第26話

 攻撃を受けた正樹の救助に向かっていた春は、正樹がいたコンテナの辺りまで来ていた。


「正樹!? 何処にいるのよ! 生きてるんでしょ!? 返事してよ!」


 春は精一杯の声で叫ぶ。

 春は【H&K MP5短機関銃サブマシンガン】を持ち、黒の戦闘ズボンを穿き、半袖のコンバットシャツの上に薄手の防弾チョッキボディーアーマーを身に着けている。戦闘用の装備は最低限で、ほとんど護身用の域を出ていない。

 そんな身なりの春は、まるで戦場跡のように滅茶苦茶になったコンテナ群を歩き回り、正樹を探していた。

 しかし、一目見て分かるようにとても人間が生きていられる状況ではなく、正樹の生存がもはや絶望的である事は明白だった。

 雨が降っている中でも炎が燃え盛り、辺り一面に硝煙の臭いが立ち込める。瓦礫の山となったコンテナ置き場で春は座り込み、雨を受けながら俯く。


「嘘……でしょ……? どうして……アンタみたいな馬鹿が死ぬワケないのに…………皆で帰るって……パパと約束したのに…………っ!」


 春は震える声で呟く。

 雨に打たれてびしょ濡れの春の頬を、雨とは違う水が流れた。

 ――――そんな時、


「…………うぉ~い」


 そんな声が、春の耳に入った。


「え……?」


「お~い……俺は此処だ~……」


 またも声が聞こえる。

 この声は、間違いない。そう思った春は即座に立ち上がり、声が聞こえた方向へ走る。

 そしてコンテナ瓦礫の中を進み、瓦礫と瓦礫の間を覗き込むと――――――そこには、見覚えのあるベースボールキャップがあった。


「よお…………俺が、なんだって?」


 全身傷だらけ正樹が顔を上げ、春を見やる。


「ま……正樹!」


 すかさず春は正樹に近づき、正樹の状態を確認する。


 正樹は身体のあちこちに鉄片が突き刺さり、切り傷も無数にある。額からも血を流し、顔の半面を真っ赤に染め上げている。

 しかしそれでも致命傷に至っていないのは、頸動脈などの太い血管が流れている場所を負傷していない事と、春よりもずっと重装備なボディーアーマーが胴体を守ってくれた事だ。

 アスト・ヴィダーツの魔力砲が直撃しなかった事やコンテナに押し潰されて即死しなかったのも、もはや幸運ラッキーとしか言いようがない。


「ア……アンタ、どうして……!」


「へっ、あんなへっぽこ攻撃で、不死身の俺がくたばるかよ。それでも……痛ツ……吹っ飛ばされたこのベースボールキャップトレードマークを探し回ってる間に、何度か気ィ失いそうになったけど」


 正樹は頭のベースボールキャップを抑え、笑いながら言う。

 そんな正樹の顔を見た春は、


「…………ホント……っ、馬鹿なんだから……っ!」


 可愛らしい童顔をくしゃりと歪め、雨が滴る中でもハッキリと分かる大粒の涙を流す。


「お、おいおい。そんな泣くなよ。俺はこの通りくたばってねーじゃねーか」


「うるさいうるさい! もう死んじゃえ! この馬鹿っ!」


 春は涙が溢れる目をぐしぐしと拭い、正樹に肩を貸す。


「ホラ! 生きてるんなら、さっさとナオくん達に合流するわよ!」


「ああ……あの化け物はかなりヤバそうだ。早く加勢にっ、行かないとな……っ!」


 正樹は春の肩を借りながら傍に置いてあった【イズマッシュ サイガ-12半自動散弾銃セミオートマチックショットガン】を拾い、痛む身体に鞭打って立ち上がる。


 そして2人で移動を始めた、その矢先――――――

 2人の目の前の地面に、突如もやが発生する。


 そして、その中からアスト・ヴィダーツ同様くすんだ白色の肌をした〝犬〟のような怪物が出現した。


「な……何アレ……?」


 得体の知れない犬のような怪物に驚く春。

 白色の肌を持った犬のような怪物は激しく春達を威嚇し、今にも襲い掛かろうとしている。

 しかも、1匹だけではない。

 次々と地面に靄が発生し、2匹、3匹とどんどん増え、あっという間に10匹近い群れを作る。


「……へっ、どうやらコイツ等は、あの化け物の〝猟犬ハウンド・ドッグ〟って事らしい」


 正樹は皮肉っぽく言う。


 そして――――――――――猟犬の群れは、一斉に春と正樹に襲い掛かった。




「ぐぅ……お……」


 俺は元々コンテナだった瓦礫を、身体の上から退ける。

 アスト・ヴィダーツに吹っ飛ばされ、幾つもコンテナを突き抜けた俺だったが、どういうワケかこうして生きている。

 どうやらあの化け物、俺を殺す気はなかったらしい。

 確かにものの見事に吹っ飛ばされたが、俺を吹っ飛ばした魔力の塊その物が簡易的なクッション代わりになった為、生身で鋼鉄製のコンテナにぶち当たっても身体が引き千切れる事はなかったようなのだ。


 おそらく、俺を殺さないように無力化するのが奴の目的だったのだろう。

 確かに、全身が打撲を受けたみたいにギシギシと痛む。それでも、起き上がれないほどじゃない。


 そして俺は身体を起こそうと、腹筋に力を込めるが――――――


「――――ッ!! 痛ゥッ!?」


 直後に腹部に強烈な痛みを感じ、起き上がる事が出来ない。


「な……何……?」


 俺は状況が掴めず、自分の腹部に視線を落とす。


 すると――――――なんと俺の右下腹部を、


 おそらく俺が幾度もコンテナに衝突した際、運悪く何処かで刺さってしまったのだろう。これは魔力の塊も防いではくれなかったようだ。

 鉄パイプは、ケブラー製防爆アーマーボディアーマーごと腹部を完全に貫通している。腹部からは大量の血液が流れ、傷口周囲を真っ赤な色に染めている。


「う……嘘だろ……チクショウ……っ!」


 俺は腹部に刺さった鉄パイプを引き抜き、強化外骨格パワード・エクソスケルトン【ハインライン】の力を借りて半ば無理矢理立ち上がる。


「は……早く……止血、しないと……!」


 俺は医療トラウマキットを隠した場所まで歩こうと、コンテナに手を当てながら足を前へと踏み出す。

 しかし、ここでも俺を不運が襲った。


 強化外骨格パワード・エクソスケルトン【ハインライン】の燃料電池とコンピュータが納まった背部のバックパックが火花を上げ、【ハインライン】が機能を停止してしまったのだ。

 

 どうやら散々コンテナを突き破った衝撃で、内部が破損してしまったらしい。

 今まで身体能力を引き上げてくれていた強化外骨格パワード・エクソスケルトンは、只の鉄の錘となってしまった。


「マ……マジかよ……!」


 俺は強化外骨格パワード・エクソスケルトン【ハインライン】のクイックリリースコードを引っ張り、一瞬で【ハインライン】を脱ぎ捨てる。

 そして完全な生身となり、自分の脚力で1歩1歩歩む。


「こ……こんな事、してる場合じゃないってのに……! こうしてる間にも、シエラ達が……!」


 俺は少しでも早く歩こうと足に力を込めるが、肝心の足はまるで言う事を聞いてくれない。

 むしろ時間が経つに連れて足が震え、全身を寒気が包む。

 意識が朦朧もうろうとし始め、最高に気分が悪い。

 完全に、出血多量による失血症状が出始めている。


 それでも俺は前に進もうとするが――――――呆気なく地面に膝をついて倒れ、身動きが取れなくなった。


「う……うう……」


 俺は地面を這ってでも進もうとするが、もはや腕を動かすこともままならなかった。

 地面に流れ落ちた血液は、雨で薄まり、流されていく。

 自分の中から、何かが抜けていく感覚。

 そして襲ってくる、猛烈な眠気のような感覚。

 俺は、ハッキリと感じた。


 これが――――――――――〝死〟という感覚。


 ――――死ぬのか? 俺は。


 こんな所で、こんな場所で、たった1人で。



 ――――そんなのは、嫌だ。



「ク……クソォ…………死んでたまるか……死んで……」


 俺の脳内に、今まで関わった人達の顔がフラッシュバックする。

 誰でもいい、誰か俺に力をくれ。

 誰か、俺を助けてくれ。


「……姉……さん…………父………さん……………………シエ…………………ラ……」


 俺は口から何人かの人を呼ぶと、意識が暗闇の中へと沈んだ。



 まるで夜の海に沈んだかのような、落ちていく感覚。



 ――――――――――だが、沈んだ暗闇の向こうに――――――俺は光を見た。



 それはまるで〝夢〟を見ているような、不思議な感覚だった。


 俺は無意識に、光に手を伸ばす。

 すると、何者かの腕が光りから伸び、俺を光の中へと引っ張った。


 途端、俺は暗闇から一転して眩しい光の世界に包まれる。

 俺は眩しさからすぐには目を開けられずにいたが、徐々に目を慣れさせ、光の世界を視界に納める。


 そこは、〝場所〟というより〝空間〟という表現が近い、そんな真っ白な世界だった。


 そして俺の目の前に、何かが現れる。

 それは初めはぼんやりと、しかし徐々に鮮明に俺の目に映る。


 それは、〝人〟だ。

 ――――女性、しかも俺がとてもよく知っている女性だ。



 ――――――姉さん?



 見紛うはずもない。

 俺の目の前に現れたのは、俺の実姉、紗希姉さんだった。


 姉さんは朗らかで、優しい笑顔をしている。



 ――――――どうして、姉さんが此処に?



 俺は姉さんに尋ねる。

 しかし姉さんは言葉を発さず、何も答えず、そっと俺の胸に手を当てる。


 すると俺の体内から光の玉のような物が出現し、姉さんはその光の玉を自分の手の平の上へと誘った。


 次の瞬間、光の玉は姉さんの手の上で消滅し、真っ白だった世界に雪のような物が降り始める。


 これは何だろう? 

 俺がそう思ったのも束の間、姉さんはそっと俺を抱き締めてくれた。


 ――――――温かい。俺はそう思った。


 確かに感じる、人の温もり。

 それが俺を包んでくれている。


 そう思った時、俺の目から、1滴の涙が落ちた。




 ――――――――――その、刹那、




「――――――ッ!? ゲホッ!」


 俺は目を覚ました。

 周囲に目を向けると巨大なコンテナと瓦礫に囲まれており、止めどなく雨が降っている。

 真っ白な世界や姉さんの姿など、何処にもいない。


「…………夢……だったのか……?」


 俺がそう呟いた時、


「――――痛ッ!?」


 腹部が激しく痛んだ。

 先程と同じく、鉄パイプが貫通した場所だ。


 ――――しかし、先程とは様子が違った。

 俺が身体を起こして傷口を見ると、ぽっかり空いていたはずの傷口が光り、瞬く間に穴を塞いでしまった。もはや痛みなどまるで無い。


「な、何だ……? 何がどうなって……」


 俺は困惑するが、俺の身体はみるみる活力を取り戻し、さっきまで満身創痍な状態だったのが嘘のように身体が軽い。


 それに――――――感じる。


 今までにない、何か〝力〟のようなモノを。


「……死ぬな、って事か……」


 俺は自分の手の平を見て、


「…………ありがとう、姉さん」


 そう呟くと、俺はシエラとアスト・ヴィダーツが戦っているであろう場所に向け、走り出した。

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