第10話

 それは、青い髪の女性だった。

 顔半分を隠す青い長髪に、青い瞳。

 そしてそれらと対象的に口紅が塗られた紅い唇が、見る者の目を引き付ける。

 背丈も高く、大きくスリットが入れられたドレスのような衣装も相まって扇情的な出で立ちをしている。


「な、何……? 一体、何を言って……」


 彼女の意味不明な発言に、俺は困惑を隠せない。


「ああ、そういえば貴方って、自分のことを知らないんだったかしら? 可哀想よねぇ、だって――――」


 青髪の女が嘲笑を含んだ声でそう言った、その直後――――


 突如青髪の女が俺の目の前に瞬間移動し、片腕で俺の首を掴んで壁に叩き付けた。


「――――ガアッ!?」


 人間が瞬間移動し、しかも華奢な女性の腕からは想像も出来ない猛烈な力で俺を持ち上げ、首を締め付けてくる。

 あまりに常軌を逸した出来事に俺は今度こそパニックを起こし、青髪の女の腕を掴んで足をバタつかせる。


 青髪の女はそんな様子の俺を見ると下卑た笑みを浮かべ、


「自分でも知らない『自分の力』のせいで……


 そう言い捨て、さらに首を絞める力を強める。ミシミシと食い込む指、


 ――――殺される。


 本能的に恐怖を感じた俺はおもむろに自分の鞄の中に腕を突っ込むと、を掴んだ。

 そしてそれを素早く引き抜き――――


 ――――撃った。


 青髪の女の腹部目掛け、郡次伯父さんから貰った【チャーターアームズ ブルドッグ回転式拳銃リボルバー】の引き金を、引いた。


 木霊する44口径の銃声。

 手首に伝わる振動。


 そして――――


「……あら?」


 青髪の女は口から血を吹き、自分の腹部を見やる。


 撃たれた場所から流れ出る、おびただしい量の血液。

 それが衣服を濡らし、血の色に染め上げる。


「……貴方――――」


 俺は青髪の女が何かを話す前に、さらに彼女の腹部目掛けブルドッグを撃ち込む。


 2発。

 立て続けに2度引き金を引き、弾丸を食らわせた。


 マンストッピングパワーの高い44口径スペシャル弾を2連続で受けた青髪の女は俺から手を離し、吹き飛ぶように床に倒れる。


「ガ……ッ、ガハッ、ハア……ハア……!」


 俺は首から手を離された事により呼吸を取り戻し、地面に座って激しく咳き込む。


 脅威を排除した事による、束の間の安息。

 しかし俺は目の前に倒れる青髪の女に目を向けた瞬間、安息などという気持ちは消し飛んだ。


 俺が撃った3ヶ所の銃創から止めどなく血を流し、目を開けたままぐったりと横たわる青髪の女。

 彼女の血で、彼女を包む血溜まりは広がり続ける。


 俺は、人を撃ったのだ。




 俺は――――――人を――――――殺したのだ――――――




「――――ッ!!」


 そう思った瞬間、激しい罪悪感と吐き気が俺を襲った。


 仕方がなかった。

 こうしなければ、俺が死んでいたかもしれない。

 それに何時いつかこういう事が起きるかもしれない、自分でも言っていたはずだ。


 しかしどれだけ自分にそう言い聞かせても、足の震えが納まらない。

 撃った時の反動が忘れられない。

 これが人を殺す感触なのかと思うと、余計に恐怖が込み上げてくる。


 俺がそんな葛藤に苦しんでいた、その時――――


 床に広がっていた血溜まりが、突如収縮を始める。

 まるで時間を巻き戻しているかのように血液が青髪の女の銃創の中に戻って行き、最後には体内から弾丸を捻り出して傷口を完全に塞いでしまった。


「な……ッ!?」


 その光景に唖然とする俺に対し、死んだはずの青髪の女は薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと立ちあがった。


「……ふう、痛かったわぁ、お姉さん死んじゃうかと思った。まったく、するなんて悪い子ねぇ。少し……しないと……」


 青髪の女はそう声を発し、俺を見下ろしてニヤリと笑う。



「う……うわあああああああああああああああッッッ!!!」



 俺は恐怖のあまり、狂ったように叫び声を上げながら走りだす。


 ――――ありえない。ありえないありえない。


 俺は確かに撃ったはずだ。殺したはずだ。


 なぜあの女は立っている? なぜ話している? なぜ笑っている?


 ……夢だ。


 きっとこれは、悪い夢だ。


 俺は自分に必死にそう言い聞かせ、走り続ける。

 しかし、ここは煙で視界を遮られた狭い駅の構内。

 まだ駅に馴れていない俺はすぐに行き止まりにぶち当たり、逃げ場を失う。


「ウフフフ、どこに行くのかしら、坊や? せっかくお姉さんが可愛がってあげるって言ってるのに」


 青髪の女はハイヒールの音を立てながら俺に迫り、1歩1歩近づいて来る。


「く……クソォッ!!」


 俺は握っていたブルドッグを青髪の女に向け、狙いを定めて引き金を引く。弾倉シリンダーに残った弾はあと2発。俺は迷う事なく2発とも撃つ。


「フフ……」


 しかし青髪の女は嘲笑と共に、突如目の前にを出現させる。


 有体に言って、それはまるで――――『魔法陣』のようであった。


 魔法陣に当たった弾丸は「キインッ!」という音と共に、簡単に弾かれてしまう。


「な……なんだよ……これ……一体、なにがどうなってんだよ!?」


 異常すぎる事態の連発にもはや頭が追い付かず、震える声で叫ぶ俺。

 青髪の女そんな俺を見ると目を細め、


「……【エクスプロジア】」


 紅い唇で呟く。




 瞬間――――俺の極至近距離で、が起きた。




「――――ッ!?」


 何が起きたか分からなかった。

 何か爆発物を投げられたワケでもなく、爆弾が仕掛けられてあったワケでもなく、本当に虚無の空間だった目の前が、突如爆発したのだ。


 爆発を受けた俺は壁に打ちつけられ、そのまま力無く床に崩れ落ちる。


「ぐ……あ……!」


 全身が痛み、満足に手足を動かすこともままならない。

 激痛で気を失いそうになりながらも自分の身体をみると、さっきの爆発で衣服の端々が吹き飛び、肌が焼けただれている。


「フフ、安心なさい。まだ殺しはしないわ。私達『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』には、貴方の『魔力』が必要だもの」


 青髪の女はそう言うと、俺に近づいて来る。


 俺はなんとか逃げようとするが、痛みと恐怖から完全に身体がすくみ上がってしまっている。


 そして俺の眼前に迫った青髪の女は、俺に向けてゆっくりと手を伸ばす。


 ――――ここまでか。俺はこの不条理な現実を呪いながら、目を瞑った。



 ―――――その、刹那―――――



「――――ッ!?」


 突然青髪の女は目の色を変え、緊急回避を行う。


 そして俺の目の前から青髪の女が消えた瞬間――――青髪の女がいた場所に、がもの凄いスピードで突撃してきた。


 その塊はコンクリートの床を砕き、噴煙を巻き上げる。

 さながら、小さな隕石が衝突したかのようだ。


 俺は飛んでくるコンクリートの破片で、たまらず顔を腕で覆う。

 そして破片が納まったタイミングを見計らって、俺は落ちて来た物体に目を向ける。

 するとそこには――――あまりにも意外な物があった。


 〝腕〟だ。

 それもかなり馬鹿でかく、ゴツゴツとした鋼鉄製の機械仕掛けのような外観に、血流を彷彿とさせる赤く光る線が流れている。


 腕が地面にめり込んだ5本の指を引き抜くと、その切っ先は鋭く、まるで『ドラゴン』の爪のようだった。

 そんな巨大な腕が、に2本ある。


 そしてその腕の持ち主は、燃えるように真っ赤な長髪を、風になびかせている。


 ――――少女だ。


 それも俺と同じ『鮫島高校』の制服を着た、俺より背も身体も小さい女の子だ。


 そんな竜のような腕を持った少女は俺の方に振り向くと、言った。




「……ご無事ですか? 日向七御斗先輩」




 驚く事に、その少女の瞳はまるで爬虫類のような有鱗目トカゲ目をしており、およそ人間のそれとは異なるものだった。


 真っ赤な髪に巨大な腕、そしてトカゲのような瞳――――

 それだけでも十分に恐ろしい風貌なのだが、俺は彼女に恐怖を感じることはなかった。


 何故なら――――


「……シエ……ラ……?」


 俺の目の前に佇む恐ろしい少女は、髪の色や瞳こそ違えど、朝に出会った電波少女、シエラ・ヴァディスその人であったからだ。


「なんとか間に合いましたね。危ない所でした」


 シエラは優しい声で、俺に言ってくれる。


「あらあら……これは驚いたわ。まさか『ウェールズの赤い竜』が現れるなんて……。てっきり『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』は動かないものとばかり思っていたのに」


 距離を取り、シエラを見た青髪の女はややバツ悪そうに言う。


「いえ、これは『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』の命令ではありません。これは私の意志で……自分自身の意思で戦う為にここに来ました」


「ふぅん、そうなの……。それも『端境はざかいの魔女』の差し金って所かしら?」


 それに対し、シエラは何も答えず、


「『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の魔女『ベティーナ・グルバヴィッツァ紅のベティーナ』……。『神の子ロゴス』を、貴女に渡すワケにはいきません。『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の思惑通りに、させるワケにはいきません!」


 そう叫んで、その巨大な鉄の腕を青髪の女に向けた。


 その言葉を聞いた青髪の女は、やや残念そうにため息を吐くと、


「……ちょっと悔しいけど、今貴女と戦うのは分が悪いのよねぇ……。仕方ないから、今日はその子を諦めてあげる。他にも、があるし……」


 青髪の女はこちらを見つめたままゆっくりと後方に歩き出し、


「また迎えに来るわ。その時が……よ」


 そう言い残し、構内を包む煙の中に姿を消していった。


 シエラは青髪の女が消えたのを確認すると、俺の傍に歩み寄る。


「もう大丈夫です、七御斗先輩。彼女は逃げました」


「そ……そうか……ありが……と…………」


 俺はシエラの言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が切れたように意識を失う。

 そんな俺を見て叫ぶシエラの声を遠ざかる意識の中で聞きながら、俺は闇の中に落ちていった。

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