第一章 サンダー・チャイルド
第1話 砂塵から愛を込めて殴れ
一歩で最速五秒。全長300mあることに注意すれば、それは最高のオモチャである。
システムを起動させるために各部に準備された機器類に目を通す。
原子炉――稼働率順調。臨界状態にあるそれの出力が安定していることに目を通す。
“これ”に搭載されている原子炉は三基。胸に一基。腹に二基備わっている。残りもう一基あるが、なにかは判明していない。原子炉は稼動に大量の水を必要とする欠点こそあるが、幸いなことにこの世界に水はありふれている。その昔人類が犯したという罪のせいでむしろ陸地のほうが少ないくらいだから。数少ない陸地を巡って古い兵器らしきものを使い殴り合っているのが現実であり、その人物が駆る“これ”もまた人類の古い兵器らしきものの一つであった。
全長300m超。二本の足と腕を備えた聳え立つような鉄の塊。肩に相当する部位には常軌を逸した巨砲がくくりつけられており、腕にもまた同様の物体がくくり付けられている。人のような指こそあったが、その太さたるや300m級の体躯に相応しい容積を誇っていた。
右足を上げる。姿勢を崩す。右足がつく。左足を上げる。姿勢を崩す。左足がつく。ひたすら繰り返していく。その間かかる秒数はおよそ二十秒。一歩十秒かかっているといえばいかに遅いことかと思うかもしれないが、300mに匹敵するのだから、遅く感じることは無い。むしろ巨体からすれば不気味なまでの速度であった。
巨人の表面にペイントが施されていた。
すなわち『サンダー・チャイルド』。
地平線の彼方に見えてきた平べったい四本足の巨体があった。人物が駆るそれよりかは一回り小さい影。とはいえ250mはあろうかという巨大な四本足に、人の形状の体を乗せたような異形であった。彼我の距離は数kmにまで迫っていた。
一歩を踏み出す。脚部関節に設けられた軟骨に相当する衝撃緩和装置と単純な油圧装置が衝撃を殺す。更に、内部へと衝撃が伝わらぬようにと、外殻と内殻は個別個別で動くように設計されているという。
人物は操縦桿から手を離すと、天井からスコープを引っ張り下ろした。
「HE装填。ファイア!」
弾道の自動補正が実施される。“船体”の肩に背負われた50cm砲が火を噴いた。駐退機が作動。まるでランドセルのような背面部の構造物が反動を殺した。
反動にしかし船体が傾ぐことはなく、歩みが止まることもない。
直撃を食らった四足歩行戦艦も微動だにしない。船体をも覆い尽くす大爆発をものともせず歩んでくる。
そう、戦艦である。足のついた鉄の塊が歩いているのだ。余りに巨大で、余りに硬すぎたが為に、大口径砲でさえまともに装甲を貫通することのできないそれが。
故に、戦法は限られる。衝撃で転倒させ滅多打ちにする。装甲を過熱させオーバーヒートさせる。殴って装甲もろとも中身をジュースにする。つまるところまともに破壊できないので、衝撃を与えることが肝となっていた。人物が操る自慢の船体が背負う50cm砲でさえAPを装填し零距離の水平射しても装甲を貫通できても内側を破壊できないほどなのだから。
距離、もはや目と鼻の先。敵艦から一斉に大口径対空砲が発射される。いずれも操縦席のある胴体と頂上の中央に設けられた十字型の覗き穴へと弾丸を運んできた。
人物がレバーを引くとシャッターが下りた。カメラ映像を映しこむ電子パネルが作動し、外の映像を投影する。
ギアチェンジ。一速から最大戦速へ。左手を盾にするよう調整し、一気ににじり寄る。
「せえのっ……クソッ!?」
アッパーを繰り出そうと操縦桿を引き絞った刹那、敵艦の前足二本がせり上がった。まるで馬が前方の人をなぎ倒すべく蹴るかのように、二本足が船体前面部を叩いた。
サンダー・チャイルドの船体が大きく傾いだ。
「っとお!」
バックギアに入れて即座に足で踏ん張る。
船体の操縦は動きをトレースする『履物』で担われている。腕は操縦桿付きの手袋。足は骨折治療用のギプスを彷彿とするもので。動きはいずれも船体と動機しているので、素早く動かすことも遅くすることも出来ない。操縦桿から手を離しレバーを弄れるのは、船体の動きがしごくのんびりとしているからなのだった。最大戦速時に一歩踏み出すのに五秒かかるのだから。
人物はアクセルペダルを全開に踏み込み、右足を踏み出す。
サンダー・チャイルドの排熱パイプから膨大な蒸気が立ち昇った。
敵艦の頭部に設けられたアンテナ型レーザータレットが火を噴いた。瞬時に自艦の胸元の装甲板が揺らめき、表面が爆発する。レーザーが装甲の薄い箇所を探して四方八方に首を振っている。
「千切らせてもらう!」
サンダー・チャイルドの右腕が四足の腹部に一撃を叩き込む。地面に巨大なクレーターを穿ちつつ、サンダー・チャイルドの右脚部が一歩を踏み出していた。格闘技さながらの身のあたりが炸裂する。遅れて衝撃が地面を波打たせ砂埃を上げた。
しかし四足は脚部の多さから来る安定性を発揮。踏みとどまり左右の腕で猛烈に殴りつける。サンダー・チャイルド程の頑強で太い腕こそ無いが、先端にピックを設けられた腕の連打は熾烈な刺突攻撃と化すのだ。
執拗に頭部を狙ってくる腕目掛け、サンダー・チャイルド各部に設けられた銃座が火を噴いた。五月雨式に銃弾を吐き出していた銃座は数秒後には腕目掛け弾丸を叩きつけていた。
上を向いたレーザータレットへサンダー・チャイルドの手を伸ばし、むしりとる。銃座を投げ捨てようとしたが四足が頭部目掛け腕を叩き付けた。サンダー・チャイルドが僅かに怯む。
「排除!」
人物が掛け声と共にスイッチを押す。
爆砕ボルトが弾け背面部の砲を丸ごと投げ出した。現代ではおよそ建造不可能な強度の合金でできたそれが空中を緩やかに落ちていく。ランドセル型のパーツのハッチが開くと、一対のノズルを開いた。ノズルが機体の軸をずらさぬように偏向した。予備着火。
次の瞬間膨大な推進炎が生えた。白煙を生産しつつ、その300mはあろうかという巨体を前方へと突進させていく。四足の二本腕をサンダー・チャイルドががっちりと捕まえると、取っ組み合う。僅かに拮抗したが推進力に負けて四足が後ろへと滑り始めた。
「5、4、3……」
推進剤が刻一刻と尽きていく。
――固体燃料ロケット。その昔人類が宇宙に行っていた夢の時代の古い産物。それを無理矢理括りつけた推進システム。最大の欠点は一度点火したら消せないことにある。つまりロケット花火をそのまま巨大にしたような代物なのだ。
四足を引き倒すことは出来ないと踏んだ人物は、その腕を強引にへし折った。特殊な合金製のそれが軋みを上げて関節部から砕け散る。たとえ腕を折れなくても関節から折ることは出来る。馬力では勝るサンダー・チャイルドならではのごり押しであった。
サンダー・チャイルドの巨体が火炎によって四足を圧倒する。四足の頭部をむんずと掴み取ると、左腕を叩き付けた。ぐしゃりと頭部に設けられた機器類がへしゃげて飛んでいく。レーザータレットの残骸が残骸以下の鉄くずと化して乾いた大地へと落ちる。
『推進剤 なし』
火炎の噴出が止まった。勢いをそのままに、四足に肘を叩きつける。
「もう一発貰ってくれると嬉しいなって」
嬉々として人物が声を張り上げた。操縦桿の右腕は前に突き出され、片腕は引かれていた。サンダー・チャイルドは無防備な頭部を掴み、あろうことか胴体を浮かせていた。
固定された四足の頭部目掛けてサンダー・チャイルドの拳が打ち付けられる。身を翻す――というには鈍重であるが、サンダー・チャイルドが姿勢を変える。腰を大きく落とし、テクニックも糞もない前蹴りをぶちかます。
サンダー・チャイルドが姿勢を崩し倒れこみもがく四足目掛け両腕の火器を向ける。口径こそ背負い式には負けるが、至近距離で放たれる威力は馬鹿にならない。
「AP装填良し。撃てぇっ!」
トリガー。
両腕の大口径砲が唸りを上げ、けれど巨体は一切揺るがない。砲を腕の肘の方角へと格納するや、倒れこんだ四足に馬乗りになった。
出力を向上させるべくギアを弄る。最大出力ギア。サンダー・チャイルドの各所から蒸気が立ち昇った。
右拳を頭部へ落とす。かすかに凹む装甲。左拳。右拳。ひたすら殴り続ける。
反撃として四足が全身からミサイルを放つ。空中に放られるや姿勢制御用スラスタで弾頭を上へと向け飛翔。サンダー・チャイルドの銃座が一切に空に向いた。
「小細工なんて通用しないさせないこいつの前じゃあね!」
人物は銃座の方角を全て下すなわち四足へ向けた。一切に放たれる対空砲。サンダー・チャイルドの背面部へとミサイルが殺到しロケット推進装置を破壊する。
両手を重ねハンマーに見立て振り落とす。壮大な衝撃と共に四足が痙攣した。
サンダー・チャイルドの巨体が腰を上げた。ずるりと背面部のガラクタが落ちていく。すっかり動かなくなった四足の足を掴むと引きずり始めた。
「おやっさん。勝ったよ」
人物は無線へ嬉しそうに声をかけると、シャッターを開けて身を乗り出した。空に向けてフレア・ガンを構え撃つ。赤い毒々しい光弾が薄暗くなりつつあるそらに輝いた。
フレア・ガンをおろした人物はサンダー・チャイルドの航路を決定するパネルを弄った。特に進行方向に障害物が無ければ四足を引きずっていけることだろう。落としてしまった装備品やらは後で回収しようと考えて。
人物はヘルメットを脱ぐと、後頭部で纏め上げていた見事な銀髪を解放した。頭を揺すりつつ腰まで垂らすと、ツナギにも似たパイロットスーツの中の体を解すべく猫のように伸びをして。それから覗き穴からするりと抜け出すと、サンダー・チャイルド表面に備え付けられたハシゴを軽快に登っていき最上階へとたどり着いた。
「………いやぁー勝利の後の一休みは格別だねぇ」
人物はころころと笑うとその場に胡坐を掻いて地平線を眺めていた。
落ちていく太陽。太陽の傍には山のように巨大な鉄の塔が聳え立っている。
人物は目の奥のレンズをチリチリ言わせつつピントを調整すると、両手袋を取った。明らかに人のものではない銀色のフレーム。機械の腕。
少女は機械の腕でピースサインを作ると太陽を遮ってみせた。
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