第16話
今日は学校で全校集会や晴海先生から爆破テロに関する話があったが、学校にいる間ベティーナの襲撃などは何も無かった。
帰りのホームルームを終えた俺は春や正樹と一緒に廊下を歩き、帰路に着く。
「あ~あ、何か今日は、暗い1日だったな」
正樹がボヤくように言う。
それを聞いた春が、
「しょうがないわよ。昨日あんな事があったんだし、学生にも怪我人が出てるんだから」
小言っぽく言う。
「まあ、そりゃそうなんだが……。……? どうした七御斗。考え事か?」
2人の会話をどこか上の空で聞いていた俺に、正樹が尋ねる。
「ああ、いや、なんでもない……」
そう……俺は朝父親を亡くしたクラスメイトを見た時から、ずっと考えていた。
(……もし、今日ベティーナが学校でテロを起こしていたら、一体どうなっていただろう……? 下手をすれば俺のせいで大勢の生徒が死に、春も正樹ももうこの世にいなかったかもしれない。……俺は……このまま何もせずにいていいのだろうか……?)
俺は漠然と心の中でそんな事を思っていた。無論、考えたからといってすぐに何か出来たワケでもない。だがそれでも、俺は考える事を止められなかった。
そう考えている内に昇降口で靴を履き替え、俺達3人は校門に向かう。
すると、
「お? あれシエラちゃんじゃん。今日もカワエエな~」
ふいに正樹が言う。
その視線の先には、校門の柱に寄り掛かり、金髪を風にはためかせている1人の女子の姿があった。
そう、その金髪は見紛うまでもなくシエラである。
シエラも俺達に気付き、こちらに歩いて来る。
「お、おい、シエラちゃんがこっちに来るぞ!? 何でだ!? こ、これはアレか!? まさか「校門で正樹先輩の事待ってました……」的なシチュエーションなのか!? 遂に俺にも春が――――」
正樹がガッツポーズで喜々として語る間に、シエラは俺達の前に歩いて来る。
そして、
「お待ちしてました、七御斗先輩。さあ、一緒に帰りましょう」
まるで気馴れた友人に声を掛けるように、俺に話し掛けた。
「……へ?」
ピシッと固まる正樹。不快極まりないという目でシエラを見る春。そんな2人に挟まれる俺。
「あ、ああ……」
気まずさに頬をひくつかせながら、俺は返事をする。
すると即座に、正樹が俺の襟を掴んだ。
「おい……どういう事だ……コレは……?」
正樹は眉をピクピクと痙攣させ、異様に顔を強張らせながら俺に迫る。正直、かなりむさ苦しい。
「い、いや~、これはだな……」
また、朝と同じ説明をするのか……。俺が心の中でため息を吐くと、
「あの……七御斗先輩は私と2人きりで帰らなくちゃいけないので、その手を離してくれませんか?」
と、シエラが眉をひそめながら正樹に言う。
「ハウ……ッ!」
シエラの言葉が正樹にトドメを刺したらしく、正樹は顔をげっそりとさせ、その場に崩れ落ちた。
ああ……メンドくさい……。
「な~んだ、そういう事だったのか。驚かせやがって」
歩道を歩きながら、正樹が安堵の声を漏らす。
「いや、よかったよかった。俺ァてっきり、シエラちゃんが七御斗に弱みでも握ぎられたのかと思っちまったよ」
「……お前は、俺をなんだと思ってるんだ」
俺と正樹は間にシエラを挟み、そんな会話をする。
ちなみに俺の右腕にはがっちりと春が抱き付き、敵を見つけた猫のように激しくシエラを威嚇している。
――――結局シエラに春と正樹を紹介した後、俺達は4人で帰路に就いていた。
シエラは俺と2人で帰りたいと主張したが、春が断固としてそれを許さなかった。
春がどうしてそこまで俺とシエラが2人でいる事を嫌がるのかよく分からないが、またシエラと春を言い争わせても仕方ないので、今日は4人で帰るということでシエラに妥協してもらった。
正樹には春にした説明と同じ内容を聞かせるとすんなり立ち直り、こうして帰路を歩いている。
「それにしても危険地帯からお姫様を助け出すとは、流石俺の
「……お前、それもう人間技じゃねーよ」
「まあ何でもいい。とにかくお前とシエラちゃんがデキてるワケじゃないんだったら、俺にもまだチャンスがあるってことだ」
正樹は笑みを浮かべ、腕を組んでうんうんと頷く。ホント、コイツのポジティブさだけは脱帽ものだわ。
俺と正樹が取り留めのない会話をしていると、シエラが俺に顔を寄せ、小声で話す。
「先輩、どうするんですか? 今ベティーナに襲われでもしたら……」
「し、仕方ないだろ。春が離れてくれないんだから……」
ヒソヒソと話す俺とシエラを、春は俺の腕をがっちりホールドしながらじーっと睨みつける。
「……何の話?」
えらくドスの効いた声で、春が尋ねてくる。
「い、いや、何でもない! ハ、ハハ……」
……ハア、もうどうしたらいいんだ……。
俺がそんな事を思いながら、4人揃って十字路に出た、
――――――その時、
突然頭の中がぐらりと揺れ、視界が大きく歪んだ。
まるで強力な車酔いを一瞬で味わったようである。
(――――ッ!? なっ、何だこれ……!?)
その感覚に俺は立ち眩みを起こし、頭を押さえる。
しかし、その感覚はほんの一瞬にすぎなかった。
すぐに酔いのような物は消え、俺は体調を取り戻す。
そして俺は頭を上げ、周囲に視線を移した時――――――思わず、言葉を失った。
俺は今まで学校帰りの歩道を歩いているはずだった。なのに――――――
今俺は――――まるで廃墟のような建物の中にいる。
打ちっ放しの無機質なコンクリートの壁。
外壁が存在せず、吹きさらしのようにがらんどうな広い通路。
丸見えな外の景色から、強い海風が吹き付ける。
見る限りここは、沿岸にある建設途中のビルのようだ。それもかなり大きな。
近くに東京湾の海面が見えることから、俺達がいるのはおそらくビルの3階か4階辺りだろう。
「こ……これは……!」
「お……おい、何だよ、ここ……?」
正樹が声を上げる。
俺のみならず、シエラ、春、正樹の3人もいる。
皆の顔を見るに、どうやらこの景色は俺だけが見ている幻ではないようだ。
「な、なによこれ……!? アタシ達、普通に道を歩いてたはずよね!?」
春が脅えた声を発し、俺の右腕に強く抱き付く。
「お、おい! 一体どうなってんだ!?」
「知らないわよ! 一瞬気持ち悪くなったと思ったら、いきなりこんな所に……!」
正樹と春は状況を掴めず、完全に困惑している。
だが――――俺は確信していた。
「シエラ……!」
「ええ、これは空間転移の魔法……間違いありません。私達は……罠に掛ったようです」
シエラも張り詰めた表情で、周囲を警戒する。
――――そう、こんな常識外れな事は、〝魔法〟以外に出来ない。
そして、俺達を狙ってこんな事をするのは――――――
「ハァ~イ、お元気かしら? お2人さん♪」
フランクな声と共に、その人物は物影から姿を現した。
――――そう、こんな事をするのは、コイツしかいない。
『
「――――ッ! 貴様ッ!!」
青髪で顔半分が隠れたベティーナの姿を見た瞬間、俺は心の奥にあった憎悪の念が噴出した。
重傷を負った姉さんの顔や、爆破テロの犠牲者達の姿を脳裏をよぎる。
「あらあら、オマケまで罠に掛っちゃったのね。可哀想だけど……『
春と正樹の姿を見たベティーナは、面倒くさそうにため息混じりに言う。
ベティーナは布に包まれた大きな長方形の物体を右手に持ち、スリットから見える左脚には銃が収納されたホルスターを備えている。
見るからに、戦う備えだ。
「な、ナオくん? 何? あの人……」
春は不安そうな表情を浮かべながら、先程よりも強く俺の腕を掴む。
「……春、悪いが、手を離してくれるか……?」
「え?」
俺は脅える春に、出来るだけ冷静な声で言う。
春の心情を察せば、この状況でこんな事を言うのは心苦しいが、右腕に掴まれたままでは銃を抜く事も出来ない。
「……頼む」
「う、うん……」
春は脅えた表情のまま、ゆっくりと俺から手を離してくれた。
春が俺から手を離すと、俺とシエラは正樹とシエラを庇うように1歩前に出る。
「……せめて関係のないこの2人は見逃してくれ……と言っても、無駄なんだろうな」
俺が言う。
「あら、分かってるなら話が早いわ。証拠隠滅は魔術師の基本。『
ベティーナは薄ら笑いを浮かべたまま、右手に持った大きな布を構える。
しかし、
「待って下さい」
シエラが言った。
「?」
「シエラ……?」
ベティーナも俺も、不思議な表情でシエラを見る。
「戦う前に、教えてくれませんか? 貴女は…………一体誰なんです?」
シエラはベティーナを見据え、言った。
その予想外な発言に、俺は驚く。
「なっ……何言ってるんだシエラ!? アイツは『紅のベティーナ』だって、お前自身が――――」
「そうです。彼女はベティーナ・グルバヴィッツァであるはずなんです。ですが……」
シエラは推察するような冷静な声で、ベティーナに向けて話を続ける。
「一連の爆破テロや、先輩が襲われた時の話を聞いて、ずっとおかしいと思っていました。貴女が過去に『
「…………」
ベティーナはシエラを睨んだまま、話を聞き続ける。
「にも関わらず、貴女はそれら高等魔術を容易に使いこなし、遙か格上であるはずのマスターをも倒してしまった……。もはや私には、貴女がベティーナ・グルバヴィッツァではない別人としか思えないんです。……貴女は…………誰なんですか?」
シエラの問いに、ベティーナは構えた右腕の得物を降ろす。
「……ふーん、中々おもしろい推理ね
「では、やはり貴女は……」
「でも残念。私は正真正銘本物のベティーナ・グルバヴィッツァよ。まあ、ある意味『
ベティーナは、顔半分を隠す長い前髪をクルクルと弄ぶ。
「? どういう、意味ですか……?」
シエラの言葉に対し、
「では問題。私が犯行予告も日本政府に対する要求も無しに、いきなり爆破テロなんて起こしたのは……一体何故でしょう?」
おどけた感じでベティーナが言う。
「それは……〝陽動〟ですか?」
「ざァ~んねん、ハ・ズ・レ♪」
ベティーナの言葉を聞いて、俺も頭を整理した。
言われてみればそうだ。
そもそも、どうしてアイツは俺が東京に来る前から爆破テロなんて目立つ真似をしていた?
そんな事をすれば警戒されるだけだし、効率を求めるなら俺が地方にいる内に誘拐してしまった方が簡単だったはずだ。
なのに、何故?
奴の行動は、矛盾している。
俺にも、まるで答えが分からなかった。
「フフフ、その顔だと、『
見透かしたようにベティーナが言う。
「いいわァ、教えてあげる。冥土の土産ってヤツで、ね」
ベティーナは、声高に話し始めた。
「……私はね、『
「新兵器……?」
その言葉を聞いて、俺はベティーナが右手に持っている布に包まれた巨大な物体を見る。
「新兵器ってのは、お前が持ってるそのデカい奴か?」
「違うわ。これは私が個人的に調達した物。……まあ、新しい事に変わりはないけど」
俺の言葉を否定で答えたベティーナは、話を続ける。
「……もう少しシンプルに聞きましょうか。人が密集した都心部でテロが起きれば、一体どうなる?」
「どう……って……」
「政権の交代? 金融市場の混乱? 国家間の外交問題? 違うわ。答えはもっと簡単。〝大勢の人が死ぬ〟のよ。そして…………無残に死んだ大勢の魂を魔力に還元する事が出来れば……それは、どれほど膨大な魔力になると思う?」
ベティーナは、背筋が凍り付くほど冷たい笑いを、口元に浮かべる。
そしてベティーナの言葉を聞いたシエラは、即座に顔が真っ青になった。
「そ……そんな……ありえません! 生き物の……ましてや人の魂を魔力に変換することなど不可能なはずです! 生き物の魂を魔力に変換するということは、魂を『輪廻転生』の輪から外すということ……! それは何世紀にも
「そして過去に大事故を起こした事から、魔術師が『輪廻転生』に関わるのは禁忌とされるようになった。現在、生き物の魂を扱う魔法技術は存在しない……。そうね、『
ベティーナはそう言うと、長い前髪に手を掛け、
「……見なさいな。これが、『
顔の右半分を隠す髪を、たくし上げた。
「――――ッ!? それは……ッ!?」
俺もシエラも、ベティーナの顔の全容を見て衝撃を受ける。
そこにあったのは――――――
「どう? 綺麗でしょ? 私の〝目〟。コレは【ソウルズ・オブ・プリズン】。技術者連中はコレに【SOPストーン】なんて名前を付けてるけど、私達は【生命の石】って呼んでるわ。これさえあれば、私みたいな2流魔術師でも『端境(はざかい)の魔女』を倒せる力を得られるの」
ベティーナの右目に埋め込まれた、人間の瞳とは似ても似つかぬ薄黄色の宝石だった。
宝石らしい光沢を持った半透明な石の中には、無数の黒い
「これは〝目〟として機能するように造られた、私専用の石。それにしても科学技術の発展は素晴らしいわよねェ。この石がマダガスカルで発掘されたことで、私達魔術師はまた1歩新しい歴史を刻めるんだもの」
それを見たシエラが、顔面蒼白のまま震える声を発する。
「ま……まさか、その中に閉じ込められた物が……」
「そう、私が殺した日本人達の魂よ。そうねェ、数にしてざっと200人分が封印されてるんじゃないかしら?」
「――――ッ!! 何て事を……ッ!!!」
思わず口元を手で覆うシエラ。
「『輪廻転生』の輪から外れた生き物は、もう2度と転生出来ないんですよ!? それなのに……!」
「酷いって? あら、どうせ生き物なんて転生しても記憶や感情はリセットされて別人になるんだから、関係ないじゃない。人間は生きてる内が
まるで悪びれる様子もなく、ベティーナは鼻で笑うように言う。
もはや奴は人の命などどうとも思っていない。それがはっきりと見て取れる。
「……貴女は……いえ、『
シエラは、震える声で言う。
「ん~?」
「……マスターは言っていました……『
そして、シエラは――――
「そんな事をして、何になるんですか!? 魔術を公の存在にし、世界を魔術で支配したとしても、それだけでは何も変わりません! それは歴史の支配者が変わるだけで、差別も、戦争も、善も悪も、世界は何1つ変わりません! 只、たくさんの人が死ぬだけです!!」
そう、叫んだ。
まるで己が内面をすべてぶちまけるように。
愚かな人間に、真実を説くように。
シエラの叫びを聞いたベティーナは、
「………………プッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
――――笑った。
天を仰ぎ、声を大にし、俺達を
「な……何がおかしい!?」
ベティーナの態度に、俺は腹の虫を逆撫でされる。
「いやァ、『
ベティーナは紅い唇から白い歯を覗かせ、クスクスと笑い続ける。
「成程……私達も随分買い被られたモノね。世界征服を狙っているなんて……」
「……違う……というのですか……?」
シエラも不思議そうな表情で問う。
ベティーナは前髪をかき上げ、
「『
その言葉に対し、堪らず俺は尋ねる。
「じゃあ……何だって言うんだ……?」
「あら、残念だけどそこまでは教えてあげられないわァ。それに、これから死ぬ人達には関係の無い事よ」
小馬鹿にするようにベティーナは言うと、
「そうねェ……貴方達が万が一にでも私に勝ったら、ご褒美に教えて上げる。だから聞きたかったら……構えなさいな」
布を被った巨大な物体を構え、身体をやや低く持った。
「この……!」
俺は腰のホルスターに手を掛け、銃を抜こうとする。
しかし――――そんな俺の目の前を、シエラの手が横切った。
「……先輩は、春先輩達と一緒に後ろに下がっていて下さい」
「シエラ……!」
シエラは俺を制止し、前へと歩み出た。
「……いいでしょう。ベティーナ・グルバヴィッツァ。貴女を倒してその目に宿る人々の魂を解放し、『
「貴方にそれが出来るのかしら、
ベティーナは余裕に満ちた笑いを浮かべる。
シエラは鞄から何かを取り出し、両手にはめた。
『グローブ』だ。それも、手の甲に文字が描かれた鉄の装飾が付いている。
シエラはグローブをはめ終えると両手を下げ、言葉を発した。
「……『我が血に流れる、紅蓮の誇りよ。かつて火を吐き、空を舞い、忘れられた汝の覇道を、
シエラが呪文のような言葉を発すると、彼女の周りに赤いオーラのような物が出現し、金色の髪がフワリと浮く。
そして――――――
「【
叫んだ瞬間――――周囲に炎が噴き上がると共にシエラの金色の髪が深紅に染まり、グローブの装飾がまるでSFメカのように変形して、5本の鋭い指先を持った巨大な【ドラゴンズ・アーム】となる。
赤い髪に、まるで
その姿はまさしく、俺が駅で見た姿と同じだった。
「な……なんだありゃ……!?」
シエラの姿を見た正樹が驚きの声を上げ、春も同じく目を丸くしている。
この反応も仕方ないだろう。
むしろこの2人の前で変身するとは、シエラも思い切った事をしたものだ。
シエラは巨大な腕を構えると、
「さあ……行きますよッ!」
シエラは、まるで獲物に飛び掛かる
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