第6話 目標、ミラージュ
ターボプロップ推進方式を採用したのっぺりとした起伏に乏しい航空機が海上を飛翔していた。電波誘導された無人機であった。本来攻撃を行う為のそれは機体上部に緩やかに回転するレドームを背負っていた。
チャンドラのマークを腹にペイントされたそれは、チャンドラのシェルターが位置する半島の周囲に防御網を構築する役割をになっていた。
目標を検知した無人機はバンクすると、距離を維持するように飛行する。
「目標、無人早期警戒機にかかりました。テリトリー・アポリオン所属機。コードネーム、ミラージュ。二足歩行」
「了解」
「ポイント・オケフェノキーより入電。目標視認。目標攻撃用ドローンを伴い南下中。方位1-9-0。進行速度140km。第一迎撃地点到達予想時刻1260秒後。攻撃許可を求めています」
レーダー画面に表示された白点。別のモニタには霧を纏い直進する巨大な影が映し出されていた。全高350m程度。
船を任されている船長たる男は部下の言葉にふむと唸った。
対艦ミサイルの射程にかかるまで後僅か。テリトリー・チャンドラは現状動かせるウォーカーを持っていない。今のところだが。通常兵器で迎え撃つしかないが――有効打撃を与えられる可能性は少なかった。としても、やらねばならない。
「ドローン、
「要撃機発進準備完了。順次発進し配置に付け。演習にあらず」
矢継ぎ早に情報が駆け巡っていた。
艦長は帽子を深く被りなおしていた。
「攻撃は許可されていない。全艦戦闘配備」
「全艦戦闘配備」
副官が復唱する。艦長は続いて命令を下した。
訓練ではないことを告げるサイレンが鳴り響く。人員が慌しく駆け回って配置についた。
安全装置解除。
艦長は感情に乏しい無機質な声で命令を下した。
「全兵器使用自由。対空ミサイル発射。目標ドローン。
火器担当及び通信員が素早く反応した。
「ドローン群全機照準。No.1001から1032、ロックオン。対空ミサイル自動管制発射」
「
「シャングリラへ通信。砲撃開始」
通信。
チャンドラが位置する海辺にずらり停泊した戦闘艦から一斉にミサイルが放たれる。いずれも大昔には海原を航行していた船であるが、運用に必要な燃料の確保が出来ないがために、ある艦は地面に半分埋もれて、ある船は錨と鎖でがんじがらめにされていて、固定砲台のようにされていた。
ハッチ開閉。ロケットモーターに点火したミサイル群が一斉に高度を上げるや、空中で数度スラスタを瞬かせ方向転換し、一目散に標的へ向かっていく。ドローンとウォーカーが放つECMを検知すると、モードを変更。ジャミング電波に対するパッシブ誘導形式に変更する。
ミサイルはいずれも過去の産物のコピーのコピーだった。あるいは発掘してきたものだった。
対空ミサイル群がドローンを捉える。一瞬にしてドローン群が火の玉に囲まれ消滅した。
続いて低空飛行しつつ接近しつつあった対艦ミサイル計四十発が敵ウォーカーの脚部を滅多打ちにする。かと思われた。
「全発命中確認できません」
「なんだと。迎撃か」
「レーザーを含む対空火器の発射は確認されていません」
艦長は唸り声を上げていた。ミサイルは悉くが本体到達前に緑色の障壁らしきものに阻まれていた。
雨あられと対艦ミサイルが放たれる。艦長が乗る対空戦闘を担当しているポラリスも発射した。濃密な弾幕。亜音速に迫るミサイル群。ウォーカーに対し足止めが出来ればいいなどとは考えていない。ウォーカーがいない以上は、通常兵器で攻め落とすしかない。そう考えて攻撃していると言うのに、命中さえしない。迎撃する素振りもなかった。
「バリアとでもいうのか」
まるで悪夢だと艦長が唸りを上げる。
通信員が声を上げた。
「シャングリラより通信です。方位変更中。射撃可能まで二分」
大型のタンカー船が水を噴出するスラスタと、タグボートに押されることで方位を変えていた。全長400mに達しようかと言うそれは、大昔石油を輸送していた船であった。現在はもはや運ぶ燃料も、船を自在に動かす燃料もなくなってしまっていた。現在そのタンカーが担っているのは砲撃と言う運搬からは程遠い任務であった。
タンカーが持つべき貨物はなく、甲板には長大な砲身が置かれていた。砲身そのものは油圧装置によって僅かに上下左右に角度を取ることができるようになっている。
―――マスドライバー砲。本来は月面基地や衛星軌道上に物資を投擲する為に建造された全長400mにも及ぶ射出システム。それをタンカーにくくりつけることで砲撃を可能とした歪な兵器であった。
銃身の長さゆえにまともに運搬することはできず、地上で固定砲にすることも難しかった。そこでタンカーという船に乗せることで運用しているのだ。方向転換と照準は船体そのものを動かすことで行い、微調整は油圧からなるアクチュエータで補っていた。
照準完了。消えかけたアメリカ国旗を側面に宿したタンカーが静止する。
「シャングリラからポラリス。砲撃準備完了。調整中。1分待て」
シャングリラの艦長は席について待っていた。照準も砲撃も部下の仕事だ。自分がすべきは許可くらいなものであるから。特に戦闘では。
艦長が静かに、しかし、はっきりと発音する。
操縦員が復唱する。
「全速前進」
「全速前進」
タンカーが増速する。操縦員がレバーを操作し全速前進へ設定した。移動するために船を動かしているわけではなかった。これから起こる事象に備えているのだ。
火器担当の男が言った。
「撃てます」
「撃ち方始め」
火器担当員が備え付けの引き金のついたコントローラーを操作する。安全装置を外す。引き金に触れぬようぴんと伸ばしていた指を曲げると、目一杯引いた。カチリと音が響いた。
供給電力を元に、弾頭の加速が開始する。炸薬で第一加速を開始。砲身のコイルが弾頭を順次加速させていく。射出。余剰エネルギーと炸薬の噴出が船体の側面に設置された煙突から濛々と立ち昇った。
弾頭の射出と同時に船体が軋みを挙げて速力をゼロノットにまで低下させた。各所がぐわんぐわんと低音をあげる。前方からの想定外の負荷に船体が悲鳴をあげていた。船体の側面の塗装がぴしりとひび割れる。ゼロノットは更にマイナスのつまり後進へと移行した。タンカーがよろめいていた。海中のスクリューが水をかみ締めた。甲板に設置されているクレーン数台が反動で固定器具を引きちぎって転がっていく。
第一宇宙速度の半分以下の速度という、“手加減”した速度を得た弾丸が空中を飛翔していく。
目標となるウォーカー、ミラージュはこれをかわすことなど出来なかった。発砲を確認しても身をかわす為には足を踏ん張る必要があったが、海中に脚部をつけた状態ではどれだけがんばっても数十秒のラグがあった。距離にして150km地点まで肉薄しつつあったミラージュへ砲撃が到達するまで一分どころか四十秒弱しかなかった。
着弾。緑色の粒子が瞬き、膨大な火炎が船体を巻き込み天高く登っていく。火炎が晴れたとき、接触している海水を沸騰させながらも足取りを止めずに進行するミラージュがいた。対艦ミサイルが次々突き刺さる。航空機隊がミサイルを撃ちつくした。必死に肉薄し機関砲をお見舞いするが、装甲表面で火花を散らすだけだった。
ミラージュが腕を振り回す。航空機隊がうっとおしいと言うように。
「化け物め」
シャングリラの艦長が言った。
シャングリラのマスドライバー砲は直撃さえできれば――装甲の弱い部位に限るが――ウォーカーに損傷を与えられるはずなのだ。直撃どころかバリアを消失させるだけで装甲にダメージが入っていないなどと。
入電。
「サンダー・チャイルドが出るそうです」
「いずれにせよ」
艦長は言うと、タグボートへ無線をつなぐように言った。
砲身の過熱と船体へのダメージが深刻なことを告げる計器類に目を落しつつ。
「あとは任せるしかないようだ」
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