第4話

 階段を上がり、俺と郡次伯父さんは再び店のカウンターに戻って来る。


 すると郡次伯父さんが、


「さて……わざわざ土産物くれたのとIDPA優勝者の腕前を見せてくれた礼に、伯父さんからお前にちょっとしたプレゼントをやろう」


 と言って、カウンターの裏からなにやら薄いダンボールで出来た小さな『箱』を取り出した。


「……これは?」


「ま、開けてみろって」


 ニヤニヤと笑う郡次伯父さんをやや気味悪がりながら、俺は箱のフタを開ける。

 すると、そこに入っていたのは――――


「……ブルドッグ?」


 黒染めのボディにラバーグリップが付いた小型の回転式拳銃リボルバー、【チャーターアームズ ブルドッグ】だ。

 形は特にこれといった特徴のないオーソドックスな小型リボルバーだが、小型ながらも44口径スペシャル弾というパンチ力のある弾丸を放つ事が出来る『小さな巨人』である。

 本体価格が安い割に性能が良いということで、警官がバックアップガンとして持ち歩くことも多い、みたいな事を前にネットで見た事がある。


「……どうしてコレを?」


「お前さん、確かリボルバーはあんまり持ってなかったはずだろ? だから色々勉強する意味でも、丁度いいかと思ってよ」


 満円の笑みでそう言う郡次伯父さんの顔を見た俺は「ふーん」と唸り、


「…………で、ホントの理由は?」


 ジットリとした目で問い詰めた。


「……な、な~んの事かなぁ~?」


 明らかに狼狽し、目を逸らす郡次伯父さん。

 ……やっぱり、なにかあったか……。


「……まさか、メーカーに発注掛けたら不良品掴まされて、処分に困ったから銃の扱いに慣れた俺に押し付けよう………なんて事を思ったんじゃないよな?」


 ギクッ


 大きく上下に揺れる郡次伯父さんの肩。……図星だよ。


「い、いやな? 一応動作チェックはしたし……ちょ~っと動きが渋いだけで……そんなに問題は……」


 冷や汗を垂らしながら弁明する40半ばのオヤジに、思わずため息を吐く俺。


「……わかった、わかったよ。確かに俺はリボルバーは1丁しか持ってないし、いい機会だからちょっと弄ってみるよ。どうせ他の客の銃弄るのに忙しくて、コイツ触る時間が無いんだろ?」


 ……ま、貰っといて損はないし、護身用に鞄にでも入れておくか……。

 俺はそう思い、決して要らないとは言わなかった。


「そ、そう! いや~忙しくて大変なんだよホント! 助かるな~~アハハハ……」


「……ま、そう言う事にしといてあげるよ」


 そんな会話を交わし、ハハハと笑いあう俺と郡次伯父さん。

 だが、そんな時―――



『――――臨時ニュース! 臨時ニュースをお送りします!』



 上方に吊り下げられた薄型TVから、突然女性アナウンサーの危機迫る声が響いた。

 今まで流れていた普通のバラエティ番組が突然切り換わり、生放送のニュースになったのだ。


 なんだ? という顔をしながら、俺も郡次伯父さんも首を上げてTVを見る。


『こちら現場からお送りします! 見て下さい! あ、あまりにも酷い有様です! 池袋西口が、今まさに地獄と化しています!! 駅の地下からは真っ黒な煙が上がり、駅前広場には大勢の人が血を流して倒れ、レスキュー隊に手当を受けています! ――――きゃあッ!! いっ、今また、地下で爆発が起きました!!』


 TVには女性アナウンサーが顔面蒼白になりながら、都心部の状況を解説している映像が映っていた。

 映っている駅前広場は、アナウンサーが言う様に大勢の人が怪我をして倒れており、地下へと下りる階段からは濛々もうもうと煙が立ち上がっていた。


「これは……っ!」


「チッ、またか……」


 驚く俺とは裏腹に、郡次伯父さんは不機嫌そうに顔をしかめた。


「また……って?」


「……『テロ』だよ。ここ1年前から、都心部を狙った爆破テロが頻発してるんだ。全く胸糞悪い……。こんな事が続いたんじゃ、いつ商売上がったりになるか分かんないぜ」


 テロ……。その言葉を聞いて、俺は地元で見ていたニュースを思い出す。

 確かにしばらく前から、東京でそういう事件が幾つか起こっているのをニュースで聞いていた。


「これが……どうしてこんな事……」


「知らないね、テロを起こすクソッタレ共の気持ちなんぞ。政治、宗教、思想……テロを起こす奴らは皆揃ってそう言う事を口にするが、やってる事は何の罪もない一般市民を大勢殺して喜んでる快楽殺人鬼と何も変わらん。少なくとも……俺はテロリストって連中は反吐が出る程嫌いだね」


 伯父さんは怒りに満ちた目でTV画面を睨みつける。

 声を荒げるような事こそないが、その心中はどれほどの憎悪が溢れているか、想像に難くなかった。


「……クソッ、思い出しちまうな…………ノースハリウッドやニューヨークをよ……」


「郡次伯父さん……」


 郡次伯父さんはTVの映像を見て、怒りと同時に悲しみに顔を曇らせる。

 どうやら、アメリカの警官時代を思い出したらしい。

 しかし、TVの映像を見て何か思い出すのは、何も郡次伯父さんだけではない。


「…………テロなんてよく分かんないけど……俺も……こういうの見るのは嫌だな……。なんとなく、を思い出すからさ……」


 俺のそんな呟きを聞くと、郡次伯父さんは俺の顔を見る。


「そうか……そういや、お前さんも……」


 俺はに話が進みそうだったので、あわてて話を元に戻す。


「ああ、いや……それよりさ、こういうテロってもう何件か起こってるんだろ? 前見たニュースじゃ犯行声明は出されてないって言ってたけど、犯人の目星とかまだつかないのかね」


「ああ、事件の手口から見てどこかのテロ組織が関与してるだろうってトコまでは、警視庁も発表してるんだが……」


 俺の質問に、郡次伯父さんはため息混じりに言う。そして再びTVを見上げ、


「……残念ながら犯人の目途どころか、犯人がすら分かってないらしいんだ。全く、去年の主要国首脳会議で対テロ政策の強化が論議されたばっかだってのに、日本政府は何やってんだか」


 と、真面目な表情で言った。


 郡次伯父さんのその言葉に、俺は強く違和感を覚える。


「それってつまり……どういう事だ?」


「……普通テロを起こす場合、そのやり口ってのはおおよそ決まってる。大体は要人の暗殺か誘拐。示威行動として派手にやるなら、爆弾を都市主要部ではじくってのが王道だ。まあどんな手口を使ったにせよ、なんらかの痕跡は必ず残る。セムテックスが爆発すりゃあ、爆心地に四硝酸ペンタエリスリットペンスリットの燃えカスが微量に残るみてーにな」


 おお、流石は元ロス市警。言う事に説得力があるな。

 などと、俺は郡次伯父さんの話を聞いていてつい感心してしまう。


 対する郡次伯父さんは真面目は顔つきを崩さず、話を続ける。


「……だが、今起きてるテロの現場にはそういう痕跡がらしいんだ。何が爆発したのか、自爆なのか遠隔操作なのか、どうやって爆発物を持ち込んだのかも、まるで見当がついてないらしい。巷じゃ新手のバイオテロだとか、右翼絡みの政治家が裏で手を回してるなんてデマも流れてる」


 郡次伯父さんはそう言うと急に店内をキョロキョロと見回し始め、誰もいないことを確認すると俺に顔を近づけ、小声で話し出す。


「……コイツは、俺が警視庁にいる知り合いから直接聞いた裏話なんだけどよ…………なんでも少し前の爆破テロの時、爆発現場の間近にいながら奇跡的に一命を取り留めた生き残りがいたらしいんだ。だが、そいつがどうにもをしてたらしいんだよ……」


「おかしな証言……?」


「ああ、爆発のショックで気が触れちまって、マトモな会話が出来る状況じゃなかったらしいが……爆発時の事を尋ねると、ずっとを繰り返し呟いてたらしいんだ」


「……何て、言ってたんだ……?」


 俺は緊張から唾を飲み込み、恐る恐る尋ねる。


「……その生き残りは……ずぅっと、こう言ってたらしい」


 郡次伯父さんは一呼吸置くと――――その言葉を口にした。




「――――『【魔法】だ…………【魔法】だ…………』……ってな」




 ――――【魔法】。

 そう口にした郡次伯父さんの言葉に、


「…………ま…………魔法だぁ~?」


 俺は驚きを通り過ぎて、思わず気の抜けた声を出してしまった。


「この現代社会で、魔法なんて実在するワケないだろ! 魔法でテロが起こせたら、世界中のテロリストは血眼ちまなこで爆弾なんて造ってないだろうが。ファンタジーの見過ぎじゃないのか?」


「……ま、被害者の記憶ってのは実際曖昧なモンだし、主観や恐怖で記憶が過大に書き換えられちまう事が少なくねえ。……おそらくその生き残りも、魔法を食らったと思いたくなるような恐怖を味わっちまったんだろうな。アメリカにもそういう奴はいたし、あまり素直には受け取らねえ事だ」


 その話を聞いて、俺は「フン」と鼻で笑う。


「当たり前だ。誰が魔法なんてデタラメ信じるかよ。魔法なんてモンを信じるくらいなら、俺はコイツを信じるね」


 俺はそう言って、カウンターの上に置かれたハンドガンケースを指でトントンと小突く。


 ――――そうだ。現実には、【魔法】なんて便利な物は存在しない。


 だから俺は『銃』を極めた。


 何の取り柄も無い俺でも、戦う力を手に入れた。

 無能という不条理に、抗う力を手に入れた。


 そして――――家族を守り、父さんに追い付く力を手に入れた。


 【魔法】なんてくだらない。

 もしそんな物があるとしても、『銃』を目の前にすれば無力だろう。

 少なくとも、俺はそう信じている。


 心の中でそんな事を思い、どこか小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた俺に、


「……ま、なんにせよ気をつけるんだな。狙われてるのは都心部ばかりだからここら辺が標的になる事は無いと思うが、用心に越したことはない」


「はいはい、どうせこの辺の地理覚えるまで都心部になんて行かないと思うけど、気をつけられる限りでは気をつけるよ」


 そう言って、俺はハンドガンケースと【ブルドッグ】が入った箱をバックパックに詰め直し、帰る身支度をする。

 そんな俺に、郡次伯父さんは、


「……なあ七御斗。念の為に言っとくが……」


 強張った表情で声を掛ける。


「? なんだよ?」


「…………は、起こすなよ?」


 そう言う郡次伯父さんの顔はまるで親が子供に説教するような、威圧を含んだ物だった。


 その様子に、俺は若干たじろぐ。


「な、なにさ、変な気って…………まさか、俺がテロ事件に首を突っ込むとでも?」


「…………いや、お前に限ってそんなことはしないと思うが…………お前の親父は、進んでこういう事件に首を突っ込む奴だったからな……」


 そう話す郡次伯父さんの顔は先程の強張った顔とは異なり、どこか悲しそうに見えた。

 たぶん……まだ父さんが日本にいた頃の事を、思い出してるんだと思う。


「…………大丈夫だよ。俺は、まだ父さんみたいにはなれないから……」


 郡次伯父さんの話を聞いた俺はそう答え、バックパックを背負って店の出口へと歩み出す。

 だが、俺が店の自動ドアの前に近づいた時、


「……七御斗!」


 郡次伯父さんが、俺を呼び止めた。


「?」


「お前、『鮫島さめじま高校』に通うんだって? あそこにゃ俺の娘っ子も通ってんだ。アイツも、お前に会いたがってたぜ」


「娘っ子って……まさかはるが?」


 今名前が出た春とは俺の従姉、つまり郡次伯父さんの娘である日向春ひゅうがはるの事だ。

 小学校の時以来1度も会ってないから、もうほとんど顔も覚えてないけど……。


 郡次伯父さんは、どこかばつ悪そうに頬を指で掻く。


「ああ、最近は反抗期なのか、昔みたいに口を利いてくれなくなっちまったけどよ。ま、会ったらよろしく頼むわ」


「……わかった。明後日には会っとくよ。さぞや美人になってる事を、期待してる」


 俺は後ろ手を振りながらそう言い残し、自動ドアの開く音と共に『ジョリー・グリーン・ジャイアント』を後にした。

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