第四章『犠牲 ―War victims―』

第13話

「……な、なあシエラ、俺、なんかすっごく周囲から視線を感じるんだが……」


「そうですか? 私はあまり気になりませんけど」


 気を使って小声で話す俺と対象的に、シエラはあっけらかんと答える。


 昨日ベティーナの襲撃に合って、一晩明けた今日。


 登校時間である朝の8時。俺とシエラは、肩を並べて登校ルートを歩いていた。

 周囲には当然のように他の鮫島高校の生徒が歩いており、皆一様にヒソヒソと話しながらじっとりとした目線を俺達に向けている。


「ねえ、あれって1年のシエラちゃんと、昨日転校してきた男子よね? どうして一緒に歩いてるワケ?」


「2人って知り合いだったの? でもシエラちゃん、日本には初めて来たって言ってたし……」


「ま、まさか昨日の今日でデキちゃったとか!? 不潔!」


 ――――みたいな陰口が、至る所から聞こえてくる。

 正直こうなる事は予想はしていたが、いざ直面するとメンタルにくるな……。


「……シエラ、お前とちょっと離れて歩いちゃ、駄目?」


「駄目です。なんですから、きちんと私の傍にいて下さい」


「……はい……」


 シエラの答えに、がっくりと肩を落とす俺。


 ――――そう、俺とシエラが仲良く肩を並べて登校しているのには、きちんと理由がある。


 そもそも、昨日ベティーナに襲われたにも関わらず呑気に学校なんて来ているのは、シエラに言わせれば「先輩と私が一緒にいる所をわざとベティーナに見せる事で、安易な襲撃を防げる」為らしい。

 まるで、戦車の存在を知らしめる事で敵の襲撃を防ぐみたいな考え方だ。

 頭が良いのやら、脳筋なのやら……。


 確かにシエラの目論見通り、俺達は目立っている。

 ――――が、目立ち過ぎている。


 今更だが、なにせシエラは人目を引く容姿外見をしている。

 雰囲気だけなら、西欧のお姫様って言われても信じてしまうレベルだ。

 加えて本人の人当たりの良さもあってか、学校では人気者らしい。

 周囲の視線、特に男子からの視線で、それは痛いほどよく分かる。


「そんなことより先輩、ちゃんと授業の準備はしてきたんですか? わざわざ早く出て先輩のマンションに寄ったんですから、忘れ物なんてしないで下さいよ?」


「だ、大丈夫だよ。姉さんみたいな事言うな……」


 俺は母親に説教を受ける思春期の息子みたいに、ボヤくように答える。

 俺はシエラの付き添いを受け、学校の準備の為登校前に1度自分のマンションに戻っていた。 

 俺が部屋に戻ると、そこはとても静かで暗く、がらんとしていた。


 姉さんのいない部屋は、こうも寂しい物なのか……。

 俺は感傷に浸りながら自室に赴き、鞄に教科書やノートを詰めた。

 同時に――――〝戦う準備〟も整えた。


 そうして、今に至る。


(……そうだよ、さ……昨日みたいなヘマは、もうするもんかよ……!)


 俺は右腰に備えられ、制服の上着に隠れたを、そっと手で押さえる。


 俺とシエラがそんな会話を交わしながら、T字路に差し掛かった時――――

 曲がり角の向こうから、見知った顔が現れた。

 そしてその顔は、すぐにこちらに気付く。


「……あれ? ナオくんじゃん。おはよ」


 ――――そう、見知った顔とは、俺の従姉こと日向春だ。


「げっ!? は、春!?」


 突如目の前に現れた春に、俺は焦りを隠せない。


(や、ヤバイ! 春に俺とシエラが一緒にいる所なんて見られたら――――ッ!)


 が、時既に遅し。


「いや~奇遇だねぇ~、アタシと登校時間が被るな………ん………て………?」


 俺に向いていた春の顔は、気付いたようにゆっくりと俺の隣に向く。

 そして数秒間パチパチと瞬きをすると、再びゆっくりと俺に顔を戻した。


「な……ナオ……くん……? ど……どう……どう、して、ナオくんと、し、しし、シエラちゃんが……い、いいい一緒に……とととと、と登校してるの……かな……?」


 額から滝のように冷や汗を流し、目の焦点が定まらない状態で恐ろしく狼狽する春。

 まるでツチノコとネッシーを同時に発見したような顔だ。


「いっ、いや、これはだな……!? なんていうかその……深い意味は無いんだ! な!? シエラ!?」


 裏返った声でシエラに同意を求める俺。

 俺の心情を察したのか、シエラも言葉を繋げてくれる。


「え? え、ええ、そうです! 私と先輩はっていうか……そう! 私と先輩は〝恋人ごっこ〟をしてるんです! 日本語で言う〝いめくら?〟という物です!」


 シエラは声高に叫ぶ。


 ……うん、シエラよ、空気を読んでくれたのは嬉しいが、そのフォローの仕方はいけない。


 シエラの言葉を聞いた春は、


 パアンッ


 という爽快な音と共に、両耳から血を吹き出した。


「はっ、春!? 耳! 耳から血が!」


「ふ…………ふふふ…………そう…………そうなの…………」


 春は耳からダラダラと血を流しながら、ゆらりと俺達に近づいて来る。


「アタシという者がありながら…………そ……そうよ……ナオくんは、たらし込まれたのよ……悪いのは……女の方なのよ……」


 ブツブツと独り言のように言葉を呟く春は、ザッとシエラの前に立つ。


「みっ、認めない! ナオくんとアンタが付き合うなんて、アタシはぜっっっったいに認めないんだから!」


 春は目に涙を込めながら、燃えるような怒りをシエラにぶつける。


「あ、あの、たぶん勘違いされてると思うんですけど……とにかく、先輩は私の傍にいて、私に護られなくちゃいけないんです! 貴女は危険ですから、私達から離れていて下さい!」


「にゃ!? にゃにおう!? もうお嫁さん気取りなワケ!? こ、こっちはね、ナオくんとは従姉で小学校の頃から知り合いなの! 昨日今日ナオくんと知り合ったアンタより、アタシとナオくんの絆の方がよっぽど深いんだから! ナオくんの隣に相応しいのは、ア・タ・シなの!!」


「何を言っているんですか貴女は!?」


 噛み合わない会話を繰り返す内に、どんどん険悪になっていく2人のムード。


「お、おい、落ち着けお前等……」


 俺は2人を諌めようとするが――――


「先輩は黙ってて下さい!!」


「ナオくんは黙ってて!!」


 と、息の合った2人の怒声で一括されてしまった。


「……はい」


 しゅんとする俺。

 道端で激しい女のバトルを繰り広げるシエラと春。


 ああ……どうしてこうなった……。

 そもそも、何故俺とシエラが一緒に行動する事になったのか? 


 その理由を語る為、昨日病院から姉さんが重体で運び込まれたと連絡を受けた後まで、話を戻そう――――。

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