第11話

「――――おとうさん。おとうさんは、また〝あめりか〟にいっちゃうの?」


 俺は、父さんの軍服ズボンを引っ張りながら言う。


「……ああ、そうだ。俺にはまだ、為すべき事がある」


「やだ。おとうさん、いっちゃやだ」


 父さんはぐずる俺の前にしゃがみ、俺の頭の上に大きな手を乗せる。


「いいか坊主。戦争が平和を脅かす時代は終わった。これからは国と国ではなく、たった1人の男と国家が戦う時代になる。1人の人間の意志が、1人の人間の力で、世界から平和を奪える時代になったんだ。お前は、そういう世界を生きていかなくちゃならない」


 父さんは優しく、けれどしっかりとした口調で俺に言い聞かせる。


「わかんない。おとうさんのいってること、ぜんぜんわかんない」


「ははは、そうだな。お前にはまだ早すぎる話だ。だが、いつかお前にも分かる時が来る。…………いや、本当は、そんな日は来ない方がいいのかもしれないが……」


 父さんは俺の頭から手を離すと、両手を俺の肩に置く。


「……俺は自分の理想の為に戦う。国の為でも、仮初かりそめの平和の為でもない。自分の理想の為だ。その為ならば、俺は戦い続ける。走り続ける。……お前にもいつか理想の世界が見えた時、決して迷うな。戦え。お前は、それが出来る男だ」


「おとうさん……」


 俺には父さんの言葉がよく分からず、父さんがどこか遠くに行ってしまうような気がして、悲しくて、涙が溢れた。

 そんな悲しそうな顔をした俺を見た父さんは無邪気に笑い、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「なあに、またすぐに帰ってくるさ。だからそんな顔するな。俺がいない間は、お前が家族を守るんだぞ? そんな顔していて、母さんや姉さん達を守れるのか?」


「うん……うん……!」


 俺は腕で目を擦り、必死に涙を堪える。


 そして駆け足で父さんの下から離れ、父さんに振り向くと――――小さな腕で、精一杯『敬礼』した。


 作法もよく分からず、ただ父さんを真似ただけのぎこちない敬礼。


 父さんはそんな俺を見ると苦笑し、ゆっくりと立ちあがって背筋を伸ばす。

 そしてしっかりとした姿勢で、俺に敬礼を返した。


 軍人らしい、立派な敬礼。


 この敬礼を見せてくれる父さんは、俺の誇りだった。

 誇りであり、そして――――




「……う……う~ん……」


 俺は、全身を包む熱で目が覚めた。


(今のは……夢……?)


 懐かしい記憶だった。

 俺がまだ幼かった頃の、父さんとの記憶だ。


 俺の大事な思い出であり――――俺の記憶に眠る、父さんとのである。


 何故、今になってあんな夢を見たのか? 理由は分からないが――――


 それにしても、暑い。


 途方もなく身体が暑い。

 まるでサウナにいるようだ。

 身体全身にじっとりと汗をかき、強烈な喉の渇きを感じる。


 額から流れ落ちる汗を感じ、俺は目を開ける。

 ぼやけた視界から、徐々に鮮明に映っていく風景。

 それは真っ白な壁紙が貼られた天井と、見た事の無い部屋の景色だった。


「ここは……」


 どうやら俺は、知らない部屋のベッドに寝ているらしい。

 さらに視線を下げると、俺の身体に掛けられた毛布がのが確認出来る。


「……ん?」


 俺は、その光景に強い違和感を持つ。

 さらに今気付いたが、俺の身体の上に何か温かい物が乗り、密着しているのを感じる。


 俺は、すぐさま掛けられた毛布を剥ぎ取り、中を確認する。

 すると―――


「……あ、おはようございます、先輩。もう動けるんですね」


 そこにあったのは、上下白の下着姿で純白の肌をしっとりと汗で湿らせ、俺にピッタリと密着するシエラ・ヴァディスの姿だった。


「うおわあああああああああああああああああッッッ!?!? な、なななな何してんだッ!?」


 何? なんでこうなってるワケ? 

 俺って確か青髪のテロリストに襲われてた所をシエラに助けられて、そのまま気絶したんだよな? 

 なのに、俺は一体何をされてるの? いや、もしかしたら何かしちゃったの?


 俺は青髪の女に襲われた時とは別の意味でパニックを起こし、慌てふためく。

 しかしシエラは俺の身体の上から退く様子は見せず、俺の下半身の上で身体を起こす。


「ふぅ、いっぱい汗かいちゃいましたね。見て下さい、私の身体もこんなにベトベト……」


 火照ったシエラの白肌がほんのりと紅色に染まり、彼女と俺の体臭が混ざり合ったむせかえるような匂いが嗅覚を包む。

 彼女の下着姿とも相まって、酷く情欲を煽られる。


 さらに彼女の体温が彼女の下半身からパンツ1丁の俺の下半身に伝わり、否が応でも心拍数が上がってしまう。


「うわ―――――ッ!? バカバカバカなんて格好してんだ! 服を着ろ! せ、せめて身体を隠せ―――――ッ!!!」


 強く目を瞑り、腕をバタバタと動かす俺。

 ――――が、俺はふと気付く。


「……ん? あ、あれ……? 身体が、痛くないぞ……?」


 俺は異和感に気付き、自分の身体を見る。

 胴体を始め身体のそこかしこに血が滲んだ包帯が巻かれ、爆発を食らった痛々しさが垣間見えるが、肝心の俺自身は身体のどこからも痛みを感じない。


「落ち着いて下さい先輩。『赤竜せきりゅう』の体温で先輩の代謝を促進させて、治癒を早めたんです。先輩の怪我は、もうほとんど完治したはずですよ」


 俺の心情を察したように、シエラは冷静に説明する。


「せ、赤竜……? それに治癒を早めたって……一体どういう事だ?」


「……それは追々、さっきの魔術師の事も含めてきちんと説明します。まずは、先にシャワーを浴びて来て下さい。先輩……ちょっと臭いますよ?」


 シエラはそう言ってクスリと笑いながら、俺の上から退く。


「んな……!」


 俺は女子に臭うと言われた事にショックを受けつつ、シエラの案内の下風呂場に向かうのだった。

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