第五章『ザ・マジックテロリズム―The magicterrorism―』

第22話

 現在時刻は、午後PM19時を少し回った頃。


 日は落ち、空は完全な暗闇となっている。

 曇っているのか、星は1つも見えない。


「……今夜は雨、かな……」


 俺はポツリと呟いた。


 現在、俺は新有明の沿岸沿いにある広大なコンテナ置き場にいる。

 真っ暗なコンテナ置き場を電柱に設置されたライトが照らし、周囲には様々の色の巨大なコンテナが積み上げられ、まるで迷路のようになっている。


 そんな中で俺は置いてあった資材の上に腰掛け、時を待っていた。


 俺は戦闘服と最低限身を守る装備として、肩部が大きく、分厚い襟が立った独特な形状のケブラー製防爆アーマーボディアーマーを着用し、その上に郡次伯父さんに託された強化外骨格パワード・エクソスケルトン【ハインライン】を身に付けている。


 そして俺の横には軍隊用の防弾ヘルメットと、100連発のドラム弾倉マガジンが装着された【CIS ウルティマックス100軽機関銃LMG】が置かれている。

 勿論腰のホルスターには愛用の【キンバー ステンレス・ゴールドマッチⅡ自動拳銃オートマチック・ピストル】を入れているが、拳銃と機関銃では戦闘力が比べ物にならない。 幾ら俺が拳銃が得意と言っても、機関銃があるならばそっちを使うに越した事はないのだ。


 そんな俺が人知れず空を見上げていると、


「ええ、今夜は90%の確率で雨になるそうですよ、先輩」


 という、可愛らしい女性の声が俺の耳に入った。


「ん? ああ、シエラ。それは天気予報で言ってたって事か?」


「ええ、朝のニュースでやってたじゃないですか。先輩、私と一緒に見てたはずですけど?」


 と微笑んだ表情で言いながら、シエラが俺の方に歩み寄ってくる。


 全身に戦闘用の装備を身に着けた俺とは対照的に、シエラは変わらず制服姿だった。

 竜の力で戦う彼女にとっては、格好などさしたる問題ではないのだろう。


 俺はそんなシエラの言葉に対し、苦笑しながら答える。


「そうだったか? 悪いけど覚えてねーわ。他の事で頭が一杯だったからな……」


「へえ、私はてっきり、先輩が変態な事を妄想してぼーっとしてるのかと思ってました」


 さらりと、シエラはとんでもない事を言った。


「んな……っ! あのなあ……」


「ふふ、冗談です」


 俺のリアクションを見たシエラは、クスクスと可愛らしく笑う。


 こうして改めて見ると、シエラはやっぱり凄く可愛い。

 今の姿からは、とても竜の力を解放して戦っている時の想像がつかない。


 俺がそんなシエラの顔を見ていると、


「……でも先輩、本当に良かったんですか?」


「? 何が?」


「これから、私達がやろうとしている事です。此処にベティーナを誘い込んで、迎え撃つ。……先輩の言う様に、勝算が無いワケではありません。でも勝算以上に、危険が大きすぎます。確かにベティーナがまた何処かでテロを起こす可能性はあります。でも少なくとも、先輩だけは――――」


「シエラ。……もう、それ以上言うな」


 俺は静かな声で、シエラの言葉を遮る。

 するとシエラは俯き、黙ってしまう。


 そして数秒間沈黙が流れた後、今度は俺から口を開いた。


「〝……お前にもいつか理想の世界が見えた時、決して迷うな。戦え〟」


「……え?」


「俺が子供の頃、父さんに言われた言葉だよ。俺は、それが出来る男だってね」


 俺は手を開き、自分の手の平を見る。

 黒のグローブに包まれた、漆黒の手の平を。


「……なあシエラ。ベティーナが俺達に話した事は、真実だと思うか?」


「……おそらく」


「俺、思うんだよ。あのベティーナって奴は、確かに大勢の人を殺した。大勢の人を悲しませた。でも、アイツ自身は決して悪人なんかじゃない。本当は、テロリストになるような奴じゃないんじゃないかって」


「ベティーナが……ですか?」


「アイツは……自分の理想とする世界の為に戦っているだけなんだ。それは過去に縛られているからなのか、過去にケジメをつける為なのかは分からない。だけど、明確な理想はある。それに間違いはない。……アイツは、ベティーナは、


「…………」


「……父さんは、自分の理想の為に戦って死んだ。そして、ベティーナもそうしようとしてる。……アイツを止めることは、父さんを止める事と一緒だ。もしアイツをただのテロリストとして死なせてしまったら……俺はたぶん、一生後悔するんだと思う。……10年前と、同じように」


「先輩……」


「だから……俺はベティーナを必ず止めてみせる。誰も悲しませなくたって……命を無駄にしなくたって……理想はきっと叶えられるって、俺は信じているからな」


「……そうですね。必ず止めましょう。彼女を……ベティーナを」


 シエラも、意思の籠もった声でそう言ってくれた。

 その時、


『こちら春。ナオくん聞こえる? そっちの状況はどう?』


 俺の無線機に、春から連絡が入って来た。

 シエラの持っている無線機にも入ったらしく、シエラも耳を抑える。


 俺は耳に入れたイヤホンを抑えながら、無線に出る。


「こちら七御斗。トラップの設置は全部終わった。予備の武器も、予定通りの場所に隠してある。そっちはどうだ、春?」


『状況は敵影なしクリア無人偵察機レイブンのカメラにはまだ何も映ってないわ。アンタ達以外は、ね』


 春は冗談っぽく言う。


 春は機械やコンピュータが得意という事から、プログラマー兼メカニックとして俺達の援護をしてもらう事になっている。

 春には俺とシエラがいるコンテナ群からだいぶ離れた場所で軍用ノートPCを立ち上げて、トラップの作動や無人偵察機を使って上空から戦況をカメラで捉え、俺達の〝目〟となってもらう。

 その証拠に、今も俺達の上空を【RQ-11 レイヴン】という大型の鳥ほどの大きさしかない小型偵察機が旋回している。アレも、倉庫から引っ張り出してきた物だ。


「了解。正樹、そっちはどうだ?」


『こっちも準備OK、いつでも来いって感じだ』


 無線機から返って来た正樹の返事を聞くと、俺は数百メートル離れたコンテナの上を見る。


 姿はハッキリとは見えないが、そこには【バレット M82A1対物アンチマテリアルライフル】という車のエンジンをも容易く撃ち抜く巨大な銃を伏せ撃ちの体勢で構え、暗視スコープを覗く正樹の姿がある。


 正樹は、使う銃を選ばない。

 およそどんな種類の銃でも扱う事が出来る。


 故に、正樹には〝狙撃〟を任せてある。

 危険が多い正面戦闘は俺とシエラが担当し、正樹には必殺の一撃を決めてもらう算段になっている。


 春と正樹の長所を生かした強力なバックアップ。

 しかもそれだけではなく、この広いコンテナ置き場のあちこちにブービートラップが仕掛けられ、倉庫から持ち出した予備の銃火器も隠してある。もはや万全の構えだ。


 俺は無線機の向こうの正樹に、


「そうか、それじゃ引き続き警戒を頼む。いざって時は、お前が頼りだ」


 そう言い残し、無線を切ろうと思ったが、


『あ、ちょっと待ってくれ!』


 正樹が呼び止めた。


「? なんだよ?」


『いや、大したことじゃないんだが……せっかく俺達4人が力を合わせて戦うんだしよ、どうせだったら、チーム名でも決めないか?』


「チーム名?」


『そ、実はもう考えてあるんだよ。ズバリ『The Counterカウンター Magicterrorismマジックテロリズム Unitユニット』。略して『TCMU』だ! 『対魔術テロリズム反撃部隊TCMU』! どうだ!? カッコいいだろ!?』


 正樹は意気揚々とはしゃいだ声で言う。しかし、


『……それ、英文法おかしくない? しかもmagicterrorismマジックテロリズムなんて言葉無いでしょ。造語のつもり?』


 という、春の情け容赦ない突っ込みが入った。


『ウーワウーワウーワ……』


 春の鋭い突っ込みに、とうとう正樹はKOされた。


 ……相変わらず、春の正樹に対する扱いは酷いな……。


「ア、アハハ……。いや、でもいいんじゃないか? 俺達4人、魔術のテロを食い止める為の部隊……。悪くないと思う」


 俺は、不思議と正樹の提案した部隊名が嫌ではなかった。


 『神の子ロゴス』である俺と、『竜人ドラゴニア』であり魔術師でもあるシエラと、ハッカーの春と、一流の射手である正樹と…………そんな4人組の、混成部隊。


 今日だけの部隊かもしれないが、俺は、このメンバーにどこか心地良さを感じていた。


「そうだ、せっかくだし、皆のコードネームも一緒に決めないか? 無線呼び合うなら、そっちの方が雰囲気あるだろ?」


 ややテンションの上がった俺は、半ば冗談交じりに言った。


「こ、コードネームですか……?」


 傍にいるシエラが、やや困惑した様子を見せる。


『お! いいなそれ! よし、それじゃあ俺は『デビル・ドッグ』にするぜ! 如何にもコードネームって感じだろ!?』


 即座に正樹がノってくる。


『……ホントに決めるワケ? ……ハア、じゃあアタシは『スプリング』でいいわよ。名前が〝春〟だしね』


 あまり乗り気ではないが、春も自分のコードネームを決める。


「シエラはどうする?」


 俺は直接シエラに尋ねる。


「わ、私ですか? そう、ですね…………それじゃあ『ドライグ』にします。ウェールズ語でドラゴンって意味です」


「なるほど、いい名前だな。俺は……」


 言い出しておいてなんだが、俺は今更自分のコードネームを考え始める。


 色々な言葉を頭の中に思い浮かべ―――――――俺は、1つの言葉に決めた。


「俺は……『アイディール』だ」


「『アイディール』……日本語で〝理想〟という意味ですね」


 シエラが補足してくれる。


「ああ。……変かな?」


「いえ……ふふっ、先輩らしくて良いと思いますよ?」


 シエラは可愛らしい顔でクスクスと笑い、そう言った。


「それ、どういう意味だよ……。おかしいならおかしいって、普通に――――」


 俺がシエラに文句を言おうとした、その時、



『待ってナオくん! コンテナ置き場の中に、誰か入って来た!』



 春の声が、無線から響いた。


「何!? 誰か特定出来るか!?」


『ちょっと待って…………うん、間違いない、昼間の女だよ。右手に大っきな武器を持ってる』


「そうか……やっぱり来たな。よし、皆戦闘準備だ!」


 俺は無線に号令を掛け、自分も座っていた資材から立ち上がる。


「……いよいよですね。はい、先輩」


 シエラは神妙な面持ちで言うと、置いてあったヘルメットを持ち、俺に差し出してくれる。


 俺はそのヘルメットを受け取ると、しばしそれを眺める。


「? どうしたんですか先輩?」


「……いや、やっぱりコイツを被るのは止めておこう。が鈍る」


 俺はヘルメットを再び資材の上に置き、ポケットからを取り出した。


「? それは……バンダナですか?」


 シエラが不思議そうに聞く。

 俺はポケットから出した物を、シエラに良く見えるようにかざした。


「いや、コイツは『鉢金はちがね』って言ってな。日本にまだ侍がいた頃、簡易な防具として使われていた物なんだ。ま、見ての通り布に鉄板を縫い合わせただけの、単純な物だけどな」


 俺が取り出したのは、グレー色の布に薄い鉄板が4枚の取り付けられた『鉢金』である。

 時代劇なんかだと、忍者とか新撰組の隊員がよく頭に巻いている防具だ。


 今の価値観で言えば完全に時代遅れの防具だが、ヘルメットに比べて圧倒的に軽く、それでいて小規模の爆風くらいなら頭部を守ってくれるだろう。


 そして俺は腰に装備していたナイフを抜き、鉢金の鉄板をガリガリと削り始めた。


「?? 何してるんです?」


 明らかに俺の行動を不審な目で見るシエラを横目に、俺はしばらく鉄板を削り続け、


「……よし、これでいいだろ」


 作業を終えると、再び鉢金をシエラに見せた。


「……T、C、M、U……私達の部隊名……ですね」


「ああ、そうだ。ま、一種の験担げんかつぎってヤツさ」


 俺は鉢金に取り付けられた4枚の鉄板に、1文字ずつ英語の文字を彫った。

 彫られた文字は大変荒々しく汚いが、しっかりと『T』『C』『M』『U』と読み取れる。


 俺は文字を彫った鉢金を、ギュっと頭に巻く。

 鉢金は丁度俺の額をすっぽりと覆い隠し、結び目から後の余った部分は風になびく。


「ん、やっぱり軽くていいな。持ってきといて正解だった」


 俺は首をコキコキと鳴らし、置いてあった【CIS ウルティマックス100軽機関銃LMG】を手に取る。強化外骨格パワード・エクソスケルトンの補助も相まって、信じられないくらい銃が軽い。


 するとシエラが、


「……先輩、ソレ着けると凄く雰囲気変わりますね……なんだか別人みたい」


 まるで目新しい物を見た時のような驚いた表情で、俺に言った。


「そ、そうか? まあ、俺は俺だ。鉢金を着けたくらいじゃ、何も変わんねーよ。……それより、そろそろだな」


 俺は前方の大きく開けた通路を見る。


「……ええ、感じます。私達目掛けて、どんどん近付いて来てますよ。……


 シエラも今までとは目つきを変え、睨みを効かせる。


 やはり、シエラも竜の嗅覚で嗅ぎ取っているのだろう。

 只の人間の俺でさえ感じる、確かに近づきつつある、このを。


 そして、徐々に耳に入ってくるコツ、コツ、という甲高いハイヒールの足音と共に――――――――――彼女は、俺達の前に姿を現した。



「…………ハァイ、お2人さん」



 ベティーナは昼間と変わらず右手に【ナパドゥ・チトー】を備えており、左脚のホルスターにはやはり水平2連式のソードオフ散弾銃ショットガンが納められている。

 しかし昼間と違い、腰にポーチのような巻き付け、【生命の石】があった右目部分には包帯が巻かれている。包帯のソレは、とても痛々しい感じだ。


「……必ず来ると思ってたよ。待ってたぜ」


「あら、レディーを待つなんて殊勝な心がけね。感心だわ。でも、待ち合わせ場所にを選ぶのは……マナー違反だと思うわよ」


(……やっぱり、バレているか……)


 俺はベティーナの何もかも見透かしたような台詞に、フッと苦笑いを浮かべる。

 ベティーナは【生命の石】を破壊されているにも関わらず、昼間と変わらぬ余裕の笑みを見せている。その辺りは、流石と言うべきだろうか。


「……ベティーナ・グルバヴィッツァ。貴女に2つほど質問があります」


 今度はシエラが口火を切る。


「何かしら、竜人ドラゴニア?」


「まず1つ目。貴女は、どうやって私達の動きを常に察知していたのですか? 昨日の駅や今日の昼間の襲撃、そして此処にやってきた事……どのような方法で私達を観ていたのか、からくりが分かりません。教えて頂けますか?」


「ああ、そんな事ね。……貴女も知っての通り、私の専門は宝石魔術。でも宝石魔術って1口に言っても、出来る事は色々あってね。新有明の街一帯にセンサーの役割を果たす宝石をばら撒いて、常に『神の子ロゴス』の動きを監視していたのよ。凄いコストだったんだから」

 

 成程……だから俺達は常に先回りされてたのか。

 俺は内心で納得する。


「成程……分かりました。それでは2つ目。……こんな戦いはもう止めて、私達に降参する気はありませんか?」


 シエラは真剣な表情で、ベティーナを真っ直ぐに見据えて言う。


「私達も、正直これ以上無益な戦いはしたくありません。武器を捨てて降参さえしてくれれば、貴女の事は『薔薇十字団ローゼン・クロイツァー』が保護します。考えて下さい」


 シエラは諭すようにどこか優しい声で言う。

 だが、ベティーナも左目でシエラを見据え、


「……『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』の一員である私が持つ選択肢は〝任務の達成〟か〝死〟か。そして、傭兵である私が持つ選択肢は〝仕事の達成〟か〝死〟かよ。……意味は、分かるわよね」


 そう語り、【ナパドゥ・チトー】を構えた。


「……そうですか。それは、残念です」


 ベティーナに構えに答えるように、両手にグローブをはめる。


「ええ、どちらが死んでも、これで最後。……覚悟を決めなさいな」


 ベティーナは体勢を低く持ち、攻撃の構えに入る。

 しかしベティーナの言った言葉は、どこか自分自身に言い聞かせているようにも見えた。


「……行きますよ。先輩」


「……ああ」


 俺とシエラも構える。

 シエラは目を瞑り、呪文を唱える。



「……『我が血に流れる、紅蓮の誇りよ。かつて火を吐き、空を舞い、忘れられた汝の覇道を、逆鱗げきりんの咆哮を持って我に与えたまえ』……!」



 そして――――――



「【血脈解放ブラッド・リベレート】ッ!!」



 ここに、最後の戦いの幕が、切って落とされた。

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