第18話

 俺達4人は一旦ベティーナを振り切り、1階上の小部屋に逃げ込んでいた。

 ビル内部は建設途中だが部屋分けは結構出来ており、様々な工事用具もあって身を隠すのは難しくなかった。


 俺はしゃがんで姿勢を低くし、シエラに声を掛ける。


「おい、大丈夫かシエラ?」


「ええ……なんとか……くぅッ!」


 シエラは座った状態で壁に寄り掛かり、肩に刺さった破片を自力で引き抜く。

 さっきの爆発で受けたチェーンソーの刃の破片がシエラの身体のあちこちに突き刺さっており、制服も所々破けている。見るからに痛々しい。

 もしもあの爆発を食らったのが通常の人間だったなら、おそらくは即死だっただろう。


 しかし破片を引き抜いたシエラの傷口は、煙と共に見る間に塞がっていき、本人の意識もしっかりしている。

 これが『赤竜』の力、という事らしい。


「お、おいおいおい! なんなんだよこりゃ!? 説明しろよ七御斗!!」


「そ、そうよ! シエラちゃんのこの姿といいあの女といい……一体どういう事なの!?」


 正樹と春が、俺の背後で脅えた表情をしている。

 無理もない。当然2人は魔術など知らないのだし、何の説明も無くいきなりあんな異常な戦いを見せられたのだ。

 本当なら今のシエラの姿だって、十分恐ろしいはずである。


「……悪いが、詳しい説明をしてるヒマは無い。とにかく、俺達は使に命を狙われてるってだけ言っておく」


 俺は自分の鞄を床に置き、中から銃を取り出す。


 取り出したのは【Lage MAX-11】という|短機関銃【サブマシンガン》で、俺が射撃競技用に【コブライ M11】の9ミリ口径モデルにカスタムパーツを組み込んだ物だ。 ストックを折り畳めば学生鞄に入るほど小型な為、俺が自室から持って来たのである。


 【Lage MAX-11短機関銃サブマシンガン】に弾倉マガジンを叩き込み、コッキングハンドルを引いて薬室チャンバーに弾を込め、予備の弾倉マガジンも鞄から出す。


 そして俺は額から汗が流れ落ちるのを感じながら1度大きく深呼吸をすると、3人を視界に入れ、言葉を発する。


「……よし、何か作戦を考えよう。とにかくアイツを倒すなりここから逃げるなり、どうにかしてこの状況を打開しなくちゃならない。出来なければ、俺達はお終いだ」


 俺は「冷静になれ、頭を冷やせ」と、必死に自分で自分に言い聞かせた。

 ここで昨日みたいにパニックを起こせば、それこそベティーナの思うつぼだ。

 春や正樹がパニックを起こしても然り。とにかく皆を冷静にさせて、一緒に行動させなければならない。


「に、逃げようよ! あんなのと戦うなんて、無理に決まってるよ!」


 俺の言葉に、即座に春が答える。しかし、


「……無理です。ここから、逃げる事は出来ません」


 シエラが言った。

 不思議に思い、俺は尋ねる。


「何? 何でだ?」


「……殺した人達の魂を使ったのでしょうね。このビル全体に、強力な結界が張られています。中から出る事も、外から入る事も出来ません。これほどの魔力の結界を破るとすれば、マスターのように結界魔術に精通していなければ不可能です」


「……成程、俺達はまさに袋の鼠ってワケか……」


 逃げるという選択肢を断たれた俺は、頭を抱える。

 それはつまり、あのベティーナを倒す以外に道は無いという事だ。


「だ、大丈夫です……! 私が、彼女を……!」


 シエラが身体を起こし、痛みで顔を歪ませながら言う。


「いや……今の戦いを見る限りじゃ、実力は向こうの方が上だ。シエラ1人で戦っても、おそらくアイツには勝てない。……良くも悪くも、こっちは4人いる。それがキーだな」


 俺は口元に手を置き、数秒間考える。そして、春に声を掛けた。


「……春、お前タブレット持ってるか?」


「ふぇ? そ、そりゃ持ってるけど……」


「確か、クラッキングが得意って言ってたよな。このビルを造ってる建設業者のサーバーに潜って、此処の詳細な見取り図を見れないか? 今すぐに」


「だ、だからアタシのはハッキングだって――――」


「いいから! どうなんだ!?」


 無駄な時間を割く為、春には悪いと思いながらも強めの口調で言う。

 とにかく、少しでも有利に動けるように地の利を得る。

 俺が最初に思い付いたのはこれだった。


「う…………た、たぶん見れる思うけど……ちょっと待って」


 春は鞄の中からタブレットを取り出し、レーザーキーボードを床に投射した。

 床に表示された赤外線のキーボードを、馴れた手つきで叩く。


「建設業者のセキュリティなんてそれほど固くないはずだから、すぐに………………よし、出たよ! ここ、50階建ての大型のオフィスビルになる予定みたい」


 春の声を聞いて俺はタブレットの画面を覗き込む。そこには、明確にビルの見取り図が表示されていた。


「よし、ナイスだ春! これで作戦を立てられる」


「そ、そう? え、えへへ……」


 春は照れ臭そうに笑い、後頭部をポリポリとかく。

 俺はそんな春にズイっと顔を近づけ、タブレットの画面を覗き込んだ。


「ひぅ!? ち、ちょっとナオくん顔近いってば!」


「仕方ないだろ! どれどれ……俺達がいるのは、おそらく5階のココだ。この辺りのフロアは幾つもの壁で仕切られてる。隠れるにも奇襲を仕掛けるにも有利だが……どこまで建設が進んでるか分からない以上、過信は出来ないな」


 俺はしばし画面と睨めっこし、作戦を考える。

 こちらの戦力、武器、人数……状況は圧倒的に不利だが、やるしかない。でなければ殺される。


 目を瞑り、額から汗を流し、考えた俺は――――を思い付く。

 そして、シエラに尋ねた。


「……なあシエラ、ベティーナの銃弾を弾く魔法は、アイツの身体全身を覆ってるのか?」


「え? ……いえ、あの感じでは正面のみ、おそらく一部のみに魔術を展開してるんだと思います。やろうと思えば、全身を防御する事も可能なのでしょうが……」


「そう、か……」


 俺は再びタブレットに表示された見取り図を見る。


「……このビルは端から端まで、直線50メートル……よし、な」


 確信を持った俺は、そう呟いた。


「お、おい七御斗。お前、何するつもりだよ……?」


 正樹が俺に言う。

 俺は再び3人を視界に入れ、


「……いいか? 今から俺が思い付いた作戦を話す。正直かなり危険で、当方も無く無茶な作戦だ。だが、チャンスはゼロじゃない。だからこの作戦に、俺の作戦に命を預けるかどうか…………俺の話を聞いて、決めてくれ」


 俺は口元に苦笑いを浮かべながら、そう言った。


 その場にいた俺以外の全員は、真剣な表情のまま、皆一様に頷いた。

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