第2話

 結局、俺は出されたケーキを食べきってコーヒーを飲み干した後に本当にアパートを追い出され、現在、絶賛『新有明』の街中を歩き中である。

 勿論、スマホ片手にマップを見ながら。


 ちなみに伯父さんの店に向かうとあって、今俺は背中にが入ったバックパックを背負い、左手には伯父さんへの手土産が入った紙袋を持っている。

 この土産物も、姉さんが「引越しの挨拶に行くのだから、粗品くらい買って行きなさい」と言われたから途中で買った物だ。

 正直、にこんな物いらないと思うのだが……。


 そうこう思っている内に、


「……と、ここが伯父さんの店か……」


 目的地である、郡次伯父さんが経営する店に到着した。

 看板には大きく『ジョリー・グリーン・ジャイアント』という文字が描かれ、店の前には腰に手を当てた〝やたら笑顔が眩しい緑肌のナイスガイ〟の巨大な人形が堂々と置かれている。


「あ……相変わらずのセンスだな……伯父さんは……」


 俺は引き笑いを浮かべつつ、緑色のナイスガイのすぐ横にあるショーケースに目を向ける。


「おお……流石は東京。やっぱり品揃えが全然違うなぁ……」


 俺は一瞬ショーケースに飾られた物をうっとりと眺めるが、すぐに目的を思い出し、店の中に入って行く。

 すると――――



 広い店内にあったのは『銃』、『銃』、『銃』――――



 無数の多種多様な銃器と、何百何千という数え切れないほど大量の銃器パーツが店内一面にぎっしりと飾られている。


「コイツは凄い……。これからは、細かいパーツをネットで買う必要もなくなりそうだ」


 俺は感嘆の言葉を呟き、店の中をキョロキョロと見回す。

 そんな時、


「おう、いらっしゃい! どんなブツをお探しだい?」


 そんな渋い男の声が、店の奥から聞こえた。

 そして声の主はゴツゴツとした筋肉質な身体を棚の奥からさらけ出し、俺の前に姿を現す。


「――――て、おいおい七御斗じゃねえか! なんだオメエ、もうコッチに来てたのかよ?」


「ああ、今日……っていうかついさっき着いたんだよ。久しぶりだな、郡次伯父さん」


 俺がそうフランクに挨拶するのは、俺の父さんの兄貴であり、この店の店長兼オーナーでもある日向ひゅうが郡次ぐんじ伯父さんだ。


 190センチを超える長身にやや色黒のガッチリとした身体をしており、半袖Tシャツの上に店の名前が書かれた作業エプロンを着用している。

 年齢は40代半ばとまだそれほど老いてるワケではないのだが、白髪を隠す為に染めているグレーの髪をオールバックにしてちょんまげのように結っており、それなりに蓄えたグレーの顎ヒゲも相まってかなりワイルドな印象だ。


 そんな郡次伯父さんは俺を見るなり上機嫌になり、ガハハと笑いながら話を続ける。


「そうかそうか! そりゃご苦労なこった! まあこっち来いよ! 積もる話はカウンターでしようや!」


 そう言って、郡次伯父さんは俺を店の奥にあるカウンターまで案内する。


 カウンターはショーケースになっており、相変わらず銃が並べられている。カウンター上にはレジスターが置かれ、頭上には吊り下げるタイプの薄型TVが吊るされてニュースが流れている。

 伯父さんがカウンター奥の椅子に座ると、俺はカウンターに手に持っていた紙袋を置いた。


「はいこれ。引っ越しの挨拶って事で」


「お? なんだよ、そんな気遣いいらねえってのに。……さてはお前、紗希嬢ちゃんに仕込まれたな?」


「うぐ……っ!」


 正に図星。あっけなく見透かされた俺は、声にすべき事が顔にそのまま出る。


「ハハハハ! 社交辞令ってか? 紗希の嬢ちゃんらしいなオイ! ま、ありがたく受け取っとくよ」


 郡次伯父さんはそう言うと紙袋を持ち、カウンターの向こうに置いた。


「……ふん、だから郡次伯父さんにはこんなのいらないって思ったんだよ」


「ま、そう言うなや。これも大人になるには必要な事だぜ? それに感謝してるぞ~俺は」


 カラカラと笑う郡次伯父さんを余所に、俺は店に飾られる銃器達に目を向ける。


「……それにしても凄いよな。これだけの色んな銃を揃えてる店なんて、地元じゃまず無かったぞ」


「ああん? そりゃそうよ。ここは俺の店なんだぜ? アメリカ製からロシア製、イスラエル製から南アフリカ製までなんでもござれよ。もし欲しいのが無かったら取り寄せてやるぞ?」


 郡次伯父さんは自慢気に言うと、視線を俺が背負っているバックパックに移す。


「……それよりよ、お前俺の店に来たんだから……当然んだろ?」


 郡次伯父さんは含みを持った笑みを浮かべる。

 ……まあ、伯父さんが何を言いたいか、当然のようにわかってしまう自分もどうかと思うが。


 俺はやや笑いながらため息を吐くと、


「……ハア、勿論持って来てるよ。絶対見せろって言うと思ったしさ」


 そう言いつつ背中からバックパックを降ろし、中からを取り出した。


 それは――――『ケース』である。

 持ち手が付いた真っ黒なプラスチック製のケースで、通称『ハンドガンケース』と呼ばれる物だ。


 俺はそれをおもむろに開けると、中身を郡次伯父さんに見せた。


「コレだよ。俺が去年『IDPAシューティングマッチ全国大会』で使ったのは」


「成程……コイツがお前さんをさせたブツかい……」


 郡次伯父さんはかなり真剣な面持ちで、まじまじとハンドガンケースに仕舞われた『銃』を見た。


 先に補足として説明しておくが『IDPA』とはThe International Defensive Pistol Associationの略で、まあ簡単に言えば『拳銃を使った射撃護身術』である。

 競技の内容としてはステージに設けられた的に弾を撃ち込み、その命中精度と全ての的を打ち倒すまでのクリア時間を競うといった物だ。


 俺はそんな『IDPA』の中でも腕効きのトップシューターが集う全国大会で、去年めでたく過去最年少で優勝を果たした。故に、その界隈で俺はちょっとした有名人なのだ。


 ……が、そもそも『銃』という世界に親しみがある人というのは存外少なく、さらに『IDPA』みたいなよりコアな世界を知る人はもっと少ない。

 よって有名人とは言っても、所詮は井の中の蛙なのだ。

 俺の自慢にならない自慢とは、コレである。


 話を戻すが、郡次伯父さんは「ちょっと触っていいか?」と尋ねてきたので、俺はそれを快く了承する。

 郡次伯父さんは手袋を付けてケースの中から『銃』を取ると、


「ふむ……外観は至って普通の【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ】だな。えーっと……弄ってあるのはグリップ・セイフティと……マグウェルだけか?」


「いや、あと引き金トリガーの重さも2パウンド軽くしてフェザータッチにしてある。トリガーの切れ味がなくなるのはあんまり好みじゃないんだけど、軽いに越した事はない」


 郡次伯父さんが手にした【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチック・ピストル】は銀色に光る大柄な拳銃で、装弾数は薬室チャンバーに弾が入っている事を加味してもノーマルマガジンで8+1発、ロングマガジンで10~15発と少ない銃だが、『45口径弾』という強力な弾丸を発射出来る頼もしい銃だ。

 銃にあまり詳しくない人には〝ガバメント〟って言えば通じやすいだろうか?


 郡次伯父さんはひとしきり銃を弄り終えると、


「成程ねぇ……にしても、わざわざ弾数の少ない1911ナインティーンイレブン系の銃を使い続けるなんざお前さんも物好きだよなぁ。使用銃の種類を問わないIDPA一般クラスじゃ、装弾数の多い9ミリオートの方が有利だろうに」


 と渋そうに言う。


「まあね。確かにシグザウエルは構えた|時照準《サイト)が自然に重なるから狙いやすいんだけど、新品じゃ値段が高すぎて俺には手が出せないよ。グロックはグリップ角度アングルが1911系と違いすぎて、今の所論外」


 俺は郡次伯父さんから銃を取り戻すと、その表面をそっと親指でなぞった。


「それにこの形は…………使だからさ……」


 俺がそう言うと――――郡次伯父さんは、一瞬言葉を詰まらせる。


「……そうか……そういやアイツも…………お前の親父さんも、1911コレの愛好者だったな……」


「ああ……だから、俺はこの銃を父さんと同じ位に使いこなしてみせる。……とりあえず、それが今の目標かな」


 俺は手にした【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチック・ピストル】を見つめ、静かに言った。

 郡次伯父さんも、深いため息を吐く。


「……あれから、随分時間が経っちまったなあ。もう10年か」


「ああ、早いもんだよ。あの時まだ7歳だった俺が、今じゃもう高校生だ」


 苦笑を含んだ言い方で言う。


 俺の父さんは、凄腕の拳銃使いガンマンだった。

 拳銃を使う射撃大会で何度も優勝し、俺と同じ1911系の銃を使わせれば右に出る者はいなかったらしい。


 しかし、俺は父さんが銃を撃つ所をこの目で見た事はない。


 ――――なぜなら、俺の父さんは、10年前に死んだのだ。


 もっとも、死因も死んだ時の事も詳細には分からない。

 何故なら父さんは〝戦死〟したからである。


 俺の父さんは、軍人だった。それも日本ではなくアメリカの軍隊に入っていた。

 日本人だった父さんは国籍をアメリカに変え、死ぬまであの国の兵士として戦った。


 家族を日本に置き去りにして、勝手に死んでしまった父さんを怨む気持ちはないでもない。

 しかしそれでも、俺にとっては本当の父親であった人だった。尊敬できる人だった。

 

 子供である俺や姉さんに自分が銃を撃つ所を見せなかったのは、きっと父さんなりの親心もあったんだと思う。

 そんな父さんを、嫌いになれるワケがない。


「……そうだな。あの馬鹿は、今頃お天道様になってあの世からお前を見てんだろうよ。〝とんだドラ息子になっちまったもんだ〟ってな」


 頭をポリポリとかきながら、俺を励ますように言ってくれた。


「伯父さん……」


「……それより、よぉ……」


 郡次伯父さんはワザと雰囲気を切り換えるように「むふー」と笑いながら、再び俺に顔を近づける。


「な、なんだよ……」


「いやなに、前年度IDPA優勝者の実力を、ちっとばかし見せてほしいな~……なんてよ」


 郡次伯父さんの瞳は、いやらしくも期待に満ちた目をしていた。

 それを聞いた俺はため息を吐きつつ、


「……ああ、成程ね。……いいよ、どうせそう言われるだろうと思ってたし」


「よっしゃ! そうと決まればさっそく行こうぜ! 地下に射撃場があるからよ! ああ、弾代はこっちで持ってやるから心配すんな! ナハハハハ!」


 郡次伯父さんは豪快に言うと、カウンターから出てノリノリで地下の射撃場に向かって行く。


 俺は【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチック・ピストル】とハンドガンケースを持ち、その後を着いて行くのだった。

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