序章『ガンマニア』

第0話

「……ここが、東京か……」


 そんな事を呟きながら、俺は新幹線から降りた。

 大勢の人がごった返している駅の構内には『東京駅』と大きく表示された案内板があり、俺が今いる場所が東京駅である事が一目で見て取れる。


(これで俺も、晴れて上京か……にしても、ホント人多いなぁ……)


 俺はそんな事を思いつつ、改札へ向けスーツケースを引っ張って歩き出す。改札の前には大きな機械と、駅員が数名待機していた。


「よ……っと」


 俺はベルトコンベアが動く機械の上にスーツケースを置く。

 これは空港などにもあるX線荷物検査装置で、違法な物を持ち込んでいないかチェックする装置だ。

 次に、俺自身が左右に立てられた柱の中を通る。

 こっちは金属探知機で、身体に刃物などの危険物を所持していないかチェックする物である。

 まあ、駅とか空港みたいな交通機関の要所なら何処にでもあるし、特別珍しい物でもない。


 しかし金属探知機を通り過ぎ、X線検査装置からスーツケースが出て来た所で、


「……ん? キミキミ、ちょっと待って」


 と、俺は若い女性の駅員に呼び止められた。


「はい?」


 不思議に思う俺を、女性の駅員はチョイチョイと手招きする。俺はスーツケースを取ると、駅員に近づいた。


「あの……何か?」


 俺、なんも変な物持ち込んでないはずなのに……と訝しげに女性の駅員を見る俺に対し、駅員は小声で話す。


「いや、別に何かってワケじゃないんだけど…………君、『銃趣味ガンマニア』の人?」


「え?」


 何故バレたし、と俺は思わず口に出しそうになる。


「マニアってほどじゃないですけど……分かるんスか?」


「君、スーツケースの中に『拳銃』入れてるでしょ。しかも律儀にハンドガンケースに入れて持ち運んでるなんて、そういう趣味の人しかいないよ」


 女性の駅員はやや嬉しそうにしながら話を続ける。


「いやね、お姉さんも好きでよく射撃場行ってパンパンやってるんだけど、君みたいに駅に堂々と銃持ち込む人っていうのはまだまだ少なくてさ。銃規制が緩和されて誰でも銃を持ち運べるようになってからもう随分経つのに、日本人ってのはどうにも銃アレルギーが抜けないみたいなんだよね。だからお姉さんちょっと嬉しくなっちゃってさ、声掛けちゃったワケ」


 へえ、この女性もなのか。女性にしちゃ珍しい。

 と、俺はどこか親近感を覚える。


「……コイツは、持ち込んでいいんですよね?」


「勿論。弾丸を持ち込むのはご法度だけど、銃だけならOKだよ。弾丸の弾頭にはX線に反応する金属粉が練り込まれてるからすぐ分かるけど、装置に反応が無かったしね」


 女性の駅員はそう言うと、俺の格好を眺める。


「……君、地方から来たんでしょ? 観光?」


「いえ、引っ越しです。親の事情で、東北から東京の学校に……」


 俺の言葉を聞くと、女性の駅員はやや複雑そうな顔をする。


「そっか……それは大変だね……。それで、どこに行くの?」


「『新有明しんありあけ』ですよ。これからすぐ向かいます」


 場所の名前を聞くと、女性の駅員は少し明るい顔を取り戻した。


「へえ、あの新しく出来た街か~。成程、確かにあそこはどんどん転居者を募集してるからなあ。ちょっと羨ましいかも」


「姉が先に住んでるので、同居させてもらうことになってるんスよ。だから今日もあんまり遅れると怒られちまうんで……」


「ははっ、そっかそっか。それは呼び止めて悪かったね。新有明あそこは海沿いで風が気持ちいいし、良い新生活が送れると思うよ。満喫しておいで」


 女性の駅員の言葉を聞くと、俺は「ありがとうございます。そんじゃ」と言い残し、スーツケースを引っ張って駅の中を歩いて行った。



 俺はその後スマホを片手に必死で乗り継ぎ駅を調べ、マジで何度か迷子になりながらも幾つも電車を乗り継ぎ、最後の乗り継ぎであるモノレールに乗り込む。

 そしてモノレールが発車してしばらくした時――――窓越しに、ある光景が俺の目に移り込んで来た。


 大きく広がる東京湾、彼方に見える水平線、そして――――


 東京国際展示場に隣接する東京港を埋め立て、最先端のメガフロート技術によって巨大な人工島として誕生した新たなる街、『新有明』。


 あそこが、これから俺が住む街になる。

 片田舎から出た事が無かった俺は、上京して新しい街に住むというシチュエーションにどこか心躍っていた。




 ――――そう、この新しく生まれた街で、自分の人生が大きく変わってしまう事も知らずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る