第19話

 七御斗達が作戦会議ブリーフィングを終えて、しばし経った頃。


「……ふゥ、選んだのは私だけど、ホント埃っぽい場所よねェ。それにしても、小鼠ちゃん達はどこに行ったのかしら」


 ベティーナはそんな事を呟きながら、5階を探索していた。

 どうせ七御斗達が逃げられないと分かっている為、時間を掛けてじっくり4階から探し、今やっと5階まで来ている。

 相変わらずコンクリートと埃ばかりが視界に入ってくる景色に、彼女は多少うんざりし始めていた。


「メンドくさいわねェ。いっそ、このビルごと潰しちゃおうかしら? な~んて、そんな事したら『神の子ロゴス』も死んじゃうか……」


 そんな事を言いながらコツコツと広い廊下を歩いていると――――――ふと、ベティーナの足が止まった。


「…………」


 ベティーナは神経を研ぎ澄ませ、左脚のホルスターから銃を抜く。

 【ロシーオーバーランド ソードオフ散弾銃ショットガン】という、銃身バレル銃床ストックを切り詰めた水平2連式ダブルバレル散弾銃ショットガンだ。

 文字通り2発までしか連続して撃てない旧式だが、拳銃ハンドガン並の短さから12ゲージの散弾を撃てる強力な銃である。


 ベティーナは右手に【ナパドゥ・チトー】、左手に【ロシーオーバーランド ソードオフ散弾銃ショットガン】を構え、周囲を警戒しながら歩く。


 ベティーナはこの時、明確に感じ取っていた。

 彼等は近くにいる。そして――――――、と。


 その時、ベティーナの横の小部屋の中を、素早く〝影〟が横切った。


「!」


 通り過ぎたのは春の影だ。


 すかさずベティーナは手にしていた散弾銃ショットガンを影に向けて撃つ。

 部屋の中に無数のペレットが飛び散るが、春に散弾が当たった感触は無い。


 その直後、ベティーナは斜め後ろに殺気を感じ取る。

 振り向くと、そこには曲がり角から半身を出し、【Lage MAX-11短機関銃サブマシンガン】を構えた正樹の姿があった。


「うっ、うわぁ!!」


 ベティーナと目が合った正樹は一瞬迷うような表情を見せると、叫び声と共に短機関銃サブマシンガンを撃つ。

 ベティーナ目掛け引き金を引き、フルオートでぶっ放すが、すんでの所でベティーナが出現させた魔法陣に弾かれてしまう。

 正樹の一瞬の迷いが、ベティーナに魔術を使わせる時間を与えてしまったのだ。


「チィッ!」


 ベティーナは正樹が弾倉マガジンの弾を撃ち尽くしたのを確認すると、正樹に向けて散弾銃ショットガンを撃つ。


あぶっ!!」


 正樹は銃口を向けられたのを見た途端、腰を抜かすようにして即座に逃げる。

 またも散弾は当たらず、コンクリートの壁をかする音だけが木霊する。


「ちょこまかと……っ!」


 ベティーナは散弾銃ショットガンを片手で器用にリロードし、逃がすまいと正樹を追い掛ける。

 そして曲がり角から身体を出した途端、ベティーナは不用意にベースボールキャップの少年を追い掛けた事を、少しだけ後悔した。


 何故なら――――――曲がり角を出た先にあったのは逃げる正樹の背中などではなく、今にも自分に向けてを振り下ろそうとするシエラの姿だったからである。


「――――ッ!!」


 ベティーナは、反射的に右手の【ナパドゥ・チトー】を正面に構える。


 そして、シエラの【ドラゴンズ・アーム】が【ナパドゥ・チトー】に直撃した。


 衝撃でベティーナは数メートル吹き飛ばされ、コンクリートの床が削られる。

 しかしベティーナもすぐに体勢を立て直し、シエラに向け散弾銃ショットガンを放つ。

 シエラもベティーナに追撃を掛けようと【ドラゴンズ・アーム】の甲を前面に押し出しながら突っ込み、散弾を弾く。


 そして――――再び、【ドラゴンズ・アーム】と【ナパドゥ・チトー】が噛み合った。


 シエラはベティーナの顔を睨み、


「魔術師である貴女が、銃を使うなど……!」


「あら、今の私は魔術師であり『傭兵』でもあるのよ? 傭兵が銃を使って、何がいけないのかし……らッ!」


 声を力ませ、ベティーナはシエラを弾き飛ばす。【ナパドゥ・チトー】のチェーンソーを機動させ、再び激しい攻めに転じる。


「ホラホラ、どうしたのかしら!? さっきより動きが鈍くなってるわよ!?」


「くぅ……!」


 またもシエラは防戦一方になる。

 実際、シエラの動きは先程よりもやや緩慢になっていた。

 さっきの爆発で食らった傷が、まだ完全に癒えていなかったのである。動きにそれが表れてしまっている。


「フフフ……!」


 ベティーナは当然を見逃さない。

 再び【ナパドゥ・チトー】のチェーンを外し、スネーク・ブレードの形態でシエラを攻める。


 シエラは長い廊下の中を、どんどん押されてしまっている。

 形勢、実力の差は、もはや日の目を見るより明らかだった。


 そしてベティーナの猛攻を凌ぎ切れないシエラは、あっけなく廊下の最果てまで吹き飛ばされる。


「きゃあッ!!」


 外壁が存在しない為、本来ならビルの外まで吹き飛ばされているであろうシエラの身体を、結界が内側に弾き返す。

 シエラはL字型通路の角に追い詰められ、全身を襲う痛みで即座に立ち上がる事も出来ない。


「う……うう……!」


 それでも床に腕を立て、立ち上がろうとするシエラに――――


「……チェックメイトよ、竜人ドラゴニア


 ベティーナは、【ナパドゥ・チトー】を突き付けた。


「く……っ!」


「拍子抜けだわ。『端境はざかいの魔女』の愛弟子って聞いてたから、もう少し手応えがあるかと思ってたのに……」


 ベティーナは冷徹な目でシエラを見下ろし、【ナパドゥ・チトー】を振り被る。


「この戦いは私の勝ちで、貴女の負け。でも安心なさい。貴女の魂は、きちんと魔力として使ってあげる!!」


 ベティーナはそう叫び、【ナパドゥ・チトー】を振り下ろした。


 シエラは、振り下ろされる【ナパドゥ・チトー】の下で――――


「……いえ、の勝ちです」


 口元に笑みを作り、そう呟いた。


「ッ!?」


 シエラの言葉を聞いたベティーナは、ほんの一瞬動きが止まる。


 そして、感じた。

 自分の右の方角、直線の廊下の遙か向こうから、背筋をなぞるようなを。


 ベティーナは顔を動かし、右に視界を広げる。

 そして視界の端で、確かに見た。

 廊下の向こう、自分から直線50メートル先。

 そこでカバンをハンドガンレストの代わりにし、その上に【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチック・ピストル】を置いて、こちらに向けて、七御斗の姿を。


 ベティーナは気付く。

 最初に人影が横切ったのも、背後からの銃撃も、シエラの奇襲も、すべて七御斗の存在を意識から外す為のはったりブラフ


 自分は、のだ。


 自分は――――――――――のだ、と。


 ベティーナは瞬時にその事を理解したが、ベティーナが七御斗に目の焦点を合わせるよりも早く、七御斗の構える【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチック・ピストル】が火を吹いた。


 空を斬り、ベティーナに向けて飛翔する、正確無比な45口径の弾丸。


 ベティーナはすかさず防御魔術を展開しようとする。

 しかし、ベティーナも所詮は人間。

 幾らベティーナが【生命の石】を持っていようとも、弾丸が放たれた後に魔術を展開しようとしては間に合うワケもない。



 そして七御斗の弾丸は――――――――



 ベティーナの右目であった【生命の石】が、砕ける。


 飛び散る宝石の破片、激しくよろけるベティーナの身体。


「――――ッ!? やったか!?」


 弾丸を放った七御斗は声を上げる。


 ――――そう、これが七御斗の立案した作戦だった。


 曰く、「ベティーナの隙を突いて、魔力源である右目を撃ち抜く」。


 あまりにも馬鹿げた作戦だが、シエラと1対1で戦わせても勝てず、銃で身体を撃ち抜いてもすぐに傷を再生させるベティーナに対して有効な打撃は、これ以外に無かった。

 だから七御斗は、自分の射撃の腕と、仲間と、そして運を信じたのだ。


 そしてシエラ達3人の協力の下、こうして、作戦は成功した。


「う……あ……っ! 目……目が……私の、私の〝目〟がああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 右目を押さえ、激しく悶えるベティーナ。


 刹那――――砕けた【生命の石】から無数の光のたまが飛び出す。

 光の珠の軍勢は大きく発光しながら七御斗やシエラ達の脇をすり抜けてビルの中を飛び回り、外に飛び出すと天空へと向かって登って行った。


「これは……!」


「これが……封印されていた人達の魂……」


 その異常とも幻想的ともいえる光景に七御斗とシエラは目を奪われるが、七御斗はハッとして叫ぶ。


「……! シエラ! っ!!」


 七御斗の声に、シエラもハッとしてベティーナへと標的を改め直す。


「ッ! はああああああああああッ!!」


 シエラは大きく右腕を振り被り、【ドラゴンズ・アーム】の剛腕でベティーナを殴り飛ばした。


「が……ッ!!」


 全く無防備な状態で攻撃を食らったベティーナは【ナパドゥ・チトー】も散弾銃ショットガンも手放し、直線の廊下を遙か彼方まで吹き飛ぶ。

 何度もコンクリートの床をバウンドし、ビルから落ちる直前で止まった。


 殴り飛ばされたベティーナが素早く立ち上がる事はない。



 ここに、勝敗は決した。

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