第17話


「フフ……【エクスプロジア】!」


 ベティーナは1歩も動く事なく唱える。

 そして彼女の右目が光ったかと思うと、ベティーナへ向かって駆けるシエラを爆発が襲った。


 俺が駅でやられた時と同じ、突然の爆発。

 シエラは爆発で発生した煙に包まれる。


「シエラ!」


 シエラの安否を視認出来ない俺は、彼女の名を叫ぶ。


 しかし――――そんな俺の心配など杞憂であった。


「はあああああああああああああああッ!!!」


 シエラは瞬く間に煙の中から飛び上がり、巨大な腕でベティーナに襲い掛かった。


 それを見たベティーナもニヤリと笑い、右手に持つ得物の布を取り払う。


 刹那――――――ビルの廊下に響き渡る、金属と金属が噛み合う残響音。


 俺達が見たモノは、ベティーナが身の丈ほどもある巨大な武器で、シエラの剛腕を受け止めている光景だった。


「流石は竜人ドラゴニアねェ……あんな爆発じゃ、竜の肌には傷一つ付けられないか」


 そう言うと、ベティーナは得物を振り払ってシエラを弾き飛ばし、間合いを取る。


 ベティーナの右手に備えられた武器は、魔法陣の刻印が描かれた長方形の箱型のボディにグリップと無数の刃が付いた巨大なチェーンソーが備えられており、何の用途かコッキングハンドルも突き出ている。

 その様相は巨大さも相まって女性が使う、もっと言えば人間が使える武器には到底見えない。


 シエラもその武器に、警戒を露わにする。


「その武器は……!」


「可愛いでしょ、この子。【ナパドゥ・チトー】って名前なのよ。私が東欧の魔装具屋に造らせた特注品なの」


 ベティーナが【ナパドゥ・チトー】に魔力を込めると刻印が反応し、チェーンソーのブレードが機動を始める。

 チェーンソー特有の作動音と共に、ブレードの回転が最高速度に達すると――――


「昨日はこの子を持って行かなかったせいで、身体を張れなかったからねェ。今日はこの子の破壊力……存分に味わいなさい!!」


 今度は、ベティーナがシエラに仕掛けた。


 【ナパドゥ・チトー】のブレードが、シエラに振り下ろされる。


「くっ!」


 シエラは両手の【ドラゴンズ・アーム】でブレードを受け止める。高速回転するチェーンソーと【ドラゴンズ・アーム】が激しく火花を散らし、押しも押されぬ攻防が展開される。

 ベティーナの細身からは想像も出来ない怪力がシエラを襲うが、しかしシエラも『赤竜』の力を解放した状態。


 互いの力は――――互角。


「フフフ……! テェヤッ!!」


 ベティーナは一旦シエラを吹き飛ばす。

 シエラも体勢を立て直し、すかさず仕掛けた。


「はああっ!」


 両腕を振るい、ベティーナを激しく攻める。

 ベティーナはそれを軽やかにさばき、回避していく。


「フフ、いいわァ。まるで血に飢えた猛獣のような攻撃。でも……」


 シエラが右腕を大きく振り被り、〝突き〟を繰り出した瞬間――――――

 それをギリギリの所で回避したベティーナは素早くシエラの懐に入り込み、みぞおちに強烈な膝蹴りを食らわせる。


「があ……っ!?」


 そして体勢を崩したシエラを、しなやかな回し蹴りで蹴り飛ばした。


「きゃあッ!!」


 吹き飛ばされたシエラは地面を転がるが、痛みを堪え、すぐに立ち上がる。


「貴女の戦いは、所詮は動物のソレよ。力に頼って腕を振るう。まるで素人だわ。美しさの欠片も無い。美しい戦いっていうのは……」


 ベティーナが言い掛けると再び【ナパドゥ・チトー】の刻印が光り、チェーンソーの機動音が変化して回転数が落ちる。そして、


「こう、するのよっ!」


 チェーンソーのチェーンが外れ、まるで〝鞭〟のようにシエラに襲い掛かった。


「なっ!?」


 予想外の攻撃にシエラは驚くも、なんとか初撃を手の甲で弾く。


「フフフ……!」


 しかしベティーナは【ナパドゥ・チトー】を巧みに操り、シエラに反撃の余地を与えない。

 その攻撃は、さながらスネーク・ブレードのようだ。


 シエラの【ドラゴンズ・アーム】では鞭状の攻撃を防ぎ切る事は難しく、身体の節々に次々と斬り傷を付けられていく。


「くっ、なんの!」


 押されていては負ける、とばかりにシエラは前に飛び込み、もう1度攻勢に転じようとする。

 それを見たベティーナも鞭状になったチェーンを再び元に戻し、【ナパドゥ・チトー】をシエラに向け、腰溜めで構える。


 そして――――――〝撃った〟。


 高速回転するチェーンソーの刃を、したのだ。


「!?」


 またも新たな攻撃を見せられて驚くシエラだが、今度はさっきと違って攻撃が分かりやすく直線的。

 シエラは飛んで来たチェーンソーの刃を、真剣白刃取りの要領で苦もなく受け止める。


「こんな子供騙しで……!」


「……残念、せめて…………〝弾く〟べきだったわね」


 ベティーナが歪んだ笑みと共に言った、瞬間――――――


「え?」


 シエラが掴んでいた刃が――――〝爆発〟した。


 巨大な爆炎。強力な爆風。

 それらに、シエラの身体が包まれる。


「きゃああッ!!!」


 シエラは爆風でコンクリートの床に叩き付けられ、俺達の近くで地面に横たわった。


「どう? これが美しい戦いっていうのよ」


 ベティーナはそう言いつつ【ナパドゥ・チトー】のコッキングハンドルを引くと、チェーンソーの刃がリロードされ、再び出現する。

 そしてはシエラにトドメを刺すつもりなのか、ベティーナはこちらに近づいて来る。


「シエラッ!! ――――ッ、くそッ!!」


 形勢は、明らかにシエラが不利。

 そう判断した俺は、腰のホルスターから愛銃である【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチックピストル】を抜き、ベティーナ目掛け引き金を引いた。


「シエラ! 一旦退け! このままじゃ、お前が負けちまう!!」


 俺は絶え間なく援護射撃を行うが、ベティーナは昨日の駅と同様に目の前に魔法陣を展開し、容易く銃弾を弾いて見せる。

 分かってはいたが、時間稼ぎにもなっていない。


「くぅ……!」


 シエラは爆発で負傷した身体をなんとか起こし、大きく息を吸い込むと――――ベティーナ目掛け、口からを吹いた。

 炎は床に張り付き、俺達とベティーナの間に灼熱の炎の壁ファイヤー・ウォールが造られる。


「!? これは、赤竜の炎!?」


 シエラが炎を吐くのまでは予想していなかったのか、ベティーナの足が止まった。


「逃げるぞ! 春、正樹! 走れ!!」


 俺は傷ついたシエラに肩を貸すと、春達と共にその場から走り去った。




 ベティーナは右目に備えられた【生命の石】の魔力を使い、炎の壁を消し去る。

 その向こうには、すでに七御斗達の姿は無かった。


「逃げた、か……。まあいいわ、どうせこのビルからは出られないんだもの。精々、ドラゴン狩りと人間狩りマンハントを楽しませてもらいましょ……」


 ベティーナはそう呟くと楽しそうに笑い、ハイヒール特有の甲高い足音を立てながら歩き出した。

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