第27話

 七御斗が吹き飛ばされた直後から、シエラはアスト・ヴィダーツと熾烈な戦いを繰り広げていた。


「く……ッ!」


 いや、シエラの視点から見れば、熾烈な防衛線を繰り広げていた、と言った方が正しい。

 並外れた戦闘力を持つアスト・ヴィダーツの攻撃にシエラは手も足も出ず、防戦に徹するのが精一杯となっていた。


 アスト・ヴィダーツの電動丸ノコサーキュラソーの重い猛攻がシエラを襲い、シエラは必死にそれをさばく。

 アスト・ヴィダーツの腕力は桁外れで、1撃1撃を両手の【ドラゴンズ・アーム】でなんとか防ぐといった状態だ。


「ハア……ハア……ッ!」


 しかし、防戦に回り続けたシエラの体力はもはや限界に達していた。

 アスト・ヴィダーツの電動丸ノコサーキュラソーを避けた刹那、一瞬の隙を突かれてアスト・ヴィダーツの右手で思い切り殴り飛ばされる。


「ガ……ッ!」


 殴り飛ばされたシエラは、そり立ったコンテナの壁に背中からぶち当たる。

 そして、アスト・ヴィダーツは追撃とばかりに右手から魔術の衝撃波を発した。


 衝撃波を受けたコンテナの壁は大きく凹み、その中心にいたシエラは、力なく地面に落下する。

 同時に【血脈解放ブラッド・リベレート】が解除され、髪の色も金髪に戻り、【ドラゴンズ・アーム】も通常のグローブに戻る。


「……う……うう……」


 体力も魔力も使い果たしたシエラにもはや戦う力は残っておらず、アスト・ヴィダーツを目の前にして立ち上がる事さえ出来ない。


 アスト・ヴィダーツは倒れるシエラに近づき、大きく左腕を振り被る。

 高速回転し、今にもシエラをミンチにしようと火花を散らす電動丸ノコサーキュラソー


 ――――――ここまでか。


 シエラは思った。

 助けなど来ない。もし来たとしても、このアスト・ヴィダーツを止める事など出来ない。


(……ごめんなさい、マスター…………私は……約束を……守れませんでした……)


 心の中でそう呟き、目を瞑るシエラ。

 そしてシエラに――――――――――電動丸ノコサーキュラソーが振り下ろされた。



 シエラの身体が両断されるかと思った、その刹那―――――――



 突如、アスト・ヴィダーツの右半身がし、アスト・ヴィダーツの巨体が吹っ飛ぶ。


 コンクリートの地面を何度もバウンドし、シエラの遙か遠くまで吹き飛ぶアスト・ヴィダーツの肉塊。


「え……?」


 シエラはあまりに突然の出来事に目を丸くする。

 そんなシエラに、


「シエラ! 大丈夫か!?」


 呼び掛ける声があった。


 ――――七御斗である。

 七御斗がコンテナの上から、アスト・ヴィダーツ目掛け【RPG-7 対戦車擲弾発射器ロケットランチャー】を撃ったのだ。

 放たれた対戦車榴ロケット弾はアスト・ヴィダーツの右側面に命中し、文字通りアスト・ヴィダーツを吹っ飛ばした。


 七御斗はコンテナを下りてすぐにシエラに近づき、手を貸そうとする。


「先輩……どうして……!」


「説明は後だ! 立てるか!?」


  七御斗の声にシエラも手を伸ばし、七御斗の手を取る。そして傷だらけの身体を起こした。

 だが同時に、数十メートルは吹っ飛び、右上半身を消失したアスト・ヴィダーツもゆっくりと立ち上がり、身体の再生を始める。


「そ、そんな……! あれだけの攻撃を食らったのに、もう動けるなんて……!」


「クソッ! もう武器が……!」


 七御斗は周囲を見渡すが、もうアスト・ヴィダーツに対抗出来そうな武器は見当たらない。腰に付けた拳銃などでは足止めも出来ない。

 万事休す。七御斗達がそう思った時――――――




 丁度その頃、七御斗達の近くで発砲音を響かせている者達がいた。

 春と正樹の2名である。


 2人は猟犬ハウンド・ドッグの猛追撃を振り切り、七御斗達の近くまでなんとかやって来ていた。

 倒しても倒しても沸いてくる猟犬ハウンド・ドッグ相手にひたすら銃弾をばら撒き、2人共かすり傷だらけになっていた。


「もう! 倒しても倒してもキリがないじゃない!!」


「ハア……ハア……七御斗達の所には、まだ着かねえのか……!」


「うっさい! 口動かす余裕があるなら、少しでも足動かしなさいよ!」


 正樹は相変わらず春に肩を借りたままで、2人3脚状態で走っていた。


 正樹は1度右足を猟犬ハウンド・ドッグに噛み付かれたらしく、片足から大量に血を流している。さらに他の怪我も相まって、容体が悪化していた。

 それでも襲い来る猟犬ハウンド・ドッグに対して春は【H&K MP5短機関銃サブマシンガン】の正確な弾を食らわせ、正樹は【イズマッシュ サイガ-12半自動散弾銃セミオートマチックショットガン】で近寄る猟犬ハウンド・ドッグを吹っ飛ばす。

 そうして追撃をかわしながら2人一緒に走っていると、


「……あ! 見て、ナオくんとシエラちゃんだわ!」


 春がおもむろに声を上げた。

 正樹も春と同じく前方を見ると、そこには確かに七御斗とシエラが一緒にいるのが見て取れた。


 だが、どうにも状況は良くないらしい。

 シエラは変身を解き、七御斗はほぼ丸腰の状態になっている。

 にも関わらず、七御斗達から数十メートル離れた先にはあの化け物アスト・ヴィダーツがいる。


「……ああ、でも、あんま良い雰囲気じゃないみてーだぜ?」


「……みたいね」


 春は喜んだのも束の間、顔を強張らせる。


「……日向、俺のを取れ」


 正樹が春に言う。


「え?」


「背中のケースに入ってる、このデカイ銃だ! コイツを、七御斗に投げろ!」


 正樹は顔を背中の方に向け、目線で春に知らせる。

 正樹のボディーアーマーの背部には、確かに大きなケースが取り付けられていた。

 中には、が納まっている。


「う、うん」


 春は言われた通り、ケースから銃を抜く。

 そして、


「ナオく――――んッ! 受け取って――――――ッ!!」


 春は七御斗に向かって、思い切り銃を投げた。


「!」


 七御斗もすぐに春の声に気付き、投げられた銃を見る。

 銀の塊が宙を舞っている瞬間、


「使え! 【マグナム】だッ!!!」


 正樹は、七御斗にしっかり聞こえるよう思い切り叫んだ。


 七御斗は投げられた銃をしっかりとキャッチし、グリップを握る。


 その銃は【S&W M460XVR回転式拳銃リボルバー】という、とても拳銃とは思えないバカデカいボディを持ち、2キロを優に超える重量と、グリップから銃口まで長さ54センチという長大な全長を持った何もかも規格外のマグナム回転式拳銃リボルバーだ。

 飛び出たような不格好な銃身バレルの先端には強烈すぎる反動を抑制するためのマズルブレーキが付いており、その迫力は見る者を圧倒する。

 もはや銃と呼ぶより〝ハンドキャノン〟と形容した方が正しいようにすら思える。




「これは……!」


 俺は手に持った重い銀色シルバーの塊に、思わず息を漏らす。

 しかしそう思ったのも束の間、


「先輩! ベティーナが!」


 シエラの声に反応し、俺はアスト・ヴィダーツを見る。

 アスト・ヴィダーツは完全に身体を修復し、俺達へ向けて足を踏み出していた。


 それを見た俺は大きく深呼吸し、スッと【S&W M460XVR回転式拳銃リボルバー】を構える。バカデカい銃を前に突き出し、アスト・ヴィダーツに向けて照準を定める。


 ――――――集中。

 心の中でそう思った時だった。


 突如、手に持った【S&W M460XVR回転式拳銃リボルバー】が〝光〟を発し始める。

 それはステンレスで出来たボディが光を反射しているとかそういうレベルではなく、もっと強い光だ。


「この光……! まさか、が……!?」


 光り輝く銃を見たシエラが言う。


「お、おい……! 何だよコレ……!?」


 突然の現象に、俺は困惑を隠せないが――――――


「恐れないで!」


 シエラが俺の背中に抱き付き、そう叫んだ。


「シエラ……?」


「先輩のは、私が制御します……! だから先輩は自分を信じて、!!」


 シエラは俺の背中に額を当て、ぎゅっと俺の胴を抱き締める。


 自分に何が起こっているのか、ワケがわからない。

 でも――――――――――


「……ああ、分かった」


 俺は、信じた。


 俺を信じてくれる、


 再び、俺は【S&W M460XVR回転式拳銃リボルバー】を構える。


 集中し、神経を研ぎ澄ませ、アスト・ヴィダーツに狙いを定めて撃鉄ハンマーを親指で起こす。

 俺が集中すればするほど、俺の身体から銃に〝力〟が集まるのを感じる。

 いつの間にか長い銃身バレルの周囲には白い粒子のような物が渦巻き、次第に台風の目のようになっていた。


 周囲の大気が揺れ、降っていた雨が、まるで時間の流れが遅くなっているかのようにゆっくりと地面に落ちていく。


「――――ア――――ア――――」


 そんな状況を見たアスト・ヴィダーツは走り、電動丸ノコサーキュラソーを振りかざしながらもの凄いスピードで突撃してくる。

 奴も、1撃でケリを付けるつもりだ。




 ――私はね、生まれた時から戦争に加担する事を運命付けられているのよ。




 アスト・ヴィダーツを見た俺は、ベティーナが自分の境遇を話していた時を思い出す。

 自分の生まれを呪い、世界を変えようとした、あのベティーナの言葉を。


「……すまない」


 自分の理想の為に、命を捨てて戦ったベティーナに詫びの言葉を呟いた俺は―――――――――――【S&W M460XVR回転式拳銃リボルバー】の引き金を、引いた。


 瞬間――――――銃を握る手が弾け飛んだかと思うほど強烈な反動と共に銃口が爆炎を吹き、強大なマグナム弾が発射された。


 弾丸は大気を巻き込み、〝光の槍〟となってアスト・ヴィダーツへと向かう。


「――――――」


 アスト・ヴィダーツは左腕の電動丸ノコサーキュラソーを振り下ろし、〝光の槍〟を受け止めるが――――――――――瞬く間に電動丸ノコサーキュラソーは粉々に壊れる。


 アスト・ヴィダーツの左腕を貫いた弾丸は、彼女の目掛け、


「――――――――――ア――――」


 ――――命中した。


 その瞬間、アスト・ヴィダーツは巨大な光に包まれる。

 その光は天空へと柱を作り、空と地上を結ぶ。


「これは……!」


 俺達は皆、その幻想的な光景に目を奪われた。


 そして光の柱の中でアスト・ヴィダーツは砕けるように消滅し――――そこには人間のベティーナが残される。


 光の柱が消えると、ベティーナは人形のように、力なく地面に崩れ落ちる。

 そしてそれきり、彼女が動く事はなかった。





 戦いは――――――終わった。

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