、電波測定いずれも問題なし。熱源センサに異常。機体右舷側から何かが放射されている。対空レーザーシステム。低空を舐めるように飛翔する四発機をレーダーが捉える。次の瞬間、機体の偵察機材がダウン。通信システムを失った無人機がバンクし、指定された航路に戻ろうとする。山林に潜んでいた対空機関砲が一斉に火を噴いた。数千発/分にも及ぶタングステンの槍衾を受けて無人機が粉々になった。
アラート。侵入者の痕跡を検知したか、山肌に隠された対空火器群が雨後の竹よろしく生える。戦術高エネルギーレーザーシステムを含む、対空機関砲群。対空ミサイル群。ウォーカー侵入を考慮したロケット砲陣が枯れた山肌へと設置されていく。
山肌から戦闘機が発進し始めた。機種はどれもばらばらだ。ステルスを一切考慮しない旧式もあれば、外部投影式モニタを採用した楔形のモデルも混じっていた。
山間部を縫うようにして巡航ミサイルの群れが飛来する。山を回避しつつ接近するや、目標となるレーダーサイト付近で一気に機首を持ち上げた。対空レーザーシステムが反応。専用の発電機からもたらされる電力をもとに、化学レーザーを励起させる。不可視の光に当てられたミサイルはしかし慣性そのままに突っ込んだ。
山肌で、火柱が上がる。次々津波のように押し寄せる巡航ミサイルの群れに、
攻撃成功の知らせにヨゼフはほっと胸を撫で下ろしていた。
「オペレーション・アイリーン初動は成功か。これで一年分のミサイルはゼロだな」
「ええ。投入戦力は全て投入しています。消費弾薬や燃料その他は限界に近いですね」
ヨゼフは机に広げられた“ディザスター”の現在わかっている情報を見つつ呟いた。傍らにはドクが控えていた。
「一年か。来年と言うべきかな。来年があるならばだが」
ディザスター。蹂躙を主とした“環境破壊兵器”。
主力兵装、陽電子砲。
旧ロングアイランドを海の底に沈めた最悪のウォーカー。
「負けたら塵になるしかないな」
「その時は諦めましょう」
ドクが言うとヨゼフは頷いて見せた。
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