第7話
「ハア……なんだったんだろ……」
俺は複雑な心境のままアパートを後にし、途中モノレールを経由したりしながらトボトボと学校へ向かっていた。
『新有明』の街は流石東京だけあって、今俺が歩いている国道沿いも多くのビルに囲まれている。
通勤の最中であろうサラリーマンやOLの姿も地元より圧倒的に多い。
俺もそんな人混みに紛れ、街を歩いて行く。
――――が、俺にはどうしても1つ、気になることがあった。
「……ひょっとして俺、
俺から十数メートルほどの後方を、全く距離を崩さずに歩いている1人の少女がいた。
制服のデザイン的に、たぶん俺と同じ高校の生徒だと思う。
普通ならこんな人ゴミの中で自分と同じ学校の生徒が歩いていても不思議ではないし、学校に向かってるんだから同じルートを歩くのは至極当然と言える。
では、何故俺がそんな厨二病患者みたいな事を思うのか?
それはというと――――彼女は俺がマンションから出た時から、ずっと俺の後を付いて来ているからだ。
まず、俺はマンションのエントランスで彼女を見かけた。
俯き気味に壁に寄り掛かり、まるで誰かを待っているような雰囲気を出していたのを覚えている。
最初は彼氏とか友達が俺と同じマンションに住んでて、そいつを待ってるんだろうと思ってさほど気にも留めなかった。
しかし、俺がマンションから出て歩き出すと彼女もマンションを出て、以降ずっと俺の後ろを歩いている。
俺は不思議に思って1度ワザと立ち止まり、スマホを弄る素振りを見せると、彼女も立ち止まってスマホを弄り始めた。
他にも早く歩いてみたり遅く歩いてみたりしたが、やはり彼女も俺に合わせて歩調を変え、一定以上の距離を離そうとしない。
「う~ん……」
やっぱ考えすぎか? 別に俺を尾けてるワケじゃなくて、本当に偶然なのだろうか?
少し考えたがどうしても釈然としない俺は――――今度はワザと学校へ行くルートから外れ、
そして立ててあった看板の影に隠れ、少女が来るかどうか見守る。
すると――――10秒もしない内に少女も細い道に掛け込んで来る。
俺が隠れている看板を通り過ぎ、焦った様子で辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「見失った」、行動でそう言ってるようなモンだ。
(やっぱり尾けられてたか……でもなんだって俺を?)
俺は直接少女にそれを尋ねる為、看板から身体を出した。
「おいお前、マンションからずっと俺のこと尾けてただろ。俺に何の用だ」
俺は別段オブラートに包む事も無く、少女にありのままの質問をぶつけた。
すると少女も俺の声に反応し、こちらに振り向く。
「――――!」
俺は――――――――振り向いた少女の顔を見て、思わず目を疑った。
彼女は、西洋人だった。
さらりと流れる金の長髪をハーフアップにして上品に束ね、琥珀を想わせる色白の肌、日本人とは明らかに異なるグリーンの瞳、そして吸い込まれるような桃色の唇など、何処を取っても一部の隙も無い目が覚めるような美人である。
身長や雰囲気からしておそらく後輩であろうが、故にどことなくあどけなさが残り、艶めかしい顔に可愛らしい情調が乗っかって魅力値が跳ね上がっている。
別に自慢じゃないが、俺は上に姉が2人もいるせいか女性に対して鼻の下が伸びることは滅多にない。
今まで彼女とかいなくても別に平気だったのは、たぶんそこら辺も関係してるんだと思う。
だが目の前に佇む少女は、そんな俺でさえ見惚れてしまう程の麗人だった。
どうしてこんな美人が俺を尾行してたのか甚だ見当もつかない。
俺はしばし言葉を失い、彼女に魅入っていた。
「……貴方が、日向紗希の弟さんですよね?」
少女は薄ピンクの唇を動かし、声を発する。
「え? あ、ああ、そうだけど……姉さんを知ってるのか?」
少女の声にハッとした俺は慌てて返答し、自分が尾行されていた事を思い出す。
「むぅ~ん……」
少女はこちらの問い掛けに答える事なく俺に近づき、スンスンと鼻を立てて俺の匂いを嗅ぐ。時には俺の背後に回り込み、様々な方向から、余すことなく。
「な、なんだよ……?」
少女の行動に、激しく困惑する俺。
少女はあらかた俺の身体を嗅ぎ終えると、最後に――――まるで子猫のように、俺の頬をペロリと舐めた。
「うわあああああッ!?!? な、なななな何すんだッ!?」
美人少女の電波すぎる行動に俺は完全に取り乱し、羞恥で顔を真っ赤に染めながら少女と距離を取る。
幾らなんでも予想外すぎるだろ。
「う~ん、確かにマスター……いえ、紗希さんと同じ遺伝子を感じます。本物の弟さんなんですね、顔は全然似てないですけど」
「似てなくて悪かったな! 一体お前は何なんだよ!?」
少女に行動だけでなく口でも電波な事を言われ、さらにさりげなく罵られた俺は真っ赤な顔で怒鳴り散らす。
少女は一息つくと、怪訝そうに話し始める。
「それにしても、どうして私が尾行している事に気付いたんですか? 私の尾行は完璧だったはずなのに」
「……アレで完璧だと思ってんなら、お前一生探偵とか出来ないと思うぞ」
ちなみに、本当に尾行が上手い人は尾行対象の前を歩くらしい。
何かの本で読んだ。これ豆知識な。
「――――ってそうじゃなくて! お前は何処の誰で、どうして姉さんを知ってて、しかもなんで俺を尾行したのかって聞いてんだよ!」
俺は思わず自分にノリツッコミを入れつつ話を元に戻す。
しかし少女はやはり答えず、再び俺に近づいて来る。
「な、なんだ――――」
俺が何かを言おうとした矢先、少女はその細く可憐な指先で俺の唇を押さえ、言葉を押し留めた。
「私の名前はシエラ・ヴァディス。今はまだ、私の正体を明かすワケにはいきません。だから、シエラという名前だけ覚えておいて下さい」
シエラと名乗った少女はそう言うと、俺の横を通り過ぎ、大通りへ戻って行こうとする。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
慌てて呼び止めようとする俺に対し、
「貴方は……狙われています。気をつけて下さい。それから……あんまりそうしてると、学校に遅刻しちゃいますよ? 日向七御斗せ・ん・ぱ・い♪」
とシエラは振り返って不敵な笑みを残し、大通りへと入って行ってしまった。
俺は慌てて追い掛け大通りに出るが、何処を見渡してもシエラの金髪は見当たらず、完全に見失ってしまう。
「お、俺が、狙われてる……? それにアイツ、姉さんの事を『マスター』って……何なんだよ……一体……」
1人細道に残された俺は、ワケが分からず頭の中がグチャグチャになりながらも、自分の中で答えを出す事も出来ず、仕方なく学校へ向かうのだった。
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