第12話
俺はシャワーを浴びて風呂場から戻り、ピカピカの元通りになった制服を着込んでリビングのテーブルに腰掛けていた。
この制服は青髪の女の爆発を食らってボロボロになったはずだが、シエラ曰く「魔術で直しておきました。後で説明しますから、詳しく聞かないで下さい」らしい。
当然そんな説明じゃ納得出来なかったが、そんな事で食らい付いても仕方ないので、後で説明するというシエラの言葉を信じ、座して待つ事にした。
部屋の時計を見ると、現在の時刻は21時を少し過ぎた辺り。
どうやら俺は3時間も眠っていたらしい。3時間であの怪我が治るというのも驚きだが……。
シエラの部屋は2LDKのアパート部屋で小奇麗に整理整頓されており、女子らしく可愛らしい物などもチラホラと見受けられる。
別に異性の部屋自体は姉2人の部屋を見て育ってきたから物珍しくもないが、いざ赤の他人、それも外国美女の部屋となると、どうにも意識してしまう。
俺は初めて来た女子の部屋にやや緊張しながら、シエラが風呂場から出てくるのを待つ。
俺がソワソワしていると、風呂場のドアが開く音がした。
そして出てきたのは――――サラサラの金髪から湯気を立たせた、バスローブ姿のシエラだった。
「むっ、むぐ……!」
相変わらず慎みが無いというか、大胆なシエラにたじろぐ俺。
シエラはそんな俺に目を向けるでもなくキッチンに向かい、2人分のティーカップをトレーに乗せると、それを持ってこちらに向かって来た。
「どうぞ、先輩。紅茶はお嫌いでしたか?」
シエラはそう言って、俺の前に琥珀色をした紅茶の注がれたティーカップを置く。
「い、いや、全然。悪いな、気を使わせちゃって」
「いえ、こんなお持て成ししか出来ないので……」
シエラはやや申し訳なさそうに言うと、俺の反対側の席にティーカップを置き、自身もそこに腰掛ける。
「……なあ、お前が、俺を駅からここまで運んでくれたのか?」
「ええ。でも女子にお姫様抱っこされて運ばれるなんて、先輩は男子失格です」
などと、シエラは冗談交じりに言う。
……俺、お姫様抱っこで運ばれて来たのか……想像すると、かなり恥ずかしいな……。
などと、俺は内心でぼやく。
そしてシエラは真剣な表情を作ると、話を切り出す。
「……先輩は、私に色々聞きたい事があるでしょう。先輩に明確な害意が及ぶようになった以上、先輩は全て知っておく権利があります。……ですがまずは、私自身の事から話させて貰えませんか?」
その言葉に、俺も真剣な表情で軽く頷く。
シエラはゆっくりと、そしてはっきりとした口調で、話を始めた。
「私は表面上はイギリスから来た留学生ということになっていますが、それは先輩の身近にいるための偽装工作にすぎません。……私の正体は『
「……な、なんだって?」
シエラの言葉に、思わず耳を疑う俺。
駅で青髪の女に襲われた時から、薄々マトモじゃない事に巻き込まれているとは思っていた。
だがまさか、魔術結社だの何だのっていう言葉を本当に聞く事になるとはな……。
むしろ国にスパイの容疑を掛けられたとか、俺が何かしらの秘密を握ってしまってCIAに狙われてるとか言われた方がまだ信憑性がある話だ。
なのに彼女は臆面もなく魔法という言葉を口にし、あまつさえ自分は竜の血を引くと言ってのけた。
俺はしばし彼女の瞳を見つめると、言葉を返す。
「おいおい、そんな話を俺に信じろっていうのか? 魔術結社や竜なんておとぎ話を、本気にしろと?」
「先輩の気持ちはよく分かりますが、それが真実です。今先輩が着ている制服だって、私の魔法で直したんですよ? 魔術も竜も、実在するんです。ただその真実が、ごく一部の人間にしか知られていないだけ。……逆に先輩にお尋ねしますが、国家の政治活動の裏で何が行われているのか。またはマフィアのような非合法組織が、現実ではどのようにして活動資金集めているのか……先輩はそれら世界の陰を、全て知っていますか?」
「……いや……」
「同じ事です。それらは歴史の闇に隠れているだけ。ただ人々が知らないだけで、明確に存在する物なのです」
……確かに、俺は万物全てを知る賢者ではない。
魔法が存在すると言われれば、それを否定し切るだけの知識と素材を持っていなければならないが、俺にはそれが無い。
それに俺が食らった謎の爆発や銃弾を弾いた魔法陣のような光、そして駅で見たシエラの赤髪や竜のような巨大な腕……魔法とでも言わなければ説明がつかない。
俺はシエラの話を呑み込み、話を先に進める決断を下した。
「……ハア、分かった。魔法なんて物を認めるのは癪に障るが、とにかく今はお前の話を信じるよ。それで順を追って聞いて行くが、お前が『竜』だってのはどういう事なんだ?」
俺の質問を聞くと、シエラは一呼吸置いて話し始める。
「……先輩は、ウェールズに伝わる『赤い竜』の伝承をご存じですか?」
「『赤い竜』って、ウェールズの国旗にも描かれてるあの竜か?」
「そうです。ブリタニア列王史などに登場する『赤い竜』はあくまで伝説上の生き物とされていますが、かつて『赤い竜』は実在したのです。私はその『赤い竜』の血が身体に流れる半人半竜、つまり『
「『
俺がそう言うとシエラは悲しそうな表情を作り、視線を落とす。
「……少なくとも始祖である『赤い竜』は、もうこの世にいません。『赤い竜』の血を引く者も、今や世界に私1人です。私の中に流れる竜の血もかなり薄まってしまっていて、味覚や嗅覚などに多少『赤い竜』の名残があるだけ。後は普通の人間とほとんど変わりません」
味覚に嗅覚という言葉を聞いて、俺は今朝シエラに出会った時の事を思い出す。
あのシエラの電波な行動は、鼻と舌で俺を本人確認していたのか……なんて紛らわしい……。
そんな事を思いながら、俺は1人で納得する。
「そう、なのか……。じゃあ、俺を助けてくれた時の姿は何だったんだ?」
「アレは魔法で一時的に『赤い竜』の血を濃くしているだけです。身体を竜の姿に近づけ、魔力と肉体を強化しているんですよ。それでも戦闘には魔装具である【ドラゴンズ・アーム】に頼らなければいけませんし、始祖の力にも遙か遠く及びません」
「竜の姿……」
その言葉を聞いて、駅で見たシエラの姿がフラッシュバックする。
やはりにわかには信じがたいが、あの時のシエラの姿は、確かに竜の面影を持っていた。
彼女が竜の血を引く人間という話に、偽りはないのだろう。
「……分かった。それじゃあお前の所属してる、その何とかって魔術結社は?」
「『
「ドイツ? イギリス人のお前が、ドイツで魔術を学んでるのか?」
「ええ、かつてはイギリスにも『英国薔薇十字協会』という『
へえ、と相槌を打つ俺。
魔術とか魔法に関する事は全然分からんが、ドイツとイギリスは仲が悪いという漠然としたイメージがあった。
これは偏見だったんだな、と俺は自分を諌める。
「それにしても、見習い魔術師で
「? どういう事ですか?」
「いや、スマン。気にしないでくれ。……お前がその『
俺がそう切り出すと、シエラは厳しい表情になる。
「……駅を爆破し、先輩を襲った女の名前はベティーナ・グルバヴィッツァ。魔術師の間では『
「『紅のベティーナ』……」
「彼女は宝石魔法を専門にする魔術師で、特に宝石を使った火焔魔法や爆破魔術に長けていると聞いています。おそらく、今年に入って東京で立て続けに起こっている爆破テロも、彼女の仕業かと」
「なに!? アイツが!?」
俺はシエラの言葉を聞いて、郡次伯父さんを思い出す。
爆破テロの被害者が、『魔法』と言い続けていたという話を。
いくらなんでもありえないと思っていたが、まさか本当に魔法によるテロだったとは……。
「……そうか……。それにしても、魔術師ってのは皆不死身なのか? あの女、銃で撃たれても死ななかった。確実に致命傷だったはずなのに、まるで時間を巻き戻すみたいに一瞬で傷を治して……」
「一瞬で傷を……ですか?」
「ああ……。それに、アイツは俺の前で宝石なんて1度も見せなかったぞ? 何か言葉を呟いたかと思ったら、突然目の前が爆発して……」
俺の言葉を聞いて、シエラは考える素振りを見せる。
「……妙ですね。ベティーナは治癒魔法など専門外のはず……。それに宝石を見なかったというのも変です。宝石魔術を使った爆破は、言ってしまえば宝石その物を爆発物に変える魔法。もし本当に〝何もない空間を爆発させる〟としたら、かなり高度な空間制御魔法と膨大な魔力が必要になるはずです。『
「そう、なのか?」
シエラの言葉を聞いて、俺は駅での記憶を探ってみる。
確かに、何も無い空間が爆発したはずだ。
しかしあの時は俺も錯乱していたし、何かを見逃していた可能性もある。
……今この事を考えても、時間の無駄か……。
そう思った俺は
「……いや、俺の見間違いだったのかもしれない。なにせパニックを起こしていたからな。で、そのベティーナって女が所属してる『
俺がそう言うと、シエラも俺の意見に賛同するようにこくりと首を縦に振り、話を続ける。
「『
シエラは、含みのある言い方をする。
「と、言うと?」
シエラは少し間を置き、言葉を発した。
「……『
「ま、待てよ。それじゃあ話が矛盾するだろ。まさか今度は、俺を襲ったベティーナって女は亡霊です、とでも言うつもりか?」
シエラはそんな俺の言葉には答えずに、神妙な面持ちで話を続ける。
「……1年前、『
「……『
「そうです。そして『
「なっ、なんだって!? 魔術師が、組織立って戦争やテロを起こしてるって言うのか!?」
「ええ、噂では魔術師が傭兵
シエラの言葉に、俺は衝撃を隠せない。
魔術師が、戦争やテロを起こしている?
そんな話は聞いた事もない。
ニュースやネットに載る情報と言えば、戦闘服姿の兵士が戦場で戦っている映像だけだ。
魔術師が戦場で戦っている所なんて見た事がない。想像も出来ない。
シエラは続けて、
「魔術は隠匿され、常に歴史の陰に存在すべき物……。その教義に従い、『
「そんな……! 奴等の目的は!?」
「……不明です。隠匿を重んじる魔術師達が、何故紛争やテロなどに加担するのか……皆目見当もつきません。今の彼等は、事実上ただのテロ組織になってしまっています」
「…………」
あまりに突拍子もない話だが、俺は不思議とその話を信じる事が出来た。
いや、目の前でテロを起こされた事もあって、信じるしかなかったとも言える。
「……それで、何で俺がその『
俺は話の核心とも言える、最も気になる事を遂に尋ねる。
……そう、俺はベティーナって女に狙われるまで、どこにでもいるごく普通の高校生だったはずだ。
今まで魔術なんて物に縁もゆかりもなかった俺が、突然魔術師に襲われる理由なんて想像も出来ない。
俺の質問を聞いたシエラは一瞬迷う素振りを見せると、意を決したように言葉を発した。
「それは……先輩が『
「……『
聞いた事の無い言葉だった。
少なくとも、学校の身体検査や病院の人間ドックでは言われた事は無い。
「『
「お、おいおい、待て、ちょっと待て! それじゃあ何か? 俺は天才魔術師の才能を持ってるっていうのか? 俺は魔法なんて使えないぞ」
シエラの衝撃発言に、俺は今まで聞かされた話で内心一番ビックリする。
天才魔術師?
1世紀に1人の才能?
この俺が?
とてもじゃないが信じられない。
「ええ、今の先輩は魔術を使えません。あくまで強大な魔力を持っているだけです。おそらく、『
「……『
俺は思った事を率直に尋ねる。
「そうですね……例えば私の持つ魔力を10だとした場合、先輩の魔力はおよそ1万かそれ以上ですね」
「いっ、1万!?」
あまりにぶっ飛んだ数字に、思わず吹き出す俺。
(俺の魔力が『
そんな事を思う俺を余所に、シエラは話を続ける。
「それから失礼だとは思いましたが、先輩の親族の
「? なんで?」
「持ち得る魔力の大きさは、遺伝によって大きく左右される場合が多いんです。父や母の魔力が大きければ子の魔力も大きく、逆もまた然り。先輩が『
成程、理屈は分かったが……それって個人情報の侵害じゃないのか?
などと俺は思ったが言葉にはせず、シエラの話を聞き続ける。
「はあ……それで? なんか分かったのか?」
「それが、私の調べた限りどれだけ先輩のルーツを探っても、魔術師レベルの魔力を持った方は1人もいませんでした。皆ごく普通の一般人だったみたいです」
「まあ、だろうな。俺のじいちゃんやばあちゃんが魔術師だったなんて話、聞いた事ねーもの」
俺はやや茶化すように言う。
しかし、
「ええ、ですが……先輩のお父様は、少し変わった経歴をお持ちのようですね」
――――お父様。
シエラからその言葉を聞いた瞬間、俺の顔から笑いが消える。
「魔術とは関係ありませんが、先輩のお父様……
「…………」
シエラは淡々と、しかしどこか面白そうに話し続ける。
「陸軍除隊後は『
「死んだ」
俺はシエラの言葉を遮るように、言う。
「父さんは、もう死んだんだ。中東で、軍人として……。もう、とっくの昔に葬儀も済ませたさ」
俺はテーブルの上で指を組み、視線を下へと落とす。
そんな俺を見たシエラは、
「す、すみません! 日本の方で、このような経歴を持つ方は非常に珍しかったものですから……つい……」
「……いや、いいんだ。俺の方こそすまない」
ふと流れる沈黙の間。
俺は別に怒っているワケではなかったが、シエラは申し訳なさそうに顔を下げている。
俺は沈黙を打破するため、話を切り出す。
「そ、そういえばさ、なんで俺はそんな凄い魔力を持ってるのに、全然魔法を使えないんだ? 呪文を知らないからとか、そんな理由?」
「いえ……それは先輩の魔力が『封印』されているからです。マスター……いえ、日向紗希さんの手によって」
俺はシエラの口から〝日向紗希〟という名前を聞いて、今朝の出来事を思い出す。今朝も、シエラは姉さんの名前を出していた。
「ね、姉さんのって……どういうことだ? それに、何でお前が姉さんの事を知ってるんだよ?」
「……プライバシーもあります。それは、私から言うより本人の口から聞く方がいいでしょう」
そう言われて、ベティーナに襲われる直前姉さんから電話があった事を思い出す。
「そ、そうだ! あのベティーナって女に襲われる前、姉さんから電話があった! 姉さんはどうしたんだ!?」
「落ち着いて下さい。今マスターはベティーナの確保に向かっています。マスターが先輩に電話したのも、『
「か、確保……? それに姉さんが察知したって一体……」
「とにかく、詳しい話は後です。今は、マスターを待ちましょう」
シエラは落ち着いた声で言うと細い指でティーカップを持ち、上品に紅茶を口にする。
――――その時だった。
俺の制服ポケットにしまわれたスマホが、突如振動する。
「電話……? 知らない番号だ……」
俺はスマホを取り出して画面を見ると、見た事もない番号から電話が掛ってきていた。
市外局番から見るに、どうやら都内の固定電話から掛けられているらしい。
「もしもし……?」
俺は恐る恐る電話に出る。すると、相手先はとても意外な場所だった。
「……病院、ですか……? ええ、俺が日向七御斗ですけど……」
電話の相手は、『新有明』内にある『新有明大学附属病院』だった。
俺の電話に掛けているのは、そこの看護婦だという。
そして俺は、相手の看護婦から用件を聞いた時――――――――
「…………え……?」
目を丸くし、言葉を失った。
全身から血の気が引き、スマホを耳から離す。
「せ、先輩? どうしたんですか……?」
俺の只ならぬ様子を察知したシエラが、俺に言葉を掛ける。
「……ね…………姉さんが…………姉さんが…………」
俺はシエラの質問に対し、ただ独り言のように呟く。
電話先の看護婦は、俺にこう言ったのだ。
『貴方のお姉さんが――――日向紗希さんが――――全身に大怪我を負い、意識不明の重体で病院に運び込まれた。現在――――心肺停止の状態にある』――――と。
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