第17話 ラム・アタック

 真の力を得た船体が咆哮を上げた。エネルギーの余波が放出されるや、核爆弾の炸裂よろしく空中と地上を遍く粉々に砕いていく。ガラス化した地表が悉く削られるや、砂煙となって吹き飛んだ。

 余波を食らった雨粒が空中に縫いとめられた。爆心地が、一瞬だけ雨という天候現象をやめていた。


 「――――防御システム作動開始」


 シルバーが囁いた。

 途端に、ディザスターが雄たけびを上げる。全身から蒸気を噴出するや、頭部を蠢かせる。頭部表層が幾何学的な線条を輝かせていた。次の瞬間、本来は陽電子砲を到達させるための“ガイドビーム”が照射された。

 シルバーの幼い顔立ちが僅かに歪んだ。


 「……作動中……」


 光線が、空中で不自然に捻じ曲がった。軌道をそらされた光線は背後の都市を蹂躙していく。再照射。またも捻じ曲がり、虚空を照らす不器用な花火にしかならかった。再度、照射があった。三連射目。威力は抑えられていたが、船体を真正面から捉える軌道をとっていた。光線が空中で四散した。

 サンダー・チャイルドの十字型に並んだカメラが色彩を変えていく。

 端から順を追い、青一色に染まった。

 大気中に紫色の雷が走る。

 排熱口が白熱した。


 「戦略誘導光学砲タクティカルホーミングレーザーシステム、オンライン。状態不安定。防御システム状態不安定」


 サンダー・チャイルドの状態がよくないことは“自分が一番知っている”ことだ。蹂躙兵器としての側面を持ち、縮退炉を備えた移動要塞とて、長い期間整備を受けていない。自己修復作用にも限度があった。チャンドラに整備・修理を受けた部分はあくまで基礎的な部分に過ぎなかった。兵装のほとんどが不調ならまだしも、本来の動力源である縮退炉までも弱っている。全力を出せば自壊する可能性もあった。

 シルバーは、無機質な青いガラス球のような瞳を瞬かせた。額から伝う白い人工血液を舐め取る。


 「あまり、時間はかけられない」


 しかし使える武装は限られている。搭載している50cm砲、46cm砲では装甲を破ることは出来なかった。

 敵ディザスターは“本来の役割”である環境を破壊し、蹂躙する性格を持っている。陽電子砲のつるべ打ちでもされようものならば船体が持たないばかりか、味方への被害も想定された。どうでもいいといえばどうでもよかったのだ。味方が死のうと、生きようと。


 「わたし・・・は、あなたさえいればいい。他の人は、関係ない。でも、それはあなたを悲しませるから。死なせない……そのためには」


 シルバーが呟くと、おもむろに目を閉じた。

 パネル上を文字列が流れていく。船体を意味する3D像にひび割れが生じる。赤い警告文。

 シルバーの両目が青く輝いた。分裂し、内部構造を晒している耳がやかましい高音を奏でていた。


 「チャフ・煙幕弾装填。斉射サルヴォー


  サンダー・チャイルドの全火砲が一斉に放たれる。煙幕とチャフを詰め込んだそれが着弾するや、姿勢を起こしつつあったディザスターを盲目にさせた。濛々とした白に包まれたディザスターからビームが四方に放射された。熱量を受けた雨が空中で消し飛んでいく。


 「船体形状変更開始トランスフォーメーション。原子炉冷却装置直結。縮退炉出力上昇。兵装放棄。投棄開始」


 サンダー・チャイルドの脚部が浮く。脚部底部から青い火炎が伸びていた。大気という推進剤が、排気速度の余りにプラズマ化していた。大地を構成する砂が溶け、岩盤ものとも溶けて蒸気と化していく。地中を走るかつての下水道が、膨大な気流を受けて破断した。周囲一体の大地表層が盛り上がるや、岩盤の隙間から火柱を上げた。

 300mに及ぶ巨体が浮く。両足股関節部が変形するや、脚部が合体する。両腕が空に伸ばされる。装甲板がスライドしていき、両腕が接合した。頭部が折れ曲がっていく。丁度、戦闘艦の艦橋そのものの位置へと。爆砕ボルトが作動し、背面部のジェットパックと50cm砲が落下した。

 サンダー・チャイルド。

 それは、船であり、人であり、かつて人類が地球上で栄華を誇っていた時代の産物である。

 あるものはそれを戦闘船バトルシップと呼び、あるものは地上を歩むものウォーカーと呼ぶ。

 またあるものは、それは神威しんいであるという。


 シルバーがここで初めて操縦桿を握りなおすと、アクセルペダルを踏んだ。

 あるいは、シルバーの姿を借りた何者かが。


 シルバーは雨天を切り裂き狂ったように乱舞するビームを見つつ、淡々と準備を整えていた。

 操縦席床のハッチが開くと異なる操縦装置を伸ばす。

 シルバーがハンドルと掴むと捻った。


 「兵装選択――――航行形態、対艦衝角突撃戦術ラム・アタック


 ディザスターは見た。全長300mにも及ぶ重量物が瞬時に音速をも超越した速度域に達し突撃を敢行する様を。咄嗟に腕を間に割り込ませるも、すべては遅かった。元々両手があった部位から生える強固かつ鋭利な衝角が、ディザスターの腕をへし折り胴体に食い込む。

 ディザスターが、重量と加速度を乗せた質量爆弾を食らい傾いだ。両足が大地に食い込む。ガラス化した土が破砕して煙となり飛んで行く。


 「潰れろ」


 シルバーが言うと、出力を最大に設定しペダルを踏み込んでいた。

 サンダー・チャイルドの推進炎が500mに及ぶ範囲を焼き尽くしていく。両足先端部推力偏向ノズルが、船体推進軸を保つべく首を蠢かせていた。推進炎の青い輝きが見る見るうちに範囲を拡大する。大地表面を溶かし、抉り、範囲内の全てを押し流しながら、巨体を進ませていた。

 岩盤が捲れ上がった。道に放棄されていた電車がゴミクズのように煽られ飛んでいく。車両が木の葉かなにかのように地上に火花を描きながら滑っていた。溶解した岩石が空中で液体となり、気体となり、大気に溶けて、流されていく。ジェット気流が大地をことごとく洗い流していた。雲でさえ、散らされていく。

 もがくディザスターの腹部を破らんと、サンダー・チャイルドが推進軸を調整した。推力偏向ノズルが首を回すと、上空に大気を噴出し始めた。艦首が下がると、ディザスターを地面に押し付ける。

 そのまま、二柱の神は地上に白熱した線を描きながら滑走していった。

 衝角ラムが、ディザスターの装甲を圧壊させていく。めきり、と悲鳴をあげてディザスターが推進力に負け変形し始めていた。サンダー・チャイルドが、更に角度を持ち上げていく。地面に対しほぼ垂直に近い角度で、押し付けていた。

 ぱきり。破滅の音が鳴り響く。嗚咽を上げ、ディザスターが押しつぶされていく。頭部がひしゃげて砕けていく。船体が炎上し、装甲板を散らす。サンダー・チャイルドの鉄色の圧力がディザスターを大地深くへと埋没させていた。


 ――――爆発。


 成層圏にも届く茸雲が立ち昇る。青白い火炎が黒煙の最中で円舞する。それは収束していった。

 火炎を縫い、巨体が歩みだす。背後であがる船体崩壊の余波をマントとして。火の粉が蝶のように舞い飛んでいた。

 シルバーが操縦席を立つ。ヘッドセットを拾い上げると、耳に引っ掛けた。陽電子砲の余波か否かノイズが酷かった。マイクを口にあてる。


 「こちら………わたし………サンダー・チャイルドから本部へ。敵を撃沈した」

 「―――……よく   きこえ    」


 雑音が酷く聞こえてくるのはヨゼフの怒鳴り声の欠片だけだった。

 続く言葉ははっきりと聞こえてきたが。


 「お前は………誰だ?」


 「わたし・・・はシルバー。それ以上でも、それ以下でもない。シルバーであり、シルバーを守るもの」


 銀色の少女は無線スイッチを切ると、サンダー・チャイルドがマウント・ウェザーに向かって歩いていくのを見守っていた。

 操縦席につくと、操縦桿を握る。


 「You have control.」


 シルバーの虹彩から青い輝きが失われる。両耳のアンテナ構造が内部に格納された。うたた寝をするように面がさがると、操縦装置に額をぶつけたことで、元の位置を取り戻した。

 シルバーが息を吸う。吐く。ウーンと唸り声を漏らして頭を振ると、正面を見た。

 そしてきょとんとした顔で操縦桿を握る少女だけが一人操縦席に残された。


 「はえ?」


 困惑した声は続く無線呼出し音にかき消された。耳元でやかましく鳴っているヘッドセットを取ると、じっと見つめていた。

 自分は何をしていたのだろう。確か強い衝撃を受けて頭を打って気を失っていたはずだ。モニタを見る。大地に大穴が穿たれており、火炎が吹き上げていた。敵を撃沈したのだろう。どうやってやったのだろうか。


 「えっ……えーっとあれ? 私どうしたんだっけ」


 シルバーは首を捻るばかりであったが、操縦に澱みは無かった。敵はマウント・ウェザー本部。ウォーカーを下したのであれば攻略は容易いはずだった。

 パネル上の表示は安心しろと言うかのように規則的であった。

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