第14話 ハープーン
リリウムは操縦席で一人目を閉じていた。自分の脈拍が聞こえてくるような静寂が操縦席内部に満たされていた。
機器に手を伸ばすと、レバースイッチを順番に倒していく。カチカチという無機質な音が操縦席に響く。
リリウムは
「
パネルを操作。メインエンジンたる原子炉四基を作動させる為に、ガスタービンを作動させた。同時に背面部に背負った冷却用のエンジンが作動する。三つの瞳がぎらりとエメラルドグリーンの輝きを放った。
ガスタービンエンジンが轟音を上げてファンブレードを回転させていく。本来は巡洋艦等に用いられるそれは、しかし漆黒の巨体を稼動させるには不足していた。あくまで補助に過ぎないのだから。本命となるのは核分裂を利用した熱エネルギーを発生させる原子炉四基に過ぎない。一基の出力だけでも原子力母艦を稼動させるに足りる膨大な電力を発生させるというのに、四基も集合しているのだ。
ピークォドにとまっていた無数の鴉の群れがけたたましい叫び声をあげて翼に大気を孕ませ飛び上がった。上昇気流を帯びて、どこまでも高く登っていく。見るものを不吉にさせる漆黒の巨神の
「
四基のレバー装置を全て限界まで倒す。原子炉の作動を確認。船体が身震いをした。放射性物質が原子炉へと挿入され、たちまちのうちに核分裂反応の度合いが跳ね上がる。生じる熱が水を蒸発させていき、タービンを回転させる。原子炉とはつまるところお湯沸かし装置に過ぎないのだが、熱エネルギーを運動エネルギーに変換する手段としてこれ以上のものは原子炉からは生み出せまい。
操縦席内部の操縦が付くと、各種システムが立ち上がったことを示す内容がパネルの上で踊った。
『/;knb;kjへようこそ ユーザー』
表示がバグっている。元々の船名があるべき場所が潰れていた。
船体のスタートと同時に生じる熱が、機体を白熱させる。放熱装置を無数に設けられた漆黒の装甲板の表面が揺らめいていた。船体が生み出す熱が上昇気流を作り上げる。荒地の砂が巻き上げられ、小規模な竜巻となって船体の上方へと抜けていく。
「メインシステム起動。各部よし。
淡々とリリウムが情報を読み取ってはヘッドセットに呟いていく。適切な操縦方法はもちろん、船体の癖や改良をあぶりだす為の起動実験なのだ。
それにしても、とリリウムは思う。シルバーは練習も無しでしかも“遠隔操作”で船体を起動させたのだという。あろうことか練習さえ無しで船体を動かして戦闘に勝利している。体も機械のそれであることを考慮に入れるならば、大昔の人類の残り香なのではなかろうか。
それる思考を元通りにするべく、操縦装置に手足を差し込む。両足を屈折したレッグコントロールへ。ベルトを巻きつける。ペダルに足がかかった。両腕をアームコントロールへ。操縦桿を握る。動入力を許可するべく安全装置を解除。ギアをアイドリングから最大へセット。出力を調整するペダルを限界まで踏み込んだ。
「こちらピークォド。
漆黒の体躯が、立ち上がろうとしていた。片膝をついていた巨大な船体が咆哮をあげて屹立していく。軋みを上げて関節部の衝撃緩和装置が、船体重量を支える。両手の指がぴったりとくっつき拳を作るや、大地を叩く。もはや岩石の落着に等しい衝撃にピークォドに随伴していた装甲車があやうく横転しかけた。
ピークォドがのそり、と巨体らしからぬ身軽さで立ち上がる。漆黒の船体は艶まで消されており斜陽を悉く拒絶していた。
「こちらヨゼフ。
ヨゼフのハスキーボイスがヘッドセットから流れてくる。リリウムは耳元を思わず擦っていた。声を直接耳元で囁かれているようだ。
「冷却装置その他問題ありませんわ。ハープーン砲の試射に入ります」
「了解。しかし、いいのかリリウム。あれを標的に据えることに俺は異存ない。ハープーン砲は対ウォーカー用に設計してあるからな。ウォーカーに撃ちこむのが最適だ。が、あいつはお前さんの愛した船体なんだぞ」
遥か遠方。沈みかけた太陽のもとに二本足の巨体が聳え立っていた。鉄色の無骨な船体。装甲板を剥がれ、内臓たる原子炉も既に失い、あらゆるものを失い直立でさえ鉄の骨組みに支えられていることで辛うじてという船体が。クイーン・アンズ・リベンジ。リリウムの命を救ってくれた先代テリトリー・チャンドラのリーダーが残した船体であった。
安全装置解除。戦闘システムを起動する。火器管制装置が俄かに騒ぎ始めた。ターレットの軌条に従い大型望遠レンズへとカメラアイが切り替わる。船体から無数に生える
リリウムが逡巡したのも数秒間という短い時間だけであった。すぐに無線を繋ぎなおす。
クイーン・アンズ・リベンジをハープーン砲の標的にする。つまり、破壊しても構わないということだ。たとえ規格外の防御性を誇るウォーカーとて装甲を外し内装をむき出しにした状態で直撃を貰えばタダではすまない。
「構いません。彼女の魂は死んだわけじゃありませんから」
「そうか。準備完了次第発射せよ、アウト」
無線が切られた。
専用のスイッチを始動。背面に背負われていた長大な砲が、縦向きから横向きに倒れるとレールにそってピークォドの右側へと滑る。マスドライバー砲を回収した砲身が、ピークォドの右腕に握られる。安定用の横側面グリップを左手が握った。
―――ハープーン砲。マスドライバー砲の欠点である反動や動力源の確保をウォーカーという巨体によって解決した改修兵器。第一宇宙速度さえ凌駕する弾速を叩き出す本兵器にとって、射程は実に4万km、地球一周を優に超える。正確に誘導することさえできるならば地球の軌道へ弾頭を到達させ、地球をぐるり一周して自分のいた地点へと戻すことさえ可能なのだから。問題は、誘導に必要な機器がないことだろうか。利用可能な衛星をチャンドラはもっていなかった。
その速力の余り、地球が有する地平線という遮蔽物が邪魔をする。また速力が速すぎるがために通常の放物線をとらずに、ほぼ直進してしまう。威力を調整することである程度威力を絞ることも可能であるが、ウォーカーが仮想敵であるならば最大出力で発射するべきであろう。その場合の到達距離は精々70kmであった。
彼我の距離を測定。距離50km。船舶に搭載する火器管制システムと、マスドライバー砲の本来の役割である地球衛星軌道上へ物体を到達させる為の計算装置が、弾道を決定する。
「原子炉安定。砲撃用回路直結。弾道発射諸元入力完了。安全装置解除。安定装置作動します」
中腰姿勢。リリウムが取った姿勢通りに、ピークォドが踏ん張る。両足踵の安定板が展開すると、爪先で岩盤をかみ締めた。
ピークォドの全力砲撃を見届けんと大勢の兵士たちが外にやってきていた。戦車に陣取ったヨゼフも、シェルターを守る砲撃陣地にて見守っていた。胸からサングラスを取ると、おもむろに耳栓をねじ込む。
「総員対ショック対閃光防御」
言葉を聞いてか聞かずか、大勢が身を乗り出して待っていた。
「ねえねえそんなにすごいのあれ!」
ヨゼフの傍らには明らかにサイスの合っていないヘルメットを載せたシルバーがいた。軍服(こちらもサイズがあっておらず袖が余っていた)を着込みもとい軍服に着られていた。戦車の上部装甲にもたれて砲撃の瞬間を見つめていた。
ヨゼフは自分の顔の正面に立とうとするシルバーの腰を掴むと横に座らせた。
「いいから座ってろ。タンカーに乗せてたころは威力をかなり抑え目にしていたからな。今回のは文字通り宇宙に届く一撃だ。鼓膜もくそもないお前さんはいいな」
「鼓膜あるもん」
「ないだろ。いいから座ってろ」
ぶーたれるシルバーを横にどかしたヨゼフは腕を組みその瞬間を待った。
砲撃に必要な情報は全て整った。引き金に指をかけたリリウムは深呼吸をすると、モニタに映っている巨影をにらみつけた。
さらば。さらば。もう会うこともないだろうから。
発射。
炸薬が雷管により起爆。
一陣の光線が伸びるや否やクイーン・アンズ・リベンジの胸倉とを結んだ。刹那、胸から背中へバーミリオン色の血しぶきが上がった。船体が倒れることさえない。光線は船体を貫通して背後の地平線を穿ち消失する。遅れて、弾頭がもたらした副次的効果が殺到した。断熱圧縮された大気と弾頭のジャケットがプラズマ化して奔流と化しなだれ込んだ。クイーン・アンズ・リベンジが白熱した閃光に包まれた。
発射衝撃が目に見えていた。大気中の水分が瞬間的に励起し、目視可能な状態になっていた。衝撃波が一面を打ちつける。地面を転がるもの。全身打たれ失神するもの。両耳を押さえ屈んでいたものも、大きく仰け反っていた。
クイーン・アンズ・リベンジが炎上する。何も収まっていない内装部が轟々と橙色の火炎を宿していた。腕が抜け落ちる。がくりと膝を付くと、横転する。鉄骨製の支えが悲鳴をあげて崩れ落ちた。
「起きろ」
ヨゼフは戦車の中に潜り込んでいた。ハッチから出ると、ハッチの縁にもたれかかる銀色の頭が視界一杯映りこむ。むんずと掴むと転がしてやった。
「う………あんなにうるさいなんて………」
「警告はしたぞ。もっともあの程度戦車乗ってれば頻繁に聞けるがね」
ヨゼフが元戦車乗りらしい言葉を吐く。口元を歪めて笑っているあたり想定内だったのだろう。
ヨゼフが無線機に口をあてがった。視線の先には白煙の塊と化しているハープーン砲を握ったピークォドの影があった。
「よくやった。無事成功だな。二発目は撃てそうにないが―――帰還しろ。次の作戦の話がある」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます