第20話

「う……うう……」


 ベティーナはすすまみれの姿になった身体を起こそうとする。

 しかし、


「……終わりです。ベティーナ・グルバヴィッツァ」


 シエラがベティーナを見下ろし、【ドラゴンズ・アーム】の鋭い爪先をベティーナに向けた。


 右目の【生命の石】を失い、満身創痍になっているベティーナをシエラ、春、正樹、そして俺の4人で囲んでいた。

 俺と正樹はベティーナに銃を向け、春はどこで拾ったのか鉄パイプを握り締めている。


「よくも……よくも私の目を、潰してくれたわね……!」


 ベティーナは憎しみに濁った目で俺達を見上げる。

 しかし魔力の源を失ったベティーナに、反撃する術はもう無い。


 俺は【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチック・ピストル】を構え、ベティーナの額に正確に狙いを付ける。


「さあ、話してもらうぞ! お前等『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の目的とやらを!」


 俺ははっきりとした口調で言う。

 俺や俺の周囲が巻き込まれた以上、何が何でも知らなくてはいけない。

 『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』が、何をする為に俺を狙っているのか。


 ベティーナは怒りをたぎらせた目を数秒ほど泳がせると、ニヤリと口元を歪ませた。


「フ……フフフ…………いいわァ。悔しいけど、ご褒美に教えてあげようじゃない。よく聞きなさいな」


 ベティーナは、ゆっくりと話を始める。


「……さっき言ったわよね。私達が貴方を狙う目的は魔術を世界に認めさせる為でも、魔術で世界を征服する為でもない。私達『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の最終目的…………それは…………」


 ベティーナは一拍置くと真っ直ぐに俺達を見据え――――――〝その言葉〟を、言った。




「……………………『世界平和』よ」





 俺はベティーナの口から出たあまりに唐突で意外な言葉に、一瞬耳を疑う。


「…………は?」


「聞こえなかったかしら? 私達は平和の為に戦っているの。皮肉でも冗談でもないわ」


 ベティーナの支離滅裂な発言に、俺もシエラも返す言葉が出ない。

 俺達が黙っていると、ベティーナは落ち着いた口調で話を続ける。


「……いい? 世界を征服するなんてね、人間には不可能なの。これまで数多くの歴史人や国家が為し得なかったように、世界が1つになることは、これからも永遠に無いのよ。世界とは、そういう風に出来ているの。如何に魔法を使っても、それは決して変わらない」


「…………」


 俺達は、ベティーナの話を黙って聞き続ける。


「でも、かつては希望もあった。1989年に『米ソ冷戦』が終結し、鉄のカーテンで2つに分けられていた世界は、アメリカ合衆国の手によって1つになった。アメリカはネットとグローバリゼーションを世界中に広め、資本主義と民主主義で世界が1つになるかと思われた。世界は豊かに、平和になるかと思われた。

 ……だけど、そうはならなかった。世界金融危機を起こしたアメリカは世界を支配する力を失い、資本主義を押し付けられた西側諸国では経済不況と共に失業者が爆発的に増加した。

 そしてソ連に経済支援を受けていた国では内戦が勃発し、冷戦の影に隠れていたイスラム原理主義が台頭。70年代以降世界中に吹き荒れたテロの嵐も納まる事なく、今も低強度紛争という名前を付けられて、世界を蝕み続けているのよ。……こんな閉ざされた国に住んでる貴方達には、分からないでしょうけどね」


 ベティーナは落ち着いた口調で話を続ける。


「世界恐慌、テロリズムの横行、大国の弱体化…………今の世界の状態は、とてもよく似ているわ。『世界大戦』が始まる前夜にね」


「!? じ、じゃあ、世界はまた戦争を始めるっていうのか!?」


 俺が驚きの声で叫んだ。

 固まる俺達に、ベティーナは憐憫れんびんの眼差しを送る。


「……人と人、組織と組織、国家と国家の争いを無くすことは、決して出来ない。戦争がこの世から無くなることは無いわ。…………だけど、争いをする事は出来る」


「抑止……?」


「そう。現在の世界は1つにまとまった事で、かえってバランスを失っている状態にある。国家間のパワーバランスが崩れた先にある未来は、暴動、テロ、革命、そして戦争……。だから…………〝もう1度世界を2つに分ければ、世界はバランスを取り戻す〟と思わない?」


「な……に……?」


 俺は最初ベティーナの言葉の意味が分からなかったが――――――理解するまで、そう時間は掛らなかった。


「まさかお前等……『魔術の国家』を創って、ってのか……?」


「フフ……ご名答、お姉さん花丸をあげるわ」


 ベティーナは、クスリと笑う。


「そう……私達の最終目標はね、もう1度大国間の冷戦を起こす事で世界に緊張状態を作り、世界中の戦争を抑止する事なのよ。戦争を起こせば、魔術で国が滅ぼされる。その恐慌観念を世界中の国家に植え付ける事で事前に戦争を食い止め、世界に秩序をもたらす。……世界を征服する事は無理でも、世界の半分を征服する事は出来る。歴史が、それを証明したわ。そうする事で世界を平和にする為に、『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』は蘇ったの。……そう、これは〝革命〟なのよ」


 ベティーナが明かした『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の目的に、即座にシエラが反論する。


「か……革命って……そんなの無理に決まってます! 仮にもう1度大国同士を睨み合わせても、中小国の戦争を抑止することは出来ません! 貴女の言う様に、歴史がそれを証明しているじゃないですか!」


「そうね。砲弾を撃ち合う事しか出来なかった従来の考え方なら、まず無理だわ。でも…………魔術を使えばどうかしら?」


「え……?」


 ベティーナはまるで演説でもするかのように、ゆっくり、ハッキリとした口調で語る。


「貴女の言う通り、只冷戦を起こしても第3国では内戦が始まり、アメリカを刺激すれば『核』の報復が行われるでしょう。でも、それらは強大な魔術の前では無意味。暴動は魔力で無血鎮圧し、核ミサイルを魔術で撃ち落とし、フォールアウトを魔術で抑え、国を一瞬で滅ぼせる魔術を見せつける事で西側諸国を威圧する。

 世界中がもはや核は無力だと悟り、核兵器の重要性は低下。核の使用が回避されると同時に、魔術に対抗する為に東西共に新たな兵器開発競争が起き、失業した人々は雇用され、世界経済は上昇する…………。最後にホワイトハウスにホットラインを設けさせ、政治交渉で代理戦争を止めさせれば……こうして世界は平和になりましたとさ。めでたしめでたし…………。

 これが、『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の描いた筋書きよ。シンプルだけど、良い話でしょ?」


 その言葉を聞いたシエラは、後退りする。


「く……狂ってる……! そんな事が上手くいくワケありません! そ、それに核を抑えるなんて、そんな魔力どこから――――ッ!!」


「出来るのよ。【生命の石】と、『神の子ロゴス』の力があれば、ね」


 ベティーナはそう言うと、右目の横をトントンと叩く。


「【生命の石】に『神の子ロゴス』の魔力を封印することが出来れば、それは核爆発を完全に封じ、核爆発を凌ぐ破壊力を持つ世界最強の兵器となるわ。本部の連中も『神の子ロゴス』の封印を解く魔術を開発したって言ってたし……後は貴方を本部まで連れ帰り、特製の【生命の石】魂を封印するだけよ。だから私の仕事は、『神の子ロゴス』を本部まで連れ帰る事だった……」


 薄ら笑いを浮かべながらそう語ったベティーナの右目が、無造作に光を反射した。


「な…………なんて無茶苦茶な……!」


 驚きのあまり後退りしたシエラとは対象的に――――

 俺は、1歩前に出た。


「……それじゃあ……何か? お前等は冷戦を再現する為に世界中でテロを起こして、何人も罪のない人を殺して、姉さんを……あんな目に合わせたっていうのか……?」


 俺の脳裏に、今まで見てきた光景がフラッシュバックする。


 燃える電車。

 駅で倒れる人々。

 父親を亡くし、涙を流すクラスメイト。


 そして――――――病院のベッドで眠る、姉さんの顔。


「だってェ、仕方ないじゃない。犠牲者が出てくれなくちゃ……


 笑い声を混じらせながら、ベティーナは、そう言い放った。

 その言葉を聞いた瞬間―――――


「――――ッ! ふざけんなァッ!!!」


 俺の感情は、爆発した。


「せん……ぱい……?」


 シエラが俺に声を掛ける。だが、俺の感情は納まらない。


「お前は…………お前は見た事があるか……? 他人の理想なんて物の為に、理不尽に殺される人達の顔を…………そして、残された家族の涙を……ッ!!」


 俺は拳を握り、煮えたぎる怒りで歯を振るわせる。


「世界は平和になってくれない、だと……? 犠牲者が血と涙を流して不条理に耐える事の、一体どこが平和だってんだッ!! そんなの、核戦争と何も変わらないだろうが!!」


 犠牲になった、全ての人達の想いをぶつけるように、


「お前等は革命家なんかじゃない!! お前等は…………只のだッ!!!」


 俺は――――――叫んだ。吠えた。


 こう言わずにはいられなかった。

 姉さんをあんな目に合わせられたからだけじゃない。

 俺の記憶が、言葉を生んだのだ。


 俺の叫びを聞いたベティーナは、


「………………そうね。私達がやっている事は狂っていて、今の私達は只のテロリストに過ぎない。貴方達の言っていることは、間違ってないわ」


 今までとは裏腹に、哀しそうな声で言った。


「何……? なら何で……!」


 ベティーナは俯き、語り始めた。


「…………私はね、民族紛争の中で生まれたの。知ってるかしら? 『ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争』っていう、貴方達が生まれる前の紛争よ」


「いや……」


「1992年、東ヨーロッパのバルカン半島北部、旧ユーゴスラビア領内ボスニア・ヘルツェゴビナで起きた紛争。ユーゴ紛争の一環とされるその紛争では、ムスリム人とセルビア人・クロアチア人同盟が民族独立と地権を求めて殺し合ったわ。しかも殺し合った人達は家が隣り合っていて、紛争が起こるまで一緒にパーティを開いていたそうよ。民族が違うってだけで、昨日までの隣人をいきなり殺さなくちゃいけなくなったんだって。酷い話よね」


 皮肉っぽく、笑いを込めてベティーナは言う。

 しかしその目は、真剣そのものだった。


「でも、一番酷いのは〝民族浄化〟が起こってしまった事。その紛争でセルビア人はムスリム人を大勢虐殺し、生け捕りにしたムスリム人女性を民族ぐるみで強姦したわ。ムスリム人女性にセルビア人の子供を産ませれば、効率的にムスリム人を排除できるっていう理由でね。…………私は、その民族浄化の中で生まれたセルビア人とムスリム人の混血ハーフなのよ」


「! それって……!」


 俺は驚きを露わにするが、ベティーナはそんな俺を気に止める事なく、話を続ける。


「……私は、物心付いた時には奴隷商人に売られていたわ。呪われた子供カースド・チルドレンとして捨てられたのよ。だから、父親の顔も母親の顔も知らない。同じような境遇の中で生まれた子供達と一緒に、商品として育てられた。……も、その頃に病気で失った」


 ベティーナの話を聞いていた春が、思わず口元を手で覆う。


「そんな……酷い……!」


「フフ……そうね。でも、私は幸運ラッキーだった。魔術の才能があった私は『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』に拾われた。私だけ、魔術師としての生が与えられたのよ。……そう、他の子供達が、奴隷や臓器売買の道具として売られていったにも関わらず、ね……」


「…………」


 ベティーナの語った話に、俺達は言葉が出ない。

 とても、真実だなんて思えなかった。

 そんなのは映画の中の話だと思っていた。


 ベティーナはそんな俺達に何を言うでもなく、静かな声で語り続ける。


「……私が生まれた理由は、ユーゴスラビアが崩壊したから。そしてユーゴスラビアが崩壊した理由は、当時仮想敵国だったソ連が崩壊したから。ソ連さえ崩壊しなければ……冷戦が続いていれば、私も、私のような子供達も生まれてくる事はなかった。………おかしな話よね。そうした輪廻の中で生まれた私が、もう1度ソ連を創ろうとしているんだから」


「お前……」


「……私はね、魔術師である以前に、生まれた時から戦争に加担する事を運命付けられているのよ。戦争の犠牲者として、兵士として、傭兵として、テロリストとして……。だけど周囲から何と呼ばれようと、私は、私達が為そうとしている〝革命〟を必ず成功させる。その時に私は本物の革命家となり、そして〝世界の救世主〟となるのよ」


 ベティーナは変わらず笑みを浮かべたまま、俺達にそう語った。


 俺達を、静寂が包んだ。ベティーナが話した後に言葉を口から出す者は、誰もいなかった。


 その静けさの中、ベティーナはフラフラと立ち上がる。


「……さ、お姉さんのお話は、これでお終い。口惜しいけど……逃げさせてもらうわよ」


「え?」


 俺がベティーナの言葉を理解しきるよりも早く――――――ベティーナは、1粒の宝石を取り出した。

 俺達が一様にその宝石を見た、その刹那――――突如、宝石が強烈な閃光を発した。


「なっ!? ぐあッ!!」


 閃光を食らった瞬間、俺は気が付く。

 今までのは、俺達の気をそらす為の時間稼ぎ。

 俺達は、まんまとベティーナの話術に乗せられたのだ。


 しかし気付いた時にはもう遅い。

 いきなり目に強い光を当てられた俺は、完全に視野を奪われる。

 平衡感覚も狂い、床に膝をつく。おそらく、他の3人も同じであろう。


「くっ、こんなモノで……っ!」


 シエラが【ドラゴンズ・アーム】を振り、風を切る音だけが聞こえる。

 どうやら覚醒しているシエラには、閃光の効果が薄かったらしい。


 シエラの攻撃を回避したのか、俺の頭上で布がはためく音の直後に、遠くの背後でハイヒールが床に着く音が聞こえた。

 俺は目の中で花火が上がるような感覚に襲われながら、何とか後ろに振り向いて目を凝らす。


「貴方の事は諦めないわよ、『神の子ロゴス』。どんな手段を使ってでも、必ず貴方を捕まえてみせる。そして、私の目を潰した報いを必ず受けてもらうわ。貴方がいる所、全ての場所でテロが起きると思いなさい。貴方がいる限り……私達は、テロリストであり続けるわ」


「! 待て!!」


 ベティーナとシエラの声を聞いた後、俺がなんとか見る事が出来たのはベティーナが【ナパドゥ・チトー】を拾って廊下を走り去り、ビルから飛び降りる光景だった。


 ――――再び、廊下の中が静寂さを取り戻す。

 シエラは覚醒を解き、両腕の【ドラゴンズ・アーム】を縮小させて元の金髪に戻る。


「…………大丈夫ですか先輩?」


 元の姿に戻ったシエラは、俺に手を差し伸べてくれた。


「あ……ああ、大丈夫だ」


 俺も彼女の手を取り、立ち上がる。


「な、なんだ? 終わったのか……?」


「痛ぅ~……何なのよもう……」


 正樹と春も、徐々に視力を取り戻してきたらしい。

 2人共ゆっくりと立ち上がる。


「大丈夫か、2人共?」


「あ、ああ、まあな」


 正樹は頭のベースボールキャップを抑え、やや落ち着きを取り戻したように言う。

 しかし、春の方は違った。


 春は凄い険相で俺に近寄ると、両手で俺に掴みかかった。


「は、春……?」


「……それで?」


「は?」


「説明してよ。あの女は何なの? どうしてナオくんがあの女に狙われなくちゃならないの? シエラちゃんの姿はどういう事なの? ナオくんは、一体何に巻き込まれてるの?」

 春は早口でいっぺんに聞いてくる。気持ちは分かるが、何せ事は複雑なので順番に説明しなければならない。


「い、いや、ちょっと待――――」


「話してよッ!!!」


 春は、俺に怒鳴り付ける。

 春は今まで見た事ないくらい怒った顔をしている。

 こんな春の表情を見るのは初めてだ。


 そして、そんな春の目から、1滴また、1滴と、しずくが落ちた。


「……どうして……? ……どうしてなの……? どうして、ナオくんなの……? こんな危ない目に合うのが、どうしてナオくんなのよ……?」


 俺の襟を掴んだまま手と肩を振るわせ、目から涙を溢れさせる。


「は、話してくれるまで……グスっ、ぜっ、ぜっだいに離ざないんだから……っ!」


 春は、今まで感じた恐怖、不安、思い……そういう物が、いっぺんに爆発したようだった。

 本当は、凄く怖かったはずだ。

 こんな事に巻き込んだ俺が憎いはずだ。

 それでも、精一杯俺を心配してくれる春の言葉に、俺は申し訳なさで一杯になった。


「……分かった。ちゃんと、全部話すよ。だけどまずは、このビルから出よう」


 俺は真剣に行った後、春に軽く笑いかけ、出来るだけ優しい声で言った。


 俺の言葉を聞いた春は、涙を流したまま何も言わず、そっと手を離してくれた。

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