第24話 あの三つ足を討て!

 逃げる。とにかく逃げるも、子供の足では逃げ切れるものではない。

 車両並みの速度で駆けてアサルトライフルの形状をしたレーザーライフルを的確に叩き込むような怪物相手では、ろくに訓練も受けていない少女には荷が重すぎた。シルバーを逃がそうと兵士達が奮闘するも、足止めが精一杯だった。無尽蔵に増え続ける戦闘用アンドロイドに対しチャンドラ側は完全に防戦を強いられていた。

 例えいかに強大なウォーカーとて、人間と同等サイズのアンドロイドと、チャンドラの味方兵士を区別することはできない。無差別に攻撃すればアンドロイドを退けることはできるだろう。あとには誰も残らないだろうが。

 それ以前に、ウォーカーに到達することができなければ意味が無いのだ。


 「こないで!」


 シルバーは、徒競走の選手のような整ったフォームで走り寄ってくるアンドロイドにアサルトライフルを撃ちまくっていた。対人戦闘において絶大なストッピングパワーを持つ7.62mm弾でさえ、アンドロイドは怯まずに突っ込んでくる。シルバーが相手とわかるや否や素手で掴みかかろうとするのだ、つまるところ捕獲を試みているのだろう。

 航空機の駐機場へと転がり込んだシルバーは、赤い瞳を輝かせ歩きまわっている数体目掛け、アサルトライフルを速射した。一体の頭部に命中。内蔵パーツを撒き散らしつつ、独楽のようにまわって地面に倒れた。二体目三体目が構わず突っ込んできていた。


 「弾! てえええいっ!」


 弾切れ。ライフルを投げ捨てると、やけくそと言わんばかりに両手に拳銃を握り物陰から飛び出した。9mmを撃ちまくる。二体ともまったくひるまない。


 「っあ!?」


 アンドロイドが繰り出した拳を拳銃を交差して受け止める。二体目がシルバーの首を掴むと、放り投げた。背中から四輪駆動車の操縦席に叩き込まれ悶絶する。起き上がったシルバーは車載の重機関銃のレバーを引いてハンドルを握っていた。


 「ぶちまけちゃうよーっ!!」


 12.7mm機関銃が火を噴いた。比較的低間隔で放たれるそれは、瞬く間にアンドロイドの胸元を潰して肢体を弾いていた。二体目が射線を掻い潜る。が、高速でぶちまけられる12.7mmフルメタルジャケット弾は、アンドロイドの脚部を根元から吹き飛ばしていた。止めと言わんばかりに引き金を落し続ける。アンドロイドが粉々になったところで手を離すと、背もたれにもたれた。


 「はぁっ……はあっ」


 額の汗を拭う素振り。汗など掻いていないのに。息を切らせ、車から身を起こす。

 まさか駐機場に張り巡らされているキャットウォークからアンドロイドが降って来るなどとは思わずにいた。車を包囲するようにして五体が降りたった。


 「………!」


 万事休す。身構えるシルバーに五体が一斉に踊りかかり、二体が同時に細切れのスクラップと化して消し飛んだ。それは他方から放たれた銃弾であった。シルバーを守るべく放たれたのだ。


 「その子から離れろ糞アマが!」


 駐機場格納庫の金属製のシャッターが開いていた。警告灯の黄色い点滅が夕暮れになりつつあった駐機場の壁を照らし出している。黄色と黒の塗装を纏った異形の機械が歩み出ると、躊躇も無く右手の大口径機関砲を撃ちまくる。

 それは大昔運用されていたであろう二足歩行型の重機らしきものだった。右腕、左腕に武装を施されていた。操縦席には額から血を流すフローラが乗り込んでいた。


 「うわわわわわわ!?」


 シルバーは咄嗟に座席の下に潜り込んでいた。

 実に20mm口径が空間を根こそぎ奪い取っていく。対人銃に耐える強度のアンドロイドとて、耐え切れるはずが無い。空中でガリガリと削り取られ、ばらばらの欠片と化して吹き飛んでいった。

 機関砲が弾丸を吐き出すのを停止した。過熱して橙色になった銃身から煙があがっていた。

 シルバーは車から飛び起きると、フローラが搭乗する重機へと駆け寄った。フローラは額から流血しているばかりか、右肩から大量に出血していた。


 「フローラおばさん酷い怪我……手当てしないとだめだよ!」

 「いいから。よく聞くんだ。サンダー・チャイルドに乗ってトライポッドを攻撃するんだよ。連中、すぐそばまで寄ってきているらしくってね。このままじゃジリ貧だ。打って出ない限りチャンドラはお仕舞いだよ」

 「でも!」

 「でもじゃない。リリウム嬢はもう今頃はついているはずだ」


 フローラが一喝した。サンダー・チャイルドが立ち尽くしている格納庫を指差し、ショルダーホルスターから銃を取り、握らせた。大昔デザートイーグルと呼ばれていた銃の改良型だった。ヨゼフが腰にぶら下げているものとよく似ていた。


 「でも! でも……」

 「あんたにしか操縦できないんだろう? ならあんたがやるしかないんだ。もっていきな」


 シルバーは銃を受け取ると、胸元に引き寄せた。フローラの顔を覗きこみ今にも泣きそうに唇を震わせていた。


 「……死んじゃやだよ? 逃げてね。あとは、私がやるから」

 「大人の言うことを信用しな。いいから早く」


 フローラはこくりと頷くと、額の血液を手の甲で拭って笑って見せた。シルバーが四輪駆動に乗り込むと、操縦技術も糞も無いアクセルべた踏みで一目散にサンダー・チャイルドに向かっていくのを見守っていた。

 夕闇に差し掛かりつつある時間帯。薄暗い駐機場各所に、赤い双眸が無数に輝きだす。それは隊伍を組み駐機場を埋め尽くしつつあった。フローラという存在を排除する為か。シルバーを探しているのか。

 フローラは不敵に笑うと弾切れを起こしている両腕の銃を排除した。本来であれば資源切り出し用として運用されるプラズマ・カッターを起動。両腕に握らせる。先端の器具があぎとを開く。掛かってこいと言わんばかりに警告灯が、赤い輝きへと変色した。

 作物に集るイナゴが如くアンドロイドの群れが黄色と黒の塗装を纏った闘士へと一斉に攻撃を開始した。








 夕闇を切り裂き、巨人が立ち上がろうとしていた。


 「原子炉始動装置イニシエイタースタート」


 三つの瞳を持った漆黒の巨人が、格納庫を出る。固定装置を外している余裕など無かった。地平線に頭を覗かせる三本足の怪物が、不気味なまでの速度で迫りつつあったからだ。

 格納庫のキャットウォークが、隔壁が、固定器具が、壁面に据えつけられていた機関砲が、漆黒の巨人の身震いだけで叩き落とされていく。格納庫の壁に皹が走った。圧倒されたように足を止めたアンドロイドを、巨人が踏み潰す。巨人が頭部の三つの瞳を、最大望遠レンズへと切り替える。不気味な緑色の輝きが夕闇をただの一撃で払拭していた。

 チャンドラから離れようとする避難船があった。非戦闘員などという区分は無いが、病人や怪我人は離れることが許可されていた。逃げるべき場所など、もはやなかったが。オケフェノキーは陥落している。どこか安全地帯を探しに行ったのだ。残り少ない燃料をはたいて。


 「一掃します」


 淡々とリリウムが告げると、両腕を前方に突き出し、チャンドラに接近しつつあった赤い双眸の軍勢に向かってガトリングカノンでなぎ払った。旧時代の艦載砲に匹敵する20.3mm砲が唸りを上げて、大地に無数のクレーターを量産していく。


 「こちらピークォド。接近する一機を始末します」


 無線装置と、外部音声出力装置に宣言する。返答が無い。無線がジャミングされているのか。返事を返すことができないのか。いずれにせよ、攻撃しなければトライポッドがチャンドラを焼き尽くすことだろう。

 漆黒の巨人に反応したのか、トライポッドが円盤型の胴体の側面のカメラ装置らしき線条に赤い光を灯した。


 「敵討ちだ。どうでもいいことです」


 リリウムは告げると、前髪をかきあげた。右目を手で覆い、左目だけで相手を睨みつけていた。

 パネルに指を這わせ情報を入力する。


 「ハープーン砲フルチャージ。充填率……閾値設定変更。リミッター解除。120パーセントでセット」


 ピークォドが、ゆっくりと、背面に装着した白亜の砲を取り出す。右手に構え、グリップを左手に握る。許容範囲を超える電量を注ぎ込まれた砲身が過熱し、燃え上がる。熱を逃がさんとする放熱板でさえ燃えていた。

 リリウムが照準装置を引っ張り降ろした。砲身の悲鳴が警告表示となっている。無視した。


 「砲撃用回路直結。チャンバー内圧力異常……構いません。弾道発射諸元入力………だめですわ。ならば有視界直接照準でセット。安全装置解除。安定装置作動します」


 ピークォドの両足踵の部分から固定装置が伸びるや、大地へと突き刺さった。

 照準装置を覗き込む瞳はどこまでも透き通っていた。


 「この一撃は家族のために!」


 トリガープル。

 薬室で炸薬が起爆。弾頭を砲身へと押し出す。許容範囲を超える電力を流し込まれた砲身内を、瞬間的に第一宇宙速度を超過する速度領域へと滑り出させた。音さえも置いてきぼりにして弾頭が射出された。

 橙色の光線が、咄嗟に二本の腕を伸ばしたトライポッドへと到達する。腕もろともねじ切るや、障壁を撃ち抜く。遅れて、プラズマ化した大気が空間を攪拌していた。トライポッドが姿勢を崩し、大地へと倒れこむ。

 漆黒の巨人の頭部を覆う装甲板がスライドすると、濛々とした白い気流を吐き出した。燃える砲を背中に戻し、突撃する。一歩に数秒かかるとて、巨体ともなれば別だ。乗用車が追いつくことも難しい機動性を発揮して、敵に向かっていく。


 「地上走行魚雷発進装置“ロングランス”発射!」


 言葉と同時に、腿に設けられた装置から旧時代の航空機の翼を千切ったような物体が無数に射出される。それは地面に到達すると、後部に設けられたロケットエンジンから火炎を吹きつつトライポッドへと殺到した。爆発。身悶えるトライポッドがカメラと思しき装置から白熱した光線を放つ。

 熱線がピークォドの右肩に着弾した。装甲が溶けて爆発する。巨人が一歩後退した。


 「くううっ!」


 温度上昇警告。冷却を補佐するガスタービンエンジンが悲鳴を上げていた。

 リリウムが操縦桿のスイッチを弾くと、レッグ・コントローラーに差し込んだ足を動かす。前進ギア。アクセルペダルを最大まで踏み込んでいた。大地を削り、漆黒の巨人が駆ける。熱線に抉られた肩の装甲を自ら引き剥がすと、頭部カメラを近接用の小型カメラへ切り替えた。


 「全ミサイル、目標手負いの――――……トライポッド。撃ち尽くす!」


 巨人が足を止める。前かがみになるや、両腕を体前面で並行にした。次の瞬間、全身に設けられた装置から無数のミサイルやロケットが雨あられと吐き出された。ミサイルは空中で姿勢を変更。地面でもがくトライポッドを火炎の最中に沈めた。

 仲間の危機に対応したのか、二機目が接近しつつあった。


 「―――――あああああっ!!」


 リリウムが喉も裂けよと絶叫する。ガトリングカノンを発射。障壁表面で砕ける鉄の欠片。装甲貫通マニュピレータが作動。指が折りたたまれるや、手首が高速で回転し始めた。

 夕闇を背景に、漆黒の巨人が挑みかかる。三本足の怪物が熱線を撃ちまくる。

 ピークォドの頭部装甲が弾け飛ぶ。カメラアイに皹が走った。それでも、足は止まらない。

 トライポッドも三本足をくねらせると、三つに分岐した先端を一本の槍型に収束させ、回転させ始めた。


 「……!」


 交錯。三本の回転槍がピークォドの肩を、胴体を、胸元を、刺し穿っていた。装甲が弾け、爆発を起こす。

 ぎらりと緑色の眼光がトライポッドを睨む。片腕の回転が停止。むんずと足の付け根を掴むと、引き寄せた。右腕が障壁もろともトライポッドの胴体を貫き、内臓をかき回していた。


 静寂。

 許容限界を迎えた損傷に対し、自動システムがクイーン・アンズ・リベンジを転用した追加装甲を排除する。爆砕ボルトが起動するとミラージュ本来の素肌が露になっていた。


 『限界熱量』

 『原子炉緊急停止』


 ピークォドは、敵の胴体に腕を突き刺したまま沈黙した。カメラアイから光が失われる。船体からは白煙が上がっていた。


 「………三機目ですか」


 リリウムは目元から大粒の涙を流していた。モニタには、三機目のトライポッドが今まさに逃げ惑う避難船に襲い掛かる様が映し出されている。原子炉が停止した以上、もはやピークォドは動けない。ここまでか。瞳を閉じた。



 「これ以上はやらせないってば!」


 リリウムは、大声を張り上げたせいか裏返った声を聞いた。はっとして目を開くと、もう一体の巨人がトライポッドへと立ち向かっていた。


 それはサンダー・チャイルドだった。壊滅の危機に陥っていた避難船の救援に駆けつけてきたのだった。


 「いくよっ! サンダー・チャイルド!」


 サンダー・チャイルドが吼えた。

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