第2話 ウォーカー前へ

 終末戦争から数百年が経過していると言われている。

 人類はラッパのような音を聞いた。それは世界各地に降り注いだのだと言う。

 大量破壊兵器を手に入れた人類は、その破壊力を人類同士に向けた。あらゆる地平は変貌し、山は崩れ、都市は瓦礫の山と化していた。南極や北極の氷の大部分は融解し、海水面は大幅に上昇した。あらゆる森林は死に絶えていき、海が持つ天然の二酸化炭素吸収機能も損なわれた。

 そうして、人類は文明そのものを失った。人命も同時に失われた。数十億人もの人類が地上の骸と化していた。

 瀕死の人類は地上で更に醜く争いを続けていた。国家と言う区切りは形骸化し、力だけが全てを支配する世の中になっていた。きらびやかな文明のともし火は捨て去られ、薄汚れた荒野だけが人類の全てであった。

 残された兵器はあまりに巨大で、なおも稼動し続けていた。都市を蹂躙する目的で作られたそれ。別の巨大兵器を打ち倒す為のもの。元々は建築用であったもの。あらゆるものが兵器となっていた。

 中でも歩行することであらゆる地形を走破する陸上戦艦は一種の国そのものになっていた。もはや生産することの叶わない原子炉等を備えた事故修復機能まで併せ持つ高度な科学の結晶。

 人々はその兵器を、バトルシップと呼んでいた。時代が経るにつれてウォーカーとだけ呼ばれるようになった。


 人類の居住可能な領域は限られていた。都市の大部分は致命的な汚染によって居住することは出来ない。核生成物を孕んだ流砂が舞う領域も住まうことは出来なかった。陸地も核によって大きく抉られ変貌していた。海水面の上昇によってそもそも的に面積が減衰していた。住まうことの出来る領域はごく限られていた。

 住まうことのできる領域を発見し、ウォーカーを手に入れられたものだけが覇者になれる。


 そんな世界において―――その“テリトリー”は瀕死の危機にあった。


 銀色の少女と男の出会いは唐突であった。


 「急げ! 早くしないとやつが来るぞ!」


 眼帯を嵌めた屈強な男性が怒鳴っていた。あたりを粗末な布服を纏った男達が駆け回っている。

 あたり一面に設置された自動砲が一斉に火を噴く。口径にして30mm。旧世界において対空機関砲として運用されていたものをサルヴェーシし運用しているのだ。

 だが秒速1000mにも達する弾丸でさえ、それの装甲に傷をつけることさえ出来ない。全高250mに達しようかと言う四本足の巨人が二体揃って歩いてきていた。

 巨人の全身から雨あられと砲弾が発射される。対空機関砲には目も触れずに、山の斜面に設けられたテントへと着弾する。

 男性の表情が歪む。彼はあたりで作業をしているものたちを束ねるリーダーであった。焦燥感に駆られ山の斜面へと目をやる。その昔、空に行っていたという船が山の斜面に転がっていた。弾丸を平らにならしたような白亜の優美な機体が斜面にめり込んでいた。船の傍らには巨大な構造物が埋もれていた。

 ただそれだけの理由で男性がここにいるわけはなかった。山は旧世界の遺産を収納した宝箱なのだ。テリトリーの維持には旧世界のテクノロジーは必要だ。

 発掘作業中に別のテリトリーの襲撃を受けるなど、想定外であった。


 「迎撃急げ! 戦車隊前へ!」


 と言うわけはない。この世界で襲撃など日常茶飯事。対応できなければ死ぬだけだ。

 ダグイン穴に潜った状態かつ、砂色の迷彩布を被った戦車が一斉に砲撃を開始する。砲撃はいずれも四つ足の脚部関節部に集中していた。ウォーカーの装甲は驚異的である。通常火器で破壊することは困難であるために、同様のウォーカーで応戦するしか手立てが無いからだ。とはいえ関節部や、後付された部分は破壊できる。足さえ折れば行動を止められると考えてのことだった。

 が、四足は砲撃で進行を鈍らせることはなかった。AP徹甲弾は弾かれ、HE榴弾は表面で爆発するだけで内側を破壊することが出来ない。たとえ零距離の水平射でも貫通は出来ない。常軌を逸した大口径で無い限りは。

 傍らに控える短髪の女性が唸った。


 「山のあれのせいでしょうか?」

 「だろうな。ウォーカーとなれば喉から手が出るほど欲しいだろう。船も興味深いが徹底的に壊されていたからな……狙いはウォーカーと見て間違いない」


 女が目線を向けた先には、砂色の山の斜面に巨大な砲身と鉄の塊が埋もれている光景があった。

 続いて女は自身の横に設置された鉄製の机の上に鎮座する物体を見遣った。2m弱。横幅は精々1m。まるで棺おけのようだと女は思った。


 「これを除いて」

 「何が入っているのかさえ皆目わからん。それよりもあいつの迎撃に集中するべきだな」


 短髪の女は無線機のスイッチを入れつつ言った。


 「我々にはウォーカーが無いことをお忘れですかリーダー」

 「理解している。全力で逃げるしか手がなさそうだ」

 「自動機関砲群迎撃シークエンス実行中。戦車隊、後退しつつ砲撃を実行中です」


 宇宙船は、自爆処理されていた。テクノロジーを渡さないように自爆処理がされるのはよくあることだ。それは旧世界の遺産でも同じことが言える。

 宇宙船を捜索した末に見つかったのは、たった一つの金属製の容器だけであった。不自然なまでに無傷であったため引き上げてきたのだが、肝心の開け方がわからない。開閉装置も無ければスイッチの類も無い。破壊して空けるのでは何の為にサルヴェージしてきたのかがわからない。

 悪いことに、彼らのテリトリーはウォーカーを先の戦闘で喪失していた。もし山に埋まっているというウォーカーのサルヴェージが不可能であれば、戦力を失ったまま元の領土に帰ることになる。テリトリーを狙う輩がウォーカーで攻めてきたらひとたまりも無いであろう。

 最大の問題は山に埋まっているウォーカーを引き上げるべく作業していた最中の襲撃であったことだろう。

 通常戦力で迎撃に当たってはいるが――足止めが精一杯。逃げるしかなかった。幸いウォーカーは足が遅い。一斉に四方八方に武装四輪駆動テクニカルで逃げれば誰かは生き残れるだろう。

 四つ足が一斉に肩に装着されたロケット砲を発射。自動砲が悉くなぎ払われていく。

 戦車目掛け、各所に設けられた銃座が火を噴く。余りに大口径であるため戦車は装甲こそ貫通されなくとも、爆発の勢いで宙に舞った。速射される大口径砲という悪夢が迫り来る。戦車が幾ら撃とうが効果が認められず。一方で戦車はものの一撃で粉々にされるのだ。悪夢という他に無い。


 「リーダーこちらへ」

 「わかった」

 「……ちいっ! 避けて!」


 短髪の女がリーダーのために車を呼び寄せていた。重厚な装甲を誇る装甲車がテントの前に停まった。女が視界を上げたその真っ只中でロケット砲弾が雨あられとテントがあった地帯にばら撒かれていた。

 咄嗟に女が男を突き飛ばし装甲車の中へと叩き込む。刹那、ロケット弾が至近距離で炸裂した。装甲車が転がって地面を滑っていく。破片が辺りにいた人員をズタズタに引き裂いていた。


 「ぐ、ぬ……」


 眼帯を嵌めた男は、ついいつもの癖で眼帯を戻そうとした。衝撃で紐が切れたのか眼帯が見当たらない。装甲車から張って出ると、人だったものの破片があたりに散らばっていた。

 地面に影が差し込む。男が視線を上げると、四足の無機質な巨体がすぐ前で静止していた。四足の頭部に儲けられたターレット状のセンサー部品と目が合う。


 「……くそったれめ」


 腰の拳銃を抜き、発砲する。悉く装甲の表面で弾かれていく。無駄に浪費される弾丸。男はそれでも撃つのをやめない。

 四足が一歩を踏み出す。優に100mはあろうかという巨大な鉄の柱が男の前方で大地にクレーターを穿つ。

 男の体が反動で地面から浮き上がり転がった。同時に、男のすぐ横に宇宙船からサルヴェージしてきた白い箱が転がってくる。


 「なんだと」


 男の目の前で白い箱の表面が浮き上がると、滑っていく。冷気に包まれた白いヒトガタが上体を起こした。

 雪のように白い肌。太陽の光を編んだような輝く銀色の長髪。作り物染みた美しい顔の造形。身にまとうものはなく、生まれたままの姿を晒す美しき少女だった。

 少女の両耳が二つに割れる。内側から細長い白色の機器がせり出てきた。


 「認証確認……予備動力ニュークリアリアクター回転率安定。主動力メインリアクター接続……失敗」


 少女が呟く。男が唖然としていると、山の中腹で爆発が起こった。巨大な二門の砲を生やした巨人が起き上がろうともがいていた。

 少女が場に不釣合いな素足という履物で地面に降り立った。念仏のような平坦さで言葉を紡いでいる。


 「傾斜復元。船体起こし開始」


 山の表層に皹が入る。テントがはね飛び、車両が石ころのように転がっていく。

 皹は加速度的に範囲を増していく。土と岩を押しのけて鉄色の体が姿を見せる。雨あられと二体の四足からロケット弾が放たれる。山肌を爆炎が舐め上げた。

 巨人が、火炎と煙の暗幕を引き裂いて姿を現した。無骨な体躯。二足歩行。背負い式の砲を背負った巨人が。

 男が唖然としている前で、今まさに自分が拳銃をぶちかましていた四足が進路を変える。蜘蛛の足のように細い腕を振り回しつつ、巨人へと挑みかかっていく。


 「火器不調。近接格闘開始アタック


 巨人が四足へ一歩を踏み出す。地上で慌てふためく男の部下を乗り越え巨体に似合わぬ跳躍を決めるや、四足の腹部に蹴りを叩き込んだ。

 更に二体目が殴りかかろうとする。殴打を仰け反ることでかわすや、腰溜めの拳で頭部を打ち据え後退させた。


 「お前は一体………」


 少女がウォーカーに乗り込まずして遠隔操作している。男は思わず問いかけていた。

 少女は青色に鈍く輝く瞳を男に向けた。


 「わからない。わからないけど、あなたを助けるべきと総合的に判断した」


 とんだことになったぞと男は思った。

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