第8話


 結局、シエラと名乗る外国人美少女が姿を消した後、俺は急いで学校に向かい、転入先のクラスのホームルームに出ていた。


「あ~、いいかお前等、コイツが転校生の……何て言ったっけ?」


 ジャージ姿でがさつに髪を結い上げ、豊満な胸を揺らしながらぶっきらぼうに話すこの女教師は坂田晴美さかたはるみ

 これから俺が過ごす、此処2年D組の担任だ。


「ひ、日向七御斗です。よろしく……」


 俺は如何にも駄目そうな担任の先生に変わり、クラスの皆に挨拶する。

 当然クラスメイト達の視線は俺に集中しており、嫌が応にも緊張してしまう。


「そうそう日向だ。出前一丁のしょうゆ味みたいな顔した奴だが、まあ仲良くしてやれ。コイツは担任命令だ」


 え、それどういうこと? 俺の顔って、貴女にどういう風に映ってるの? 

 俺は坂田先生の理解不能な例えに内心困惑しながら、必死につっこみたい気持ちを押さえた。


「せんせ~、その子の席、アタシの隣でいいですか~?」


 座っている生徒の中から、挙手と共に手が上がる。


「ん? おお、別にいいぞ。そんじゃ隣の列の奴等は席をずらしてやれ。んで、ホームルームはこれで終わりだ。アタシは職員室戻って寝るから、お前等1限目の準備しとけよ」


 坂田先生はかったるそうに言うとクラスを後にし、生徒達は一気に休み時間ムードに入った。


 俺は列をずらしてくれた場所に机を運び、椅子に座る。

 すると、


「ちょっとちょっと、せっかくアタシの隣にしてあげたのに、お礼の1つもないワケ?」


 隣の席の女子が、俺に話し掛けてくる。


「え? あ、ああ、ありがとう。えっと……」


「……まさか、アタシの事覚えてないの!? ひっど!」


 女子は不機嫌さを露わにし、席を立ち上がって俺に詰め寄ってくる。

 そして近距離で彼女の顔を見た時、


「……まさか……お前、はるか……?」


 面影が重なった。

 幼い頃に会ったきりの従姉、郡次伯父さんの娘である日向春ひゅうがはると。


「気付くのが遅い! まったくもー、お父さんからナオくんが転校してくるって聞いてたから気遣ってあげたのに、バカみたいじゃん!」


 春は腰に手を当て、ふんす!と不機嫌さを露わにする。


 春は俺より誕生日が1ヶ月だけ早い従妹で、栗色のショートカットヘアーに喜怒哀楽がはっきり出る表情が彼女の快活な性格をよく表している。

 この竹を割ったように明るい性格は、昔から変わっていない。


「いや、郡次伯父さんからお前もこの高校に通ってるのは聞いてたけど、まさか同じクラスだとは思わなかったよ」


「ふんだ。こっちは一目見て気付いたわよ。ホント、こんな美人を見てすぐに気付かないなんて、相変わらずナオくんは唐変木なんだから」


 春はぷりぷりと怒りながらそっぽを向いてしまう。


「はは、悪い悪い。そうだな、確かに可愛くなった。いや、綺麗になった」


「ふ、ふえ!? い、いや、その……そう率直に言われると照れるっていうか……ごにょごにょ……」


 俺の言葉に、春は急に顔を真っ赤にする。

 まあ機嫌取りの意味もあるが、春は確かに可愛くなった。

 子供の頃から顔立ちは端正だったが、年齢相応の女性らしさが備わったという感じだ。快活な雰囲気も相まって『美人』というより『可愛い』という言葉が似合う。やや童顔と言ってもいいかもしれない。


「……まあもっとも、相変わらず色気はないが」


 上げて落とすは基本である。


「んな!? なにおう!? ナオくんのくせに~!」


「痛い痛い痛だだだだだっ!」


 春は俺の頬を鷲掴みにし、上下左右にぐいぐいと引っ張る。

 どうやら調子に乗りすぎたらしい。

 俺達がそんな漫才みたいな事をしていると、


「なんだよお前等、もうそんなに仲良くなったのか?」


 今度は、1人の男子生徒が近付いて来た。

 二枚目な顔立ちと頭に『VOLK』と書かれたベースボールキャップを被り、180センチの身長に細身の筋肉質という身体つきをしている。

 制服も上着を羽織らず、シャツだけというラフな格好だ。


 俺は――――どういうワケか、その男子生徒に見覚えがあった。


「ま……正樹まさき!? 正樹じゃないか! お前どうしてこの学校に!?」


「よう、久しぶりだな宿。まさか転校生ってのがお前だとは思わなかったぜ」


 正樹はニカッと笑い、目で挨拶する。


「なによ、アタシはナオくんの従姉なの。それよりアンタこそナオくんと知り合いなの?」


 春が不思議そうに尋ねる。

 その問に、正樹がおどけた感じで答えた。


「知り合いも何も、この俺越前谷えちぜんだに正樹まさきとこの日向七御斗という男は、赤い糸で結ばれた永遠の宿敵だ。俺はこの男を超える運命にあり、この男は俺に超えられる運命にあるのだよ。ンフフフフ」


「ごめん何言ってるか分かんない。日本語で言ってくれる? キモイから」


「ふぐっ!」


 正樹の言葉に、鋭い一閃を決める春。

 春の言葉が胸に突き刺さった正樹は、真っ白になってその場に崩れ落ちる。


「ハ、ハハ……アレだよ、俺と正樹は、IDPAをやってるんだ」


 仕方なく、補足を入れる俺。


「IDPAって、あの拳銃使って的を撃ち抜いて行くヤツ?」


「お、詳しいな。流石は銃火器店の娘」


 細かい説明が必要なくなった俺は、正樹と出会った経緯を話し始める。


「俺は正樹も去年IDPA全国大会に出場して、そこで知り合ったんだ。結果は俺が優勝、正樹が3位だった」


「あ、2位じゃないんだ」


「んがっ!」


 春の言葉が、再び正樹の胸に突き刺さる。


「ま、まあそう言うなよ。確かに俺はIDPAでは優勝したけど、正樹に勝てたのはそれだけだったんだ。小銃ライフル散弾銃ショットガンを使う『IPSC』じゃ俺はランク入りすることも出来なかったのに、正樹は総合成績第2位って結果を出してる。銃という全体的な括りじゃ、正樹の方が実力は上だよ」


 俺は凹んだ正樹を励ますように、去年の成績を述べた。

 IDPAは拳銃の腕を競う競技なので、文字通り拳銃しか使う事が出来ない。

 対して『IPSC(International Practical Shooting Confedrration)』は拳銃を含め小銃ライフル散弾銃ショットガンなど多種多様な銃器の腕を求められる。

 俺は拳銃以外の腕はお世辞にも良くないが、この越前谷正樹という男はどんな銃も高度に扱う事が出来る。つまり、使う銃を選ばないオールラウンダーなのだ。

 俺が正樹を自分より上だと思っている理由は、にある。


「ク、ククク……そんな言葉で俺が喜ぶと思ったら、大間違いだぞ七御斗。俺は全ての銃で日本1位になってみせる。その為にまずは、お前を超える拳銃使いになってやるのさ!」


 正樹は俺を指差し、華々しく宣言してみせる。


「……別になんでもいいけどさー、そういう趣味ってアタシ理解出来ないから余所でやってくれない? むさくるしいのよね」


「オウフ!」


 三度みたび、春の言葉が正樹を傷付けた。


「ち、チクショー! 言わせておけば人の趣味を好き勝手言いやがって! お前なんてクラッキングが趣味のPCオタクヤローじゃねえか!」


「ちょっ、大きな声で言わないでよ! しかもナオくんの前で……!」


 正樹の言葉に、春が大きく動揺する。


「クラッキング? クラッキングって他人のプログラムに侵入したり、データを改竄かいざんして悪用したりする――――」


 俺がそこまで言い掛けると、春が信じられない早さで俺の襟を掴み、引き寄せる。


「違うのよ? ナオくん。アタシがしてるのはハッキング。いい? ハッキングなの。決して違法じゃないの。分かってく・れ・た?」


 俺にそう諭す春の表情は笑顔であったが、俺はその笑顔の陰に般若の面を見た。


「わ……分かった。ハッキングなんだな。うんうん、ハッキング……」


 俺は恐怖のあまり涙目になりながら声を震わせ、そう答えた。

 春はため息を吐くと俺を放し、ぷいっとそっぽを向いてしまう。


「……別にいいじゃない。アタシは機械とかコンピュータが好きなのよ。アンタ達みたいに銃なんて物騒な物を趣味にしてるよりは、よっぽどマシだと思いますけどね」


「いや、別に春の趣味を馬鹿にするつもりはないよ。……それにしても意外だな。春がそういうのに興味を持ったなんて」


 俺が最後に春に会ったのは確か小学校低学年の頃だったが、その頃の春はどちらかと言うと活発で外で身体を動かすのが好きなタイプだった。

 現在の見た目からしてもそうだが、とてもPCの画面に張り付くタイプには見えない。

 なんだろう? ギャップ萌え?


「そ、それは…………アタシの夢はね、ロボットを造る事なの。人が乗れる、大きなロボット。だから、コンピュータに関する事を色々調べてるのよ。……ほら、子供の頃、ナオくんと約束したじゃない? ナオくんの好きなロボットを、いつかアタシが造ってあげるって……だから……」


 春はモジモジと恥ずかしそうにしながら話を続けるが、


「え? 俺、そんな約束したか?」


 という俺の言葉を聞いた瞬間、表情を一変させた。


「お……覚えてないの!? アタシがロボットを造ってナオくんを乗せてあげたら、アタシをナオくんの――――」


 春はそこまで言い掛けるとプシューと煙を出しながら顔を真っ赤に染め、再び俺の襟を鷲掴みにした。


「お、おどりゃあ乙女の純情を弄びおってええええええッ!!!」


「ま、待て! 落ち着け! 落ちつっ、おちけつ……!」


 襟を掴まれて猛烈な速さで揺さぶられた俺は、危うく魂が口から出そうになる。


「い……いいわよ! 必ず凄いロボットを造って、ナオくんをぎゃふんと言わせてやる! そんでもって、しっかり約束を果たしてもらうんだから!」


 春は手をプルプルと振るわせ、悔しそうに涙目になりなりながら俺に叫ぶ。


「わ……分かった……分かったから、離して……」


 対して俺は、本当に魂が散歩に行きそうになっていた。

 そんな時、


「……ん? おい見ろよ! シエラちゃんが歩いてるぜ!」


 突然クラスの男子生徒が、窓の外を見て言い放った。


「え? マジかよ!」「どれどれ? お! ホントだ!」「可愛いよな~シエラちゃん」などと他の男子生徒も窓に張り付き、下を見る。


「シエラ……? シエラってまさか……!」


 俺も春の手を振り解き、急ぎ席を立って窓に向かう。

 俺のいる2年D組は2階なので、誰かが外を歩いていれば丁度見下ろす形になる。



 そして俺が窓から下を見ると――――そこには、複数の女子生徒と楽しそうに話しながら外を歩くシエラ・ヴァディスの姿があった。



「あ、アイツ……!」


「何よ七御斗。アンタ、シエラちゃんとも知り合いなワケ?」


 俺の背後から春が話し掛けてくる。


「い、いや、知り合いってワケじゃないが……」


「……まさか、アンタまであの子を狙ってるんじゃないでしょうね……」


 春は俺をじっとりとした冷たい目で見る。なんで俺がそんな目で見られにゃならんのだ。


「そ、そんなワケあるか! そもそもアイツは何なんだよ?」


「ほほう? 知りたいか? 宿敵。いいだろう、ならば教えてやる」


 正樹がおもしろそうに目を光らせながら、俺に近づいて来る。


「あの1年B組のシエラ・ヴァディスは、お前が転校してくるほんの1ヶ月前に転校して来た留学生だ。歳は16、生まれはウェールズ、クラスの席は窓際の5席目で、好きな食べ物は『ハギス』って料理らしい。まあどんな料理かは知らないが、あの子の好物ならきっとステキな料理に違いないな」


 正樹は腕を組み、1人でうんうんと頷く。


「……お前、なんでそんな事まで知ってんだよ……」


「そりゃあ可愛い子はチェックしとくのが世の常ってモンだろ。お前も狙ってんなら、ボヤっと見てると他の男に取られちまうぞ。それとも七御斗は、春みたいな暴力女が好みなのかぁ?」


「だっ、誰が暴力女ですってぇ!?」


 今度は、正樹に掴みかかる春。


「ほ、ホントの事だろうが! 現に今だって――――っ!」


「うっさいこの万年野球帽男!」


「んなっ! 俺のトレードマークを馬鹿にしやがったな!?」


 まるでアニメのようにポコスカ喧嘩を始める春と正樹。


 俺はそんな2人に視線を向ける事もなく、外を歩くシエラを見つめていた。



「……シエラ・ヴァディス…………アイツは、一体……」

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